ファンタジー小説-逢魔が時に龍が舞う
富士山大噴火から半年が過ぎた。政府にとっては、あっという間の半年だ。何が起きたのか分からないまま、旧都心から逃げてきた人々を保護し、その彼らの住環境を整える。それと同時に第二防波堤の拡張工事も行われた。旧都心から逃げて来ようとする人々の行…
富士山の噴火とともに関東地方を襲った地震。その地震が引き起こした津波は、前回の震災からの復興も途上であった旧都湾岸地区を再び無に帰した。それだけではない。前回の震災では被害に遭わなかった地区まで、今回は押し流されている。環状七号線内はほぼ…
照明の灯りに照らされた黒い巨体。多くの人々が、子供はまた異なるだろうが、想像する鬼(おに)そのものの姿をしたそれは、圧倒的な力を持っていた。精霊力云々の問題とは思えない。ただ力が強いのだ。 特殊戦術部隊の能力者たちの攻撃を手で弾き飛ばし、そ…
鬼化した者たちが暴れ始めた。それを止めようとしている特殊戦術部隊と寝返り組。あちこちで始まった戦い。戦場に喧騒が広がっていく。 そんな中。戦場の中心では月子たちが尊と向かい合っていた。静寂の闇に包まれた空間。それは月子が作り出した世界。特殊…
夜空に浮かぶ三機のヘリコプター。特殊戦術部隊配備のヘリコプターだ。尊が現れると確信していた朔夜は、万全な体勢を整えて、この戦いに臨んでいた。このヘリコプターはその中でもとっておきだ。従来の第七七四特務部隊に配備されていた移動用のヘリとは違…
宙に伸びる光の尾。それは特殊戦術部隊員の攻撃を防ぎ、隊員の体を貫く。九尾は精霊力を見事に操って、攻撃と防御を同時に行ってみせている。九尾が守っているのは自らの体だけではない。光の尾を前後左右に広げ、仲間への攻撃も防いでいる。どちらかという…
夜空に浮かんでいるのは上弦の月。ただ、湖面を揺らしている生暖かい風が、雲も運んできて月を隠してしまう。時折、途切れた雲の間から姿を見せることもあるが、それはわずかな間。雨の気配はないものの、夜空の多くは雲に覆われていて、月や星を楽しむこと…
逃走した尊の捜索は、ずっと続けられている。富士の樹海の上空には、常にヘリが飛び続け、地上では特殊戦術部隊の装甲車が走り回っている。だが尊の足取りは、逃走したその日から、全く掴めていない。捜索部隊の目、だけでなく、ありとあらゆる探知装置から…
桜木学園の園内にある寮、とされている特務部隊員の宿舎であるその場所は今、かなり人気が少なくなっている。強化鍛錬中の特務部隊員は、精霊科学研究所に留まっている為、残っているのは入隊前の候補生、そして尊と天宮だけなのだ。 候補生たちにとっては、…
静寂の中、キーボードを叩く音だけが部屋に響いている。その音にまでオペレーターの緊張を感じ取ってしまうのは、恐らくは聞く側の気持ちのせい。感情を聞き取れるような鋭敏な耳を持っている人は、この場にはいない。 白衣を着た人々は精霊科学研究所の職員…
元第七七四特務部隊である特殊戦術部隊の本部は、旧都西部にある湖近くに移された。かつて観光施設があった場所で、元の本部に比べれば、広大といえる敷地だ。 ただ今は、高い塀に囲まれた広い空き地の中に、ポツンと建物が一つあるだけの場所。とても軍の施…
灰色のコンクリートに囲まれた部屋。中央に置かれているのはテーブル、そしてそのテーブルを挟んで向かい合う形で置かれている二脚のパイプ椅子。その片方に両手両足を拘束されたまま、尊は座らされている。 ぼんやりとした表情の尊。ぼんやりとした様子を見…
元大統領との交渉には成功した葛城陸将補だが、動きは相手のほうが早かった。ずっと前から動かれていたのだ。そうなるのも当然だ。元大統領の屋敷を訪れたことが知られ、相手の動きを加速させたという面もある。真っ昼間に屋敷に堂々と姿を現せば、知られる…
尊と約束した通り、葛城陸将補は行動を起こした。何の勝算もない行動だ。だが第七七四特務部隊の部隊長とはいえ、一軍人に過ぎない葛城陸将補には、それしか出来ることがないのだ。 久しぶりに訪れた新都心。高層ビルが立ち並ぶ新都心の道路を徒歩で進む葛城…
桜木学園襲撃。場所でいえば、それは第七七四特務部隊本部への襲撃と同じ。それを桜木学園襲撃とするのは、特務部隊の戦闘員のほぼ全員が別の場所にいた為に、襲われたのは隊員ではなく候補生だけだったこと。桜木学院生徒が襲撃されたということだ。 その結…
尊が桜に会っている間、精霊科学研究所内にある訓練室で汗を流していた天宮。訓練で時間を潰すだけであれば、そもそも研究所まで付いてこなければ良いのだが、天宮はそう考えない。何故、そう考えないかも考えないほど、鈍感なのだ。 一応、それらしい理由は…
低いモーター音が部屋の中に響いている。それほど大きな音ではないのだが、地下にあるこの部屋の作りが、そこにいる人々の沈黙が、それを彼等の耳に届けてしまうのだ。 ここは、いくつもある『YOMI』のアジトの一つ。その中でも幹部だけが知る特別なアジ…
第七七四特務部隊に休日の定めはない。鬼が出現し、出動の要請があれば、いつでも現場に向かうことになる。とはいえ、日ごとに分隊の出動優先順が決められていて、それが最下位の分隊員は、割と自由にその日を過ごしている。外出も許可されるのだ。 今日は遊…
第七七四特務部隊の次の任務は、その難度を増している。今回の作戦も『YOMI』のアジトの襲撃。それを一分隊だけで実施しようというのだ。もちろん、前回よりも敵の数は少ない。確認されている敵の数は二人。それに対して一分隊を当てるのだから、数の優…
湾岸南地区にある『YOMI』のアジト。以前、国防軍に襲撃されたアジトとは別のものだ。多くのメンバーにとって、アジトなんて特別なものではない。仲間が集まっていて、そこで寝起きしていれば、そこがアジト。そういうことだ。 「そう……ミコトくんが、そ…
湾岸西地区の旧海岸通り沿い。海に面したその場所に立ち並ぶ大きな建物群は旧倉庫街だ。空港にもほど近いその場所は、首都圏における物流の中心地とされた場所の一つ。大震災が起こる以前であり、空港や高速道路、そして倉庫街そのものも半分が海に沈んでし…
怪我を負った尊は、軍の病院に入院させられている。場所が軍管轄の病院というだけで治療に携わっている人間のほとんどは、精霊科学研究所の研究員だ。尊の怪我は激しい運動を控えることと、定期的に薬や包帯を替えれば良いだけで、これ以上、特別な治療は必…
尊の入院は予定通り一ヶ月で終わった。精霊科学研究所にとっては納得出来ない退院だ。検査の結果は異常なし。尊が持つ特殊能力の元となるようなものは何も見つけることが出来なかった。かといって入院の延長も出来ない。それ以上、何を検査すれば良いのかも…
第七七四特務部隊の定例会議の場は、重苦しい雰囲気に包まれている。先日発生した遊撃分隊に対する襲撃。それはYOMIとの戦いが本格化したことを示している、と考える参加者は多い。そうであるなら第七七四特務部隊に勝ち目はあるのか。難しいと考えるの…
救出された今泉の配属先が変わった。尊と同じ遊撃分隊への異動だ。これはヒアリングによって分かったことを、十分に検討した結果の措置。もちろん、その検討に尊は関わっていない。関わっていれば、その時点で尊は異動に反対したはず。そうであっても異動と…
第七七四特務部隊本部にあるオペレーター室。今、そこに全特務部隊員が集合している。全員といっても集まれる隊員だけ。それが出来ない隊員もいる。彼等が集まっているのは、その集まれない隊員の為だ。 オペレーター室では、無線の声が流れている。第七七四…
尊は鬼の所在を探知出来る。この事実は秘密にはならなかった。あくまでも第七七四特務部隊内、そしてその特務部隊の存在を知る人々の間では、という条件付きだが。 隠しても意味はない。その事実を証明する尊の行動はショッピングセンターでの事件が初めてで…
天宮から甘さを指摘された尊への尋問だが、実際にそれで終わるはずがない。 相手に肉体的、精神的苦痛を与えて真実を追究するという手段は、前時代的なものだ。今の時代にそれを行えば、絶対に弾三者に知られない状況であれば別だが、かなりの確率で職を失う…
本部の会議室。緊張した面持ちで座っているのは葛城陸将補と立花遊撃隊指揮官、そして二人の向かい側に座る天宮だ。その天宮の隣に座る尊は、いつもの様にぼんやりした雰囲気をまとっている。これから問い詰められるのは、尊だというのに。 ショッピングセン…
特務部隊員といっても普段は、兵士としての調練を行っている時間以外はだが、普通の生活をしている。住んでいるのは桜木学園内の合宿所。部屋でテレビを見たり、仲間たちと馬鹿騒ぎをしたり、人によってはゲームを楽しんでいたりと、同世代の人たちとそう変…