月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第40話 真実

異世界ファンタジー 逢魔が時に龍が舞う

 夜空に浮かんでいるのは上弦の月。ただ、湖面を揺らしている生暖かい風が、雲も運んできて月を隠してしまう。時折、途切れた雲の間から姿を見せることもあるが、それはわずかな間。雨の気配はないものの、夜空の多くは雲に覆われていて、月や星を楽しむことは出来ない。
 もっとも、闇の中を駆けている人々には、初めから夜空を楽しむつもりなどない。彼等は遊びに来たのではない。殺し合いをしに来たのだから。
 木が鬱蒼と生い茂る森の中を駆け下りてきた彼等。その彼等の足を止めたのは、先頭を走っていた男の合図だった。
 すぐ先からは木々の数が一気に減っている。人の手によって切り倒されたことは、地面に残る切り株の数で分かる。それは目的地に近づいた証。ここから先は慎重に進まなくてはならない。
 無言のまま、指を立てる先頭の男。それに応えて後ろから、立てられた指の本数と同じ三人が前に出てくる。
 地面に膝をつく三人。ぼんやりとした光、もしくは暗い影のようなものが、それぞれの体に纏わり付いている。それぞれの精霊力が活性化されたのだ。
 いくつもの黒い塊が地を走り、切り株の根が地を伸びていく。

「…………」

 じっと黙ってその様子を見ている周囲の人たち。
 しばらく時が経ったところで、三人がそれぞれ首を横に振った。異常なしの意味だ。それを確認したところで、また彼等は動き出す。
 身を隠す木々はほとんどない。ここまでくれば、あとは躊躇う時はない。全力で先に見える壁に向かって、走っている。

「……罠ではないか?」

 地を駆けながら罠の可能性を口にしたのは、牙だ。

「だろうな」

 その牙に、土門が同意を示す。向かう先は敵の本部だ。ここまで近づいて、気付かれていないはずがない。
 それでも駆ける足を緩めることはない。敵本部を襲おうというのだ。待ち伏せは最初から覚悟の上だ。

「それでも、全くの無防備ってのはね。月子ちゃん、お願い」

 潜んでいる敵に対して、こちらは姿をさらしている。それはさすがに分が悪いと考えたミズキが、月子に声をかける。月子の能力で、敵の目をくらまそうというのだ。

「もう始めてる……」

「さすが」

「期待しないで。曇り空じゃあ、私の全力が出せない」

 月子の能力は月の満ち欠けに影響を受ける。さらにその月が雲に隠れている今夜は、十分に力を発揮出来ないのだ。そうであったとしても並のメンバーに劣るものではないが。

「私たちさえ隠れられればそれで良いの。全部、隠れたら隠れていないのと同じでしょ?」

「他の人を見捨てろと言うの?」

「他の人は他の人で、なんとかするわよ。それよりも……ド○エモーン。あの壁、邪魔」

 目の前に見える壁。それを超えなければ、敵本部に侵入出来ない。その邪魔な壁を、ミズキは力尽くで排除しようとしている。実際にそれを行うのは土門だが。

「俺一人に丸投げするな」

「土を扱うのは土門の役目でしょ?」

「……あれは土じゃなくて」

 と文句を言いながらも、土門は自らの精霊力を高め、土を操ろうとする。目標は壁が埋まっている地中。それを持ち上げるか、逆に抜き去るか。わずかでも良いので壁を歪めようとしたのだが。

「……早くしてもらえる?」

「無理だ。届かない」

 試みは失敗。壁を崩すことは出来ないと、土門は判断した。

「ちょっと? 諦め早くない?」

「あの壁、かなり深くまで埋まっている。いや、壁というより器だ。とてつもなく大きな鉄の器が埋まっている。壁に見えるのは、その器の縁だ」

「……鉄をいじる人っていた?」

「俺は知らない」

 土門は精霊力を何かに変換させるのではなく、すでに存在する木や土、水などを自在に操る系統の能力者だ。だが、鉄を操る能力者を土門は知らない。
 何故、そのような構造になっているのか。こちらのメンバーの能力を知っているからと考えるべきだ。裏切り者が敵方にいるのだから、それも当然かと思うが。

「……嫌な予感」

 ミズキの勘は正しい。それはすぐに証明された――突然、自分たちを照らした明かり。

「後ろだ!」

 それは後方から向けられていた。闇に慣れた目には、眩しすぎる照明。後方、そして左右は真っ白に見える。

「囲まれてる!」
「関係ない! ぶっ殺してやれ!」
「まとまれ! 包囲を突き破る!」

 周囲を敵に囲まれている知って、完全戦闘モードに入る『YOMI』のメンバーたち。いくつかの集団にまとまって、包囲している敵に向かって、突き進もうとしたのだが。

「落ち着け! 無闇に突っ込むな! まずはまとまれ! まとまって四方を警戒しろ!」

 朔夜が全体を取りまとめようと声をあげた。その指示を受けて、バラバラに動こうとしていた集団がまとまり始める。
 月子たちも、朔夜の指示に従って、周囲との距離を縮めた。

「……かなりの数だな」

 移動しながら牙が呟く。

 


 光に目が慣れて、周囲の様子が見えるようになってきている。三方を囲む敵。数としては味方を遙かに凌駕している。

「雑魚もかなり混じっている。俺等と対等に戦えるのは、多くても三十くらいのはずだろ?」

 コウの根拠は特殊戦術部隊の特殊能力者の数を基にしている。指揮官を入れて五人の分隊が五つと裏切り者を足した数だ。

「……それで待ち伏せをすると思うか?」

 だが牙はそれで済むと考えていない。敵だって勝てる算段があって待ち伏せをしていたはず。何かがあるはずだと。

『お前たちは完全に包囲されている! 大人しく投降しろ! そうすれば命まではとらない!』

 拡声器を通して、投降を呼びかける声が特殊戦術部隊の側から聞こえてくる。百武分隊指揮官の声だが、『YOMI』のメンバーのほとんどには分からないことだ。

「何故、俺等が投降しなければならない!? 命乞いするのは、そっちのほうだろ!?」

 その呼びかけに、誰かが挑発の声をあげた。特殊戦術部隊の特殊能力者の数については、作戦参加者のほぼ全員が把握している。それに対して、味方は百名ほど。誰も負けるとは思っていないのだ。

「朔兄。早く攻撃命令を」

 月子もまったく負ける気がしていない。時間を費やすよりも早く戦闘に入るべきだと考えて、朔夜に指示を求める。

「……もう少しこのままで待て」

「もう少しって何時よ?」

「もう少しはもう少しだ」

 こう言って、朔夜は一人、前に向かって歩き出す。

「ちょっと!? 朔兄!?」

 それに焦る月子だが。

「大丈夫だ! 何の危険もない!」

 朔夜は歩みを止めようとしない。さらに朔夜の直轄といえる集団も前に進み出ていく。自分たちだけで戦闘を開始しようとしている。残ったメンバーの多くはそう考えた。

『もう一度言う! 大人しく投降しろ! これはお前たちのリーダーの命令だ!』

 そこに再度、聞こえてきた投降の声。

「裏切り者が何を言う! お前はもう幹部じゃねえ!」

 ようやく相手が裏切り者だと、誰かは間違っているが、気が付いた『YOMI』のメンバーたち。投降の声に反発の声をあげたのだが。

『俺はまだ幹部だ! それはリーダーである朔夜が認めている!』

 相手から、まさかの答えが返ってきた。何を言っているのかと戸惑う『YOMI』のメンバーたち。その彼等にさらに衝撃的な声が届く。

『ようやく、この時が来た! 今こそ我々は一つになるのだ!』

 聞こえてきたのは朔夜の声。それはさすがに多くのメンバーが分かる。

「朔夜! お前、何を言っている!?」

 その朔夜の声に反応したのは焔。幹部の焔であっても今の状況は、まったく分かっていない。

『言った通りだ! YOMIと特殊戦術部隊は一つになる。一つになって、この国を変えるのだ!』

「気が狂ったか!? どうして俺たちが軍の奴等と一緒になれる!?」

 零世代である焔にとって『YOMI』は軍に復讐する為に作られた組織。その復讐相手と一つになるなどあり得ないことだ。

『なれるさ! いや、すでに一つだ! 俺は『YOMI』のリーダーであり、特殊戦術部隊の指揮官だからな!』

「意味がわからん!」

『まだ分からないか! 俺は朔夜であり望でもある! 双子の兄弟なんかじゃない!』

「な、なんだと? そんな馬鹿な!?」

 望と朔夜が同一人物。焔にとっては、あり得ないことだ。二人とは軍にいた時から知り合いだったはずなのだ。

「朔兄! おかしなこと言わないで!?」

 そして月子も同じ思い。自分の兄は双子。それは間違いないはずなのだ。

『……月子。詳しいことは後で話す。だから、こちら側に来るんだ』

「話すなら今話してよ! 貴方は誰!?」

『俺は朔夜であり、望でもある。この日のために、二人の人物を演じてきた。仲間を集め、この世界を変える為に!』

「ふざけるな! 貴様は裏切り者だ! 裏切りは許さない!」

 朔夜の説明に激高する焔。焔はこの世界を変える為になど行動してきていない。自分たちを使い捨てにした軍への恨みを晴らすこと。それだけが彼の生きる意味なのだ。
 
『俺に従わないつもりか?』

「当たり前だ! 裏切り者になど従えるか!?」

『ならば……死ね!』

 朔夜の「死ね」の声とほぼ同時に焔に襲い掛かる水の刃。特殊戦術部隊からの攻撃ではない。味方、の側にいた者からの攻撃だ。背中から放たれたそれをまともに受けた焔は、全身から血を噴き出しながら、地面に倒れていく。幹部とはいえ零世代の焔。戦闘能力は高くないのだ。

『焔のようになりたくなければ投降しろ! 投降といっても待遇は悪くない! 特殊戦術部隊の隊員として、君たちは扱われる!』

 この朔夜の声に応えて動き出したのは、焔を殺した者を含めた数人。初めから朔夜に付いていて、それでありながら、この場に留まっていた人たちだ。わずかな数だが、彼等の役目はきっかけ作り。その彼等につられて、動き出す人たちがいた。
 すでに朔夜に付いて三十人近くが特殊戦術部隊側にいる。数の優位は失われているのだ。死にたくなければ朔夜の指示に従うしかない。罪に問われないのであれば、それも有りと思う人は当然いる。

「……貴方はいかないの?」

 意外な人物が動こうとしないので、月子は本人に理由を尋ねてみた。九尾だ。

「そっちこそ。大好きなお兄ちゃんに従わなくて良いのか?」

「……私が先に聞いたのよ?」

 九尾の問いに返す言葉が見つからず、月子はこう返した。

「どうして俺が奴の命令に従わなければならない?」

「これまで従ってきたじゃない」

 九尾はこれまで命令に忠実だった。命令を受ければ、何でもする。そんな人物なのだ。

「俺は『YOMI』の幹部に従っていただけだ。奴はもう幹部どころか『YOMI』のメンバーでもない」

「……殺されるかもしれない」

「命を惜しんで、仲間を殺した奴に従えと? あり得ない。俺は軍の犬になる為に、これまで手を汚してきたわけじゃない」

「そう……」

 九尾には九尾なりの考えがあって、悪事にも手を染めてきた。この話を聞いて、やはり意外という思いが消えない。

「そっちはどうするつもりだ? さっさと決めろ」

「私は……」

 さっさと決めろと言われても、簡単にはいかない。月子にも仲間を裏切りたくないという思いがある。だが兄である朔夜と戦う覚悟も決まらない。

「決められないならいい。協力しろとは言わないから、背中から撃つのだけは止めてくれ」

「私がそんな卑怯な真似するはずないでしょ?」

「……信じよう。行くぞ」

 最後の言葉は月子ではなく、この場に残った他の人たちに向けたもの。その九尾の言葉に従って、集団が前に出る。その数は二十ほど。この状況でその数を従わせる力が、九尾にあるということだ。
 それもまた月子には驚きだったが、九尾が話した仲間を思う気持ちが事実であれば、あり得ることかと思い直した。

『……愚か者共が』

 戦う気満々で前に出てきた九尾たちを見て、朔夜が呟く。拡声器を近づけたままなので、呟きと言えるような音量ではないが。
 九尾たちの集団が眩い光に包まれていく。それぞれが精霊力を活性化させているのだ。その中でも九尾は、一際眩い光を放っている。九尾の通り名の由来となった、その姿。背中に広がる九つの尻尾のように見える精霊力がうねっている。

「……殺せるだけ殺せ」

「了解」

 臆することなく九尾と仲間たちは、包囲する特殊戦術部隊に向かって駆けていく。戦いの始まりだ。