月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第43話 開門

異世界ファンタジー 逢魔が時に龍が舞う

 鬼化した者たちが暴れ始めた。それを止めようとしている特殊戦術部隊と寝返り組。あちこちで始まった戦い。戦場に喧騒が広がっていく。
 そんな中。戦場の中心では月子たちが尊と向かい合っていた。静寂の闇に包まれた空間。それは月子が作り出した世界。特殊戦術部隊に、出来るだけ戦いを邪魔させない為に幻影空間を展開したのだ。
 誰かの息を呑む音。それが、きっかけとなった。尊の周りでウネウネと動いていた八つ首が月子たちに襲い掛かる。それを止めたのは、金色に輝く八つの尾。九尾の精霊力だ。

「ほら、俺のほうが多い。いけぇええええっ!」

 残る一つの尾を尊に向ける九尾。

「なっ!?」

 だがその尾は、尊の体に届く前に、剣に断ち切られて霧散した。

「蛇を止めただけで上出来だ。行くぞ!」

 動揺している九尾に一声かけて、牙が前に出る。地面から伸びる先の尖った木の根。それが尊に向かって、伸びていく。
 それを防ごうと動き出す尊の八つ首。その行く手を阻むように立ち上がったのは、牙のそれとは違う、幾本もの太い幹。

「なんか私、地味じゃない?」

 それを操るミズキが不満そうな声をあげている。

「十分、派手だよ。届けぇええええっ!」

 木の間を縫って炎の矢が、尊に向かって飛んでいく。その炎の矢は、先に尊を囲むように伸びていた牙の操る根に届き、爆発したかのような勢いで燃え上がる。

「ミズキ! 土門!」

 月子の指示を受けた二人。尊の周囲に伸びる木々。それに火が燃え移り、さらに勢いが増す。それを囲む形で立ち上がる土の壁。

「フウ!」

「はい!」

 月子の呼びかけに返事をしたのは、フウこと霧谷(きりたに)風真(かずま)。彼の周囲に舞い上がる土埃。それは勢いを増しながら、土門が作った壁の向こうに飛んでいった。風に煽られて、上空高く立ちのぼる炎。

「……やり過ぎじゃね?」

「……いや。来るぞ!」

 土門が叫ぶとほぼ同時に壁が吹き飛び、黒い蛇の首が飛び出してくる。それを止めようと動き出す九尾の尾。だが、今回は。

「ぐっ、ぐぁああああっ」

 前を塞ぐ尾を突き破った蛇の首が、九尾の腹に突き刺さる。

「九尾!」

「馬鹿、月子! 前を見ろ!」

「えっ?」

 コウの声を受けて、視線を前に戻した月子。その瞬間に強い衝撃を受けて、自分の体が吹き飛ぶのを感じた。

「んっ……くっ……」

 地面に叩きつけられた衝撃に、うめき声をあげる月子。地に倒れた月子の前には、背後の炎に照らされて、ゆらゆらと不気味にうごめく八つの蛇の首があった。

「……ミ、ミコト。お願い! 正気に戻って!」

 月子の願いも空しく八つ首の蛇は、次々と仲間に襲い掛かり、彼等を地に倒していく。

「……や、止めて。ミコト、止めて!」

 月子の必死の呼びかけにも尊は反応しない。次々となぎ倒されて、地面に突っ伏していく仲間たち。反撃する力は、もうない。

「……殺すなら……殺すなら、私を先に殺しなさい! さあ、こっちよ! ミコト!」

 尊の気を引こうと叫ぶ月子。それに応えて、痛みを堪えながら立ち上がった彼女に向かって、地を這うように伸びてくる八つの黒い影。

「……皆……ごめんね」
 
 自分が先に死んでも、何の解決にもならない。ただ月子は、尊が仲間を殺す場面を見たくなかっただけだ。
 不気味な黒い蛇はもう目の前。間もなく月子の体を貫くと思われたところで――光の壁がその前に立ち塞がった。黒い蛇を跳ね返す輝く壁が。

「殺させない。大切な仲間を殺すなんて駄目! そんなこと絶対にさせない!」

 尊に向かって叫ぶ天宮。その彼女に向き合う尊。尊の黒く染まった瞳が天宮に向けられた。その視線に反応して、彼女の体が眩い光に包まれる。その手には同じ輝きを持つ剣が握られていた。
 黒い蛇の一つが天宮に向かって、その首を伸ばしてくる。それに構わずに天宮は、尊との距離を詰めた。

「……信じる。信じているから」

 左側面から回り込むように襲い掛かってきた黒い蛇。その方向に合わせて、天宮の体を包む光が輝きを増した。

「くっ」

 衝撃を感じた天宮。だが、それに耐えきって天宮は前に踏み込んだ。振り下ろした剣。それは無音で、尊の持つ剣に止められる。
 さらに切り返して、剣を横に薙ぐ天宮。尊はそれを軽く後ろに跳んで躱すと、地面を滑るように低い姿勢で前に出てきた。
 黒い蛇に足を払われる天宮。光がかなり軽減してくれたが、衝撃を完全には受け止めきれずに、天宮は体勢を崩してしまう。
 そこに振るわれる尊の剣。天宮は地面を転がって、それを避けた。

「はあ、はあ、はあ」

 戦いが始まって、まだ数分。それでもう天宮は息を切らしてしまう。天宮にとっては何十倍にも感じる時間なのだ。
 息を整えながら、立ち上がる天宮。その天宮に左右から黒い蛇が襲い掛かってくる。一瞬の迷い。それが天宮に隙を作る。そもそも迷う必要などないのだ。

「んぐっ……あっ……」

 これまでとは異なる強い衝撃を受けて、その場に跪く天宮。目の前を塞ぐ黒い影は、尊のものだ。見上げる天宮の目に入ったのは、感情のない黒い瞳、釣り上がった口角だった。
 ゆっくりと振りかぶられる剣。その瞬間に天宮は死を覚悟した。止められなかった。そんな後悔の思いも胸に湧いてくる。
 瞳から溢れる涙。天宮はそっと目を閉じて、その時を待った――唇に何かが触れる感覚。そして。

「そんな簡単に諦めないでもらえますか?」

 聞き覚えのある声が、耳に届いた。

「えっ……?」

 目を開けた天宮。その瞳に映ったのは、いたずらっ子のような笑みを浮かべている尊だった。

「最後まで彼女を信じ切れなかった。それが敗因ですね」

「それは……ごめんなさい」

 左右どちらに対処するか迷った。迷う必要などなかったのだ。どちらからも守ってくれるはずだった。それを自分の思考が邪魔したことを、天宮も気付いている。

「信じ切ること。諦めないこと。この二つを忘れなければ、貴女はもっともっと強くなれます」

「尊に勝てるくらいに?」

「えっ? 呼び捨て?」

「あっ……」

 会えない間、心の中ではずっと名で呼んでいた。それが言葉として出てしまったことに、天宮は照れている。

「まあ、いいか。貴女と僕の仲だから……初めてだった?」

「……えっ? ええっ!?」

 天宮の手が自分の唇に伸びる。唇に何かが触れた感触。その何かは何だったのか。それを考える余裕が出来たのだ。恥ずかしさで耳まで真っ赤に染めている天宮。

「やっぱり、天宮さんの反応は面白い」

「……それは誰と比べて?」

 楽しそうな尊の声に、不機嫌そうな声が返ってくる。

「あっ、月子」

「『あっ、月子』じゃないわよ! 私のことは気持ち悪い蛇で、ぶったたいておいて、その女には何!? 何!? さっき何してた!?」

 不公平な扱いに激高している月子。

「月子たちが先に酷いことするから。すごく熱かったから、お返し」

「それは……それは……だって、ミコトが暴れるからでしょ!?」

 やり過ぎた。そう思った月子だが、それは今だから思えること。月子たちに手加減する余裕なんてなかった。実際に尊は、攻撃を跳ね返してみせたのだから。

「ちょっと消化不良で」

「消化不良?」

 

「……もう一度、暴れても平気?」

 空を見渡して、尊は月子と天宮に問い掛けてくる。

「それって?」「どういう意味?」

 意味を問う二人。だが、答えを得る前に邪魔が入ってきた。

「天宮隊員。その二人から離れろ」

 朔夜、そして特殊戦術部隊の面々だ。支援部隊も銃を構えて、周囲を囲んでいる。

「……嫌です」

「命令違反は軍法会議にかけられることになる」

「その命令は何の為の命令ですか? この国を守る為の命令とは思えません!」

 朔夜は私欲で動いている。本人にこれを言えば、私欲ではなく崇高な目的の為、とでも返してくるだろう。その崇高な目的とやらが、幻であるとも知らずに。

「……仕方がない。天宮隊員も裏切り者だ。処分しろ」

 朔夜の命令を受けて、やや戸惑いながらも戦闘体勢に入る特殊戦術部隊と支援部隊。

「……止めろ」

 その彼等の耳にも、尊の呟きが聞こえてきた。

「……彼女を助けたければ、剣を渡せ」

「止めろ」

「剣を渡せと言っているのだ!」

「止めるんだ! 桜っ!!」

 尊の耳に届いてきた「バッドエンドだね。お兄ちゃん」の言葉。最悪の結果を防ごうと、桜に向かって叫ぶ尊だが。それで桜が止めてくれるのであれば、今の状況にはなっていない。
 重い衝撃音とともに足下が大きく揺らぐ。それを感じているのは尊だけでなく、この場にいる全員だ。それに少し遅れて、強い衝撃波が人々の体を震わせた。

「なっ!?」

 遠くに見えるのは、暗闇の中に立ち上る真っ赤な光。天高くそびえるその赤い光は、富士山の上で輝いていた。

「……噴火した?」

 疑問符がついているが、目の前の光景は誰が見ても、富士山の噴火だ。まさかの事態に呆然としている人々。事実を思い知らせるかのように、空から土や小石が降ってくる。

「来る! 気をつけて!」

 尊の叫び声。何が来ると問う気持ちの余裕がある人はいない。ただ、富士山のほうを見上げて、怯えているだけだ。
 さきほどに比べれば遙かに小さいが、強い衝撃が地を震わす。人の体の何倍もの大きさの岩が空から降ってきた。人々はそう思った。
 だが、それは岩ではない。丸まっていた体をゆっくりと動かすそれ。上体が起き、両腕が伸ばされる。

「……な、何、あれ?」

「鬼」

 月子の問いに、尊は一言で答えた。

「えっ?」

「あれが本物の鬼、いや、鬼(もの)か」

「あれ、人間なの?」

 完全に起き上がった鬼は、三メートルはあろうかという長身で、横幅もがっしりとしている。真っ黒な瞳は月子も知る鬼の特徴だが、尖った牙、異常に長い腕は人間のそれではない。ある意味、鬼そのものではあるが。

「だから鬼(もの)。鬼になったのではなくて、最初から鬼。黄泉軍(よもついくさ)の鬼だよ」

「……何、そのヨモツなんとかって?」

「分かりやすく言うと黄泉(よみ)の国の兵隊さん」

「えっ? 異世界人ってこと!?」

「なんか違う気がするけど……まあ、そういうこと」

 異世界という表現が正しいかは微妙だが、人の住む場所とは異なる空間に住まう人たちだ。

「そういうこと、話して良いの?」

 天宮が二人の会話に割り込んできた。尊は制約を理由に、ずっと秘密を話そうとしなかった。今話している内容は、その制約を受けていた事柄ではないかと天宮は考えたのだ。

「もう黄泉の門は開いたから。口止めの約束を守る必要はなくなった」

「……これからどうなるの?」

「とりあえず……目の前のアレを何とかしないとだね」

 尊の言う黄泉の鬼はすでに動き始めている。知性など感じさせず、身近にいる存在を手当たり次第に殺そうと暴れ始めていた。