月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第36話 ゲームではない

異世界ファンタジー小説 逢魔が時に龍が舞う

 灰色のコンクリートに囲まれた部屋。中央に置かれているのはテーブル、そしてそのテーブルを挟んで向かい合う形で置かれている二脚のパイプ椅子。その片方に両手両足を拘束されたまま、尊は座らされている。
 ぼんやりとした表情の尊。ぼんやりとした様子を見せるのは尊には珍しくないことだが、普段のそれを知っている人が見れば、今の表情は少し違うとすぐに気付くはずだ。

「もう一度、聞く。行方不明の間、君はどこにいた?」

 正面の椅子に座る男が、尊に問い掛けてくる。

「……秘密」

 それに対して尊は、表情を変えることなく、小さな声で答えた。

「……君と妹はどこでどのようにして暮らしていた?」

「……秘密」

 聞き方を変えてみても答えは同じ。尊の口から尋問者が望む答えは出てこない。

『薬を追加しろ』

 部屋に響いた声。壁に埋められているスピーカーから流れてきた声だ。

「……これ以上の投与は精神に異常を来す可能性があります」

『かまわん。やれ』

「……分かりました」

 命令には逆らえない。尋問者は立ち上がると、後ろにある机の上に置いてある注射器を手に取った。同じく机の上にあった小瓶に針を射し込み、中の薬を吸い上げる。

「……もし暴れるようなら、撃て」

「……はい」

 部屋にはもう一人いる。そのもう一人に指示を出して、男は尊に近づいていく。指示された男は尊に向かって、銃を構えている。銃といっても麻酔銃だが。
 尊の腕を取って針を刺すと、ゆっくりと薬を押し込んでいく。それが終わったところで、男は注射器を元の場所に戻し、また尊の正面の椅子に座った。

「質問だ。君と妹は行方不明の間、どこにいた?」

「…………」

「どこにいた? 答えろ」

「……貴方の知らない世界」

「ふざけるな!」

 もう何時間もこんな尋問を繰り返している。何も得るもののない仕事を延々と続けさせられている苛立ちが、とうとう爆発してしまう。

「正直に答えろ! お前たち兄妹はどこでどのようにして育ったのだ!?」

「……秘密」

 男の怒鳴り声に、尊は何度も繰り返した答えで返した。

「……なんなんだ、こいつは?」

 呆れた様子で呟きを漏らす尋問者。
 薬を投与された人間は、正常に頭を働かせることが出来なくなっているはず。秘密を守ろうなんて意思は保てないはずなのだ。そうであるのに尊は、危険といえる量まで薬を投与されたにもかかわらず、黙秘を続けている。記憶喪失は本当なのではないか、とまで尋問者は思い始めた。

『交代だ』

「えっ?」

『ご苦労だった。少し休んでくれ』

「……はい。ありがとうございます」

 労われるような成果はあげていない。疲れてもいない。それで交代を言い渡されたのは、失敗したから。そう思ったが、これもまた命令。大人しく従うしかない。
 尋問室を出て行く男。それと入れ替わりに別の男が部屋に入ってきた。

「君もいい」

「……はい」

 麻酔銃を持った男にも出て行くように告げて、部屋に入ってきた男は尊の前の椅子に座った。尋問室の出入り口の扉が開き、そして閉じる。
 部屋には尊と、その男だけになった。

「さて……」

 おもむろに立ち上がった男は、いきなり目の前のテーブルを蹴り飛ばした。大きく動くテーブル。その勢いに押し込まれて、椅子に座っていた尊が床に転げ落ちる。

「薬が効かないのであれば、これしかないだろ?」

 こう言って男は、今度は直接、尊に向かって蹴りを飛ばす。

「ぐっ」
 
 男の蹴りをまともに腹に受けた尊。苦しそうにうめき声をあげるが、相手の攻撃はそれで終わらない。床に転がったままの尊に向かって、何度も何度も、踏み潰すように蹴りを繰り出す男。

「……さて、これで話す気になったか?」

 しばらくそれを続けたところで男は、尊をテーブルの上に引きずり上げて、座らせた。

「俺はどこにいたなんて聞かない。そんなことはどうでも良い」

「…………」

「剣はどこだ?」

「……秘密」

 尊の答えと同時に、尋問室にテーブルが倒れる大きな音が響く。それに巻き込まれて、尊も椅子から転げ落ちた。

「答えろ! 剣はどこだ!?」

 床に転がっている尊に、また蹴りを浴びせる男。男の蹴りを受け続けている尊に、仮に答える気があっても、それを許さない勢いだ。

「……もう一度聞く。剣はどこだ」

 一度大きく深呼吸をして息を整え、男はまた同じ質問を口にした。

「……け、剣、て……何?」

「剣は剣だ!?」

 また放たれた蹴り。それを受けて尊は床を転がった。

「……剣……せめて、どういう剣か、教えて……もらわないと……」

「聞かなくてもお前は分かるはずだ」

「……じゃあ、聞くけど……貴方は、どうして……知ってるの?」

「何?」

「……だ、第一分隊、指揮官の、百武さん。YOMIの、メンバーではない……貴方は……どうやって、剣のことを、知ったのかな?」

 尊が剣を持っていることを知っているのは『YOMI』のメンバーでも極限られた人たち、というわけではないのだが、尊はこういう聞き方をした。

「……それを説明する必要はない」

「だ、大丈夫……それで……説明に、なってる」

「なんだと?」

「仕事でも一度だけ見せてる。それは隠す必要もないこと」

 遊撃分隊の仕事で、尊は一度その剣を使っている。第一分隊指揮官の百武が知っていてもおかしくない。だが、それであれば誤魔化す必要もないことだ。そして。

「…………」

 さらに百武の沈黙が、情報源がそれ以外であることを示している。

「なるほどね……何を吹き込まれたか、知らないけど……剣が欲しくて、か……」

「……持っているのだな?」

「目、見えてる?」

 床に倒れたまま、両手を上げてみせる尊。今の尊は、当たり前だが剣など所持していない。

「どこに隠している!?」

「……その程度か」

 百武第一分隊指揮官は詳しい情報を持っていない。それが問いで分かった。

「調子に乗るな!」

 また激しい暴行が尊を襲う。このようなやり方が、一部の特殊ケースを除いて。許されるはずがない。これは公式な軍の尋問ではないのだ。

「……必ず白状させてやるからな」

 ぐったりとして動かなくなった尊に向かって、捨て台詞を吐いて、百武第一分隊指揮官は尋問室を出て行く。

 

◇◇◇

 尊と共に拘束された立花防衛技官。彼にとって幸いなことに、待遇は一般的なものだ。立花防衛技官が問われたのは分隊指揮官としての部下の管理不行き届き。聞き出したい特別な情報を持っているわけでもない。処分が出るまで謹慎。それを自宅ではなく軍の施設で行っているだけだ。
 そういった処遇であるので、面会も許される。もちろん、誰でもということではないが、今日現れたのは、それが許される人物だ。

「災難だったな」

「……葛城陸将補はご無事だったのですね?」

 面会に訪れたのは葛城陸将補。彼が自由でいられて、しかも面会に来ることが出来たことが立花防衛技官には意外だった。

「私はすでに責任をとって部隊指揮官を退任している」

「そうだとしても……私は何故、拘束されたのでしょう?」

 自分が葛城陸将補以上の重要人物であるはずがないと立花防衛技官は思う。そうなると何故、拘束されたのか不思議だった。

「さあな? 可能性としてあるのは、人質かな?」

「人質? あっ、古志乃くんに対してですか」

 尊にとってそんな価値があるとは思えないが、それが分かっていない人たちが企んだことであれば、あり得ると立花防衛技官は考えた。

「……彼の拘束場所が分からない」

「情報が秘匿されているということですか?」

「その可能性は否定しないが、かなり深い情報まで探った結果、不明なのだ」

「……軍の施設ではない?」

 どこまでの情報にアクセス出来たのか分からないが、葛城陸将補がこのような言い方をするということは、それなりの範囲。情報そのものが軍にはない可能性を立花分隊指揮官が考えた。

「新しい指揮官が決定した」

 立花防衛技官の問いに答えることなく、葛城陸将補は旧第七七四特務部隊の新指揮官の人事の話を始めた。当然、立花防衛技官の問いに無関係ではない。

「誰ですか?」

「月見上等陸尉」

「……誰ですか?」

 立花防衛技官にとっては聞いたことのない名前。どこの誰かまったく分からない。しかも陸将補の後任が上等陸尉。階級差がありすぎる。

「七七四の隊員だ」

「えっ?」

「籍はそうなっていた。指揮官であった私も知らなかった事実だ」

「……まさかと思いますが」

 葛城陸将補の説明で、立花防衛技官は一つの可能性を思い付いた。

「そのまさかだ」

「|零《ゼロ》世代ですか……古志乃くんが言っていた人物ですね?」

 『YOMI』は第零世代によって作られた。新指揮官は『YOMI』と繋がりのある人物。裏切り者だ。

「これは推測に過ぎないが、こちらの動きを警戒してのことかもしれない」

「……本部の裏切り者は、我々が思っていた以上に身近な人物でしたか」

 葛城陸将補が言っているのは、この二人に尊と天宮を加えた四人で話していたことだと立花防衛技官は理解した。人払いをしたはずの会議室での会話を盗み聞きしていた裏切り者がいたのだと。

「君は特戦隊から外される」

「……他に外れるのは誰ですか?」

「今のところいない」

「……つまり、第一世代全員が裏切り者である可能性があるわけですか」

 旧第七七四特務部隊にいた邪魔者は排除されようとしている。葛城陸将補と自分、そして尊の拘束はそういう目的だと立花防衛技官は考えた。そうなると残る隊員は皆、怪しく思えてしまう。

「……考えたくない可能性だ」

 第一世代は分隊指揮官だけでなく、葛城陸将補の秘書兼護衛官だった|三峰《みつみね》|紗耶《さや》もそうだ。葛城陸将補にとって受け入れがたい可能性だ。

「完全に乗っ取られることになりますが?」

 軍内に『YOMI』の組織が出来上がる。そんな事態はあってはならないことだと立花防衛技官は思う。

「それなのだが……」

「何かあるのですか?」

 煮え切らない葛城陸将補の態度に、まだ裏がある可能性を立花防衛技官は考えた。

「まだはっきりとしていないが、何かあるようだ。それが何かは教えて貰えない」

「……どういうことですか?」

 この言い方だと葛城陸将補は、調査に関して主導的立場で動いているわけではない。では誰なのかということになる。

「軍内での主導権争いはまだ続いている。その点で、彼等は少し強引に動きすぎた。敵を増やしたのだ」

 今回の動きは焦りもあってのこと。陸尉階級の人物が指揮官就任などやり過ぎだ。葛城陸将補は説明していないが、その陸尉という階級も特進させた結果なのだ。

「……もう一波乱ありますか。少し安心しました」

「安心は出来ない。主導権争いの結果もそうだが、古志乃くんはそれとは関係のない立場にいる」

 主導権争いを行っている人たちにとって、尊の存在は重要ではない。葛城陸将補が頼っている勢力は、特殊能力者を良く思っていない側なのだ。

「助けられないのですか?」

「私は助けようとしている。だが、どこにいるかも分からない状況では……」

「……本来は軍内で争っている場合ではありません。何が起こるかは、未だに見当も付きませんが」

「……分かっている」

 自分たちが想像も出来ない事態が巻き起こるかもしれない。それを止められるかもしれない存在が尊だとすれば、物事は間違いなく悪い方向に進んでいる。しかも、その動きは加速しているのだ。
 それを思って葛城陸将補、そして立花防衛技官の胸に暗い影が広がっていく。

 

◇◇◇

 事が悪い方向に進んでいるのは『YOMI』の側も同じ。それを望む人物がいることも、軍と同じだ。そしてそれに抗える力ある存在がいないことも。
 幹部が集まった会議の場。といっても全ての幹部が揃っているわけではない。欠席者が過半を超えている。会議の冒頭で、一人を除いた全員が揃う形になるが。

「ハク、トーマ、そして望。この三人は裏切り者だ。『YOMI』から除名する」

 怒りの表情を浮かべて、三人の除名を宣言する朔夜。

「当然だ。が、事はもうそういう段階じゃない」

 望の特殊戦術部隊指揮官への就任は、組織に無断で行われたこと。敵の側に寝返ったものと判断されている。それについて何の連絡も行ってこないハクこと|百武《ひゃくたけ》|将也《まさや》、トーマこと|堂島《どうじま》|勝利《かつとし》の二人の残留組も同様だ。

「分かっている。ただ形式は必要だ」

「まあ、一応、組織だからな」

 『YOMI』は誰か一人のものではない。幹部の合議で物事が決められるのだ。その幹部が今、たった二人、朔夜ともう一人の|焔《ほむら》しかいないというだけのこと。

「続けるぞ。月子、九尾の二人の幹部昇進に異議はあるか?」

 いるはずがない。三人を除名して、二人を新たに加えることは、会議を始める前に決めてあったことだ。

「……九尾は信用出来るの?」

 現幹部の二人に異議はないが、月子が疑問を投げかけてきた。九尾は月子たちが怪しんでいた人物。その彼を幹部にすることを月子は不安に思っている。

「信用出来るから幹部に登用するのだ」

「……敵の罠に嵌められた作戦に絡んでいた」

「罠に嵌めるはずだった。九尾は裏切り者に騙されたのだ」

「そう……」

 作戦を考え、その実行を指示するのは幹部。実行役に過ぎない九尾が騙されていた可能性はあり得る。それでも月子は、なんとなく腑に落ちないものを感じている。
 その疑念を持たれている九尾のほうは、特に何も感じていないかのように無表情のまま。文句を言うことなく、黙って視線を下に向けている。

「二人を幹部にすることは決定事項だ」

「……分かった」

 これで、四人の幹部がこの場に揃ったことになる。過半数は超えた。

「では、すぐにやってもらうことがある」

「新しい作戦?」

「そうだ。裏切り者を殲滅する」

「それってさ……」

 軍の一部隊の指揮官となった望を殺すとなれば、それを特戦隊全体と戦うことになる。もとから軍全体が敵のつもりではあるが、一作戦で、しかも正面から激突したことは一度もないのだ。

「ほぼ総力戦になる。それぞれメンバーを選抜してくれ」

「……分かったわ」

「それと九尾。君にはもう一つ仕事を頼みたい」

「……はい。何でしょうか?」

「エビスの行方を捜してくれ。無理をする必要はない。裏切り者たちとの戦いのほうが大切だからな」

 尊に会いに行ったきり、エビスはアジトに戻ってきていない。軍に捕まったという情報も入ってきていない。行方不明なのだ。

「……承知しました」

「決行日は別途伝える。許可があるまでは、この件について口外しないように。慎重に人選を進めてくれ」

 次の作戦は『YOMI』が、特殊戦術部隊のほうも、初めて経験する規模の戦いになるはずだ。こんな早期に、このような戦いが起こるはずではなかった。両者ともに、じっくりと力を蓄える時期のつもりだった。
 加速する動きは止められない。止める力は誰にもない。