月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第42話 最恐の鬼

異世界ファンタジー 逢魔が時に龍が舞う

 夜空に浮かぶ三機のヘリコプター。特殊戦術部隊配備のヘリコプターだ。尊が現れると確信していた朔夜は、万全な体勢を整えて、この戦いに臨んでいた。このヘリコプターはその中でもとっておきだ。従来の第七七四特務部隊に配備されていた移動用のヘリとは違う。対地攻撃用のヘリなのだ。
 その攻撃ヘリの機関砲の銃口が尊たちを向いている。人が用いる機銃とは異なる太い銃身が。

「……エビスさん、離れて」

「いや、でも」

「月子を連れて離れて!」

「……わ、分かった。さあ、月子ちゃん」

 月子を安全な場所に。尊のその意図を知っては、断ることは出来ない。エビスは月子を連れて、この場所から離れようとした。

「……嫌」

「月子ちゃん」

 だが、それを月子は拒否する。尊を残して逃げることに抵抗を覚えているのだ。

「月子。僕の為を思うなら、ここから離れて。月子を庇いながら、戦う自信は僕にもないから」

「庇ってもらう必要なんてない。自分の身は自分で守る」

「早く! エビスさん!」

 揉めている時間はない。ヘリコプターはすでに攻撃態勢に入っているのだ。

「月子ちゃん、ごめん!」

 エビスは強引に月子の体を引き寄せると、オフロード車椅子のアクセルを一気に踏み込んだ。太いゴツゴツしたタイヤが土を噛み、飛び跳ねるように走り出す。
 それにわずかに遅れて、上空で破裂音のような音が響き渡る。空から降り注ぐ機関砲の弾。それはエビスが作った防弾傘を打ち破る。

「ミコト!」「尊!」

 重なった声は月子と天宮のもの。尊の身を案じて名を叫んだ二人。だが尊への攻撃は、二人の思いなど関係なく、さらに強まる。
 火を噴いて宙を飛ぶのはロケット弾。戦車に向ける兵器を、人一人を殺す為に使ってきた。爆発音と共に、土煙が宙を舞う。

「撃て! とにかく撃ちまくれ!」

 朔夜の命令を受けて支援部隊からも、尊が立っていたであろう場所に向けて、雨あられのごとく銃弾が撃ち込まれていく。肉片さえも残さない。そんな勢いだ。
 とてつもなく長く感じる数十秒間――銃声が止み、辺りを静寂が包む。生きているはずがない。誰もがそう思っているのだが、その誰もが緊張から解き放たれないでいる。
 体の奥から強い警戒心が湧いてくるのだ。

「……あ、あれは?」

 土煙が舞う中、照明に照らされた影。小さな人影の上で、ゆらゆらと揺れている八つの影は、まるで蛇のように見える。
 ただ影だけであっても、それを見ているだけであっても、恐怖で体がすくんでしまう。

「……とうとう本性を現したな」

 ほぼ全員が信じられないものを見て、呆然と立ちすくんでいる中、朔夜だけが納得した様子だ。

「さ、朔夜。あれは……生きているのか?」

 百武が朔夜に事情を尋ねる。事情といっても、問いの内容は意味のないもの。聞くまでもなく、尊は生きている。映る影がそれを示している。

「生きている。あれこそが奴の本性だ」

「本性とは何だ?」

「八岐大蛇(やまたのおろち)」

「なんだって……? お前、こんな時に下らない冗談を……」

「さあ、奴を殺せ! 殺して剣を奪うのだ! その時こそ、俺は王になる。この国の新しい歴史が俺の手で造られるのだ!」

「朔夜……?」

 恍惚とした表情で、訳の分からないことを叫び出す朔夜。正気を失っている。その叫びを聞いた多くが、そう思って呆然としている。だが、今はそれに気持ちを向けている場合ではない。それを全員が思い知ることになった。
 影の一つが宙に伸びる。その影に貫かれた攻撃ヘリは、制御を失って地面に落ちていく。凄まじい衝撃音。それに続く爆発音。攻撃ヘリは一気に燃え上がった。
 それを見て、他の二機が急上昇を図ろうとするが、それは許されなかった。八つの影が宙に伸び、機体を貫き、叩き、切り裂く。地面に落ちる前に空中分解する機体。

「……倒せ。全員でかかれ! 奴こそ最凶の鬼! 共通の敵だ!」

 朔夜の号令の声が響く。それに反発を覚える者は多いが、共通の敵という言葉は真実であることが、すぐに分かる。正しくは、相手には敵味方の区別はないということが。

「誰か、ミコトを止めろ!」
「誰が止められる!? 普通でも敵わないんだぞ!」
「文句を言っていないで守りを固めろ! 俺だけじゃあ、保たない!」

 尊の攻撃は見境がない。月子が逃げ込んだ、土門が作りあげた防御壁に対しても、容赦なく攻撃を仕掛けてくる。
 その攻撃は当然、特殊戦術部隊にも向けられている。地を這うように伸びる黒い影が、兵士たちをまとめて貫いていく。

「奴を囲め! 四方から一斉に攻撃を仕掛ける!」

 一般兵では太刀打ち出来ない。百武は能力者たちによる一斉攻撃を仕掛けようと動き出した。味方は六十はいるのだ。勝てないはずはない。そう思っていたのだが。

「何故、当たらない!」

 能力者たちの攻撃はほとんど尊に当たらない。四方から一斉攻撃を仕掛けても、その攻撃は尊の体に届く前に、全て八つの影によって防がれてしまう。いくつかすり抜ける攻撃があっても、それによって尊がダメージを受けた様子は全くないのだ。

「防御体勢!」

 一方で尊の攻撃は、守りを固めても簡単にそれを打ち破り、味方に傷を負わせていく。数の優位など、まったく関係ない。

「朔夜! どうすれば、倒せる!?」

 あまりに強すぎる相手。事情が分かっている様子の朔夜であれば、弱点を知っているのではないかと思って、百武は問い掛けたのだが。

「……そんな馬鹿な」

 朔夜も、尊のあまりの強さに衝撃を受けていた。

「あの馬鹿……」

 収拾出来ない事態を作りあげた朔夜に怒りがこみ上げてくるが、それに意味はない。この作戦は百武も同意していたこと。責任は彼にもある。彼に同情すべき点があるとすれば、それは無知だったことだけだ。

 

「駄目だ! もう保たない!」

 厳しい状況は月子たちも同じ。身を隠している防御壁がいよいよ保たなくなった。

「俺が行く」

 壁が崩壊するのは時間の問題。そう考えた九尾は、尊と戦うことを決意した。

「ミコトに勝てると思っているの?」

 そんな九尾を、ちょっとひねくれた言い方で止めようとする月子。

「俺のほうが数が多い。殺しても恨むなよ?」

 九尾のほうが、尊の操る八ツの首より一つ数が多い……それで勝てるなら苦労しない。特殊戦術部隊は六十人がかりで戦っていて、苦戦しているのだ。

「もしかして、それ冗談?」

「……うるさい」

「うるさくない。戦っても死ぬだけよ」

「隠れていても死ぬ。俺だけじゃない。お前だって、今の奴相手では無事でいられないかもしれない」

 真剣な表情で自分を見つめる九尾。この一日で月子の九尾の印象は、随分と変わることになった。もっと早く仲良くなっておけば良かった。そうも思った。

「……私も戦う」

 その機会を作ろうと思えば生き残るしかない。

「戦えるのか?」

「殺す為じゃない。止める為に戦うの」

 鬼のままで尊をいさせたくない。元に戻そうと思えば、まず尊を止めること。月子の戦う動機はこれだ。

「それ良い。私も戦う」

 その月子の言葉にミズキが同調する。そして当然、他の仲間たちも。

「殺すのも無理ゲーなのに、生きて捕らえるのか。月子はいつも無理な要求ばかりだな」

「そうそう。俺たちって可哀想」

「うるさいな。文句はあとでいくらでも聞いてあげるから頑張りなさい」

「はいはい」

 命をかけて戦う、という雰囲気ではない。それが彼等の強み。どんな状況でも最後はなんとかなる。楽観的過ぎるかもしれないが、最後まで諦めることはないのだ。

「そっちは攻撃役ばかりだな。守りはこちらで引き受けよう」

 月子の仲間たちで守りに適しているのは土門くらい。あとは、月子は特別として、攻撃タイプだ。それでは今の尊と戦うのは厳しい。そう考えて、九尾は守りを引き受けることにした。

「じゃあ、行くわよ」

「ああ」

 尊に向かって駆け出す月子たち。
 その少し前――特殊戦術部隊の側でも新しい動きが生まれる。数で押すという戦い方は通用しない。そう考えた特殊戦術部隊は集団を複数に分けた。特務部隊時代の分隊を基本とした五部隊と『YOMI』からの寝返り組で七部隊。八部隊で尊の八つ首にそれぞれ対応し、残りの四部隊が尊本体への攻撃を担当するという布陣だ。
 考えられてはいる。それぞれの部隊に役割を果たす力があれば、という前提では。

「ミコトの動きを止めろ!」

 こう叫ぶ者がいるが、そんな役割を持った部隊はいない。いたとしても簡単には止められない。彼等は忘れている。八つ首の蛇が顕現していなくても、尊は強いということを。
 八つ首に気を取られている間に、尊の接近を許した部隊。

「剣人!」
 
 その部隊の一人。剣人の体が、尊の蹴りで吹き飛ばされる。 

「なんなんだ!? なんなんだ、こいつは!?」

 精霊力など持たなかったはずの尊。それでも強いことは分かっていたが、強化鍛錬のおかげで強くなった自分たちでも刃が立たない。これには納得がいかない。

「焦るな! かならず隙はある! それを見つけて、攻撃するんだ!」

 宗方分隊指揮官が、周囲を落ち着かせようと声をあげるが、事態はさらに悪化することになる。
 響き渡る銃声の音。いつの間にか、尊の手に渡っていた支援部隊の銃だ。その銃弾を受けた隊員がどうなるか。

「……うぁ、うわぁああああっ!」

「栄輝!?」

 苦しげな声をあげる栄輝。栄輝の体を覆っていた眩い光がくすんでいく。黒く染まる瞳は、鬼化の始まりだ。

「そんな……」

 このまま鬼化が進めば、栄輝はただ殺戮本能の赴くままに暴れ出す。その栄輝を倒すことは難しくはない。考える力を失った鬼を倒すには、ただ上回る力を向ければいい。個の力で上回らなくても、数を揃えれば良いのだ。それがダーク・バレットをこの戦いで揃えた理由だった。そうであるのに。

「あっ……う、撃たれた……い、嫌だ! 助けてくれ!」

 さらにもう一人。剣人を撃ったところで、尊は離れていく。別の部隊に向かったのだ。それを追う余裕は宗方たちにはない。尊と戦う前に栄輝を、そしてもうすぐ剣人を倒さなければならなくなる。
 まず間違いなく尊は計算でそれを行った。鬼化したはずの尊は、冷静に知性を働かせている。この事実は、朔夜たちの作戦の根底を揺るがすものだ。

「……全滅する。このままでは全滅する! 指揮官! 早く救援を!」

 自分たちの手には負えない。特殊戦術部隊に諦めが広がっていく。だが、特殊戦術部隊はまだ全戦力を投入していなかった。数人しかそれに気が付いていないが。

「戦わないの?」

 天宮に問い掛けてきたのは三峯紗耶。

「私は……」

 尊と戦う気にはなれない。

「このままだと犠牲者は増えるばかり。下手したら全滅ね。それでも良いと?」

 仲間を守る。天宮が持っていた強い気持ちを彼女は刺激しようと考えた。だが。

「……彼は殺せない」

 天宮にとって尊は大切な存在。鬼になったからといって殺せる相手、実力は関係なく、ではなかった。

「でも……彼女たちは戦うつもりみたいよ」

「えっ?」

 天宮の視線の先に、尊に立ち向かう月子たちがいた。

「……もう一度聞くわ。貴女は戦わないの?」

 同じ問いではあるが、意味は違う。月子が尊を殺そうとするはずがない。その月子が戦おうとしているとすれば、それは尊の為。自分は尊の為に戦わないのか。三峯の気持ちに関係なく、天宮はそう受け取った。
 天宮の瞳に強い光が戻る。戦う決意を決めたのだ。尊を殺す為ではなく、救う為に。