ファンタジー小説-災厄の神の落し子
リルは、他の使用人たちがいない、専用の宿舎で暮らしている。前任者が使っていた場所をそのまま与えられたからだ。何故、前任者はこのような特別待遇を得られたのか。レイヴンの世話を出来る馬飼がその人しかいなかったからだと、リルは思っていたが、実際…
騎士養成学校。正式名称は帝立帝国騎士養成学校だ。歴史は長くて百年近くになる。それでも帝国建国からは二百年以上経ってからの創立。それは帝国騎士団の要員不足が問題化したのが、その頃だったからだ。騎士養成学校は定員不足、成り手不足を補う為に広く…
リルはまたイザール候に呼び出された。今回は用件が分かっている。プリムローズを守るということを口実にして、ラークの従者を叩きのめした。相手はイザール候の息子であるラークの従者だ。咎められることは、やる前から分かっていた。分かっていたが、黙っ…
プリムローズの日常は以前とは大きく変わった。兄のローレルと共に過ごす時間以外は、自室に引きこもって本を読み続けている毎日だったプリムローズ。今は違う。午前中は第二馬場に行って馬術の稽古、といってもルミナスの朝の運動時間に乗り手となっている…
リルの毎日はレイヴンとルミナスの二頭の馬の世話、それとプリムローズ、そしてローレルの世話、という言い方はローレルが怒るだろうが、も加わった。馬に乗る練習だけでなく、剣の訓練についても二人一緒に行うことになったのだ。 リルとしては、本音は、迷…
リルはイザール侯に呼び出された。面と向かって会うのはこれが二度目。プリムローズを助けて、ここを訪れて以来、一度も会っていなかったのだ。別に珍しいことではない。末端の使用人が当主であるイザール侯に会うことなど、滅多にあることではない。母屋で…
プリムローズと共に馬場に現れたのはイザール侯爵家のローレル。三人いるプリムローズの兄の中では一番年下。もっとも年齢が近い兄だ。兄妹ではあるが、金色の髪以外は似たところはない。瞳の色が違うだけでなく、美少女と言えるプリムローズと比べてしまう…
リルの寝床は馬屋のすぐ隣にある小さな建物。亡くなった御者が使っていた部屋だ。前任者は変わり者で、人といるよりも馬といるほうを好んだ。人と接するのが嫌いだった、という表現のほうが正しい。レイヴンを扱える稀有な人物ということで、特別に本人の望…
帝都の定義がどこまでというのは難しい。公式にはかなり広範囲。帝都を囲む防壁は大きく分けると内壁と外壁の二つがあり、外壁の内側が帝都となる。ただ外壁は一周するのに半月はかかるほどの広範囲を囲っている。正確には囲っているというのは誤りで、いく…
馬が大人しくなったところで御者を代わった彼。そうしたくてしているわけではない。女の子に任せては、また同じ結果になるだけ。自分がやるしかないのでやっているだけだ。 女の子はその彼の隣に座っている。馬車の中には何体もの死体がある。いくら親しい人…
初代皇帝アルカス一世によって建国されたアークトゥラス帝国の治世は三百年に届こうとしている。未だに帝国の支配は盤石、とは決して言えない。真逆の状態だ。 帝国貴族の何人かが力を増すようになり、領地を巡る争いが増えて行った。帝国に力があるうちはま…
地面に転がるいくつもの死体。その中に立つ、ふわふわした金髪に大きな翠色の瞳のまだ幼い、十人が十人、可愛らしいと思うだろう女の子。だが今の彼女は可愛らしい顔を歪め、目の前に立つ剣を持った男たちを睨んでいる。死体は彼女の従者たち。馬車で移動し…