月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第27話 逆襲

異世界ファンタジー小説 逢魔が時に龍が舞う

 湾岸西地区の旧海岸通り沿い。海に面したその場所に立ち並ぶ大きな建物群は旧倉庫街だ。空港にもほど近いその場所は、首都圏における物流の中心地とされた場所の一つ。大震災が起こる以前であり、空港や高速道路、そして倉庫街そのものも半分が海に沈んでしまった今は、一台のトラックも見ることはない。
 その廃墟となった旧倉庫街に六台の車両が進入してきた。荷物を運ぶトラックではない。稀に現れる、人気のないその場所で思う存分、荒っぽい運転を楽しもうという若者たちの車でもない。装甲車、第七七四特務部隊の軍用車だ。

「……各車配置につけ」

 旧倉庫街に侵入したところで、指揮車に乗っている葛城陸将補は、無線で指示を出した。短い指示だが、これで十分。作戦内容については何度も打ち合わせで確認しており、全て参加者の頭に入っているはずなのだ。
 実際にどの分隊からも、指示内容を確認する無線が入ることはなく、配置は完了した。

「各分隊。戦闘準備」

 各車が所定の位置についたところで、いよいよ作戦が始まる。分隊はそれぞれ下車し、突入準備に入った。

「……反応は?」

 無線を切って、葛城陸将補は同乗している尊に確認した。

「予定通り、なのかな?」

「数は分かるか?」

「それを聞く意味はありません。ここが本当にアジトであるなら、備えがあるはずだから」

「アジトではないと?」

 わざわざ「本当に」をつけるということは、アジトであることを疑っているということ。葛城陸将補の胸に不安が湧いてきた。

「僕は知らないというだけです。どっちにしても作戦は止まらないのですよね?」

「……そうだな」

 今回の作戦は『YOMI』のアジトの襲撃。ずっと不明だったアジトの一つが見つかったのだ。特務部隊員の強化鍛錬が終わるのを待っていたかのように。
 実際にそうではないかと葛城陸将補は疑っている。正確には、待っていたわけではなく、強化鍛錬の成果を確認する為に、隠し持っていた情報の一つを出してきたのではないかと。

『……第一、準備完了』
『第二分隊、配置につきました』

 各分隊から準備完了の連絡が入り始める。

「各分隊、作戦を開始しろ」

 第一から第五、全ての分隊からの報告が入ったところで、葛城陸将補は行動開始を指示した。
 指揮車内の映像パネルに映っている周辺地図。点滅している点が各分隊を表している。その点は、目標の倉庫に五方向から近づいて行っている。

『第五分隊、予定地点で待機します』

 真っ先に移動を完了したのは第五分隊。もっとも経験が少ない彼等は、敵の逃走路と予測している地点で待機なのだ。
 それ以外の四分隊は敵のアジトである倉庫に侵入する為に、さらに移動を続けている。

「……敵に動きはないか?」

「……今のところ、敵反応ありません」

 葛城陸将補の問いにオペレーターが答えた。敵の所在を探るのは、尊頼みではない。小型探知装置を搭載したドローンをいくつも飛ばしている。
 ただ、どちらがより正確かを考えると、葛城陸将補の気持ちは複雑だ。

『……第一分隊、突入します』
『第二分隊、同じく』
『第三部隊、突入』
『第四、突入』

 四分隊が一斉に倉庫への突入を開始した。これで情報に間違いがなければ、戦闘が始まる。強化鍛錬を終えた特務部隊員の力が、『YOMI』のメンバーに通用するかが試される時だ。

『敵発見! 戦闘を開始します!』

 無線から聞こえてきた緊迫した声。いよいよ戦闘開始。しばらくは、葛城陸将補には祈るくらいしか出来ない時間となる。

『包囲しろ! 敵を逃がすな!』
『逃がすなだと! 雑魚が、調子にのるな!』
『舐めるな! こいつら、以前とは違う!』

 無線から消えてくる敵味方の声。状況を各指揮車に伝える為に、わざと垂れ流しにしているのだ。

『いける! 戦えるぞ!』
『この状況は不利だ! 包囲に穴を空けろ!』
『突破を許すな!』

 声だけを聞いていれば、戦況は有利であるように思える。そのことに葛城陸将補は少し安堵した。強化鍛錬の効果がなければ、あっても敵に通用しなければ、特務部隊員は全滅してしまう可能性もある作戦なのだ。

『やった! 一人倒した!』

 とうとう敵の一人を倒した。本人は意識していないのだろうが、思わず叫んだ喜びの声が指揮車にいる後方支援員たちに戦いの状況を伝えてくれた。

『一気に押しつぶせ!』
『一人も逃がすな!』

 一人倒したことで強化鍛錬の効果を実感した特務部隊員たちの士気は跳ね上がった。その一方で。

『バラバラに戦うな! 一カ所に集中しろ!』
『そうしてえけど、こいつらウゼぇんだよ!』

 『YOMI』の彼等にとっては、まさかの事態。焦りの声が聞こえてくる。

「……僕たちの出番はないね?」

 ずっと黙って無線から流れてくる声を聞いていた天宮が、不意に尊に向かって問いを発した。

「……まだ終わっていません」

「……そう」

 尊がどのような気持ちで無線を聞いているのか、天宮は気になっているのだ。無線の向こうの声は、尊にとって敵なのか仲間なのか。もし仲間と思っている人がいるとすれば。
 また『YOMI』のメンバーを倒したという声が聞こえてきた。そのメンバーは、尊の知り合いなのだろうか。表情だけでは、天宮には判断出来ない。

『はやと!』
『逃がすな! 包囲を崩されるな!』

 第一分隊員の名が叫ばれた。その意味を考えて、葛城陸将補の、天宮の表情が曇る。せめて怪我だけで済んでいて欲しい。そう思う。

『第五分隊! 敵三人が外に出た! 逃げ道を塞げ!』
『予定地点に追い込む! 展開しろ!』

 包囲を突破されただけでなく、建物の外への脱出も許してしまったようだ。そうなると外で待機している第五分隊の出番なのだが。

「第五探知機、反応消失。第三、第四を回します。あっ、いえ、第三も反応消失。全体を消失地点周辺に集結させます」

 オペレーターが空を飛ばしている探知装置の反応消失を告げてくる。

「敵反応は捉えているのか?」

「はい。あっ、いえ、第四、第二反応消失。敵反応ロストしました。至急、残存の探知機を移動させます」

「そうか……」

 敵に撃墜されているのは明らか。いくら他のドローンを回しても、恐らくは同じことだ。

「……行きます」

「えっ?」

 いきなり発せられた尊の声に驚く葛城陸将補。討ち漏らした敵の追撃は遊撃分隊の役目だが、尊自ら出動を望むとは思っていなかったのだ。

「この状況で、後を追えるのは僕くらいしかいないと思いますけど?」

「ああ……そうだな」

 尊の言うとおり。探知装置が失われれば、他の部隊員には、後を追うことは困難になる。ただ尊が積極的にその行動に出ようとすることが、葛城陸将補には不思議だった。尊が守るべき相手、天宮は安全な場所にいるのだ。

「その『そうだな』は行って良いってことですか?」

「……ああ、頼む」

 駄目とは言えない。何もしなければ、逃がしてしまうことになるのだ。
 葛城陸将補の許可を得た尊は、指揮車を降りて、駆けだしていく。その勢いから、もう場所は分かっているのだと葛城陸将補は判断した。

「僕も行きます」

「……そうだな。行ってくれ」

 天宮を行かせることに少し躊躇いを覚えた葛城陸将補だが、許可を出すことにした。尊を一人で行かせることもまた不安なのだ。尊の後を追って、走って行く天宮。

「……無線……など聞かせてくれないか」

 これから何が起こるかは、恐らく分かることはない。あとで聞くしかないと葛城陸将補は諦めた。

 


 実際に尊は、これからの行動を葛城陸将補に、特務部隊に知らせるつもりはない。敵の所在を伝えることなく、他の部隊員が追いつくのを待つことなく、全力で駆けている。
 目的の相手の姿は、すぐに捉えることが出来た。

「……ミコト」

 相手も尊が追ってきたことに気が付いていた。逃げていた三人は立ち止まると、その中の一人が尊の名を、仲間内での呼び名で、呟いた。

「やっぱり、コウか」

 尊がコウと呼んだのは火室(ヒムロ)光太(コウタ)。尊にとって月子と同じ、仲間と呼べる人物の一人だ。

「……お前が敵に回るとはな。せめて理由を教えろ」

「ん? 僕は敵に回ったつもりはない。そっちが僕の守らなければいけない人を攻撃するからだ」

「どういうことだ?」

 尊が何を言っているのかコウには分からない。コウに尊が守りたい人、桜を攻撃した覚えはない。

「僕の今の仕事は天宮さんを守ること。彼女に危害を加えようとしなければ、僕は何もしない」

「……ああ、彼女の話か。そういえば、あの時は、酷い目に遭わされた」

 天宮を捕らえようとした時のこと。離れた場所から火矢の形をした精霊力で攻撃していたのがコウなのだ。

「当てなかったはずだけど?」

「直撃しなくても火は熱い。高いビルの上から落ちたら痛いだろ?」

 普通の人であれば、この程度の表現で済む攻撃ではなかったのだが、コウは普通の人ではない。

「……そうか。でも元気そうだ」

「ミコト、今の俺が元気に見えるか?」

 尊の言葉に呆れた様子を見せるコウ。殺されそうになって、必死で逃げてきたのだ。それを元気そうだとは言われたくない。

「怪我もなさそうだから元気だよね?」

「まあ……お前が見逃してくれれば、元気でいられるかもな」

「聞きたいことを聞いたらね」

「へえ」「嘘?」「マジで?」

 尊が本当に逃がしてくれるつもりだと知って、コウは納得、他の二人は驚いている。

「どうして、ここにいたのかな?」

「……どうして、そんなことを聞く?」

 そんなことを聞くために、尊は自分たちを追ってきた。その理由がコウには分からない。

「聞きたいから。それと、そういう無駄な質問している時間ないから」

「確かに……次の作戦の為に、待機してろって言われた」

「それは誰に?」

「九尾(きゅうび)だ。あいつが次の作戦のリーダーだからな」

「九尾に命令したのは朔夜?」

「さあ? 朔夜さんかエビスさんの指示だと思うけど、説明を聞いたのは九尾からだけだ。俺たちはミコトと違って、幹部から直接指示を受ける立場じゃないからな」

 コウたちは、組織の上層部から直接指示されることは滅多にない。作戦毎にリーダーが決められ、そのリーダーが上層部から命令を受け、作戦に加わるメンバーに説明を行う。そう決められているのだ。

「そう……」

 コウの説明を聞いて、考え込む尊。

「時間ないんじゃないのか?」

 長々と考えられては、コウたちは困る。いつ特務部隊員が追いついてくるか分からないのだ。
 
「ああ、そうだった。最後に一つ。今回のこれ、多分、罠だから」

「……なんだって?」

「絶対とは言わない。でも、色々と怪しすぎる。だから、気をつけて」

「……どうして?」

 コウたちは、急いでこの場を去る必要がある。だが尊の話は、それを忘れてしまうような衝撃だった。

「具体的な証拠があるわけじゃない。ただ、こちらに都合が良すぎるような気がして。月子たちにも伝えておいて。仲間だからって油断するなって」

 尊が自ら動いたのは、コウにこれを伝える為。コウだけじゃなく、月子や他の仲間たちにも。

「……ああ、分かった。それで?」

「……大丈夫。攻撃する気なら、とっくにしていると思う」

 この場にいる四人とは別の気配。それをコウも尊も、他の二人も感じている。

「分かった。じゃあ、またな……で良いのか?」

「さあ? とにかく、元気で。分かっていると思うけど、ここを真っ直ぐに行けば平気だから」

「ああ」

 駆け去って行く三人。その先に彼等にとっての敵はいない。それが分かっているから、三人はこの方向に逃げてきたのだ。
 その三人の姿が見えなくなったのを待って、天宮が姿を現した。

「……どういうこと?」

 当然だが、天宮は尊たちの話を聞いていた。

「世の中は、自分たちが思っているより複雑に出来ているってこと」

「……誤魔化しているでしょ?」

 尊の話に具体的なことはまったくない。いつものように話をしたくないので、誤魔化しているのだと天宮は受け取った。

「色々とね。隠すつもりはない。ただ、貴女が納得するだけの説明が出来ないってこと」

 だが今回はいつもとは少し違っている。尊は隠す気がないと天宮に告げてきた。

「……それが出来るようになったら?」

「きっと話すことになる」

「……分かった」

 尊が「話す」と言葉にしたのだから、いつか話してもらえるに違いない。そう考えて、天宮はその時を待つことにした。尊の言葉とは少し違うが、自分はこの世の中を分かっていると言えるほど大人ではない。その自分がいくら悩んでも答えは出ない。そう天宮は考えたのだ。
 諦めではない。答えを出せない問題もあると知ったのだ。