特務部隊員といっても普段は、兵士としての調練を行っている時間以外はだが、普通の生活をしている。住んでいるのは桜木学園内の合宿所。部屋でテレビを見たり、仲間たちと馬鹿騒ぎをしたり、人によってはゲームを楽しんでいたりと、同世代の人たちとそう変わらない暮らしだ。
ただ例外が天宮と尊。天宮は鬼になった仲間を殺したことのトラウマから、男子はもちろん、女子も近づけようとしない。一方で尊はその逆。本人も周囲と仲良くなろうという態度を見せないが、それ以上に周りのほうが尊を避けている。鬼との戦いで見せた尊の残虐さが、特務部隊員の中で広まっているのだ。
その結果、二人が話をするのはお互い同士だけということになる。本人たちにそのつもりはないが、他と話さないので周囲には二人が仲良く見えるのだ。実際には仲は悪いのだが。
「プレゼントは何が良いかって?」
「そう。何をもらったら嬉しいですか?」
尊が天宮に向けた質問を聞いて、食堂にいる特務部隊員および候補生たちが驚いている。彼らは誤解しているのだ。
「それは誰の為?」
天宮は誤解することはない。尊が自分にプレゼントを贈るなんてことは、あり得ないと知っている。
「桜の誕生日がもうすぐだから」
「ああ。妹さんへ」
予想通りの答えではある。ただ桜に何を贈るのが良いかと聞かれても、答えに困ってしまう。死者が喜ぶプレゼントなんて天宮には見当もつかない。桜を死者と捉えるのは間違いなのだが。
「女性の好みは分からないので、貴女の意見を参考にしようと思います」
「私の意見なんて……」
「じゃあ、貴女であれば何をもらいたいですか?」
また周囲がわずかにざわついた。他の女性へのプレゼントを口実にして、天宮の好みを聞こうとしている。そんな手だと勘違いしている人がいるのだ。
「……ネックレス」
「装飾品?」
天宮の答えに驚いて見せる尊。
「えっ、装飾品は駄目なの?」
その反応に天宮も驚いた。
「だって……女性らしさを隠そうとしているくせに、欲しがるのは装飾品なんて。無理しているのがバレバレ」
「……君は僕を怒らせようとしているの?」
「別に。ただそう思っただけ」
「…………」
思ったことをそのまま口にするな、という言葉は飲み込んだ。ここで怒っては負けだと思ったからだ。ただの会話で勝負をしているのが、すでに負けだと天宮は分かっていない。
「他には?」
「装飾品が嫌なら、ぬいぐるみは?」
「えっ? ぬいぐるみ?」
「今度は何!?」
結局、天宮は声を荒らげてしまう。
「ぬいぐるみ好きなんだ?」
「僕は別に……」
「抱いて寝たりしているんだ?」
「…………」
頬を赤く染める天宮。尊の問いが事実であったと証明された。
「子供だね」
「君だって……!」
は間違い。尊は子供ではない。実年齢は二十代後半のはずだ。とてもそうは見えないし、発言も幼いが。
「でも桜は喜ぶか。どんなぬいぐるみが良いのかな? そういうの分からないな」
ぬいぐるみの提案そのものは尊も気に入ったようで、妹の桜はどんなぬいぐるみを喜ぶかを考え始めた。
「貴女はどんなぬいぐるみを抱いて寝ているのですか?」
「…………」
そんな質問には恥ずかしくて答えられない。尊だけでも恥ずかしいのに、他にも人がいるのだ。
「……よし。実際に確かめてみれば良いんだ」
「や、やめてっ!」
尊なら本気で部屋を覗きかねない。そう思って天宮は大声で叫んだ。
「じゃあ、どんなぬいぐるみ?」
「……熊」
周囲に聞こえないように小さな声で、自分の持っているぬいぐるみが熊であることを告げる天宮。
「熊か……それ可愛い?」
だがそれを復唱されては、小声にした意味がない。
「…………」
「よし、実際に」
「だから、止めろ!」
また大声をあげることになった天宮。やはり周囲には二人は仲が良いとしか思えない。いつもクールな天宮が、これだけ感情を露わにする相手は尊しかいないのだ。
「じゃあ、どうしよう? どうやって選べばいい?」
「選ぶって……まずはお店に行くことじゃないの?」
頭の中で考えているだけでは結論なんて出ない。ネットで調べるか、実際にお店に行って商品を見て選ぶかだ。
「お店……それはそうか。お店ってどこにあるのですか?」
「……聞いて良い?」
「何?」
「僕が地名を言って、君はそれがどこか分かるの?」
「多分、分からない」
「だろうね」
ずっと行方不明になっていたはずの尊。その居場所は旧都トキオではない。もしくは自由に動ける状況ではなかった。これが分かったからといって、何も解決するわけではないが。いや、解決どころか、天宮の身にさらに面倒ごとが舞い込んでくることになる。
◆◆◆
桜へのプレゼント。物はぬいぐるみと決まった。あとはどの様なぬいぐるみにするかだ。それを考えるには実際に多くのぬいぐるみを見てみること。それを尊は選択した。問題は尊は店を知らないこと。場所を教えられても、そこに辿り着ける自信がないこと。
結果、誰かが同行しなければならないことになり、それが誰かとなると天宮しかいない。尊と天宮の二人は、桜へのプレゼントを求めて外出することになった。
ただ天宮にとって幸いだったのは、それをデートとは誰も思わなかったこと。その理由は、二人の周囲に展開している護衛たちだ。天宮はまだしも、尊の外出に関しては、葛城陸将補はかなり神経質だった。多くの護衛隊員を同行させたのだ。『YOMI』が接触してくる可能性があるのだ。当然の配慮ではある。
「まずはここ。気に入ったのありそう?」
辿り着いたのはショッピングセンターの中にある店。そこには様々なぬいぐるみが置かれていた。
「熊は?」
「……あっちにあるけど」
「やっぱり、ここで買ったのか」
探すことなく熊のぬいぐるみがある場所を指差した天宮。そのせいで尊に自分のぬいぐるみをこの店で買ったことがバレてしまった。
「……僕のぬいぐるみはいいから。妹さんはどういうのが好きなの?」
「何だろう? 熊かな?」
「だから」
「からかっているわけじゃない。桜が昔、持っていたのは熊のぬいぐるみだった。好きだったかは知らないけどね」
「昔って……」
どれほど昔のことなのか。それが天宮は気になる。
「子供の頃だから……何年前?」
「どうして僕に聞くの? 僕が知っているはずない」
「いや、貴女は知っているはず。僕がいつ行方不明になったかを」
「……二十二年前」
尊の言うとおり、天宮はそれを知っている。尊たちが行方不明になったのは二十二年前。今の尊の年齢は二十八歳のはずなのだ。
「じゃあ、そのちょっと前」
「……ねえ。君は今、何歳なの?」
「う~ん。計算では二十八? 合ってる?」
「合ってる……でも君は二十八歳には見えない」
尊の外見はせいぜい天宮と同い年。それよりももっと若く見える。何よりも尊の口調や態度に、天宮は子供っぽさを感じる。
「それはそうだ。過ごしてきた時間が違うから」
「えっ?」
「これ以上は秘密」
いたずらっ子のような笑みを浮かべている尊。やはり子供にしか見えない。だが天宮の気持ちは、尊が発した言葉に向いている。
「……やっぱり記憶はあるのね?」
秘密ということは隠しているということ。それは行方不明の間の記憶を尊は持っているという証だ。
「皆、嘘だって気付いている。気付いていて、なんとか探ろうとしている。貴女も同じだ」
「僕は、ただ個人的な興味で」
研究所や国防軍とは違う。そう訴えたかった天宮だが。
「動機は関係ない。探ろうとしていることに変わりはないよね?」
「……そうね」
「やっぱり、熊のぬいぐるみにしよう。どれが良いかな?」
話を打ち切ってぬいぐるみを探しに行く尊。その後を天宮は追いかけた。だが、その足はすぐに止まることになる。尊が手を伸ばして、天宮を制したのだ。
「何?」
「ちょっと静かにしていてもらえますか?」
尊の口調が畏まったものに変わる。それは尊が仕事に戻った証。何かが起きた、もしくはこれから起きるのだと天宮は判断した。
「……昼間に……ちょっと驚きだ」
「何があったの?」
「……鬼がいる。正確には、もうすぐ覚醒する」
「えっ!?」
まさかの答え。驚いた天宮は大声をあげてしまった。
「静かにって言ったのに……でも、平気か。相手は分かっていない。貴女目当てではないみたいですね? それもそうか。覚醒前だ」
「君って……」
どうして尊には鬼がいると分かるのか。やはり尊は普通ではない。自分たちとは違う異質の存在なのだ。分かっていたことだが、天宮はまたその認識を強くした。
「逃げます?」
「鬼を見逃すわけにはいかない」
「そう言うと思いました。でも良いのですか……って人の話は最後まで聞かないと」
尊の話を聞くことなく先に駆けだしている天宮。尊もその後を追った。天宮に万一があっては困るのだ。
その二人の行動に慌てたのは護衛隊員たち。何事が起こったのかと驚きながら、彼らも二人の後を追った。そして辿り着いたその先には。
「お、鬼なのか……?」
黒い霧のようなものを全身に纏った人。鬼がいた。
「客を逃がせ! 早く!」
ショッピングセンターの中には大勢の買い物客がいる。今、鬼に暴れられては大勢の犠牲者が出てしまう。
「何と言って!?」
「決まっているだろ! テロリストがいるだ!」
鬼がいるから逃げろなんて言えない。それを言ったとしても本気にしない人は大勢いるはずだ。鬼の存在は公にはされていないのだ。
「真っ昼間に、しかも、こんな所に鬼が現れるなんて……」
これまで鬼は日没後にしか現れたことがなかった。しかも全て湾岸地区、十五年前の震災で大きな被害を出し、それ以降、あまり人が住んでいない場所だけ。だからこそ、鬼が出現しても混乱は最小限に押さえ込めているのだ。
「本部に至急、連絡しろ!」
「まずいぞ。これだけ多くの人に鬼が暴れるところを見られては、いや、犠牲者なんて出したら」
鬼の脅威を隠しておくことは出来なくなる。それどころかこの先、どう対応すれば良いというのか。
そんな護衛隊員の焦りなど知ることなく、尊と天宮は鬼の近くで議論をしていた。
「ここで暴れて平気ですか?」
「鬼が暴れるよりはマシ」
「でも七七四って存在を隠しているのですよね?」
入隊の時の研修で嫌と言うほど、教えられた情報秘匿の重要性。それを尊は言っている。
「その為に人が殺されるのを放っておけというの! そんなの間違ってる!」
そんなことを言っても、正義感の強い天宮が受け入れるはずがない。すぐにでも飛び出していって、鬼と戦う勢いだ。
「……分かりました。じゃあ、速攻で終わらせましょう」
「ええ。行くわ!」
気合いを入れて飛び出していく天宮。だが尊の言った速攻で終わらせるの意味を天宮は誤解している。一つ、ため息をついて、尊は天宮の後を追う。鬼を討つ為ではなく、天宮を止める為に。
全力で駆ける天宮を追い越して、尊はその進路を塞いだ。
「何をしているの! そこをどいて!」
「そんなに人殺しをしたい?」
「えっ……?」
「殺さなくてもこれくらいなら何とかなるから」
天宮に背を向けて、鬼と向かい合う尊。鬼のほうには特に動きはない。ただじっと尊を見つめているだけだ。
その鬼に無造作に尊は近づくと、自分の両手を鬼の肩に乗せた。
「ち、ちょっと!? 危ない!」
それを見て慌てる天宮。その手からは光の剣が伸びた。尊を助けようと考えての行動なのだが――天宮の剣が届く前に、鬼はゆっくりと後ろに倒れていった。
「……どういうこと?」
「僕は、もうすぐ覚醒する、と言った。覚醒したとは言っていない」
「鬼になりきっていなかったってこと?」
「そう」
「でもどうやって?」
そうだとしても、どうやって尊の言う覚醒を止めたのか。その問いに対する尊の答えはない。倒れた鬼の横にしゃがみ込んで、様子を確かめている。
それが答える意思がないことの無言の訴えだと分かった天宮。納得は出来ないが、今は黙っておくことにした。天宮の頭の中には、なんとなく尊の能力はこういうものではないかという考えが浮かんでいる。これまで見た尊の行動からの推測だ。まずはそれをもっと深く考えてみようと天宮は思った。