月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第23話 厄介者

異世界ファンタジー小説 逢魔が時に龍が舞う

 救出された今泉の配属先が変わった。尊と同じ遊撃分隊への異動だ。これはヒアリングによって分かったことを、十分に検討した結果の措置。もちろん、その検討に尊は関わっていない。関わっていれば、その時点で尊は異動に反対したはず。そうであっても異動という結果は変わらないだろうが。
 そして異動という結果が出たあとに、尊は反対し続けることになる。

「僕の任務に彼女の面倒を見ることは入っていません」

 遊撃分隊の指揮車の中で、立花分隊指揮官に文句を言っている尊。

「面倒を見ろとは言っていないよ」

「では何の為に、彼女を異動させたのですか?」

 何もないのであれば、わざわざ異動させる必要はない。遊撃隊は七七四の中でも特別な部隊。そこに新たに隊員を加えるというのは、何か特別な意味があるはずだ。

「それは君が、彼女は嘘をついていると言うから」

「僕は彼女の説明はおかしいと言っただけです」

 確かに尊は、今泉の説明にはおかしな点があると葛城陸将補に話した。問われたから答えたのだが。

「そういうことじゃないか」

「嘘をついているとは言っていません」

「でも説得の仕方がおかしいって」

「僕が知るやり方とは随分と違うとは言いました」

 尊は『YOMI』が仲間にする時のやり方を知っている。今泉の話は尊の知る、それとは違っていたのだ。

「それでも嘘ではないと?」

「別の目的で、別の人が動いた可能性はあります。そうであれば僕が知るやり方と違っていてもおかしくないと思います」

「では、その別の目的ってなんだろう?」

「それは僕が考えることではありません。指揮官は頭が良いのだから、自分で考えれば良い」

「考えることは出来ても、正しいとは限らない」

 今泉の証言にはおかしいところがある、との尊の意見を受けて、特務部隊では今回の事件の目的についての検討は行われている。
 だが会議の場であがったものは、どれも推測であって、これが真実と決めつける証拠がなかった。

「そうであれば牢屋に入れておけば良いのに」

「何の罪もない人を牢には入れられないから」

「だからといって異動させるのはおかしい。今からでも遅くありません。拒否してください」

 今泉の異動を阻止しようとする尊。だがこれは無理というものだ。

「いや、それは無理。自分にそんな権限はないよ」

「立花指揮官はこの分隊の指揮官。権限はあります」

「葛城陸将補は上官だよ? それに逆らうことなんて出来ないから」

 異動を決めたのは葛城陸将補だ。立花分隊指揮官の立場でそれに逆らうことは出来ない。

「上司の顔色を窺って、何も言わないのはいけないことです」

「……それが大人ってものだよ」

「まったく理由になっていません」

 この件を、この二人でいくら話しても結論は出ない。相手が葛城陸将補でも同じだ。尊がどれだけ反対しても、反対すればするほど、異動が撤回されることはない。

「……どうしてそこまで嫌がるのかな?」

「僕の仕事は天宮さんを守ることです。それの邪魔になる存在は、近くにいて欲しくありません」

「彼女は邪魔?」

「はい。邪魔です」

 はっきりと今泉を邪魔者という尊。それはどういう理由からなのか。それが立花分隊指揮官には気になる。もし、自分たちが考えている通りであるなら、この異動は間違いではなかったのだと。

「彼女は――」

「出ました」

「えっ?」

 自分の言葉を遮る尊の声。立花分隊指揮官は、咄嗟にその意味を理解出来なかった。

「だから、お目当ての鬼が出ました。ここから……北東の方向」

 その立花分隊指揮官に尊は、不機嫌そうな顔を向けて、鬼が現れたことを告げた。

「……本部! 鬼力反応は!? 現在地から北東の方向だ!」

 慌てて本部に、探知装置の反応を確認する立花分隊指揮官。

「本部に確認するくらいなら、僕に探させる必要はないと思いますけど?」

「あっ、いや、念のためだよ。念のため」

 さきほどよりも更に不機嫌な表情で、尊は文句を言ってくる。探索をさせられていること自体が気に入らないのに、更にその結果を疑うような立花分隊指揮官の対応に苛立っているのだ。

『……確認取れました。確かに反応があります』

「つまり……」

 本部からの返答を聞いた立花分隊指揮官は、その視線を尊に向ける。

「だから僕は『鬼』だって言った」

 穢れを除去出来る段階ではなく、すでに完全に鬼になっている状態ということだ。

『出動します! 指示を下さい!』 

 無線から聞こえてきたのは、別車両にいる天宮の声。鬼が出現したことを本部からの無線で知って、出撃をしようとしている。

『反応地点は北東、約五百メートル。現在地を東に進んで二ブロック目を左に進んで下さい』

 本部が鬼の位置を伝えてくる。それに対する天宮からの応えはない。そうであっても分かる。すでに伝えられた場所に向かって、駆けだしているはずだ。

「……行かなくて良いの?」

「追いかけたほうが良いかな?」

 指揮車が最前線に向かう必要はない。逆にある程度、距離を取った場所から、情報を伝えたり、指示を出すのが普通だ。

「……いい。じゃあ、僕は走って行くから」

 だが尊は違う。天宮の近くで、彼女を支援する役割だ。
 わざとらしいため息をつきながら、装備を整える尊。最後に、ポケットにスピリット弾を詰め込めるだけ詰め込んで、指揮車を出て行こうとする。

「……もしかして、危険な相手なのかい?」

 尊が持っていこうとするスピリット弾の量は、それだけ激しい戦いになると予想してのことだと考えて、立花分隊指揮官は不安になった。

「戦いは常に危険です」

「いや、そういうことじゃなくて。他分隊への支援要請は必要かな?」

「……それは僕が判断することではありません」

「判断はしなくても助言は欲しいね」

 尊の素っ気ない反応にも立花分隊指揮官はめげることなく、苛立ちを表すこともなく、話を続ける。この点だけでも遊撃分隊の指揮官として適任だ。

「……強い人であれば」

「そういうことか。分かった。気をつけて」

 指揮車を出て、先に向かって駆けていく尊。その間に立花分隊指揮官は本部へ戦いが厳しいものになる可能性を告げ、支援要請を行った。足手まといになるような隊員は不要と尊が言っていた、という言葉も添えて。

 

◇◇◇

 鬼の出現場所に到着した天宮、と今泉。敵はすぐに見つかった。隠れることなく、道路の真ん中に立っていたのだ。すぐに分かる。
 それでも慎重に、周囲を警戒しながら天宮と今泉は前に進む。立花分隊指揮官から無線で、尊が敵をかなり警戒していることを聞いているのだ。

「僕があいつを倒すから、周囲の警戒をお願い」

 今泉に後衛を頼んで、天宮は前に出ようとする。

「一人で平気?」

「相手も一人であれば」

「でも探知装置には反応していないのよ?」

 探知装置が捉えた反応はひとつ。そうであれば伏兵の心配は無用だと今泉は言っている。

「そうだけど彼が警戒するってことは、何かあるってことだから」

「……彼を信頼しているのね?」

「信頼とは違う。彼は……特別なの。普通の人とは違う」

 これを言う天宮も異能者。普通の人と比べれば、かなり違う。それでも尊は別格だと天宮は思う。

「そう……分かった。任せて。何かあったら、すぐに知らせるから」

「お願い」

 今泉を残して、鬼に向かう天宮。鬼そのものは、これまで知るそれと変わらないように思う。理性を失った鬼だ。そうであっても油断は出来ない。単純な力だけであれば、YOMIのメンバーとそう変わらないはずなのだ。
 鬼は近づいてきた天宮に気が付くと、ひとっ飛びで十メートル以上あった距離を詰めてくる。
 振るわれた腕。それを天宮は後ろに下がって躱す。右手には光り輝く剣。その剣を斜め上から、鬼の肩口に向かって振り下ろす。今度は鬼がそれを後ろに跳んで躱す。
 一旦、空いた間合い。天宮と鬼は向かい合ったまま、相手の次の出方を窺っている、のだが。

「えっ……?」

 その二人の間を通り過ぎていく火の玉。尊の放ったスピリット弾かと思った天宮だが、そうではなかった。
 通り過ぎた火の玉は、正面から飛んできた水の玉と衝突し、消え去る。その水の玉が飛んできた方向に、尊の姿があった。
 さらにその尊に向かって、四方から火の玉が降り注ぐ。

「まさか……」

 敵の狙いは尊ではないか。そんな考えが天宮の頭に浮かんだ。尊を助けに。頭に浮かんだ、その考えが隙を生む。
 動きを止めてしまった天宮は、鬼の蹴りをまともに受けて、大きく吹き飛ばされた。さらに、地面を転がる天宮に襲い掛かる鬼。
 その鬼の攻撃を防いだのは、目の前で巻き起こった爆発。それは鬼だけではなく、天宮まで吹き飛ばしてしまう。
 地面に仰向けに倒れている天宮。空を見上げる彼女の視線を塞いだのは。

「よそ見してないで、ちゃんと戦ってもらえませんか?」

 尊の不機嫌そうな顔だった。

「……君は大丈夫なの?」

「人の心配している場合じゃないと思いますけど。とりあえず、大丈夫ではないです」

「えっ?」

「次の攻撃がくる前に、早く立ち上がってもらえます?」

「え、ええ」

 尊が大丈夫ではないという状況は、どういうものなのか。とにかく寝転がっている場合でないのは分かる。
 天宮は急いで立ち上がって、周囲の様子を窺った。

「周囲を囲まれています。鬼は一旦、置いておいて、包囲を突破しないと」

「……狙いは君?」

「どちらでも同じです。貴女を見逃すことなどしないでしょう」

「そう……」

「来た道を戻ります。会話を聞いていれば……頼りになるか分かりませんけど」

 尊たちの会話は、無線を通して指揮車両に、本部に聞こえているはず。現在の状況を知って、すでに動いているはずだ。

「包囲はどうするの?」

「力づくで突破するしかありません。じゃあ、行きます」

「あっ、彼女も」

 この場にいるのは二人だけではない。今泉もいるのだ。

「……やっぱり、足手まとい。聞こえてますか? 後退します」

 無線を使って、今泉と話す尊。

『ええ、聞こえているわ。足手まといで悪かったわね』

「そう言われるのが嫌なら、役に立って下さい。では行きます」

 駆け出す尊。天宮もその後を追う。すぐに正面にいくつもの人影が現れる。尊たちの意図を知って、行く手を塞ごうと、敵が動き出したのだ。

「付いてきて!」

 少し先にいる今泉に合流するように指示すると、尊をポケットから、いくつものスピリット弾を取り出す。無造作に投げられた、それは正面に立ち並ぶ敵に向かって、飛んでいく。

「爆発と同時に飛び込みます」

「えっ?」

「五秒前、四、三……」

 カウントダウンを始める尊。それが終わった時、目の前に爆発が巻き起こった。爆風に耐えて、前に進む尊たち。
 だが敵も簡単には逃亡を許さない。後方から火の玉や水の玉が襲い掛かってきた。

「ちっ!」

 舌打ちしながら地面に残りのスピリット弾を放り投げる尊。地面で起きた爆風が、襲い掛かろうとしていた火の玉や水の玉を吹き飛ばす。

「……盾、使えましたよね?」

「あっ、そうね。ごめんなさい」

 尊の文句に素直に謝罪を口にする天宮。実際に、何もしないで、ただ尊に付いていくだけだった自分を反省している。

「次はお願いします。前は僕……」

「分かっているわよ! やるわよ!」

 無言の嫌味に反応する今泉。今泉も何もしないで走っているだけだったのだ。

「来た!」

 また後方から敵の攻撃。天宮は自分たちの前面に、光の盾を広げていく。その盾に塞がれて破裂していく火の玉や水の玉。

「よし! 防いだ……えっ?」

 敵の攻撃を防いで、やや誇らしげに尊たちのいる後ろを振り返った天宮。その瞳に映った光景は、自分の前で膝立ちになっている尊の背中。その背中から飛び出ている透き通った剣先だった。

「……ちぇっ、邪魔された。でも良いわ。貴方を殺してしまえば、彼女を捕らえるなんて簡単だもの」

 薄ら笑いを浮かべて、これを言う今泉。

「貴女……裏切ったのね?」

 尊の体を剣で貫いたのは今泉だと、それで分かる。

「裏切ったのは彼のほうよ。殺されて当然だわ」

「……いつ、YOMIに?」

 尊を裏切り者と言うのは、YOMIの側からの意見。それを言う今泉は、YOMIのメンバーということだ。

「本部に連れて行かれた時よ。YOMIは私に真実を教えてくれた。軍に騙されていたことを知った私は、復讐を誓ったの」

「……私をどうするつもり?」

「貴女を殺すつもりはなかったわ。逃げられない程度に怪我させようとしただけ。私たちは貴女にも仲間になって欲しいの」

「仲間になるつもりはない」

「それは私たちの話を聞いてからにして。嫌といっても、無理矢理連れて行くけどね」

「…………」

 周囲を囲む人影。その輪が徐々に狭くなる。二十人はいるかという敵。それを全て倒す自信は、天宮にはない。

「……そう簡単に、諦めないで……もらえます?」

 今泉の言葉を受けて、黙り込んでしまった天宮に、尊が文句を言ってくる。

「……無理よ。いくら君でも、そんな怪我をしては戦えない」

「それは、貴女が……決めること、では……ありません」

「だって……」

 途切れ途切れの言葉。そんな状態で戦えるはずがないと天宮は思う。

「そうよ。強がりもいい加減にしたら? 武器もないのに、どうやって戦うというの?」

 尊のポケットに、もうスピリット弾はない。戦う術を失っていると今泉は考えている。

「……馬鹿、だね」

「なんですって?」

「き、君が、教わった、真実なんて、一部。それを、分かって、いない。いや、真実なんて、関係なく……思いこまされている、だけかな?」

「……耳障りね。もう黙りなさい」

 今泉の手に透き通った剣が現れる。水属性の精霊力を使って、剣を作り出しているのだ。その剣を、さらに尊の体に突き立てようとした今泉。

「えっ……?」

 だがその手は、尊の右手にある剣を見つけて、止まった。さきほどまでなかったはずの剣だ。

「……そんな普通の剣で、私を傷つけられると思っているの?」

「試して、みる?」

「必要ないわ。その前に死になさい!」

 膝立ちで自分を見上げている尊に、今泉は精霊力で作った剣を振り下ろす。その剣が尊の頭をふたつに割る、はずだったのだが。
 地面に転がったのは、今泉の頭だった。

「……殺せ! 早くミコトを殺せ!」

 叫び声をあげたのは周囲を囲んでいた者たちの一人。その声に応えて、一斉に尊に襲い掛かるYOMIのメンバー。

「……させない!」

 それを見て天宮も動き出す。光の剣を振るって敵を討とうとするが、その攻撃はかわされ、逆に反撃を受ける。

「邪魔するな!」

 尊に近づこうとしても、目の前の敵はそれを許そうとしない。その相手に、その相手の妨害を突破出来ない自分に、天宮は苛立つ。

「殺せ! ミコトは手負いだ! 今なら討てる!」

 敵は尊の手強さを知っている。尊が怪我をしていることを訴えて、味方を鼓舞しようとしていた。
 実際に、尊の動きが徐々に鈍くなっているのを天宮は感じている。

「どけ! 邪魔だ!」

 さらに天宮の行く手に、置き去りにしていた鬼が立ち塞がる。邪魔だと叫んでも鬼が通してくれるはずがない。天宮はYOMIのメンバーだけでなく、鬼とも戦わなければならない。幸いなのは、鬼にとってはYOMIのメンバーも敵であること。
 そのおかげで自分への攻撃は弱まったが、天宮はそんなことを望んでいるわけではない。

「邪魔をするな! 僕は、僕は彼を助けるんだ!」 

 思いを叫んでも何も解決はしない。それでも天宮は叫ばずにはいられない。このままでは尊が殺されてしまう。その焦りが平静ではいられなくさせる。
 いくら焦っても、尊のいる場所に届かない。このまま為す術無く、尊が殺されるのを見ることになるのか。そんな天宮の思いを吹き飛ばしたのは。

「敵だ! 新手が現れたぞ!」

 援軍の登場を伝える敵の声と、その敵に向かって降り注ぐスピリット弾の雨だった。

「攻撃ヘリだと!?」

 頭上から敵を攻撃しているのは支援部隊の攻撃ヘリ。

「気をつけろ! 普通の弾じゃない!」

 しかもその攻撃ヘリは、通常弾ではなく、スピリット弾で攻撃していた。マシンガンのような、すさまじい勢いで放たれる、その攻撃にはYOMIのメンバーも焦っている。
 実際にその威力は、従来のものとは大違いで、鬼を撃ち殺してしまった。
 
「……下がれ! 撤退だ!」

 さらに地上に百名を超える支援部隊、そして別の分隊が現れたところで、YOMIは撤退を決断した。個々の力では負ける気がしない彼等ではあるが、数で圧倒しようという軍の意図を読み取って、犠牲を出すのを嫌ったのだ。
 YOMIが撤退したところで戦闘は終わり。軍側も深追いはしない。この戦いだけで、現有のスピリット弾全てを使うわけにはいかないのだ。

「……私は……何も出来なかった」

 担架に乗せられて、軍の車両に運び込まれていく尊を見ながら呟く天宮。心に広がるのは無力感。何も出来なかった自分が、許せなかった。