月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第41話 嘘

異世界ファンタジー 逢魔が時に龍が舞う

 宙に伸びる光の尾。それは特殊戦術部隊員の攻撃を防ぎ、隊員の体を貫く。九尾は精霊力を見事に操って、攻撃と防御を同時に行ってみせている。九尾が守っているのは自らの体だけではない。光の尾を前後左右に広げ、仲間への攻撃も防いでいる。どちらかというと守りのほうが主だ。その代わりに、守りを九尾に任せた仲間たちは攻撃に専念。切れ目のない攻撃を続けている。
 個人としても集団としても優秀。九尾の実力を初めて目の当たりにした人々は、そう評価している。特殊戦術部隊について戦っている人々は、感心しているだけでは済まないが。

「……あいつ……あそこまでの力を持っていたのか」

 『YOMI』のリーダーであった、本人は今もそのつもりだが、朔夜も、九尾の全力での戦いは初めて見る。考えていた以上の強さに驚いていた。

「どうする?」

 その朔夜に百武が問い掛けてきた。

「決まっている。仲間にならなければ殺すしかない」

「どうやって?」

 殺すと言っても、今もそのつもりで味方は戦っている。それで倒せないのだ。もちろん、投入している戦力は一部ではあるが、温存しているのにも理由はある。

「……味方を下げろ。支援部隊に攻撃させる」

「ここで使うのか?」

「仕方がない。奴等を逃がすわけにはいかない」

「……彼女もいるが?」

 支援部隊が一斉射撃を行えば、中央に残っている月子にも当たるかもしれない。それでも良いのか、百武は朔夜に尋ねた。

「構わない」

「……分かった。ダークバレット装填! 味方が後退したら、一斉攻撃だ!」

 百武の指示で動いたのは支援部隊員。能力を持たない普通の兵士たちだ。弾倉を交換して銃を構える兵士たち。準備は完了。あとは前線で戦っている味方を下げるだけなのだが。

「……下がれるのか?」

 前線の戦いは混戦模様。支援部隊が安易に攻撃出来ないように、九尾たちはあえて混戦に持ち込んでいるのだ。

「下がれないなら、巻き込まれるだけだ」

「おい?」

「三十秒待つ。死にたくなければ後退しろ」

 朔夜のこの声は無線で味方に伝わっている。慌てて後退しようとするのだが、それは隙を作るだけ。九尾たちの攻撃を受けて、地に倒れていく人たちが増えた。

「犠牲者の数はあまり変わりそうにないな」

「朔夜……」

 前線で戦っている味方の数は一気に減った。だが、それは朔夜が無理な後退をさせようとしたからだ。

「撃て!」

 さらに朔夜は、まだ戦っている味方がいる状況で攻撃の命令を下した。一斉に放たれた銃弾。それは属性を変化させる様子がないままに、中央にいる人々に襲い掛かった。

「撃て!」

 続けて斉射。今度も同じ。銃弾は火にも水にも変わらない。通常弾と同じように、目に見えない速さで飛んでいく。
 それに疑問を感じているのは特殊能力者たち。通常弾は精霊力を帯びた人には通用しない。体を傷つけることも出来ないはずなのだ。では何の為の攻撃なのか。彼等の疑問が解けるには、少しだけ時間が必要だった。

「……ぐっ、ぐぁああああああっ!」

 中央から聞こえてきたうめき声。

「おい! どうした!?」
「しっかりしろ!」
「やばい! 鬼化だ!]
「こっちもだ!」

 それに続く焦りの声。この声を聞いて、何が起きているのか、特殊戦術部隊側の特殊能力者にも何となく分かった。

「こっちもだ!」
「どうする!?」

 鬼化したのは一人ではない。他にも苦しげな声をあげる人が出てきた。

「……止めろ! 暴れ出す前に、動きを止めろ!」

 何が起きているかを把握した九尾は鬼化、正気を失おうとしている仲間を止めるように指示を出す。だが、それは簡単なことではない。
 特殊戦術部隊から放たれた銃弾が、また味方の体を貫いていく。

「ぐっ……く、くそっ……」

 銃弾を受けたのは九尾も同じ。傷の痛みよりも、彼を苦しめるのは体内にとどまった銃弾から漏れ出す何か。それが九尾の意識を狂わせようとしている。
 懸命に意識を保とうとする九尾。だが、そうしている間に完全に正気を失った仲間が同士討ちを始めている。

「ちっ、ちくしょう……」

 それを止める余裕は九尾にはない。自らを狂わせようとする穢れと戦うのに必死だ。このまま味方同士で殺し合いを演じて、終わってしまうのか。そんな思いが心に湧いてくる。その時――。

「正気の人はこっちに来て! 早く!」

 聞き覚えのある声。それが誰か分かった時、九尾は心に広がる闇が、わずかだが晴れたのを感じた。

「土門。もっと壁を大きく広げて! 皆、土門の壁に隠れて!」
「無理を言う……同じ属性持ち! 手伝え!」

 文句を言いながらも、月子の指示に従って、土門は自分たちを囲む土の壁を広げていく。さらに正気を保っている九尾の仲間も、それを支援する。 

「ミズキ! 鬼になった人の動きを止めて!」
「ええ!? 私、一人!?」
「目くらましは終わっている! 彼等は周りが見えていないわ!」
「牙! コウ! 手伝ってよ!」
「俺等が攻撃すると殺しちまうだろ!?」
「もう! この役立たず共!」

 牙とコウを罵倒しながら地面に手を伸ばすミズキ。すぐに鬼化した仲間の足下から、木の根が伸びてきて、体に巻き付いていく。

「一丁あがり! 次!」

 全身を絡め取り、動けなくしたところで、次の仲間の拘束を試みるミズキ。

「牙! コウ! 怪我している人がいる! 運ぶのを、あっ……」

「月子!」

 地面に倒れている怪我をした仲間を助けようとしていた月子。その月子に、容赦なく特殊戦術部隊は銃弾を撃ち込んできた。

「……だ、大丈夫! 危ないから壁に隠れていて! ぐっ」

 さらに銃弾を身に受けて、地面に倒れる月子。

「月子! 大丈夫か!?」
「こ、来ないで!」

 駆け寄ろうとするコウを制止する月子。地面に倒れている月子に対しても、銃弾が飛んできているのだ。

「来ないでって……土門、なんとかしろ!」
「これ以上は広げられない!」
「他に誰か! 月子を守ってくれ!」

「私は大丈夫! 守りを弱めるようなことはしないで!」
「月子……」

 銃弾を受けた腹を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる月子。

「……さ、朔兄……どうして?」

 兄である朔夜が自分を攻撃させた。銃弾の痛みより、心に受けた傷のほうが痛い。

「まだ正気でいられるのか。さすがだな」

 その月子に向かって、朔夜は言葉を返してきた。

「ひ、ひどいよ。仲間にこんな酷い真似、どうして出来るの?」

「仲間? お前等は味方になるのを拒否した。敵を撃って何が悪い?」

「どうして……どうして、そんなこと言うの!? 私の知っている朔兄は優しい人よ! こんなことが出来る人じゃない!」

「……ふっ、ふあっはっはっはっはっ」

 月子の必死の訴えを聞いた朔夜は、堪えきれないという様子で大声で笑い始めた。その朔夜を信じられない表情で見つめている月子。

「まだ分からないのか? 俺はお前の兄じゃない」

「……嘘。嘘よ!」

「嘘じゃない。俺が兄というのは、嘘の記憶だ。俺がお前をそう思い込むように洗脳したのさ」

「せ、洗脳……?」

 驚きで大きく目を見張る月子。だが、そう聞かされても驚くだけで納得はしない。自分の記憶の中には、確かに朔夜と望の三人で、兄妹として過ごした記憶があるのだ。

「驚いたか? 自分よりも遙かに能力で劣る俺に、洗脳された気持ちはどうだ? 悔しいか?」 

「……私たちは小さい頃から三人で」

「だからそれは作られた記憶だ。お前に身寄りはいない。家族を失ってひとりぼっちだった、お前を俺は拾い、時間をかけて洗脳してきた。俺の駒にする為に」

「……小さい時から、朔兄はいつも私を可愛がってくれた」

 自分の記憶を言葉にする月子。それが嘘の記憶だなんて受け入れられない。言葉にすることで、否定しようとしているのだ。

「……可愛がってはやったな。ただ、それは大きくなってからだ。それも妹としてではなく、女として。いや、オモチャとしてかな?」

「…………」

 だが朔夜は容赦なく月子の心を傷つける。幸せだった記憶を否定し、それとは正反対の事実を吹き込もうとする。

「思い出せ。お前も可愛がられて喜んでいただろ? 毎晩、毎晩、犬のように這いつくばって、俺を楽しませてくれたじゃないか」

「……あっ……あ、ああ……いやぁあああああああああっ!!」

 頭の中でフラッシュバックしていく光景。兄妹としての楽しい思い出ではない。喜んでなんていない。屈辱の日々を強いられていた記憶が蘇ってくる。
 それを否定しようという思いが、心に影をさす。これまで押さえ込んでいた穢れが、心を蝕んでいく。

「あぁああああああああああああああああっ!!」

 天に向かって叫ぶ月子。その瞳は正気を失いかけている。黒い、ただ黒いだけでなく、暗い影を感じさせる瞳。それは鬼化の証だ。

 

「……ひどい」

 特殊戦術部隊の中にいる天宮は、そんな月子の姿を見ていられなくなった。自分たちには正義などない。こんなことが許されるはずがない。
 その思いは他の隊員も、月子と話したことのある天宮ほどではないが、共感するものだ。特に女性隊員は。

「……下衆な男。私たちはあんな男の下で働くの?」

 元第二分隊の陽(よう)詩音(しおん)もその一人。朔夜のことを汚物でも見るような目で、睨んでいる。

「働きたくなければ働かなくて良いと思います」

「えっ……? ええっ!?」

 声を掛けられた詩音は驚きの声をあげることになった。

「あっ、晩上好。我姓古志乃、我名……えっと……」

「あ、あのさ」

「はい?」

「私、中国語……今の中国語よね? とにかく何言っているか分からない」

「……陽さんなのに?」

 せっかく披露した、かなり拙いが、中国語が分からないと言われて、不満げな尊だった。

「祖父母の代から、日本生まれの日本育ちだから」

「……分かりました」

 ややふくれ面のまま、歩き始める尊。

「ち、ちょっと! どこに行くの!? 貴方、古志乃くんでしょ!?」

 この詩音の言葉に、周囲にざわめきが広がっていく。尊が拘束されたことは、特殊戦術部隊の隊員のほとんどが知っている。その尊がどうしてこの場にいるのか。
 事情は分からないが、とにかく拘束しようと動きだした人もいたが、それは朔夜、そして朔夜の指示を受けた百武や堂島に止められた。
 周囲の注目を浴びながら、前に進み出ていく尊。

「あっ、ああああああっ」

 その先に苦しげに呻いている月子の姿がある。その月子の前に立ち、手を伸ばす尊。

「……大丈夫。月子は穢れていない。身も心も綺麗なままだ」

 月子の頬に手を添えて、優しく語りかける尊。

「……ミコト?」

 それだけで月子は正気を取り戻した。

「そう。さすがは月子だね。心が強い。もう大丈夫」

「ミコト……わ、わたし……わたし……あんな男に……」

 正気に戻れば、また辛い記憶が蘇る。それが月子の心を揺さぶる。

「それも嘘だから。月子の心は強い。その月子の心を完全に惑わすには、自ら記憶を塗り替えたいと思わせることが必要。いくつも嘘の記憶を与えられているんだ」

「……ほんと?」

「本当。時間をかけて、一つ一つ剥がしていけば良い。月子なら出来る。あんな男の洗脳に、月子が完全にやられるはずがないから」

「ミコト……」

 尊の言葉を信じたい。だが、今はまだ信じ切ることが出来ない。

「……じゃあ、今度確かめてみる? 僕の言葉が嘘じゃないって分かるよ」

「うん、確かめてみる」

 尊相手であれば、いつでもウェルカムな月子だった。

「あっ、月子だとそういう反応か……」

 そんな月子の反応に、思わず余計な言葉を呟いてしまう尊。

「……その『月子だと』って、どういう意味?」

 尊の言葉に別の女の子の影を感じ取って、月子の目がつり上がる。すくなくとも鬼化の心配は、違った意味で鬼になるかもしれないが、なくなったようだ。

「……なんでもない」

「怪しい……まさか、あの女と!? そんなことないよね!?」

「そんなことが何かは分からないけど、多分ない」

「多分? 多分って何? どういうこと!?」

「つ、月子。今はこんなこと話している場合じゃないから」

 その通り。痴話げんか?をしている場合ではない。まだ危地を逃れたわけではない。これからが本当の戦いなのだ。朔夜たちにとっても。

「やはり現れたな」

 尊は必ずこの場に現れる。朔夜はそう考えていた。この襲撃作戦は敵味方を振り分ける為だけでなく、尊を誘き出す為の罠でもあったのだ。

「……愚かだね。自分こそが操られているのだと知りもしないで」

「なんだと?」

「洗脳を受けているのは、そっちだってこと」

 朔夜は桜の思惑通りに動いている。動かされている。尊にとって、それはもう間違いのない事実だ。

「下らない。そんなことで惑わされると思っているのか?」

「事実だから」

「戯言はいい! どうせ貴様は死ぬのだ! 撃て! 全弾、やつに叩き込め!」

 尊に向かって、一斉に引き金が引かれる。百の単位の弾丸だ。さすがの尊も無事ではいられない。そのはずだったのだが。
 響き渡ったのは金属音。放たれた弾丸は、尊に届くことなく、突然現れた金属の傘に跳ね返されて、地に落ちた。

「……えびす!」

 それが誰の仕業かは、朔夜にはすぐに分かる。数百発の弾丸を叩き落とすような固い傘。その傘からのぞく大きなタイヤ。そんな物を作る人間は、朔夜が知る限り、エビスしかいない。

「……やあ、オフロード車椅子も役に立ったね」

「エビスさん。来なくて良いって言ったのに」

「そんな言い方はないだろ? ピンチを救ってあげたんだよ?」

「まだ終わってないから。この傘、アレも防げるのかな?」

「えっ?」

 聞こえてきた複数のプロペラ音。こんな状況で現れるヘリコプターは、敵のそれに決まっている。特殊戦術部隊に配備されているヘリコプターだ。そのヘリコプターに積まれている機関砲。その銃身が自分たちに向けられたのを、尊たちは見た。

「……やばいかも」

 自信なさげに呟くエビス。尊の言うとおり、ピンチを救ったという言葉を口にするには早すぎた。それをエビスは知った。