月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第37話 第X世代

異世界ファンタジー 逢魔が時に龍が舞う

 元第七七四特務部隊である特殊戦術部隊の本部は、旧都西部にある湖近くに移された。かつて観光施設があった場所で、元の本部に比べれば、広大といえる敷地だ。
 ただ今は、高い塀に囲まれた広い空き地の中に、ポツンと建物が一つあるだけの場所。とても軍の施設とは思えない。存在を秘匿される特殊戦術部隊の本部なので、それで良いのだ。それに実際の本部施設としても、周囲を囲む塀をさらに高くするくらいで要件は、ほぼ足りている。広い空き地は移動時に用いるヘリの離着陸、そして訓練に使われる場所のだ。
 その空地で今まさに特殊戦術部隊は訓練を行っている。その様子を見れば、広大な空地が必要となる理由が分かる。かつての訓練とはまったく違っているのだ。

「構え!」

 号令に合わせて、支援部隊と同じような装備を身につけた隊員たちが、手に持った銃を構える。

「放てっ!」

 次の号令で一斉に銃から放たれた弾丸が、前方に建っている的に向かっていく。従来のスピリット弾に比べると勢いが強い。

「前進! 個別戦闘体勢をとれ!」

 銃から手を離し、前に駆け出す隊員たち。無手のまま駆け出す人。精霊力で生み出した剣を持つ人。それぞれの特性に応じて、その様子は異なっている。
 従来の個々の精霊力に頼る戦いだけでなく、兵器を使用した軍らしい戦い方を身につける。そういう訓練だ。
 その新しい訓練の様子を天宮は、少し離れた場所から眺めている。

「……貴女も参加して良いのよ?」

 その天宮に声を掛けてきたのは、葛城陸将補の秘書兼護衛役であった|三峰《みつみね》|紗耶《さや》。

「僕は謹慎中ですから」

「謹慎中だから訓練をしてはいけないってことはないでしょ?」

「一人で訓練をしていたら怒られました。一人は駄目で集団はOKなんて、おかしいと思います」

 謹慎だからといって何もしないで過ごす天宮ではない。訓練は続けようとしていたのだが、それは注意を受けていた。訓練ではなく一人で行っていたことが問題なのだが。

「……これからの戦いは集団での戦いになる。我が儘は許されないわよ?」

「戦い……それは何との戦いですか?」

 部隊は戦い方を変える。それは天宮にとってどうでも良い。問題は敵は誰かということだ。

「鬼に決まっているじゃない」

「指揮官も鬼なのに、ですか?」

「やっぱり、知っていたのね?」

「……それを探る為に私に話しかけたのですね」

 まんまと嵌まってしまった。そう思って天宮は詳しそうな顔をしている。

「貴女なら色々と知っているかなと思って」

「僕は何も知りません」

「警戒しないで。命令されたからじゃないから。私自身の為に行動しているの」

「……その言葉を信じられると思いますか?」

 三峯紗耶に疑いの目を向ける天宮。今更だが、警戒心を強めている。

「信じられないわね。じゃあ、私から少し話をするわ。私たち第一世代は、ずっと悔しい思いをしてきた」

「悔しい?」

「そうよ。組織では先輩であり上司でもあるけど、戦闘力は貴方たちとは比べものにならない。貴方たちと自分たちの何が違うのか。生まれた時期が違うじゃあ納得がいかないわ」

「……知りませんでした」

 天宮は第一世代の人たちが、そんな風に思っていたことなど知らなかった。正しくは、考えようともしていなかった。

「鬼と戦える特別な存在。そんな風に思っていたのに、次の世代が出てきた途端にお払い箱。若い貴方たちの面倒を見るだけの立場になったわ」

 分隊指揮官という立場など、彼等にとって何の意味もない。前線に出ることなどなく、たまにあっても支援部隊に混じっての出動。後方で指揮をとる立場といっても、難しい状況になれば、ただ本部からの指示を伝えるだけの係になってしまう。

「でも、そんな私たちよりも惨めな存在がいた」

「……第零世代」

「これも知っているのね? そうよ。作られた特務部隊員。でも彼等は失敗作と評価され、軍に残ることさえ許されなかった。そんな立場に追いやられた彼等がどんな気持ちだったか……」

「三峯さんも『YOMI』の一員なのですね?」

 三峯紗耶は第零世代の人たちを知っている。彼女もまた『YOMI』と通じていたのだと天宮は判断した。早とちりだ。

「違うわよ。私は彼等が『YOMI』と関わりがあるなんて知らなかった。知ったのは最近よ」

「でも……」

 関わりがあると知っても、特殊戦術部隊に残って仕事をしている。それを告げようと思った天宮だが、途中で思い直した。自分も同じだと気付いたのだ。

「失敗作と評価された彼は、それを覆す研究成果を出した。そのおかげで私たちは貴方たちと同じだけの力を持つことが出来る。第一世代の私たちにとって、これは魅力的なことなのよ」

 天宮の気持ちを察して、三峯紗耶は軍に残る理由を告げてきた。それは天宮が考えていた理由とは違っていた。

「その研究は桜子、いえ、古志乃くんの妹のおかげではないのですか?」

「妹? そんな話は知らないわ。望くん、いえ、指揮官ね。指揮官がずっと研究していた成果だって聞いたわよ?」

「本当にそうなのでしょうか? 彼の妹の力を利用したのではないですか?」

 研究はしていたのかもしれない。だが、その研究を成功に導いたのは桜、実験体として利用された桜のおかげではないかと、天宮は考えている。

「その問いへの答えを私は持っていないわ。その妹の力ってどういうものなの?」

「……良い力ではないと思います」

「どうしてそう思うのかしら?」

「それは……」

 尊が言っていたから。これを言葉にすることに天宮は躊躇いを覚えた。無駄な配慮だ。三峯紗耶は、天宮が尊と親しいから話しかけてきたのだから。

「彼は何て言ったの?」

「…………」

「私はそれを知りたいの。すでに力を持った人がいる。失敗はないと聞いてもいる。それでも……何だか嫌な気持ちになるの」

 これまで『YOMI』とは無関係だった第一世代の人々の取り込みを、望たちは図っている。分隊指揮官を取り込めば、部隊を完全に掌握出来るという考えからだ。
 だが、他の第一世代の人々がそれを受け入れる中でも、三峯紗耶は悩んでいる。葛城陸将補と近い立場にあったこと。それによって生まれた精霊科学研究所への不信感が、彼女を躊躇わせていた。

「……触れてはいけないものに触れた。彼はそう言いました」

 三峯紗耶の真剣な表情をみて、天宮は尊の言葉を伝えた。それを告げる天宮自身が、どういうことか分かっていない言葉だ。

「……良く分からない言葉。彼自身がよく分からない存在だものね」

「彼は今、どこにいるのですか?」

「私も知らない……彼のことは忘れなさい。彼は危険な存在らしいわ。どう危険かは分からないけど」

「……それは誰から?」

「指揮官から直接。彼は本来、私たちの最大の敵になる存在だったらしいわ。その彼の脅威が現実のものになる前に捕らえられたことは、幸運だって言っていたわ。これで何か分かる?」

「……分かりません」

 最大の脅威は恐らくは桜。いくつかの尊の言葉からそれが推測されるが、これについて教えることは止めておいた。三峯紗耶を完全に信じているわけではないのだ。

「……誰そ彼、か」

 かつて葛城陸将補に「尊は何者か」と聞いた時に返された言葉。それを三峯紗耶は思い出した。
 その時はそれほど強い思いはなく、それを尋ねたのだが、今は違う。自分には知らないことが多すぎる。何も知らないままに、何かに巻き込まれようとしている。その何かに尊は強い関わりを持っている。それだけは三峯紗耶にも分かるのだ。

 

◆◆◆

 四方を真っ白の壁に囲まれた、布団とトイレ以外は何もない独房に尊は捕らえられている。人ひとりが寝られる広いトイレ、と表現するのが正しいような狭い空間だが、尊本人はその状況をまったく気にしていない。かつて過ごしていた場所に比べれば、はるかに清潔な場所なのだ。
 尊が気にしているのは今の状況。何故このような状況になったのか。得られた情報が、かなり増えてきたので、それを考えている。それが分かったからといって、今更何が出来るか分からないが、この場所では考えることくらいしかやることがないのだ。

(桜が関わっているのは間違いない。でも、以前から計画はあったはず)

 今の状況は桜が謀ったことであると尊は確信している。無意識か意識してのことかは別にして。
 ただ尊たちはあとから『YOMI』に加わったのだ。組織が結成された時点で、まったく同じではなくても計画はあったはずだ。

(……桜の影響力がなくてもそれが出来る力があった。でも、それならどうして?)

 桜の影響で力を得たのではない。そうであれば何故、失敗作と判断されたのか。それを尊は考えている。

(仲間を探し出す力もあった……これは分かるか。そういう機械があるから)

 鬼力の探知装置。これを使えば、探知情報を特務部隊よりも先に入手出来ていれば、仲間を増やすことは出来た。この考えは間違いないと尊は思う。

(……機械……科学)

 エビスはずっと科学、尊が持つ知識の言葉でいう、を研究をしていた。その科学で月子の能力と同じような現象を引き起こしてみせた。あれには尊も少し驚いた。

(科学……科学か。僕が思っているより、科学って凄いのかな?)

 精霊力と同等の力が科学にはある。そう考えると見えてくるものがある。

(仮にそうだとしても、どうやって精霊科学研究所を……)

 科学によって力を得たとしても、その研究は精霊科学研究所も関わってのもの。『YOMI』と同じだ。力を持つ前にどうやって、という疑問が湧く。

(……頭が回らない。変な薬のせいだ)

 尋問の度に投与される薬。それが尊の思考能力を低下させている。低下させている程度で済むことは、常人では考えられないことなのだが。

(そういえば、あの薬……そうか……また少し分かったかな?)

 思考を邪魔する薬がヒントになり、また少し考えが進んだ。

(桜も利用したとすると……なんか初めから負け試合だった気がしてきた。それはそうか。送り込んだのは彼等だ)

 桜に都合の良い状況。それを作りあげた存在がいる。ただこれは思考が進みすぎだ。そんなことは最初から分かっているのだから。

(……どうする? 何が出来る? この状況を逆転出来ないとしたら……それでも出来ることは何?)

 これから先、自分は何をすべきか。それを懸命に考える尊。だが結論は簡単には出ない。尊の行動には制約がある。桜を助けたいという強い想いが。
 それがある限り、最善の策など簡単に思い付くものではないのだ。そして最善の策が必ずしも成功する策ではない。失敗すれば、尊は何も出来なくなってしまう。その時点で終わりなのだ。