ファンタジー小説-竜血の玉座
ぱっと見、辺りを見渡しても、長閑と言える風景が広がっているだけ。丘陵地の先にある山の木々は色付き始めており、秋の気配を感じさせる。一時、竜王軍とツェンタルヒルシュ公国軍が激しい戦いを繰り広げていることを忘れさせてくれるような景色だ。 だがそ…
混沌とした状態が方向性を持って、動き出そうとしている。どちらの動きがそうさせたというわけではない。それぞれが判断を下し、それが方向性を決定付けた。機は熟した、という言葉が表現として正しいのかもしれない。誰にとって、という部分が抜けた状態で…
生い茂っていた草を綺麗に除去し、木々を間引きして、居住空間を作る。城か砦の残骸である石材と、間引きした木を加工した木材で家を建てていく。まずは雨露をしのぐことが出来るだけの簡素なもので十分。衣食住のうち、住の充実は後回しだ。 火を使う場所に…
ソルが住民たちと共に隠れて暮らす場所として選んだのは、ツェンタルヒルシュ公国の北東部にある山中。山と山の間を流れる川を超えてしまえば、そこはもうノルデンヴォルフ公国。正式には川向こうの山とその先まで緩衝地域という位置づけで、元はだが、ナー…
街を襲った軍勢はおよそ五百。それを把握した時、ソルは敵が油断してくれていたことを喜んだ。個の能力はかなり高いソルたちだが、数に抗うには限界がある。自身を過小評価しがちなソルは、仲間たち以上にそう思う。 ただ、ソルは少し他の人たちよりもネガテ…
ソルたちがその晩の宿泊地として選んだのはツェンタルヒルシュ公国北部にある街。戦場となっていたノルデンヴォルフ公国とオスティンゲル公国の領境近くから、ツェンタルヒルシュ公国に真っすぐに移動してくると最初に辿り着く街だ。ただソルは、街道から外…
ノルデンヴォルフ公国とオスティンゲル公国の停戦および対竜王軍事同盟は成った、といっても具体的なことは。これから。多くのことを話し合い、取り決めて行かなければならない。 まずは停戦条件。優先すべきは竜王との戦い、それに勝利する為の方策を考える…
ディートハルト率いる旧ナーゲリング王国軍の戦場は、ツヴァイセンファルケ公国領内。そう想定して動いている竜王軍だが、中々、旧王国軍を捕捉出来ないでいる。ディートハルトの側にツヴァイセンファルケ公国領内で積極的に戦うつもりはない。わざわざ敵地…
王都、今はなんという王国の王都なのか分からないが、とにかく王都周辺、大陸南部の中央から南部にかけての地域では、今も戦いが続いている。竜王アルノルトによる支配を受け入れない人たちが立ち上がった、わけではない。戦わざるを得ない状況にアルノルト…
バルドルの先導でソルたちが向かったのはノルデンヴォルフ公国の砦。領境を守る軍事拠点にしては規模も小さく、堅牢とも言い難い砦だ。フルモアザ王国は、反乱を警戒して、公国が領境の防御を固めることを許していなかった。元は何もなかった場所なのだ。 フ…
先行していたルシェル王女と近衛特務兵団第一隊に合流したソルと第二隊のメンバー。一行は予定通り、北に向かっている。ルシェル王女に合流したのはソルたち第二隊だけではない。ルッツ率いる、激戦で元の八千から五千まで数を減らした王国軍も一緒だ。 王国…
竜王アルノルト復活の噂は、王都を中心にして、徐々に周辺地域に広がっていた。だがその速さは、衝撃的なその内容からすれば、かなり遅い。人々の行動が制限されていることが、その理由のひとつだ。 アルノルトによってユーリウス王が殺され、ナーゲリング王…
ツェンタルヒルシュ公国での戦いは佳境を迎えている。クレーメンス率いるツェンタルヒルシュ公国軍とルッツ率いる王国軍の連合は、ツヴァイセンファルケ公国主力軍相手に敗走を続け、いよいよ公都ヴィルデルフルス近くの、最後の防衛線とされる川岸まで追い…
ゆっくりと近づいてくる竜王アルノルト。その存在感は圧倒的で、殺気とは異なる圧力が人々の心を押しつぶそうとする。心だけではない。体にも、物理的な圧力がかかっているかのように感じられて、その場に跪きそうになってしまう。竜王アルノルトは、彼らが…
竜王アルノルトの生存が王国全土に広まる前に、事態は大きく動いている。アルノルトに従うヴェストフックス公国、ツヴァイセンファルケ公国がその動きを作りだしているのだ。 王都の制圧を完了したヴェストフックス公国軍は、東にいるディートハルト率いる王…
心の整理がつかない。消し去らなければならない想いが、逆に膨らんでいく。ナーゲリング王国の王女として他に考えなければならないことは山ほどあるというのに、個人の感情がその邪魔をする。 頭では分かっているのに、それが出来ない原因は明らかだ。毎日、…
王都での戦いは、ヴェストフックス公国軍による一方的な殺戮という形になっている。ユーリウス王の死が伝わり、守るべき主を失った王国軍に死を賭して戦う理由はなくなった。王国軍の騎士、兵士の多くが降伏を訴えたのだがヴェストフックス公国軍、と称して…
呆気なく、これほど呆気なく、ナーゲリング王国が滅びることになるとは、ユーリウス王は思っていなかった。砂上の楼閣という言葉がぴったりな脆い、わずかな衝撃で崩れてしまうような国だった。そんな王国の王に、なりたくもなかったのに、ならされた自分は…
王都から腐死者の森までは馬で四刻ほど。ソルたちはその距離を歩いて移動した。馬をずっと駆け続けさせることは出来ないので、歩いても時間はそれほど大きくは変わらない。そうであれば、何頭もの馬で移動して、わざわざ他人の注目を集めることはないという…
ソルはリベルト外務卿の手引きで牢を抜け出した。見張りの牢番もソルの逃亡を防ごうとしない。何の苦労もなく、あっさりと外に出て、さらに城の奥に辿り着くことが出来た。 これも国王に対する裏切り行為。そうソルは思い、ナーゲリング王国の脆さを感じたも…
城内の牢は城の地下にある。同じ城の中で、ここまで違うかと思うくらい暗く、異臭も漂う、不衛生な場所だ。そこに閉じ込められているのはソル一人。ナーゲリング王国に変わってから、牢獄は城の敷地の外に新たに作られた。今は使うことのない場所なのだ。 窓…
ソルの裁きは軍事裁判ではなく、四卿会議の場で行われることになった。ユーリウス王が望んだことではない。ソルの公式記録は、イグナーツ・シュバイツァー。王家の人間であるソルを、しかも先王殺しという罪で裁くことは秘匿すべきという四卿、特にリベルト…
周囲のざわめきが収まらない。収まるはずがない。「ベルムントを殺したのは、お前か?」というクレーメンスの問いは、それを聞いた者たちに大きな衝撃を与えていた。問いの意味を良く理解していない者も少なくない。ソルの名はイグナーツ・シュバイツァーだ…
王国の窮地を救うため、彗星のごとく現れた若き英雄。そんな噂が王都で広がっていることなど、その英雄本人であるソルは知らない。知っても喜ばない。本気で嫌がる、そしてなんとかして、その噂を打ち消せないか考えるはずだ。ユーリウス王は、噂を消したけ…
ツヴァイセンファルケ公国軍の動きは、完全にツェンタルヒルシュ公国の意表をついた。自国領に入ってきたことには気付いていた。王国軍の部隊、ソルたちがいる臨設第九〇一部隊を警戒して、東の領境の監視は厳しくなっていたのだ。万の軍勢が近づいてきてい…
出撃する軍はすでに全て王都を発ち、あとは経過報告を待つだけ。結果が出るのはまだまだ先のことだ。ユーリウス王に焦りはない。不安もかなり薄れている。ヴェストフックス公国が援軍を送って来た。その数およそ一万。常備軍であれば、ほぼ全軍。そうでなく…
ルッツを総指揮官とした侵攻部隊、正式名称は臨設第九〇一北東方面治安維持部隊は王都を発った。任務は王国北東方面の視察。王国民の暮らしを阻害する問題が起きていないか、巡回視察を行い、必要があれば問題排除を行うというもの。公国向けの建前だ。 部隊…
王国中央部で戦雲が広がっている頃、他の地域でも同じように戦争に向けた動きが活発化していた。ノルデンヴォルフ公国がそうだ。領土を守ることを何よりも大事と考え、軍を外に出すことを良しとしなかった祖父、アードルフが亡くなったことで、現ノルデンヴ…
四卿会議の場。今日はいつもとは異なり、出席者の数が多い。ユーリウス王と四卿以外にフリッツ情報局長、そして王国軍の将たちが参加しているのだ。正式にはこれは四卿会議とは呼ばないのだが、ユーリウス王の意向で、会議の場が他の目的では使われることの…
「えっと……正気ですか?」 会議の場に呼び出され、説明を受けた後のソルの第一声がこれ。当たり前の反応だ。一応は正式な騎士になっているソルだが、王国軍の最高意思決定会議という位置づけの場に呼ばれ、これからの戦いに向けての作戦計画を考えろと言われ…