月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第29話 こんなはずでは

異世界ファンタジー小説 逢魔が時に龍が舞う

 第七七四特務部隊の次の任務は、その難度を増している。今回の作戦も『YOMI』のアジトの襲撃。それを一分隊だけで実施しようというのだ。もちろん、前回よりも敵の数は少ない。確認されている敵の数は二人。それに対して一分隊を当てるのだから、数の優位はある。
 さらに支援部隊として、遊撃分隊も出動しているのだから、問題ないといえば問題ない陣容だ。

「……お手伝いばっかりだね?」

 支援任務は、尊の言葉にすると「お手伝い」になる。

「万が一があるといけないから」

 敵は二名。この情報に間違いがなければ良い。それでも分隊の元の力を考えると不安なのだが、それを言っても仕方がない。この作戦は葛城陸将補の、更に上からの命令なのだ。天宮が文句を言っても届くことはない。

「わざわざ人数を減らす必要ないのに」

 尊も天宮と同じような不満を持っている。勝つことが必要なのであれば、絶対にそれが可能という人数を揃えれば良い。特務部隊の任務は、日に何件もあるものではないのだ。

「この先、『YOMI』との戦いが激しくなることを予想して、経験を積ませると共に、戦力分析をしておきたいのだ」

 尊の呟きに葛城陸将補が答えを返してきた。今回の作戦を実施するにあたって、上から説明した内容そのままだ。

「負ければ人が死ぬ実戦で、ですか?」

「……現場を知らない人間の考えることだからな」

 第七七四特務部隊における葛城陸将補の実質的権限は縮小傾向にある。特務部隊員の強化が成功したからとことではなく、対鬼用新兵器の実戦配備が進もうとしている中、この先の主導権をどこが持つかという争いが裏で始まっており、その政争において葛城陸将補は蚊帳の外に置かれているのだ。

「愚かだ」

「人というのは愚かなものだ。だからといって諦めるわけにはいかない」

 遊撃分隊を作戦に参加させたのは葛城陸将補の独断だ。出来ることは行う。権力争いに関わる力のない葛城陸将補には、それしかないのだ。

「そうだけど……愚かさを正さなければ、物事は解決しないと思います」

「解決しないとどうなる?」

「それを話せないのは分かっているはずです」

「そうか……」

 葛城陸将補はその話を知りたいのだ。自分たちが行っていることが間違いであると知らしめる為に。話の内容がどのようなものかは分からないが、ろくでもないことは間違いない。

「始まるね」

 無線から作戦開始の声が聞こえてきた。いよいよ戦いが始まる。
 前回とは異なり、アジトは空きアパートの一室。突入までにかかる時間は、わずかだ。すぐに戦闘の様子が無線から流れてくる。

「……彼等は自分たちが、相手と同じだってことに気付いているのかな?」

「どうだろうな。気付いていないのか、気付いていて惚けているのか」

 自分たちも討伐されている鬼と同じ存在。いずれは自分たちにも同じ運命が待っているかもしれないと思っている隊員はいるのか。それは葛城陸将補には分からない。

「これに勝ったら、次はどんな実験ですか?」

「そういう表現はしない。少なくとも任務中は」

 任務を実験と言う尊。実際にその通りなのだろうと葛城陸将補も思う。特務部隊員は実験に参加しているのだ。では、その実験の先には何があるのか。葛城陸将補には一つの想定がある。
 知る者のほとんどいない、過去に失敗した実験の再現を目指しているのではないかという考えだ。

「……終わりかな?」

「そうか……二対四であれば勝ち。敵の二が、どの程度の強さかを分析する必要はあるがな」

「あれ? クラスってのは?」

 鬼はクラスで、その強さを表していた。それを尊は覚えている。

「あれに意味がないことは、君が一番分かっているのではないか?」

 鬼力の探知装置で測るクラスは変動する。それが分かったからには、そのクラスで判断は出来ない。そう決められたのだ。

「せっかく、覚えたのに」

「それはABCをかな?」

「あっ、馬鹿にしてる。アルファベットなら、ずっと前に覚えました。今は中国語を勉強中」

「はっ?」

 小学一年生の勉強から始めた尊が、何故、中国語を学んでいるのか。葛城陸将補には理解出来ない。

「やっと勉強が面白くなってきました。数学は相変わらず嫌いだけど」

「……好きな勉強だけをしているのか。それはどうなのだ?」

 尊は学ぶ教科を選別している。だからといって何故、中国語を選んだのかという思いはあるが、少しだけ葛城陸将補は納得した。

「必要な勉強だけしているつもり。中国語は話す人が多いって聞きました」

「……なるほど」

 確かに中国語を話す人は多い。難民として日本に移り住んできても、日本語を覚えることなく暮らしているのだ。それで困らない生活圏を構築しているからだが。
 ただ尊の役に立つかは微妙だと思う。

「……まだ、ここにいるのですか? 明日は桜に会う日だから、早く帰らないと」

「もうここを発って良いのか?」

「僕は問題ないと思います」

「そうか……」

 尊の言う「問題ない」がどういう意味なのか。前回の作戦での出来事を知っている葛城陸将補は悩む。敵は全て討ったのか。残っている敵はいるが、尊にとっては問題ない相手なのか。その「問題ない」は、尊にとって仲間だからか敵だからか。
 その答えを葛城陸将補は得られない。この場に残る必要がないという意味だけを受け取って、指揮車を出発させた。
 結果、尊の「問題ない」の意味は。

 

「……予想通り、襲われたわね?」

 少し離れた場所から、アジトが襲撃される様子を眺めていた月子。

「ああ。ミコトが見つけたのか、それともやはり、情報を漏らしている奴がいるのか」

 月子に同行しているのはコウだ。この二人が近くにいても、尊には問題ない。天宮に危害を加える意思がなければだが。

「ミコトに直接、話を聞きたかったのに」

「正直に……話せることなら話すか、あいつなら。そう考えると、やっぱり裏切り者がいるってことになる。牙、お前はどう思う?」

 同行者はもう一人いる。|木場《きば》|雄大《ゆうだい》。仲間からは牙と呼ばれている。

「ミコトがいると言うならいる。問題はそれが誰で、どうやって消すかだ」

「誰か……」

 コウの視線が月子に向く。今、もっとも怪しいのは望。月子にとって兄だ。

「それはまだ分からないから」

「……まあな。でも、今の状況を放置は出来ない」

 戦力が揃い、一気に敵を押しつぶすはずが、逆に攻め込まれている。『YOMI』の計画は完全に狂ってきている。

「戻ろう。ここにいても何も進まない。それに、この件は俺たちだけでどうこう出来る問題ではない」

「そうね」「分かった」

 

◇◇◇

 第七七四特務部隊の攻勢にどう対応するか。『YOMI』にとって大問題だ。だが、それを考えるのは幹部たち。末端の戦闘員は、不安を抱えていたり、仲間の復讐に熱くなっていたりしていても、具体的な行動に移せるわけではない。それは月子たちも同じだ。
 ただ彼等が他のグループと少し違うのは月子の存在。準幹部待遇の月子からは、他のメンバーが聞けないことが聞ける。
 その聞けないことを聞く為に、彼等は、たまり場として使っている湾岸東地区の喫茶店に集まっていた。

「あっ、月子ちゃん」

 店に入ってきた月子に、真っ先に気が付いたのはミズキ。椅子の上で背伸びをして、大きく手を振っている。

「そんなことしなくても、すぐ分かるから」

 そんなミズキに呆れ顔の月子。狭い店内だ。彼等の居場所などすぐに分かる。そもそも、座る場所はいつも同じなのだ。

「照れちゃって。月子ちゃん可愛い」

「照れてないし」

「良いから座って。何、飲む?」

 何が良いからなんだ、と文句を呟きながら、オレンジジュースを頼んで、席に座る。月子が到着したところで、いつものメンバーが揃った。あえて足りないメンバーをあげれば、尊と桜の二人になる。

「それで? 幹部会はどんな状況だ?」

 すぐにコウが幹部会の情報を求めてきた。その為に集まったのだから、当然ではあるが。

「あまり情報は入手出来なかった」

 コウの問いに不機嫌そうな表情で答える月子。不機嫌そうなのは店に入ってた時から。だからコウは、不安を感じて、話をすぐに聞きたかったのだ。

「……本当か?」

「本当。余計なことを幹部に吹き込んだ奴がいるみたい」

「余計なこと? 何だ、それ?」

「私たちが情報を漏らしているのじゃないかって」

「はあっ!? 俺たちが疑われてるのか!?」

 月子の話にコウが驚きの声をあげる。驚いているのはコウだけではない。驚いた顔、難しい顔、不満そうな顔。それぞれ微妙に違うが、全員が月子の話に反応した。

「ミコトがね」

「……ミコトが裏切り者で、俺たちはそのミコトと繋がっていると疑われたわけだ。でも、俺だって襲われている」

 コウも特務部隊の襲撃を受けている。それで疑われるのは納得がいかない。

「でも助かった。ミコトのおかげで」

「……あいつら。恩を仇で返しやがったな」

 助かったのはコウだけではない。一緒にいた二人も助かっている。その二人が、裏切ったのだとコウは考えた。

「恩を仇でって、貴方のおかげじゃないでしょ?」

 コウの言葉をミズキが否定してくる。

「……ミコトへの恩を仇で返した」

「そうだとしても、ミコトが裏切っていないとは言い切れないから」

「ミズキ……」

「可能性の話。私もミコトが裏切ったなんて思いたくない。でも、現実にミコトは敵側にいるでしょ?」

 ミズキは無条件で、尊を味方とは見ていない。状況だけでいえば、尊が疑われるのは当然だと考えている。

「ミズキ、分かっているのか? それだと俺たちの中の誰かが裏切っていることになる」

 ミズキの話を受けてドモンが、不満そうな声で、話に入ってきた。二度の襲撃は、作戦情報が敵に漏れた結果と考えるべき。尊が裏切っているとすると、その彼に情報を漏らした人物がいることになる。

「……可能性は否定出来ない」

「否定出来る! ミコトはそんなこと、絶っ対にしない!」

 ミズキの言葉を否定する月子。これはただの感情だ。

「月子ちゃん、ここは冷静に話をするところ。そうしないと真実は見えてこないよ?」

「だって、ミコトがそんなことするはずないもの」

「じゃあ、裏切り者は望さん? それとも朔夜さん?」

「それは……」

 この二人も裏切りを、これが組織全体ではなく一部でだが、疑われている。月子にとって兄である二人の裏切りもまた認められないものだ。

「月子ちゃんは、議論に参加禁止ね」

 疑われているのは月子が感情的になってしまう相手ばかり。それを考えて、ミズキは議論への参加を禁じた。

「ミコトが裏切るとしたら桜子が理由だろうな。人質にとられて脅されれば、従う可能性はある」

 コウも、認めたくはないが、尊が裏切る可能性を口にした。尊にとって妹の桜は絶対的な存在であることを知っているのだ。

「だから、それだと俺たちの中の誰かも裏切っていることになる」

 それに対して、またドモンが否定してきた。

「それが誰かとなると……月子ちゃんね」

「えっ? 私? それは、私はミコトが、あれだけど……でも……」

「違うから。私たちは他のグループの作戦なんて知る方法がないもの」

 準幹部待遇の月子を除いて、他の全員は末端の戦闘員。彼等に作戦を知る方法は、参加者に聞かない限りない。そして、作戦は基本、参加者以外へ話すことは禁じられている。

「俺は誰にも作戦について話していない」

「じゃあ、コウも裏切っているのかもね?」

「おい?」

「冗談。私だってここにいる誰かが裏切っているなんて思っていないから」

「じゃあ、どうして?」

 ミズキはミコトの裏切りの可能性を強く訴えている、ようにコウには聞こえている。これはコウだけではない。月子もそう思って、大声で否定したのだ。

「月子ちゃんに覚悟を決めて欲しいから?」

「私? えっ? 覚悟って?」

「ミコトじゃなければ、裏切り者は幹部の誰か。そして有力なのは」

 月子にとって家族。その家族が裏切っている可能性があること受け入れろとミズキは言っているのだ。

「他の奴の可能性はないの?」

「もちろんある。でもね、月子ちゃん。真実を知りたいのなら、可能性に目を背けては駄目」

「…………」

 ミズキの言うとおり。それは月子にも分かる。だが、心では受け入れがたいことだ。

「直接の関係があるか分からないが、九尾を調べると良いかもしれない」

 ここでずっと黙って話を聞いているだけだった牙が口を開いてきた。

「九尾? どうして?」

 いきなり出てきた『YOMI』のメンバーの通り名。どうしてその名を牙が出してきたのか、コウは尋ねた。

「コウが襲撃された時の作戦リーダーは九尾だ。その九尾は誰から命令を受けたのか。それとも受けていないのか」

「ああ、確かに」

「それと……ミコトが行方不明になった時に参加していたとされていた作戦。どうやらそれの作戦リーダーも九尾だったようだ」

「おい? そんなことして平気か?」

 牙の説明を聞いたドモンが、心配そうな声で問い掛けてきた。他者の作戦について探るような真似は、周囲に良い印象を与えない。まして今の状況では、裏切り者に目をつけられる可能性がある。

「どちらの作戦もミコトを排除しようとしたものだとすれば、今更だ」

 ミコトに近い位置にいた自分たちは、すでに邪魔者。牙はそう言っている。

「……ミコトを排除。そういえば一度襲われたことがあったな」

「ああ。喧嘩だということにされたが、ミコトはいきなり襲われたと言っていた」

「……ミコトに何が、なんて話をしてもな。怪しいところがあり過ぎる」

 尊、そして桜は『YOMI』の中にいても異常な存在だった。命を狙われるまでの理由は分からないが、何があってもおかしくない。

「しかし……九尾相手だと、迂闊には動けないな」

 九尾と呼ばれるメンバーは、月子と同じ準幹部扱い。そういう地位に置かれる実力もある、はず。個人の技量は彼等も掴めていないが、まとまったグループを率いていることは知っている。 

「なんだか、面倒な話になってきちゃったね?」

「本当に」

 こんなはずではなかった。仲間たちと、たまに危険な任務はあったりするが、楽しく過ごせていれば、それで良かったはずだった。
 だが組織は、どうやら自分たちが思っていたようなものではない。それを彼等は知ってしまった。