月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第39話 未来図

異世界ファンタジー 逢魔が時に龍が舞う

 逃走した尊の捜索は、ずっと続けられている。富士の樹海の上空には、常にヘリが飛び続け、地上では特殊戦術部隊の装甲車が走り回っている。だが尊の足取りは、逃走したその日から、全く掴めていない。捜索部隊の目、だけでなく、ありとあらゆる探知装置から逃れ続けているのだ。

「……もう近くにはいないのではないか?」

 捜索の指揮をとっている百武指揮官は、精霊科学研究所周辺には尊はいないと考え始めていた。

「彼が妹を諦めるはずがない」

 それに対して望は否定的だ。尊は必ず桜を助けに来ると考えているのだ。

「そうだとしても、すぐに行動するとは限らない。少なくとも俺なら、警戒が弱まるまで、どこかに潜伏している」

「……潜伏するとしたら?」

 時期を待つという考えについては、望もあり得ることだと思う。

「俺よりもお前のほうが知っているのではないか?」

「そうだね……」

 尊が潜伏場所に選ぶとすれば、それは『YOMI』の隠れ家。百武はそう考えているが、望はそうではないと考えている。口では同意を示しているが。

「組織に残してきた手足がいるのだろ? そいつらに探させたらどうだ?」

「今は動かせない。この時期に勝手な行動を取らせれば、僕と通じていることを疑われるだろう」

「……そうか」

 望たちの裏切りは『YOMI』では末端にまで伝わっている。そんな中で、幹部の指示とは異なる動きをする者たちがいれば、疑われないほうがおかしい。百武もそう思う。

「軍の協力は得られないのか?」

 二人の会話が途切れたところで堂島が、他組織の協力を得られないか尋ねてきた。

「お願いすれば喜んで協力してくれるだろう。ただ、尊を渡して貰える可能性は低いだろうね」

 特殊戦術部隊と他組織の関係は良くない。七七四の時代から良い印象は持たれていなかったが、今回の人事はかなり強引に進められた上に、精霊科学研究所の影響力を強めるものと見られているのだ。

「後悔することになるのに」

「それを教えてあげても、今は聞く耳はもたないだろう。それに、仮に聞いても後悔することに変わりはない」

「そうだな」

 彼等にとっても他組織は味方ではなく敵。いつか自分たちを冷遇した軍に復讐するつもりなのだ。

「追いかけても見つからないのなら、餌を置いて待ち伏せするしかない。問題はどこに餌を置くか」

「……彼女を移動させるつもりなのか?」

 尊をおびき寄せる餌は桜に決まっている。その桜を精霊科学研究所から出すことを、百武はリスクだと思った。

「では精霊科学研究所内で戦うか?」

「それは……」

 精霊科学研究所はあくまでも研究所。セキュリティーは厳重だが、戦場に適した場所とはいえない。自慢のセキュリティーも、罠に嵌める場合には無用の長物だ。侵入してこなければ閉じ込めることも出来ないのだから。

「迎え撃つには特戦隊の配備も必要。彼等をずっと研究所に閉じ込めておけない」

「……そうなると特戦隊の拠点か」

 迎撃にもっとも適した場所は、特戦隊の新本部。精霊科学研究所以外では他に選択肢がないというのが正確だ。

「本部の地下に彼女の部屋を作る。といってもすでに作ってある場所を、強化するだけで良いだろう」

「……移動は?」

「全部隊を出す。移動中に姿を現す可能性は高いからね」

「そうではなくて、彼女は大丈夫なのか?」

 桜の移動に全部隊を出動させることくらいは聞かなくても分かる。百武が心配しているのは、桜自身のことだ。

「大丈夫。洗脳の結果、彼女は僕を兄だと思い込んでいる。もしかすると彼女が尊を殺してくれるかもね」

「……そうだと良いが」

 百武は洗脳の効果を完全に信用出来ていない。洗脳は尊にも試みた。装置の規模が違うことは分かっているが、尊にまったく効かなかったものが桜に効くのかと疑問に思っているのだ。

「ああ、そうか。装置も移設しないと。こっちのほうが大変そうだ」

「それは研究所の仕事。勝手にやってくれ。それよりもまだ聞きたいことがある」

「……何かな?」

 改まって聞きたいことがあると言ってきた百武。あまり聞かれたくないことであろうことは、なんとなく分かる。

「尊が持っている剣とは何だ?」

「その話か……」

 予想していた通り、出来れば話したくなかったことだった。

「兵士の話では、尊は剣で拘束していた鎖を断ち切り、護送車を真っ二つにした。これは良い。だが、尊はどこに剣を隠していた? 奴は何も持たずに護送車に乗ったのだ」

 探していた剣が普通でないことは分かっていた。護送車くらいは斬るだろう。それくらいの剣でなければ、望が手に入れようとするはずがない。だが持っていなかったはずの剣が、いきなり現れたという事実は、百武には想像外のことだ。

「……剣は尊の体内に隠してあった」

「なんだと?」

「桜が教えてくれた」

「奴もハイブリッドなのか?」

 百武も腕に武器を仕込んでいる。精霊力との適合率を高めるだけでなく、スピリット兵器を、まさに言葉通りに、身につけることで強くなったのだ。精霊力と兵器の融合。それを研究所ではハイブリッドと呼んでいた。

「……いや、違う。剣が特別なんだ」

 そうだ、の一言で話を終わらせようとも考えたが、望はある程度、真実を話すことにした。自分が隠しても知られる可能性はある。そうであれば、下手に隠して、不信感を持たれないほうが良いとの判断だ。

「普通の体なのに剣が体内に? どんな魔剣だ?」

「……魔剣とは言っていない」

 そう。この作品は某シリーズとは関係ない。

「じゃあ、何だ?」

「その逆。神剣だ」

「神の剣の神剣か?」

 百武にとっては魔剣と同じ、|奇天烈《きてれつ》な話だ。言葉にはしていないが表情は、気は確かか、と望に聞いている。

「……草薙の剣って知っているかな?」

 その表情と、その意味を感じ取って、望はもう一歩話を先に進めた。馬鹿にされるのが嫌なのだ。

「それくらいは知っている……はあ!?」

 だが望の問いは、さらに百武を呆れ顔にさせるだけだった。

「そのものとは言っていない。似たような存在だってことだ」

「いや、しかし……」

「精霊は受け入れられても、神話は受け入れられないか?」

「……それを言われるとな」

 精霊力だって、かつてはファンタジーだった。だがその存在が疑う余地のない事実であることは、百武自身が証明者の一人だ。

「尊はその剣をどこで手に入れたのだ?」

 問いを発したのは堂島。剣が望の言うとおりのものだとすると、どうしてそんなものを尊が持っているのか気になる。

「……行方不明の間、暮らしていた場所」

「それは聞かなくても分かる。知りたいのは場所だ」

「はっきりしたことは分からない。ただ……」

 話が深くなってきた。話し過ぎているのではないか。望はそう思い始めた。

「ただ?」

 だが聞く側に、聞きすぎる、なんて考えはない。堂島は望に続きを促した。

「……精霊力が生まれる場所ではないかと考えている」

「だろうな」

 これも聞かなくても分かっていた。適合性はないと判断されている尊だが、精霊力を感じ取る能力、それを操る能力は並外れている。無関係であるはずがないのだ。

「まだ途中だが、桜の洗脳は順調だ。だが桜の力を完全に俺たちにものにするには、尊が邪魔。その尊を殺し、ついでに強力な剣も手に入れることが出来れば、俺たちに抗える奴等はいなくなる」

「……そうだな」

「軍を、この国を俺たちが統治する。選ばれし存在である俺たちが、この国を変えるんだ」

「ああ」

 自分たちは特別な存在。その特別な存在である自分たちを冷遇する軍は、この国は間違っている。この国を支配する古き力を排除して、精霊力という特別な力を与えられた自分たちが、この国を支配する。それが彼等の野望だ。
 選民意識。それが過去にいくつもの悲劇を生み出したことを、彼等は知っているのに学んでいないのだ。

 

◇◇◇

 樹海から延びる道路を十台ほどの車両が走っている。交通ルールなど関係なし。対向車線にまで広がった形だ。前方と後方には分隊指揮車が二台ずつ並び、その間には四台の装甲車。そしてその装甲車に前後左右を囲まれた真ん中の車に、桜はいる。
 特殊戦術部隊を総動員しての移動が今日、行われているのだ。

「お出かけは久しぶりなのに、外の景色も見えない」

 文句を口にする桜。乗っている車両には小さなのぞき穴、敵を攻撃するために銃口を差し出す口でもある、があるだけ。普通に座っていては何も見えないのだ。

「はあ、退屈……」

「……」

「退屈」

「……」

「杏奈ちゃん、何か怒ってる?」

 この車両には天宮も同乗している。桜の要求を受け入れた形だ。ただ同乗するにあたって、制約があった。これは桜からのものではない。同じく同乗している望が、天宮に課したものだ。

「……怒ってはいる。でも、話さないのは任務中だから」

 桜との会話は慎むように。これが天宮が命じられたことだ。

「ほんとに怒ってるんだ……何を怒っているの?」

 そんな命令が伝えられていることなど桜は知らない。知っていても無視するだろう。移動中の退屈を紛らわす為に、天宮の同乗を求めたのだから。

「それは……」

 怒っているのは、尊のことを桜が気にしていないから。拘束されたことを、逃走したことは天宮も知らないので、桜は知らないだろうと思っているが、それでもまったく尊の話が出ないことには納得がいかなかった。
 ただこれは話せないことだ。尊の話は特に固く口止めされているのだ。返答に困った天宮の視線が、それを命じた望に向く。

「……あっ、さてはお兄ちゃんと喧嘩した?」

「……別に」

 ようやく尊の話になったのだが、それに答えることは出来ない。

「しょうがないよ。杏奈ちゃんとお兄ちゃんは相性が難しいから」

「相性が難しいって?」

 尊との相性の話に、つい天宮は食いついてしまう。桜の表現が変わっていることも理由だ。

「……杏奈ちゃんが天を照らす太陽だとすれば、お兄ちゃんはその太陽を陰らす雨雲だから」

「なっ……?」

 思わず声を漏らしたのは、天宮ではなく、望。桜がお兄ちゃんと呼んでいるのは自分のことだと思っていたのだが、雨雲という表現は違うと思ったのだ。

「晴れと雨。二人は正反対。でも天にいるのは同じ。正反対でも相性が悪いわけじゃない」

 桜は望に構わず、話を続けている。

「これを言うと杏奈ちゃんは複雑かもしれないけど、月子ちゃんは夜。杏奈ちゃんとは昼と夜で正反対だけど、やっぱり天のことなの」

「……桜子ちゃんは?」

 桜は何かを伝えようとしている。そう感じているのだが、それが何かが分からない。

「……天じゃない。私は皆とは違う」

 桜の顔に寂しげな表情が浮かぶ。皆と言っているが、兄である尊と違うことが桜の寂しさ。なんとなく天宮には、それが分かった。

「正反対でも相性が悪いわけじゃない。ついさっき自分で言ったことよ。それに、何があっても兄妹は兄妹。それは変わらないから」

「……杏奈ちゃんは優しいね。そんな杏奈ちゃんにお願いがあるの」

「何?」

「何があっても、お兄ちゃんの味方でいてあげて。たとえ……」

 その先を言葉にしない桜。それだけ重要なことなのだろうと考えた天宮は、先を促そうとしたのだが。

「天宮隊員。ここまでで良い。ご苦労だった」

 望が邪魔をしてきた。

「でも」

「これは命令だ。桜も彼女の仕事の邪魔はここまでだ」

「……つまんない」

「目的地にはすぐに着くから。着いてからも忙しいからね。今のうちに休んでおいたほうが良い」

 本部に到着したら、すぐに洗脳を始めなければならないと望は考えている。まだ途中であることは分かっていたが、考えていたよりも弱いことが、二人の会話で知れた。それに気になる言葉もある。

「……仕方ないな。じゃあ、杏奈ちゃん。またね」

「桜子ちゃん……」

「忘れないでね……」

 天宮の瞳を見つめたまま、口だけを動かす桜。読唇術など出来るはずもない天宮だが、伝えたいことは分かった。言葉が分かっただけで、その意味は不明だが。
 停止した車両。天宮は後ろの昇降口から外に出る。

「二人の出会いは運命なの」

 桜は確かにこう言った。二人とは誰か。桜と自分、それとも……

 もし後者であるならば、その運命の相手はどこにいるのか。二人の未来には何が待っているのか。桜も含めて、明るい未来であって欲しいと天宮は思う。今、自分を照らしている太陽のような。
 空に広がる青空を見上げながら、天宮はそう思った。