月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第21話 嫌いな理由

異世界ファンタジー小説 逢魔が時に龍が舞う

 尊は鬼の所在を探知出来る。この事実は秘密にはならなかった。あくまでも第七七四特務部隊内、そしてその特務部隊の存在を知る人々の間では、という条件付きだが。
 隠しても意味はない。その事実を証明する尊の行動はショッピングセンターでの事件が初めてではないのだ。軍はそれを秘匿するよりも活用することを優先したのだ。
 ではその能力を、どう活用するのかというと。

「……ねえ、僕たちはいつからお巡りさんになったのかな?」

 道路を走る車の中で、尊は不満そうな表情で天宮に問いかけた。

「お巡りさん? どういう意味?」

「巡回して怪しい人を探している」

「探しているのは鬼だから」

 鬼を見つけ出すことが出来るのであれば、その能力を使って暴れ出す前に倒すことが出来る。こういう単純な考えだ。

「僕が言われたのは『鬼になりそうな人を見つけろ』だ」

「じゃあ、その鬼になりそうな人を見つけて」

 しかめ面で応える天宮。尊とのこういう言葉のやりとりは、うんざりなのだ。

「なんだ、鬼になった人は見つけなくていいのか」

「それも見つけろ!」

 結局は声を荒らげてしまう。こういった二人の関係が周囲には今ひとつ理解しきれない。仲が良いのかと聞けば、絶対に二人ともそれを否定する。では仲が悪いのかというと、そう単純なものとも思えない。
 いずれにしろ、当人たちにとっては余計な詮索だ。

「見つけてどうするつもりなのかな?」

「倒すに決まっている」

「鬼ではないのに?」

「それは……」

 鬼になりそうな人は鬼ではない。そんなことを言ったら天宮も他の特務部隊員も全員が鬼ということになってしまう。

「捕らえて保護するのだよ」

 返答に詰まってしまった天宮に代わって、立花分隊指揮官が尊の問いに答えてきた。

「保護……」

 立花分隊指揮官の答えを聞いて、意味ありげな笑みを浮かべる尊。

「何か言いたいことがあるのかな?」

 立花分隊指揮官は尊の笑みの意味を正確に捉えた。子供っぽい仕草を見せる尊だが、その本質はかなりの皮肉屋だ。立花分隊指揮官はそう理解していた。

「戦いに出すことが保護になるのかな?」

「……そうだね。保護とは少し意味が違うね」

 穢れていなければ、それは鬼ではなく精霊宿し。特務部隊員になる資格を持つ人物だ。軍の目的は鬼の出現を防ぐだけでなく、特務部隊員候補を増やすことにある。保護された人々は、施設で訓練を受け、いずれ戦場に出ることになるのだ。

「何も分かっていない。それとも分かっていてやっているのかな?」

「それは、何のことだろう?」

 立花分隊指揮官の顔に緊張の色が浮かぶ。尊の話は大抵、聞いて嬉しい話ではない。話の切り出し方でそれが分かっているのだ。

「貴方たちがいう精霊宿しは味方だけ?」

「……YOMIのメンバーも同じだと?」

「そう。じゃあ彼らが何故、軍を敵視するのか分かってる?」

「鬼……は関係ないね。彼らもまた精霊宿しだ。そうなると……」

 YOMIのメンバーは鬼ではない。尊はそう言っている。そうなると鬼対精霊宿しという対立はない。そもそも考える上での前提が間違っているのだ。

「鬼って何かな?」

 それに立花分隊指揮官は気がついた。

「……鬼は鬼」

「精霊宿しが穢れた結果ではない?」

 鬼に対する軍の定義と尊のそれは違う。そういうことなのだと立花分隊指揮官は理解した。そしてそれは鬼についてだけではないのだと。

「指揮官は頭がいいね」

 尊の言葉は立花分隊指揮官の考えを肯定するものだ。

「違うよ。逆に自分は何も分かっていない」

「無知の知?」

「そういう言葉は知っているのだね? でも違うよ。分からないから分かろうと必死に考えているだけだ。さて、別に存在するという鬼についても気になるけど、それは聞けないのだろうね?」

 鬼がいる。これは重大な事実だ。そうであるからこそ尊は何も話さないだろうと立花分隊指揮官は考えた。案の定、尊はただ笑みを浮かべているだけだった。

 

「……話を戻そう。精霊宿しが敵味方に分かれている。君はこう言っている」

「そう」

「……保護した人が敵に回ると言いたいのかい?」

「その可能性を考えないほうが不思議」

「何故、敵に?」

 敵に回る可能性は否定出来ない。だがそうする動機が立花分隊指揮官には思い付かなかった。

「そこには気付かないのか……戦士じゃないからかな?」

「戦士じゃないから……」

 尊の疑問はヒント。そう受け取って立花分隊指揮官は尊の言いたいことを考えた。だが、なかなか考えがまとまらない。

「指揮官は天宮さんを殺せと言われたらどう思う?」

「それは……理由次第だ」

「あっ、そうか。戦士じゃないけど軍人だった。じゃあ、一般の人が一カ所に集められて、さあ殺し合いをしろと言われたらどう思う?」

「……戸惑う? いや、恐れるが先か」

「そんな感情など関係なく……もういいや。それを命じた人をどう思うかな? 殺したくもないのに人殺しをさせられたら? それも仲間を」

「……恨む。そういうことか」

 精霊宿し同士に殺し合いをさせているのは軍だ。それをさせられた人間が軍を恨んでもおかしくない。もちろん、相手が自分と同じ存在だと知っていればの話だ。

「だから穢れた人を鬼なんて呼ぶ。まるでそれが悪であるかのように呼ぶ」

「鬼は悪ではないと? あっ、いや、今の鬼は我々の定義での鬼だ」

「精神を病んだ人を問答無用で殺す。それはこの国では許されるのかな?」

「……病気といったのはそういうことなのだね?」

「分かりやすく言っただけで、本当は少し違う。でもどう違うかは秘密」

「そうか……」

 穢れは病ではない。では何なのか。それを考えるにはまだまだ材料が少なすぎる。そしてきっと考える材料は簡単には手に入らない。尊は秘密と言ったのだ。

「真実を知った時、特務部隊の人たちはどう思うのかな? 僕が見つけようとしている人たちは、君は仲間を殺す為に軍に入って戦うんだと言われて、どう思うかな?」

「…………」

「だから鬼と呼ばれている存在の真実は隠されている。他の人にはね」

 尊の視線は立花分隊指揮官に向けられていない。その視線は、真っ青な顔をしている天宮に向けられていた。

「貴女は鬼が自分と同じ存在だと知っていて、それでも殺すことが出来た。だから貴女は特別。真実を知っても仲間を敵として殺すことが出来る、軍にとって貴重な存在だ」

「ぼ、僕は……」

 確かに天宮は鬼となった仲間を殺した。だが、尊の言うようなことではない。そんなことは全く考えてもいなかった。

「あまり深く考えないほうがいい。変に思い悩むと穢れるよ」

「なっ!?」

「貴女は、他人は警戒しているけど、自分が穢れる可能性を全く考えていない。それが僕には不思議だ」

「…………」

 天宮の顔色は青を通り越して、真っ白になっている。尊の言うとおり、自分が鬼になるなんてことも、これまで考えていなかった。そうなる可能性はあると分かっていたはずなのに。

「なんてね。貴女はそう簡単には穢れない。貴女の力となる存在がきっとそれを許さない」

「……ふ、ふざけるな!」

「ふざけてなんてない。自分だけは特別だ、なんて思っているみたいだから、それを注意しただけ。これも貴女を守る為だ」

「…………」

 自分の心にある驕り。それを尊に指摘されて天宮は何も言えなくなった。そんなことはないと否定したい気持ちはあっても、完全には否定出来ないのだ

「これは個人的な興味で、かつ君の個人的なことなのだけど聞いていいかな?」

「内容を聞かないと良いとは言えない」

「ああ、そうだね。古志乃くんは……天宮くんの何が気に入らないのかな?」

「人よりも少し優れた力を持っていて、人よりも少し優れた容姿を持っていて、そうであるのに自分は不幸だ、みたいな顔をしているから」

「あっ……答えるとは思っていなかったなぁ……」

 本人を目の前にして言うことではない。自分が聞いたせいだと分かっていても、立花分隊指揮官はそれを口にした尊に驚いた。

「聞くから」

「そうだね……もしかして、こういうことなのかな? 『YOMI』の目的は仲間の解放。彼らにはそういう大義があるってこと?」

「……それが全てではないけど、そう考えている人は多い」

「君はそれを手伝っていた。今、任務でやっているように」

 尊の顔に笑みが浮かぶ。立花分隊指揮官の考えは正解だ。尊は今と同じように特殊能力で、精霊宿しを見つけ出していた。『YOMI』のメンバーにする為に。

「まいったな……いや、そうなると君を失ったことは『YOMI』にとって大きいね。そうであるのに君を取り返しにこない」

 尊はメンバー集めに必要な人物。その尊をYOMIが放置しておくとは思えない。

「取り返しには来ました。それが前回の襲撃です」

 立花分隊指揮官の疑問に天宮が答えを返した。

「あっ、そうか……つまり、また来るね」

「そう思います。もしかすると今日かもしれません」

「それはない。僕が戻らないことは分かっている」

 天宮の考えを尊は否定した。感情的なものではない。実際にそう思っているのだ。

「……妹さんが精霊科学研究所にいるから」

 その理由は天宮にも分かる。

「そう。それだけじゃないけど」

「今日は能弁なのね?」

「のうべん?」

「良くしゃべるって意味。その勢いで教えて。『YOMI』のメンバーはどこにいるの?」

 尊は間違いなくそれを知っている。そこに尊もいたはずなのだ。

「それを知ってどうするのかな?」

「攻め込むに決まってる」

「それは困る。貴女に死なれると僕の仕事が失敗したことになる」

 脅しではない。『YOMI』のアジトに乗り込んでも返り討ちに遭うだけだ。天宮だけでなく他の特務隊員が同行しても同じだと尊は考えている。

「僕は死なない」

「月子一人に勝てない貴女が、どうしてそんな自信を持てるのか僕には理解出来ない」

「……それでも場所は教えるべき」

 勝てる方法を考えればいい。今、その方法がないことと、『YOMI』のアジトの場所を隠すことを許すのは別の話だ。

「教えても良いけど、別の可能性は考えないのかな?」

「別? 何の話?」

「向こうもまた拠点を知った可能性」

「まさか……」

 第七七四特務部隊の本部の存在は秘匿されている。そんな簡単に突き止められると天宮は思っていない。

「じゃあ、どうやって月子たちは僕たちを襲撃出来たのかな?」

 襲われたのは精霊科学研究所からの帰り。そこを待ち伏せされていたのだ。何らかの情報が『YOMI』に漏れている証だ。

「……軍の拠点を襲うというの?」

 拠点の場所が知られていることは天宮も否定出来なくなった。だからといって襲撃をしてくるとは思えない。本部は軍の拠点に相応しい防衛態勢が整えられている。

「拠点を襲う必要はない。僕と違って、他の人は外出が許されている」

「しまった!?」

 尊の説明に声をあげたのは立花分隊指揮官だ。慌てて本部に連絡を取り始めた。

「……分かっていて、どうして言わなかったの?」

「貴女が一人で外出するわけじゃない」

 天宮に危険がおよばないのであれば尊にはどうでも良いことだ。尊にとっては守るべき天宮も味方ではない。味方と思える存在は『YOMI』の側にいるのだ。

「徹底しているのね。でも、そのせいで人が死ぬ」

「死ぬとは限らない。真実を知って、仲間になる可能性だってある。もともと仲間なのだから。その仲間を戦わせようとしている人たちこそが敵」

「それが『YOMI』の思想?」

「人殺しは悪。まして罪もない人を殺すのは言い訳のしようのない悪だ。もっと言えば軍、いや研究所かな? とにかく、きっと同じことをする」

「……そうね」

 鬼のように暴れることなく、理性を持って行動出来るのであれば、軍は『YOMI』のメンバーを味方に取り込もうとする。天宮もそうだと思う。

「……それとこれも教えておく。僕が教えなくても、『YOMI』のアジトの場所は知っている人は知っているよ。だから僕が話しても意味はない」

「知らない振りをしているってこと?」

「そういうことなのかな? どういうつもりかは分からないけど、知っているのは間違いない」

「……本当に今日はよくしゃべるね?」

「思っていた以上に貴女は、敵味方の区別がついていないみたいだから。それじゃあ、身を守れない」

「君は困るね?」

「僕だけじゃない……きっとね」

 尊の顔に浮かんだ笑み。好意による笑みではないことは、天宮にもすぐに分かる。では、いつもの様に自分を馬鹿にする笑みかというと、それでもないように感じた。天宮には、尊の視線は自分ではなく、どこか遠くに向いている気がした。