月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第22話 救出作戦

異世界ファンタジー小説 逢魔が時に龍が舞う

 第七七四特務部隊本部にあるオペレーター室。今、そこに全特務部隊員が集合している。全員といっても集まれる隊員だけ。それが出来ない隊員もいる。彼等が集まっているのは、その集まれない隊員の為だ。
 オペレーター室では、無線の声が流れている。第七七四特務部隊の書類上の所属組織である特殊作戦群下の首都圏機動部隊が任務を行っている、その状況を伝える声だ。

『こちらアルファ。予定地点に到着。いつでも突入可能だ』

『了解。ベータ。そちらの状況はどうか?』

『こちらベータ。こちらも準備完了』

『ガンマ?』

『準備完了』

『了解……カウントダウン・テン。十、九、八……三、二、突入! 突入せよ!』

 いよいよ首都圏機動部隊の作戦が開始された。
 七七四の本部では無線の声しか聞こえていないが、現場では漆黒のゴムボートに乗って、目標のビルに近づいた機動部隊員たちが、一斉に建物の中に突入している。

『……こちらアルファ。敵確認出来ず。熱源反応、鬼力反応もなし』

『こちらベータ。同じく』

『ガンマ。同じく』

 聞こえてきたのは、敵がいないという報告。それを聞いた特務部隊員たちの何人かは、少し驚いた表情を見せている。

『了解。それぞれ予定ルートから上階へ昇れ。警戒を怠るな』

 首都圏機動部隊の本部から、上の階へ昇るように指示が出る。

『……空挺部隊。準備状況は?』

『準備よし』

『では、ただちに目標地点に向かえ』

『了解』

 さらに空挺部隊に出動指示が出た。

「早いな」

 それを聞いて、葛城陸将補が呟く。

「敵に察知されたという判断でしょうか?」

 その呟きに答えたのは、第一分隊指揮官である百武(ひゃくたけ)将也(まさや)上等陸曹だ。

「そうだとすれば、突入地点に誰もいなかったから、ということだろうが……」

 それだけのことで作戦が知られていると判断するのは早計過ぎると、葛城陸将補は思う。警戒するのは悪いことではない。だが、もしそうでない場合、空挺部隊がヘリで敵アジトに近づくことで、作戦を敵に気付かせてしまうことになる。

「本気で今泉くんを救出する気があるのでしょうか?」

 機動部隊の目的は『YOMI』に拉致された人質の救出。百武上等陸曹が指揮官を務める第一分隊長の隊員である今泉(いまいずみ)珠姫(たまき)を救出することだ。

「ないとは言わないが、自部隊の隊員の命を優先しているのだろうな」

 鬼、と軍では相変わらず呼んでいる、のアジトに乗り込むのだ。かなりの犠牲を覚悟しなければならない。その犠牲を機動部隊は出来るだけ少なくしようとしているのだと、葛城陸将補は判断した。

「そうであれば我々に任せてくれれば良いのに」

「我々であっても同じだ。何倍もの敵と戦うとなれば、相当な覚悟が必要だ。それが許されないから彼等が出動したのだ」

 鬼相手であれば七七四(ナナシ)が出動するのが当たり前。まして任務は七七四の隊員の救出なのだ。そうであるのに機動部隊が出動することになったのは、下手をすれば特務部隊員が全滅する恐れがある為。特務部隊員の安全を優先してのことだ。それを考えると機動部隊を責められない。

「しかし、それでは我々の存在する意味が」

「意味はある。今は敵わないのかもしれない。だが、この先もずっとそうだというわけではない。そうならなければいけない」

 今は七七四のほうが人数は少ない。人数だけでなく、個々の強さでも『YOMI』には劣っている。だが、そうあればもっと人数を増やし、もっと個々が強くなればいい。そう葛城陸将補は考えている。そう考えなければならないと思っている。

「……今泉は助かりませんか?」

 今泉を助けるには今、救出出来るだけの力が必要なのだ。それがなければ今泉は敵に捕らわれたまま。下手をすれば殺されてしまう。

「百武上等陸曹。それは作戦中に口にして良い発言ではないな」

「……申し訳ありません」

 葛城陸将補もこの作戦は失敗するだろうと思っている。七七四の特務部隊員でも敵わない相手だ。一般の兵士が勝てる相手ではない。
 そうであるのに作戦が実行されたのは、パフォーマンスだ。特務部隊員に、軍は見捨てるような真似はしないと思わせる為のパフォーマンス。
 だからこそ、最初から失敗する、と思わせるような発言は好ましくない。

「屋内であれば、まだ戦いようはある。鬼であっても人と変わりはないはずなのだ」

 一瞬、尊に視線を向けて葛城陸将補は、これを口にした。『YOMI』のメンバーは鬼ではない。ここにいる特務部隊員と同じ存在だと尊なら思うだろう。それを気にしてのことだ。

「……通用すると良いのですが」

 物理兵器はほぼ通用しない。そう考えて機動部隊が用意したのは催涙弾などの化学兵器。ただそれも使ってみなければ通用するかは分からない、と百武上等陸曹は思っている。

「すぐに分かる」

 葛城陸将補はすでに分かっている。通用するはずなのだ。『YOMI』のメンバーが特殊でない限り。

『こちらアルファ。四階に到着』

 また無線の声が聞こえてきた。

『ベータ。到着』

『ガンマ。到着』

 続いて、他の二部隊の到着報告も流れた。

『……アルファ。熱源探知』

 この無線の声に、オペレーター室には一気に緊張が広がっていく。いよいよ敵と遭遇。機動部隊が直面する厳しい戦いを考えてのことだ。
 続く無線の声に耳をすます特務部隊員たち。聞こえてきたのは。

『人質らしき人影を確認。周囲に敵の姿はなし』

 人質になった今泉らしき人物を発見したとの報告だった。それを聞いて、何人かの口から安堵のため息が漏れる。

『警戒を緩めるな。ベータ、ガンマ。アルファの支援を』

『ベータ、了解』『ガンマ、了解』

 だが現場の緊張は続いている。熱源探知に反応しないというだけでは、敵がいないとは言い切れない。そもそも人影が本当に人質なのかも、まだ確認出来ていないのだ。

『展開』

 アルファが今泉と思われる人影に近づいていく。その様子は特務部隊員たちには見えないが、無線からかすかに聞こえてくる声がそれを示していた。
 またオペレーター室は緊張に包まれた。

『……君、名前は?』

『……今泉。今泉珠姫です』

 機動部隊が見つけたのは、間違いなく今泉だった。それが分かって、オペレーター室には、どよめき声が広がった。

『君ひとりか?』

『はい。『YOMI』は私をここに縛り付けて、どこかに行ってしまいました』

『そうか……本部。この先の指示を』

『速やかに撤退せよ。撤退完了後、ヘリによる攻撃を行う』

『了解』

 機動部隊本部の判断は撤退。人質救出という作戦目標を達成したのだ。わざわざ『YOMI』のメンバーと戦うなんてリスクを負うことはない。ヘリによる遠距離攻撃で建物を破壊し、それに巻き込まれてくれればラッキーくらいで十分だ。謎が残ったままだとしても。
 仲間の救出を喜ぶ特務部隊員たち。ほとんどの人々が喜びの笑みを浮かべている中、気難しい表情を見せているのは葛城陸将補と尊、そしてその尊の表情を見つめている天宮と立花分隊指揮官だけ。
彼等は分かっている。この事件はまだ終わっていないことを。この先、まだ何かが起きるであろうことを。

 

◆◆◆

 人質救出作戦から三日後。拉致されていた今泉が七七四本部に戻ってきた。第七七四特務部隊およびその存在を知る政府および軍部の上層部に対して、拉致されてから救出されるまでの出来事について報告をさせられていたのだ。尋問にも似た、それを終えて戻ってきた今泉であったが、すぐに日常生活に戻るというわけにはいかなかった。
 葛城陸将補は七七四内独自でのヒアリングの場を用意していた。上層部によるヒアリングだけでは分からない何かがないかと考えてのことだ。
 会議室に集まっているのは当人である今泉と聞く側である葛城陸将補と今泉の部隊の指揮官である百武上等陸曹、そして立花分隊指揮官と尊だ。

「疲れているところ申し訳ない。すぐに終わらせるから、もう少し我慢してくれ」

「いえ、大丈夫です」

 葛城陸将補の労りの言葉に、今泉は大丈夫だと返す。たとえ疲れていても、それ以外に返す言葉はない。葛城陸将補もそれは分かっている。話の切り口としてそう言っただけだ。

「大体のところは、すでに話を聞いているから、その再確認と必要に応じて、さらに細かい部分を確認させてもらう」

「はい」

 ヒアリングには葛城陸将補も参加している。一から説明を聞く必要はない。

「拉致されてから敵のアジトまでは、どのように移動したのだったかな?」

「車で海まで。あとは船だと思います。目隠しされていましたけど、揺れで分かりました」

「……その船が出た場所は分からないのか?」

 一度、尊のほうに視線を向けてから葛城陸将補は次の質問に移った。尊は『YOMI』にいた。アジトまでの移動手段は知っているはずだ。

「目隠しをされていたので」

「そうか……船はどれくらい乗っていたのだったかな?」

「……十分くらいだと思います」

「でもエンジン音はしなかった?」

 これは先のヒアリングでも確認された内容。エンジンを積んだ船でなければ、手こぎということになるのだが、それで十分は短いと思われていた。

「……していなかったと思います」

 前回も聞かれた内容であるのだが、今泉は改めて記憶を確かめてから答えを返した。

「そうか……」

 また葛城陸将補の視線が尊に向く。その視線の意味は尊には分かっている。

「……動力は貴方たちが言うところの鬼力」

 少しうんざりした様子を見せながらも、尊は葛城陸将補の求める答えを返した。

「なるほど。水を自由に操るか。さすがというべきかな?」

「さすがなんて言われても、喜ばないと思うけど」

 操れて当たり前。尊に言わせると、そういうことだ。

「……そうか。先に進めよう。アジトでは仲間になるように説得を受けていたのだったな」

「はい。そうです」

「それを聞いて、どう思った?」

「恐かったです」

「……仲間になろうという気持ちは、少しも湧かなかったのか?」

「もちろんです」

 何を当たり前のことを聞くのだ。今泉の態度はそういうものだ。それは演技には見えない。そうであるのだが、葛城陸将補は疑っていた。部隊内でのヒアリングの場を設けたのは、これが理由なのだ。

「相手はどう説得しようとしてきたのだ?」

「死にたくなければ仲間になれ、です」

「他には?」

「仲間になれば良い思いが出来るから。あとは……自分たちは選ばれた存在だとも言っていました」

「他には?」

「……それくらいです。細かくはもっとあったと思いますけど、覚えていません」

 先のヒアリングで話したこと。少し今泉の態度にうんざりした気持ちが出ている。

「そうか……彼等がどのような存在かは聞いたか?」

「それはどういう意味ですか?」

「……彼等は何者で、どんな目的で活動しているのか。そういうことを聞かなかったかな?」

「ですから自分たちは選ばれた存在で。それは私も同じだから一緒に行動するべきだって」

「活動の目的は?」

「……聞いていません」

「そうか……」

 今泉の証言は、すでに聞いているものと変わらない。だが、それで良いのだ。この場の目的は、尊に彼女の話を聞かせる為なのだから。そして出来ることなら、尊に彼女が真実を語っているか確かめて欲しい。葛城陸将補はそう思っている。

「……誰に会ったの?」

「えっ?」

 その葛城陸将補の期待に応えて、尊が問いを発した。苦虫をかみつぶしたような不機嫌な顔をしながら。

「アジトでは誰に会ったのかな?」

「……誰と言われても」

 尊の問いに困った様子の今泉。

「誰の名前も聞いていないってこと?」

「ええ」

「じゃあ……どういう人に会った?」

「えっ? だから名前は聞いていないって」

「そう……分かった。じゃあ、もういいや」

 今泉の答えと言えない答えを聞いて、尊は問いを終わらせた。諦めたのではない。必要な答えは得られた。「もういいや」はそういう意味だ。

「彼等の逃亡先のヒントになるようなものはなかったか?」

 尊の言葉の意味を正しく理解して、葛城陸将補は続きを引き取った。ただこれはヒアリングを最後まで行ったという形を取りたいだけ。この問いの答えを得るつもりはない。

「……ずっと考えていますけど」

 この答えが返ってくることは分かっていたのだ。

「そうか。分かった。何か思い出したら知らせてくれ。ありがとう。ヒアリングは以上だ。ゆっくり休んでくれ」

「はい」

 これで今泉に対するヒアリングは終わり。ここから先は尊に対するヒアリングの時間だ。それが分かっている尊は、不機嫌さを隠そうともしていなかった。