月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第46話 真の戦いが始まる

異世界ファンタジー 逢魔が時に龍が舞う

 富士山大噴火から半年が過ぎた。政府にとっては、あっという間の半年だ。何が起きたのか分からないまま、旧都心から逃げてきた人々を保護し、その彼らの住環境を整える。それと同時に第二防波堤の拡張工事も行われた。旧都心から逃げて来ようとする人々の行く手を阻む工事であるのだが、鬼の進出を防ぐ為には仕方がないことと判断され、実行されたのだ。それは結果として間違いではなかったことが証明された。正しくは今日、これから証明される。
 旧第七七四特務部隊、特殊戦術部隊の本部は新都心に移されている。その新本部の会議室で、会議が始まろうとしていた。かつて第七七四特務部隊で行われていた定例会議の参加者を超える規模、この国のトップである大統領、大噴火の直前に大統領に返り咲いた山王寺(さんのうじ)康介(こうすけ)も参加する会議だ。
 もっとも大統領を始めとした閣僚、そして上級官僚たちはこの場にはいない。リモート会議システムを使っての参加だ。彼らはすでに旧都心から近い新都心を離れている。まだ多くの国民が新都心に残っている中での移動なので、公にはされていないが。

「……では出席者の方々もお揃いのようですので、会議を始めさせていただきます」

 会議開始の宣言を行ったのは国防軍情報部長。議題の最初は国防軍情報部からの調査報告なのだ。

「まずは映像をご覧ください」

 情報部長の言葉に合わせて、部下の情報部員が端末の操作を行う。会議室のスクリーンに光が灯った。リモート会議の人々の端末の画面にも同じものが映っている。
 最初は真っ黒であった映像。すぐにそれは地面であったのだと分かる。遠ざかっていく地面。分かる人はそれがドローンにより撮影された映像だと気付いた。

「これは偵察用ドローンで壁の内側を撮影した映像です」

 それを裏付ける情報部長の言葉。高度をあげたドローンのカメラは広範囲を映し始めた。瓦礫が転がっている以外は何もない場所。やがて映ったのは高い壁だった。第二防波堤だ。
 第二防波堤を超えて旧都心に移動するドローン。防波堤を超えたからといって映る映像はそれほど変わらない。地面に転がっている瓦礫が映っているだけだ。それらの瓦礫は第二防波堤の拡張工事を行う際に取り壊された建物。それは政府上層部の人々には分からない。

「ここからです」

 情報部長の言葉通り、映像に変化が現れる。瓦礫と共に映っているのは青々とした木々。それは徐々に密度と高さを増し、やがて地面を覆い尽くすほどになった。
 ここまで来てようやく会議の参加者からうめき声が漏れだす。ドローンが撮影している場所は旧都心。こんな自然豊かな場所ではなかったはずなのだ。
 映像が緑一色になったところでドローンが高度をあげた。映像範囲が広がっていく。いくかの高いビルが映像に映る。ジャングルの中に立つ高層ビル。それは異様な光景だった。
 また参加者たちからうめき声が漏れたところで映像が途切れる。

「映像はここまで。偵察ドローンは撃墜されました」

 参加者が文句を言い出す前に情報部長は映像が途切れた理由を説明した。ただこれはこれで参加者が突っ込みたくなる内容だ。

「撃墜というのはどういうことかな?」

 問いを発したのは国家安全保障担当大統領補佐官。七七四の定例会議にも参加していた彼は、いつものように政府を代表している気持ちなのだ。

「映像解析の結果、ドローンを撃ち落としたのは木の枝です」

「はっ?」

「木の枝が自然の力で高度五百メートル近くまで飛んできて、偶然ドローンに命中するなど有り得ません。何者かの意図した力によって撃ち落とされたと判断するべきだと思います」

「そう……」

 木の枝を高度五百メートルまで飛ばす力とはなんだ、とは大統領補佐官は聞かない。この会議は常識では測れない存在についての会議なのだ。

「今、お見せしたのは最も長く撮影出来たもの。他のドローンはもっと早い段階で撃ち落とされております」

 さらに情報部長は、何者かの仕業であることを裏付けるものとして、送り込んだ全てのドローンが撃ち落とされたことを告げた。

「半年という期間で旧都心は緑に覆われております。これ事態が異常なことです」

 旧都心では、これまでの常識では説明出来ない事象が起きている。これを情報部長が言ったのは、この先の議論において楽観的な判断が行われないようにする為だ。

「情報部からの報告は以上となります」

「……これだけ?」

 戸惑いの声。それはそうだ。報告といってもただドローンの映像を見せられただけ。緑に覆われているという以外に旧都心の状況はまったく分からない。

「偵察ドローンをいくら送っても全て撃墜。映っているのは緑だけ。これでは分析もなにもありません」

「それはそうだが……」

「とにかく情報部の報告は以上となります」

 少し苛立った様子で話を打ち切ろうとする情報部長。一番納得いっていないのは、なんら有益な報告を出来ない情報部長自身なのだ。
 席に座る情報部長。その彼と入れ替わりに立ち上がったのは。

「特殊戦術部隊、特別調査室長の立花です。私のほうからはYOMIのメンバーであった隊員たちの証言に基づく分析結果をご報告させていただきます」

 元七七四の遊撃分隊指揮官の立花だった。

「ただ最初に申し上げておきますが、旧都心の現状を把握出来るような新証言は得られませんでした。それを説明出来るであろう人物は古志乃尊とその妹の桜の二人であろうことが分かっただけです」

 参加者から落胆の声は聞こえない。元YOMIのメンバーが何も知らないことは事件発生直後に分かっていた。首謀者である月見望でさえ操り人形にすぎなかったのだ。

「ですからこれからお話しすることの多くは推測になります。それでもこの先の議論を進めるには必要な情報だと思いますので、お時間を取らせていただきます」

 前提を知らなければ議論にならない。立花室長の役目は参加者に前提知識を与えることだ。

「まず鬼についてです。鬼は穢れに犯された特殊能力者という従来の定義は改める必要があります。鬼は黄泉の世界の住人。さらにこの世界に現れた鬼は黄泉の世界の軍人である可能性があります。これは古志乃尊がはっきりと言葉にした内容。間違ってはいないはずです」

「古志乃尊が真実を知っているという前提では、だ」

 立花室長の説明に異議を唱えたのは公安室長。確かに尊が真実を知っているという証拠はない。何をもって証拠とするのかというのがそもそもあるが。

「はい。ですがその前提を置かなければ何も分析出来ません。仮設を立てて、それを証明していく。私はその仮設について説明させていただいているつもりです」

「……分かった」

「では。鬼が現れたのは黄泉の扉が開いたから。では何故、黄泉の扉が開いたかというと多くの穢れが旧都心に広がったからと仮定出来ます。これは古志乃尊の言葉、それと月見望に操られていた斑尾教授が行っていたことに基づいた仮設です」

 旧都心を黄泉の世界と同じ環境にする。現実にはそこまでのものにはなっていないが、黄泉の世界に住む鬼がこの世界に顕現出来る程度には広がっていたのだ。

「だが首謀者であるはずの月見望も洗脳されていたのではなかったかな?」

 また大統領補佐官が質問してきた。

「はい。月見望も何者かに操られていたということになります。では、その何者かが誰ということですが……古志乃桜だと考えています」

「古志乃兄妹が今回の黒幕だと?」

「いえ、そうではありません。月見望を操っていたのが古志乃桜であるという仮設は、彼女と兄の尊はある意味、敵対関係にあったという事実に基づいております」

 自分と桜のどちらかが死ぬことになると尊は言った。立花室長は尊への印象を悪くさせない為に敵対という言葉を使ったが、考えが異なっていたというのが実際のところだ。本当に敵対しているのであれば、精霊科学研究所で会った時に殺し合いになっている。

「兄妹で敵対関係に……それはどういうことだろう?」

「何の証拠もないことですが兄妹は行方不明の間、鬼のいた世界にいたのではないかと考えます。そこで何者かの指示を受けてか、元の世界に戻ることの条件としてか分かりませんが、何かを行う為に戻ってきた」

「何かって、黄泉の鬼をこの世界に呼ぶ為ではないのか?」

「古志乃尊はそうならないように行動していたように思われます。一方で桜は積極的に行動していた可能性が高い。相反する行動を取っている二人を何者かは何故、この世界に戻したのでしょうか? 桜だけを戻す選択をするはずです」

 立花室長のこの説明には嘘が含まれている。本当は兄妹の目的は同じだったと立花室長は考えている。目的は同じであったのだが、結果として二人の考えはすれ違ってしまったのではないかと。

「では何かというのは?」

「……人間を評価する為」

 やや躊躇いを見せながら立花室長は大統領補佐官の問いに答えた。

「はっ?」

「人間がこの世界で生きるのに相応しいか評価し、駄目であれば、この世界を黄泉に吸収する道筋をつけること」

 尊の発言について立花室長と天宮、そして葛城陸将補は思い出せる限りの全てを書き出して、それをまとめた。その中にほんの一言だが人間の愚かさについて触れているものがあった。愚かさを嘆くのではなく、呆れたような言葉が。尊は人間を第三者として評価していた。そしておそらくは桜も。その結果が今なのだと、立花室長は考えた。

「……ば、馬鹿な!? 未成年の二人にそんな役目を! あ、いや……それが事実であるとすればだ」

 立花室長のまさかの発言に思わず大声を上げてしまった大統領補佐官だが、会議には大統領を始めとした政府の要人たちも参加していることを思い出して、すぐに態度を改めた。

「戸籍上、二人は成人していますが、どうでも良いことですね?」

「……ああ」

「今、申し上げたことには何の確証もありません。状況証拠も何も揃っていませんので、大統領補佐官の言う通り、事実とは言い切れません。ただこれまでの常識では説明出来ない出来事が起こっているのは確かです」

 立花室長の最後の言葉にも全員が同意出来ているわけではない。常識ハズレすぎて実感が湧いていないのだ。

「黄泉からの使者ですか」

「えっ? あっ、大統領」

 発言が大統領のものだと分かって、途端に緊張している立花室長。

「その使者の二人の行方は掴めているのかな?」

 緊張をほぐそうという意図があるのか穏やかな笑みを浮かべて質問を続ける大統領。

「いえ、まったく。旧都心に設置してあるあらゆる探知装置は機能しておりません。正確には鬼力の探知装置は機能しているものと思いますが、常時あらゆる場所で反応を見せておりますので役に立ちません」

「常時あらゆる場所でか……」

 それは何に対する反応なのか。鬼がそれだけいるのだと考えるべきだが、それを考えると気持ちが重くなってしまう。

「圧倒的に情報が不足している現状では何をお話してもすべて推論となってしまいます。第二防波堤の内側の状況を把握する手段を講じるべきだと思います」

 そして出来れば尊を見つけ出し、話を聞く。それで物事はかなりの部分が見せるようになるはずだ。解決策も分かるかもしれない。

「この先の話は私のほうで引き取らせていただきますが、よろしいでしょうか?」

 発言したのは国防軍=中央機動運用集団=特殊作戦群=特殊戦術部隊=作戦室の桜坂陸曹。元七七四、特殊戦術部隊は大統領直轄から特殊作戦群下に変わっている。事が公に、そして大規模になっているので国防軍の通常組織に組み込むことになったのだ。

「かまわない」

「では私のほうからは旧都心侵入作戦について説明いたします」

 大統領の了承を得て、桜坂陸曹は説明を始めた。立花室長が旧都心内の情報取得の必要性を話し、その方法について桜坂陸曹が説明する。アジェンダ通りの流れだ。

「ただし、現時点では作戦は確定しておりません。作戦室単独では判断出来ない事柄がありますので、その点についてご意見をいただきたいと思います」

 実際は事前にある程度の根回しをしている。この会議はそれを再確認する場なのだ。

「まず空からの偵察についてですが、会議冒頭のドローンによる偵察の結果でお分かりのように旧都心全体が緑に覆われていて十分な情報は得られません。そこで空爆により木を燃やしてしまうことを考えたのですが、生存者がいた場合、巻き込んでしまう可能性があります」

「国民を犠牲にするような作戦は許可できん」

 発言したのは国防省長官。根回し済のお約束の発言だ。

「はっ。そうなりますと別案。地上偵察を選択することになります。現計画案での作戦規模は特殊戦術部隊二十小隊二百名、特殊作戦群から支援部隊三中隊三百名、新設されました特殊機甲部隊から戦車六台、装甲車両十二台の参加を予定しております」

「かなりの規模だな」

 ただの偵察にしては規模が大きすぎる。戦車を投入して密かに偵察など出来るはずがないのだ。

「はい。敵戦力が不明な状況で中途半端な数を送り込んでも犠牲を増やすだけと考えます。実際に大噴火直後に現地に入った偵察要員はほとんど戻ってきておりません」

 これまでも偵察は試みてきた。だがそのほとんどが戻ってきていない。戻ってきた者も何も有益な情報を得ていない。つまり有益な情報=鬼に出会った者は戻れず、そうでない者は戻れたということだ。

「特戦隊二百名。問題はないのですか?」

 ここで大統領補佐官が予定にない質問を発してきた。特殊戦術隊二百名、その多くは元YOMIのメンバー。反社会行為を繰り返してきた彼らを作戦に参加させる、そもそも罰することもなく軍に組み込んだことに大統領補佐官は不満を持っているのだ。

「定期的に面談を行っておりますが、特に問題がある隊員はおりません。彼らも大人しく従わなければ罰せられるのは分かっております」

 元YOMIのメンバーたちも自分の立場は分かっている。軍で働くしかないのだと。

「……今後も監視は怠らないように」

「もちろんです。では続けて作戦内容をご説明致します。旧都心の状況を確認するのはもちろんですが、それ以外に生存者の捜索及び保護、敵拠点の捜索があります。参加部隊は二つに分けて、一隊は五号線を利用して北区から中央区を目指します。もう一隊は環状八号線を南下、国道二〇号を東に進み西区に侵入するルートです」

 最終目的地はない。敵がどこにいるのか、どこまで無事に進めるか分からないのだ。

「作戦開始は二週間後。六月七日の◯六〇〇となります。なにかご意見ございますでしょうか?」

 作戦内容について意見を言う人はいない。参加者のほとんどは軍事の専門家ではなく、内容についても事前に資料を渡されているのだ。今回の作戦は情報秘匿をそれほど必要としないもの。そういう認識だ。

「では本作戦案にて実行させていただきます!」

 旧都心侵入作戦はこれで正式に決済がおり、実行されることとなった。黄泉の鬼との戦いが始まるのだ。

 

◆◆◆

 道場では幾人もの生徒たちが剣の稽古を行っている。特殊戦術隊の隊員で、その中でも精霊力を剣として戦う人たちだ。一人ひたすら素振りを繰り返す人。向かい合って立ち合いを行っている人。道場には人々の気合の声が響き渡っている。
 そんな中、じっと身じろぎもせずに木剣に手をかけて、しゃがんでいるのは天宮。周囲の喧騒を意識から遮断し、ただ目の前にある的を斬ることだけを考える。的は鉄の棒。ただ天宮の意識はそれを明確な敵として認識している。かつての戦いでは、最後に剣を振る以外は何も出来なかった強力な敵を。
 ダンと床を踏む音、それにわずかに遅れて風切る音が響く。体の動きに反応して宙に伸びた長い後ろ髪が、はらはらと降りていく。ゆっくりと途中から折れて、床に落ちていく鉄の棒。かん高い金属音が道場に鳴り響く。

「お見事」

 低い、大きくはないが良く通る声。

「ありがとうござます」

 その声の主に向かって、天宮はお礼を言った。相手は彼女の師匠。大噴火のあと、部隊に頼んで探してもらった剣の師匠だ。

「短期間でここまでのことが出来るようになるとは……驚くべき才能だ」

「与えられた才能です。褒められるようなことではありません」

 木剣で鉄を斬る。それが出来たのは精霊力のおかげ。自分の力ではないと天宮は考えている。

「謙虚も過ぎると……いや、それが弛まぬ努力につながるのであれば良しか。君が目指す先はおそらく私など及ばぬ遥かな高みなのだろう」

「そんな。師匠が及ばないなんて……でも、その人にはまだ少しも勝てる気がしません」

「話に聞いた古志乃尊くんか……どのような経験を経て、技を磨いたのか……その技はどのようなものなのか……会ってみたいものだ」

 会いたいのは天宮も同じ。その機会はもうすぐ訪れるかもしれない。道場に、これまでの喧騒とは違うざわめきが広がっていた。

「どうやら決まったようだな」

「はい。いよいよ出動です」

 道場に届いたのは旧都心侵入作戦が承認されたとの報告。戦いの日が決まったのだ。それを喜んでいるのはどれだけの隊員なのか。少なくとも天宮と同じ思いで承認の報告を受け取っている人は、この場にはいない。