月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第33話 裏切り

異世界ファンタジー 逢魔が時に龍が舞う

 桜木学園襲撃。場所でいえば、それは第七七四特務部隊本部への襲撃と同じ。それを桜木学園襲撃とするのは、特務部隊の戦闘員のほぼ全員が別の場所にいた為に、襲われたのは隊員ではなく候補生だけだったこと。桜木学院生徒が襲撃されたということだ。
 その結果は偶然ではない。特務部隊員の不在を狙われたのだ。それはつまり内部情報が『YOMI』に漏れていたということになる。
 現場の確認を一通り終えたところで葛城陸将補は会議室に籠もった。同席しているのは遊撃分隊のメンバーのみ。立花分隊指揮官、尊、天宮の三人だ。
 大事件のあとに、このメンバーだけで打ち合わせを行うのは、周囲からみれば異常なこと。だが葛城陸将補にはこれを行う理由がある。

「……現場の様子を見て、どう思った?」

「私の意見でよろしいのですか?」

 葛城陸将補に意見を求められた立花分隊指揮官は戸惑っている。彼には現場検証の専門知識などないのだ。

「かまわない。正式なものは、いずれ届く。この場での参考意見として聞きたいだけだ」

「そうですか……私が見た範囲では、建物外部に損傷はありませんでした。他もそうだとすると襲撃者は……」

「内部に手引きした者がいた、だな?」

 口にしづらそうにしている立花分隊指揮官に代わって、葛城陸将補が結論を言葉にした。

「はい……ですが証拠は……」

 特務部隊員内に内通者がいる。立花分隊指揮官はそんなことがあって欲しくない。

「すでに一度、内通者を出している。我々がそれを否定しても、外部がそれを認めないだろう」

 尊に怪我を負わせた今泉のことだ。前例がある以上、周囲は内通者の存在を疑う。事実であれば大きな問題になるだろう。
 それは仕方のないことだと葛城陸将補は思っている。真実がどうであるかが、重要なのだ。

「問題は、その内通者が何者かですか。これについては現時点では、まったく見当もつきません」

「可能性があるのは?」

「まずは候補生です。何らかの形で接触され、取り込まれた可能性があります」

「そうだな。ただ、前回の事件以降、隊員や候補生の行動は厳しく管理されている。私のところに不自然な行動があったという報告はない」

 管理というより監視。行動は全てGPSによって追跡され、記録されている。不自然な立ち寄り先等があれば、それは報告されることになっているのだ。

「……後方支援要員をお疑いですか?」

 桜木学園のすぐ隣は特務部隊本部。その本部とは地下で繋がっているのだ。

「現時点では、疑いは全体に及んでいる。ただ本部の人間が行ったことであれば、記録で分かるはずだ」

 本部内、そして桜木学院に通じる通路などには、関係者以外が勝手に出入り出来ないように、いくつものセキュリティーゲートが存在している。権限を持っていても、そのゲートを通ったという記録がある。それを調べれば、すぐに分かるはずだ。

「……そうなると、やはり候補生ですか」

 記録が残ることなど誰でも知っている。内通が知られるリスクを冒して、それを行うとは立花分隊指揮官は思えない。

「ふむ……どう思うかな?」

 今度の問いは尊に向けたものだ。

「指揮官は無実かな」

「……そうか」

 求めていた答えとは異なるのだが、これはこれで意味のあることだ。

「あ、あの、それって……?」

 葛城陸将補と尊のやり取りに動揺している立花分隊指揮官。それはそうだろう。二人の話は、自分が疑われていたことを意味するのだ。

「襲撃犯が『YOMI』もしくは、その関係者であれば」

 立花分隊指揮官の動揺を無視して、尊は話を続けた。

「……なるほど」

 尊が何故、立花分隊指揮官が内通者ではないと判断したのか。それは精霊力、もしくは他の何かを探った結果なのだろうと葛城陸将補は理解した。

「もう一つの答えは、内通者を一人と決めつけるのは危険ってこと」

 葛城陸将補が求めていた答えも、尊は口にした。

「……複数いる可能性はあるか」

 その場合、どういうことが考えられるか。

「本部の内通者が候補生を取り込んだってこと?」

 その答えの一つを、立花分隊指揮官が見つけた。

「そうなると、かなり以前から計画されていたことになるな。それもそうか」

 『YOMI』がこちらの内部情報を知っているとすれば、本部のすぐ隣にある桜木学園を、準備期間を持たずに襲撃するようなリスクを冒すはずがない。そう葛城陸将補は考えた。

「しかし、どうやって本部の人間を取り込んだのでしょう?」

 本部の人間のほとんどは特殊能力者ではない。『YOMI』に共感する部分はないと立花分隊指揮官は考えている。

「金でも、弱みを握るでも、色々と方法はある。ただ……」

 『YOMI』の中核メンバーは精霊科学研究所の関係者。特務部隊員になっていたかもしれない人々だ。そう考えると特務部隊内に初めからいてもおかしくはない。
 これを立花分隊指揮官に話して良いものか、葛城陸将補は躊躇った。

 

「指揮官の意見は聞くべきだと思います」

 その葛城陸将補に、尊が話すことを勧めてきた。尊なりに、立花分隊指揮官の能力を認めているのだ。

「そうか……古志乃隊員の話だと、『YOMI』の中核メンバーは第一世代と同世代。第|零《ゼロ》世代と呼ばれている人物たち。呼ばれてと言ったが、その存在を知る者はわずかだ」

「……もともと軍の人間だったのですか?」

「正確には、軍に入れるべく……改造された人間だ」

「……えっ?」

「実験は失敗。彼等が特務部隊に配属されることはなかった。その彼等が、どうやってかは分からんが『YOMI』を組織した」

 実験に失敗したから解放、なんてことにはならなかったはず。人体実験などという表沙汰になってはならない事実の証人となる人々だ。最悪の処置も考えられる。
 その彼等が研究所や軍の外にいることについて、葛城陸将補は不思議に思っている。

「……言葉にするのは少し躊躇うのですが、実験に失敗した人たちですよね? その人たちがどうして特殊能力者の組織を作れたのでしょう?」

 立花分隊指揮官は表現に気を使ったが、言いたいことは、失敗作の彼等がどうして、能力だけでいえば最高傑作といえる鬼の組織を率いていられるのか、ということだ。

「精霊力だけが彼等の力じゃないから。実験もそういうものがあったみたい」

 立花分隊指揮官の疑問に、尊が答えてきた。

「そういうものって?」

「武器を体に取り付けるとか。まあ、あの人はそういうのは関係なく、組織に必要な人だけど」

 エビスのことだ。彼はその人体実験で四肢を失った。

「そこまで……?」

 それでは精霊力など関係ない。人体改造だ。程度は違っても、そういうことが各国の軍隊で行われていることは、立花分隊指揮官も知識として知ってはいるが、やはり抵抗感が強い。

「それに、そういう人だけじゃなくて、それなりの能力者もいます。その人を知る僕には何故、実験が失敗とされたのか分からない」

 尊からみて、第一世代と呼ばれる分隊指揮官たちの能力は低い。精霊力を使えないエビスは別にして、朔夜などはその彼等を軽く超えている。何をもって実験は失敗したと判断されたのか分からない。

「……その第|零《ゼロ》世代が軍に残っていると考えているのですね?」

 立花分隊指揮官は話をもとに戻し、葛城陸将補に問いを向けた。尊の疑問については、すぐに答えが出ることではないと考えたのだ。

「その可能性はある」

「彼等の目的は復讐ですか?」

「それは……どうなのだろうな?」

「どういうことですか?」

 葛城陸将補の答えは、答えになっていない。復讐以外の何かを考えていることだと思って、尋ねたのだが。

「YOMIのメンバーも罠に嵌められてる。目的が復讐だとすれば、どうしてそんなことをする必要があるのかな?」

 答えは尊から返ってきた。

「罠って……ここ最近の作戦のことを言っているのかな?」

「そう。特に最初のは。あそこはアジトじゃなくて、作戦の為に一時的に利用していた場所。そこで待機していたところを、タイミング良く襲撃された」

「……それってさ」

 襲撃を受けたYOMIの側からの情報であることは明らか。内通者を疑うとすれば、尊が一番怪しい。今更のことだ。

「あの作戦の目的は何か。これは考える必要ないはずです」

「強化鍛錬の成果を確かめる為だね」

 公にされている目的であり、これに裏はないと尊は考えている。

「そして実験は成功した」

「……その言い方って、つまり全ては精霊科学研究所の企みってこと?」

 尊が作戦を実験と言い換えた意味を、立花分隊指揮官は正しく受け取った。

「精霊科学研究所っていうべきかは分からないですけど」

「まだ何かあるの? それは何かな?」

「……斑尾教授は、本当に斑尾教授なのですか?」

「……えっと、それはどう受け取れば良いのかな? もう少し分かりやすく話してもらわないと」

 尊の質問の意味が、立花分隊指揮官にはまったく分からない。事が事だけに、さすがに立花分隊指揮官も少し苛立ってきている。

「あの人からは僕の知っている人の気配がしました」

「……あっ、思い出した。だから、あの時、「貴方は誰」なんて質問をしたのだね?」

 斑尾教授が本部を訪れた時の話だ。尊は最後に、斑尾教授にそれを問い掛けた。尊がたまに見せる、不思議な対応の一つだと思って、立花分隊指揮官は気にしていなかった。

「あの人の意思は、本来のあの人の意思なのか疑問です」

「……操られているってこと?」

「その可能性があるってことです」

「……そういうことは早く言ってもらえないかな?」

 もし、それが本当であれば大変だ。この国の精霊科学研究は誰の意思で行われているのか、分からないということになる。

「気をつけたほうが良いと言ったはずです」

「……次からは、もう少し具体的に話してもらいたいな。でも……今日はずいぶんと話すね?」

 尊が言葉足らずなのは、この件に限った話ではない。何らかの制約を受けていることは分かっていて、諦めていたのだが、今日はやけに話をしてくれていると、今更ながら立花分隊指揮官は気が付いた。

「時間がない」

「時間……」

「止められる?」

「……何を、どうやって?」

 聞くまでもなく、止められない。立花分隊指揮官もそれは分かっている。

「……斑尾教授を殺すとか?」

「無理。理由もなく人を殺したら、それはただの殺人」

「理由はあります」

「どんな?」

「…………」

「……それじゃあ、無理」

 ここでどうやら制約に引っかかった。尊の沈黙を、立花分隊指揮官はそう判断した。そうなると斑尾教授の排除は出来ない。殺すということでなく、人事的な排除を立花分隊指揮官は考えているのだ。

「古志乃くん。少しでも良い。何か話せないのか?」

 正当な理由がなければ、何も出来ないのは葛城陸将補も同じだ。

「……この世界は、穢れに染まる」

「……分かった。何が出来るか分からないが、やってみよう」

「出来るのですか!?」

 葛城陸将補の言葉に、立花分隊指揮官は驚きの声をあげた。かなり失礼な反応だ。

「あっ……すみません」

 それに気が付いて、すぐに謝罪を口にする。

「……私にも人脈はある。政治ごとは得意ではないし、結果が出せるか分からない人脈だが、やれることをやるしかない」

 尊の言葉が具体的に何を意味するのか、葛城陸将補にはまったく分からない。だが、何もしないでいるわけにはいかない。尊は焦っている。そうなるくらいに事態は深刻ということなのだ。