富士山の噴火とともに関東地方を襲った地震。その地震が引き起こした津波は、前回の震災からの復興も途上であった旧都湾岸地区を再び無に帰した。それだけではない。前回の震災では被害に遭わなかった地区まで、今回は押し流されている。環状七号線内はほぼ全滅。西も市部の南半分が甚大な被害を受けた、はず。
実際のところ、詳細な被害状況は分かっていない。被災地に調査員を送り込もうにも、それが許されない状況なのだ。
「戻りました」
会議を終えて立花元遊撃分隊指揮官、現特殊戦術部隊・特別調査室長が新本部に戻ってきた。特殊戦術部隊の新本部は今、新都心にある。そう遠くないうちに旧都心と呼ばれるだろうが。
「ご苦労だったな」
その立花室長を迎えたのは、特殊戦術部隊の指揮官に返り咲いた、という表現が正しいかは微妙だが、葛城陸将補。
「コーヒー飲みます?」
そして葛城陸将補の秘書官に戻った三峯紗耶だ。
「ああ……我が儘を言わせてもらえば、お茶が良いです。コーヒーは今の会議で結構、飲んだので」
「分かりました。じゃあ、入れてきますね」
「お願いします」
お茶を入れる為に席を外す三峯秘書官。それを待っていたわけではないが、葛城陸将補が口を開いた。
「成果はあったかな?」
「はい、かなり。皆さん、意外と協力的で」
「こちらのほうが情報量が多いからな。情報部も公安も内心では、かなり苛立っているだろう」
立花室長が参加してきた会議は、今回の事態に関する情報共有の為の会議。新たに設置された情報組織、臨時という扱いだが、として初めての出席だ。
「それでですか。あの人たちの笑みが不気味に感じられたのは」
「それを感じ取れるのであれば、君は情報組織に向いている。笑顔を浮かべたまま、人を殺せるような奴等だからな」
いざという時には、内心の思いとは裏腹な態度を苦もなく演じられる人々だ。それに違和感を感じられるのは、彼等と付き合っていく上で、必要な資質だ。
「……複雑です」
その彼等と同じ情報組織に向いていると言われても、立花室長は嬉しくない。
「さて、得た情報も含めて、分析結果を聞かせて貰えるかな?」
立花を特別調査室長に抜擢したのは、本音を隠すことやそれを見抜く能力ではなく、分析力を買ってのこと。もちろん、信頼が置けるというのが最大の理由だが。
「はい。月見望からは、かなりの証言が得られたようです」
「ほう。粘っていたようだが、とうとう諦めたか。まあ、手段を選ばずだろうからな」
望は拘束されて、かなり厳しい、公には出来ないような尋問を受けていたはず。それにしては時間がかかったほうだと葛城陸将補は思ったのだが。
「実際に時間を必要としたのは、洗脳を解くことのようです」
「洗脳? 彼は洗脳していた側ではなかったのか?」
「いえ。彼の尋問に手段は選びません。公には口に出来ない方法を使ったようですが、それによって得られた証言は意味不明なものばかり。それでいて脳波分析では嘘をついている反応はないということで、何かがおかしいと気付いたようです。それで視点を変えて調べた結果、洗脳された痕跡が見つかったようで」
洗脳された人は脳波分析を行っても正しい結果が出ない。これは今回はじめて分かったことだ。以前から分かっていれば、尊が今泉に怪我を負わされることはなかったかもしれない。
「……洗脳を行ったのは?」
調査の結果、そう判定されたのであればそれは事実。そうなると誰が、が気になる。
「はっきりしません。というのは尋問を担当した公安の見解です」
「情報を隠されたか」
「いえ、公安は理解していないのだと僕は考えています」
「聞こう」
いきなり立花を調査室長にした成果が得られた。葛城陸将補はそう思った。
「彼を洗脳したのは、恐らく古志乃桜です」
「……妹が。何故、古志乃くんの妹がそんなことを行ったのだ?」
「ここから先は、かなり荒唐無稽な話になります。そのつもりでお聞き下さい」
「分かった」
尊という荒唐無稽な存在を知った後だ。何を話されても、頭から否定するようなことはない。
「まずは普通の話。公安からの情報です。零世代の実験は失敗だった。これは嘘だったようです。少なくとも一人。月見望の実験だけは成功しています」
「……何故、その事実が隠された?」
「月見望の能力は精神干渉。それを使って、斑尾教授に偽情報を植え付けました。さらにその能力だけでなく精神干渉の装置、とんでもない物を作っていたのですね。それを使って、洗脳を強めていったようです」
実験は成功したといっても望の能力は当初、ずば抜けたものではなかった。せいぜい第一世代か、それにも劣るかもしれない程度のもの。だが精神干渉という特異な能力であったことが幸運、と今になっては言えないが、だった。
「……それによって精霊科学研究所を思うがままに動かせる力を得た」
「はい。精霊科学研究所を使って、望はさらに力を得ていきます。自分の能力を高め、精神干渉装置の改良を進め、斑尾教授以外の重要人物への洗脳を広げる。あとは、鬼力の探知装置を利用して能力者を集めるなどして、配下を増やしていきます」
「それが『YOMI』になったのか」
「はい。組織を運営する為に研究費を横流ししていたようですね。精霊科学研究所を得た月見望は、さらにその力を拡大して、軍に復讐をしようとしていました。その為に軍事力を求めた。それが『YOMI』です」
自分たちを人体実験の道具にした軍に復讐する。望の目的も最初は他の幹部と同じだった。それが本人の気付かないうちに、歪んでいたのだ。
「ここからはおとぎ話、いえ神話の世界になります」
「神話?」
始めに荒唐無稽な話になるとは聞いていたが、神話は葛城陸将補の想像を超えていた。
「公安は洗脳による精神異常と判断しましたが、月見望は自分は月読命(つくよみのみこと)を宿していると信じ込んでいたようです。月読命はご存じですか?」
「日本神話か……」
「はい。天照大御神(あまてらすおおみかみ)、須佐之男命(すさのおのみこと)と共に三貴子と呼ばれている神様です。その神を宿した自分が、この日本を造り替える。それが彼の目的に変わっていた」
「そこが洗脳?」
目的が変わった。それはそうなる何かがあったからだ。これまでの話だと、それが洗脳になる。
「はい。その為に彼は尋常ならざる力を求めました。その為に古志乃くんを殺そうとし、妹の桜の力を得ようとしました」
「妹の力は分かる。古志乃くんを殺すことで彼は何を得るつもりだったのだ?」
桜は精霊科学研究所に、望の下にいた。その状況でさらに尊を殺そうとする必要性が葛城陸将補には分からない。尊には人質としての価値があったはずなのだ。ただこの認識には少し間違いがある。望が尊を殺そうとしていたのは、『YOMI』にいた時からだ。
「草薙の剣」
「本気か……?」
「やっぱり、そういう反応ですよね? でも、これは確かです。公安の尋問だけでなく、生き残った特殊戦術部隊員の中にも、望の口からこれを聞いた人がいます」
「それは……古志乃くんがその剣を持っているということか?」
尊を殺せば草薙の剣が手に入る。それは尊がそれを持っているということだ。
「古志乃くんは八岐大蛇らしいですから」
「…………」
「冗談を言っているつもりはありません。これも特殊戦術部隊の人たちが聞いています。それに、そうであろうと思う姿を見せたそうです」
「それは……あの時か」
戦いの映像は入手出来ていない。消されていたのだ。特殊戦術部隊の隊員たちを移動させてから本部にあるデータの収拾を、などと考えたことを葛城陸将補は後悔している。
「八つ首の蛇を背負っている。古志乃くんの姿はそうとしか見えなかったそうです」
「それは……精霊力なのか?」
「分かりません。そうなのかもしれませんし、それとは異なる力かもしれません。精霊力は、これまで考えていたような力ではなさそうですから」
「日本神話の神々の力かもしれないからな」
望の話に真実があるとすれば、こういうことになる。そして立花室長の言い方では、きっとそういうことなのだと葛城陸将補は考えた。
「とにかく月見望は古志乃くんを八岐大蛇と思い込み、彼が持つ草薙の剣を手に入れようとしました」
「須佐之男命でもないのに?」
「月読命と須佐之男命は同一神という話もあります。ネットの情報ですので、信憑性は保証しませんが。案外、月見望も同じ情報を見たのかもしれません。もしくは見せられたか」
信じたい情報を信じさせられる。それによって、さらに事実とは異なることを真実だと思い込まされてしまう。そんなこともあるかと立花室長は考えている。
「……何故、妹は兄を殺させるような真似を?」
尊を殺す。そんな洗脳を施す理由が、葛城陸将補には分からない。彼には兄妹仲は良いように見えていたのだ。
「二人の利害関係が対立していたのは間違いありません。妹は何をしようとしていたのか。古志乃くんは何を防ごうとしていたのか。ヒントは彼の言葉にあると思って調べたのですが、そのものズバリだと思える言葉を、天宮くんとの会話の中に見つけました」
天宮に持たせていた超小型無線装置。それが結果として、盗聴のような形で様々な情報を葛城陸将補たちに与えることになったのだ。
「……なんだろう?」
ずっと知りたかった秘密。それが明らかになると考えて、少し葛城陸将補は緊張している。
「黄泉の扉を開くこと」
「……黄泉は何を指していると?」
この言葉は葛城陸将補も聞いている。だが言葉は分かっても、意味までは分からなかった。
「死者の世界。色々と調べた結果、そういうことだと判断しました。精霊には死者の霊という意味もあるようですし、穢れも死者に繋がります。それを実現する為に妹の手足となって動いたのが望。動かされた、ですか」
「死者の世界と、我々が生きる世界を繋げようとしたわけか」
黄泉の扉が開く。その言葉の意味を、葛城陸将補は理解した。まだ不十分ではあるが。
「いえ、繋げようとしたのではなく、繋がったのです」
「何?」
「これも古志乃くんの言葉です。しかも、ただ繋がるだけでは済みそうもありません」
「……どういうことだ?」
「富士山の噴火によって、測定出来ないほど多くの噴石が旧都心に落ちました。旧都心だけに落ちました、が正確です。それが明らかになりました」
「……まさか?」
尊たちが消えた戦いで何があったかくらいは、葛城陸将補は知っている。鬼が、本物の鬼が現れた。それは噴石のように飛んできたことを。
他にも目撃情報はあるのだが、立花室長の話を聞いて、考えていた規模ではなかったと知った。
「旧都心に向かった人たちが、誰も戻ってこない理由は恐らくそれではないかと。旧都心は鬼の住処、もしかするとこんな表現では生ぬるい状態になっている可能性があります」
「我々が考えているよりも、遙かに多くの鬼がいる。それが全国に散らばったら……」
大混乱となる。一体の鬼でさえ、特殊戦術部隊では倒せなかったのだから。
「不謹慎に思われるかもしれませんが、第二防波堤があって助かりました。今のところはですが」
第二防波堤は前回の震災後に環状七号線沿いに造られたもの。被害を受けた地域のさらに奥に、しかも手前の防波堤よりも高いものを作るなど税金の無駄遣い。そう言われながらも造られた防波堤だが、今回はそれが被害を食い止めた。津波以外の被害も。
「第二防波堤は完全には繋がっていない」
第二防波堤は当たり前だが、津波を防ぐ為のもの、旧都心全体を囲んではいない。
「はい。鬼の支配地域の拡大を食い止める為に使うのであれば、速やかに旧都心を囲むべきかと。それが有効かは僕には分かりませんが」
旧都心は鬼に支配されている。その可能性を立花室長は考えていた。
「支配……そういう意思が鬼にあると考えているのか?」
「意思というべきかは分かりません。でも以前、古志乃くんは事が起きると、この世界は穢れに染まると言っていました。旧都心部だけでは、この世界とは言えません」
「……上に信じてもらえると思うか?」
立花室長の推測が間違っていなければ、特殊戦術部隊だけでは手に負えない。もっと多くの組織を動かす必要がある。
「噴石が鬼であることは会議でも話しましたので、他部署も調査に乗り出すはずです。そして調査すれば、すぐに分かります。隠れている対象を調べる方法はあるはずです。それに鬼の側に、完全に姿を隠すつもりがあるとも思いません」
「そうだな」
「ただ、旧都心を囲むことなどすぐに出来ません。鬼の進出を防ぐ為の何らかの対応は、今すぐ進めるべきです」
「その通りだ。分かった。すぐに上に報告をあげることにしよう。すまない、続きは後で聞かせてくれ」
旧都心内がどうなっているか。その調査の進捗を待つまでもなく、早急に動かなければならない。今にも鬼は旧都心の外に出てくるかもしれないのだ。
「入手出来た湾岸部の映像があるのですけど」
「それも後で見る」
「いえ、そうではなく、天宮くんに見せる許可を頂けないかと」
「それは……?」
何故、天宮に見せようとするのか。聞かなくても理由は想像がつく。
「古志乃くんが映っています。彼女がショックを受けるような内容ではありません」
「……良いだろう。視聴を許可する」
「ありがとうございます」
立花室長に許可を与えて、葛城陸将補は会議室を出て行く。それと入れ替わりに現れたのは、お茶を持った三峯秘書官だ。
「大変そうですね?」
「ええ、これからまた資料の確認です。残っていたのは紙資料しかなくて、読むだけでも時間がかかって」
「それも大変そうだけど、私が言っているのは今の状況のこと」
「……もしかして聞いていました?」
「聞こえました、です。取り込んでいるようだから、話の区切りが良いところで部屋に入ろうと待っていて」
言い訳にならない言い訳を口にしながら、運んできたお茶を立花室長に差し出し、自らも椅子に座る三峯秘書官。葛城陸将補の為に用意したお茶を、この場で飲むつもりだ。立花室長に聞きたいこともある。
「結局、彼は何者だったのかしら?」
尊は何者なのか。出会った時から抱いていた疑問は解けていない。
「……分かりません。ただ黄泉の国と関わりがあるのだけは確かですね」
「そうね……」
黄泉の国と言われても、三峯秘書官にはピンとこない。頭では事実なのだろうと思っているつもりだが、やはりどこか現実のこととして捉えられていないのだ。
「そういえばネットにこういう逸話もありました。八岐大蛇と稲田姫命(いなだひめのみこと)は恋愛関係にあったのに、須佐之男命のほうが結婚相手として条件が良いと考えた両親の勧めを受けて、強引に奪い取ったという話です」
「あり得る。歴史は勝者によって作られるからね。それで? 奪われたお姫様は誰なの? 妹さん? それとも……彼女かしら?」
「……該当者は思い付きません。いまいちでしたね」
桜でも天宮でもない。立花室長はそう思う。二人には別の役割があると考えているのだ。それが現実の世界とどう関わるのか。全てが解明出来る日は来るのか。立花室長は、不謹慎かと思いながらも、楽しみにしている。
◇◇◇
湾岸南地区。倒壊を免れたビルの周りには、多くの瓦礫が蓄積されている。旧都心から流れてきた瓦礫だ。ほぼ海に沈んでいた湾岸南地区だが、大量の瓦礫の山が海面から顔を出し、船がなくても移動出来る場所が増えている。それを喜ぶ人など、両手で数えられるくらいしかいないだろうが。
その両手で数えられる人たちが、瓦礫の山の頂に座り、釣り糸を垂れていた。
「……全然、釣れないじゃない」
ふくれっ面で文句を言っているのはミズキだ。
「気が早い。こういうのは気長に待つのが良いんだ」
そのミズキを土門が宥めている。土門の言うことなどミズキは滅多に聞かないが、そういう役回りなのだ。
「ねえ、牙。ちゃちゃっと釣り上げちゃってよ」
案の定、ミズキは土門の言葉を無視して、牙に早く魚を釣るように言っている。
「どうして俺?」
「木の枝とか沢山あるじゃない。それを使って、海の中にいる魚を片っ端から突き刺して」
「それ、釣りじゃないから」
あえて何に近いかといえば、銛を使った漁だ。釣りではない。
「そうそう。釣り糸一本垂らして、じっくりとその時を待つのが情緒ってもんだろ?」
さらにコウが、良く分からない理由で、ミズキの考えを否定してくる。
「情緒でお腹はふくれない」
「腹減ったなら缶詰でも食えば良い。その辺に落ちているだろ?」
缶詰をはじめとした加工食品も、山ほど流れ着いている。当面は食べる物には困らない状況だ。
「私は新鮮な魚が食べたいの!」
だが、それで満足出来るなら釣りなんてしていない。コウのように純粋に釣りを楽しもうとした人もいるが、ミズキはそうではない。
「だったら真面目に釣れ。働かざる者食うべからずってな」
「……コウ、親爺くさい」
「なんだと? 自分こそババアだろ?」
「バ、ババア? ピッチピチの女子高生に向かって、なんてこと言うのよ!?」
「誰が女子高生だ!? お前、学校行ってないだろ!」
なんだかんだ言って、コウも退屈だったのだ。釣り糸を放ったらかしにして、ミズキと口喧嘩を始めてしまう。
「うるさい! 制服着てれば、そんなの分からないのよ!」
「それ詐欺だろ!? っていうか、何故、制服を着る必要がある!?」
止まらない口喧嘩。それに切れたのは月子だ。
「うるさい!! そんな騒いでいたら、釣れるわけないでしょ!!」
二人よりも響く声で、文句を言ってきた。
「月子も、うるさい」
その月子に、わざとらしく手で耳を押さえながら尊が文句を言ってくる。
「だって……って、ミコト何をしているの?」
尊も釣り糸を放ったらかしにして、下を向いて何か作業をしていた。
「僕もお腹空いたから」
「だから?」
「弓矢を作ってる」
「はい?」
何故、お腹が空いたら弓矢を作るのか。その理由はすぐに分かる。出来たばかりの弓矢を、怪我した右手で弓を引く代わりに口でくわえて、構える尊。しばらく、じっと動かないでいたが、不意に小さな風切り音が鳴り、矢が海面に向かって飛んでいった。
海面に突き立ったように見えた矢。すぐに矢に射られた魚が、バタバタと暴れながら浮かんできた。
「「「おおっ!」」」
見事命中。それを見て周囲がどよめいた、のだが。
「……どうやって拾うの?」
「あっ……」
魚を射た後のことまで、尊は考えていなかった。
「それは俺に任せておけ」
と言いながら、海に飛び込んでいくコウ。釣りはもう終了。今度は、かなり季節外れだが、海水浴の時間だ。コウだけでなく牙、そして土門やフウまで海に飛び込んでいった。
「ミコトは弓矢まで使えるのね?」
「八幡さんに習ったから」
「やはたさんって誰?」
「僕に戦い方を教えてくれた人。すごく強くて、偉い人なんだ」
「ふうん、そういう人がいるんだ……ねえ、そろそろエビスさんが迎えにくる時間よ?」
釣りは食料調達だけでなく、エビスとの待ち合わせの時間つぶしでもあったのだ。その時間は、もうすぐのはず。そうなると放っておいた邪魔者が、月子は気になる。
「ああ、そうだね」
尊の視線が空を飛んでいるドローンに向く。唇が動いているが、音声は何も聞こえない。その唇の動きを捉えようとカメラがさらにズームになったところで、映像はぷつりと途切れた――
「映像はここまで。この後も何度かドローンを飛ばしたけど、彼等を見つけることは出来ていない」
映像を映していたモニターの電源を落として、立花室長は天宮に捕捉説明を行った。
「……そうですか」
それに浮かない表情で応える天宮。
「何か気になることあった?」
「いえ……別に」
自分だって明るい太陽の下で、楽しそうに遊んでいるじゃないか。尊に向けてのこの文句を、立花室長に言っても仕方がない。
「……いつか会えると良いね?」
掛ける言葉はこれくらいしか、立花室長は思い付かない。尊たちがいた湾岸南地区を含めて、旧都心はかなり厳しい環境にあるはず。いずれ天宮も知ることになるが、今、それを話す気にはなれなかった。
「……そうですね。その時が楽しみです」
立花室長の言う「いつか」は必ず来る。音にならなかった尊の言葉がそれを示していた。「またね」、天宮には尊の唇の動きがそう見えたのだ。それは、思い上がりではなく、自分に向けた言葉であるはずだ。
また会える。尊が約束してくれたのだから、それは間違いない。その日までに尊の期待に応えられる強さを身につけていられるか。「頑張ろう」と天宮は思った。