月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第28話 影

異世界ファンタジー小説 逢魔が時に龍が舞う

 湾岸南地区にある『YOMI』のアジト。以前、国防軍に襲撃されたアジトとは別のものだ。多くのメンバーにとって、アジトなんて特別なものではない。仲間が集まっていて、そこで寝起きしていれば、そこがアジト。そういうことだ。

「そう……ミコトくんが、そんなことを……」

 月子から話を聞いて、難しい顔をしているのはエビス。仲間が罠に嵌められた、なんて話を聞かされれば、難しい顔にもなるだろう。

「どう思う?」

「どう思って……まず、どうしてこの話を僕に?」

「それはコウが……ミコトは朔兄を疑っているなんて言うから……」

 月子にとって朔夜は兄。兄を疑われるのは納得がいかないのだが、それがミコトの考えだと言われてしまうと、無視というわけにはいかなかった。

「……コウはどうしてそう思ったのかな?」

「ミコトが名を出したのが朔夜さんだけなので」

 尊は作戦リーダーである九尾は、朔夜から命令を受けたのかと尋ねた。朔夜の名だけを出したことに意味があるとコウは考えたのだ。

「ミコトくんはなんて?」

「どうしてあの場所にいたのか聞かれて、作戦の為だと教えたら、その命令は誰からだと。作戦リーダーが九尾だと教えたら、その九尾は朔夜さんから命令を伝えられたのかと聞いてきました」

 尊とのやり取りを簡単にコウは説明した。それを聞いたエビスの、眉の間の皺がさらに深くなる。考える時のくせだ。

「……命令を伝えるのは僕の可能性もあるからね。しかし……ちょっと不用心だね?」

「えっ?」

「ミコトくんは僕を疑っているから、あえて朔夜の名を出したのかもしれないよ」

「ええっ?」

 もし、そうであるなら尊が裏切りを疑っている本人に、話してしまったことになる。

「でも、その場合は僕に伝わる前提での話か……コウ以外の二人を疑っていたのかもしれないね」

「えっと……結局?」

「その問いも意味はない。もし僕が君たちを騙していたとすれば、真実を話すと思う?」

 エビスが裏切っているなら、それを認めるはずがない。そうであるから、裏切っていないという答えを得てもそれを信じることは出来ない。

「……いえ」

「まあ、今は何が真実か議論しても仕方がないね。朔夜が君たちを罠に嵌めた……考えられないね。では僕はどうか……これも同じ。僕と朔夜の奴等への恨みは、簡単に消えはしない」

 エビスの義手の指が硬く握りしめられる。心に刻まれた憎しみを思い出しているのだ。
 
「じゃあ、ミコトが嘘を?」

「それが問題。こちらの内部を混乱させる策ってことは考えられる。でもミコトくんが、そんなことで嘘をつくかな?」

 尊は正直だ。隠し事はするが嘘はつかない。ただ、これは『YOMI』にいた時の尊であって、それを前提にするのはおかしいという思いもエビスにはある。

「事実だとすれば……いや、待てよ。でも、しかし……」
 
 エビスは一つの可能性を思い付いた。だが、その可能性も信じられない内容だ。

「何か思い付いたの?」

 エビスの様子を見て、月子が尋ねてきた。

「……これは……君たちが話を持ってきたのだから、話すべきか。でも、何の証拠もないことだ」

「それでも良いから聞かせて。ミコトが忠告するからには、何かあるのよ」

「……望」

「えっ?」

「望が情報を漏らした可能性を考えた。『YOMI』との関わりがバレたのかもしれない」

 望は朔夜の双子の兄で『YOMI』の副リーダーだ。その望は、『YOMI』にとって敵である精霊科学研究所に残っている。逆に敵の情報を『YOMI』に流すために。

「……捕まったってこと?」

「その可能性はある。ただ作戦がいつ決まったか……これは朔夜に聞いてみるか」

 作戦の決定は最近のはず。その最近の情報が、望に伝わっていたのか。それは作戦を考えた朔夜に聞くのが一番だ。望に伝えているとすれば、それは朔夜からなのだから。

「大丈夫なの?」

「それは望が? それとも朔夜に話を聞くことが?」

「もちろん、望兄のこと」

 月子にとって望と朔夜は兄。心配するのは当然、望の身の上のことだ。

「今は分からない。それを含めて、探ってみるしかない」

 もし本当に望が敵に捕らえられたとなれば、『YOMI』にとって大打撃だ。情報源を失うというだけでなく、望も敵に知られてはいけない多くの情報を持っている。今いるこのアジトさえ、安全な場所ではなくなっているかもしれないのだ。

 

◇◇◇

 桜木学園内の体育館、実際は第七七四特務部隊の訓練場だが、は活気に満ちあふれている。前回の作戦で強化鍛錬の効果は証明された。まったく刃が立たなかった『YOMI』のメンバーと対等に戦うことが出来たという自信が、特務隊員たちを活気づかせているのだ。体育館のあちこちから気合いの入った声が聞こえてくる。立ち合いも、以前とは違い、かなり激しさを感じさせるものだ。そんな中、天宮と尊はというと。

「全然、駄目」

「……ごめんなさい」

 尊に叱られて、天宮は悔しそうに俯いている。尊と立ち合いをしているのだが、全然、彼の要求に応えられないのだ。

「『ごめんなさい』は要らない。出来なくて困るのは僕じゃなくて、貴女だから」

「……どうしても感覚が掴めなくて」

「貴女はまだ目に頼っている。見るんじゃない、感じるんだ」

「……『Don't think.Feel.』じゃなくて?」

「はい?」

「何でもない……」

 天宮の冗談は尊には通じなかった。尊相手でなくても、まず通じないだろうが。

「……とにかく、もう一度」

「分かった」

 剣を構える天宮。その彼女に向かって、尊の剣が振るわれる。左下から振り上げられる剣を、後ろに下がって避ける天宮。一瞬で切り替えされた尊の剣が、今度は斜め上から振り下ろされる。それを自らの剣で受けようとする天宮。

「ぐっ……」

 だが尊の剣は天宮のそれと交差することなく、いつの間にか左手に握られ、彼女の左胴を打っていた。その痛みに膝をつく天宮。

「駄目」

「…………」

「どうして信じられないかな? もう一度言うけど、強くなるには従わせていては駄目。相手に任せるくらいじゃないと」

 精霊力のことだ。精霊力を従わせるのではなく、解放しろと尊は言っているのだが、それが天宮には理解出来ない。

「……任せているつもりなのだけど、なかなか言うこと……あっ……」

 言うことをきかせることを、任せるとは言わない。天宮は無意識のうちに、精霊を従わせようとしているのだ。

「……じゃあ、一つ試してみようか。上手くいくとは限らないけど良い?」

「良い」

 強くなれるのであれば、どんな厳しい訓練にも挑戦する覚悟が天宮にはある。尊が勧める方法であれば、という条件が付くが。

「後ろ向いて」

「後ろ?」

「そう。後ろ」

「……分かった」

 言われた通りに、尊に背中を向ける天宮。何が始まるのかと思っていた天宮。自分のすぐ後ろに人の気配を感じて、慌てて振り返った。

「……まだ準備出来ていないけど?」

 間近に迫っていた尊の顔。その表情には苦笑いが浮かんでいる。

「……準備って?」

「目隠しをする。どうしても目に頼ろうとするから、強制的に使えないようにしようと思って」

「目隠し……分かった」

 尊の説明を聞いた天宮は、また尊に背中を向けた。

「ちゃんと気配は感じられるのに……常に男を警戒していれば出来る様になるのかな?」

 その背中から聞こえてくる尊の声。自分をからかっているのだと分かっているが、頬が赤く染まるのは止められない。

「でも、それじゃあ、月子には勝てないか」

「早くしろ!」

「あっ、はい」

 後ろから延びた尊の手が、天宮の目に布をあてる。耳の上、そして後頭部に当たる布の感覚。痛くない程度に、しっかりとそれは結ばれた。

「……人一倍、男を警戒するくせに、こういうことを無防備でやらせるんだからな。女の子って良く分からないな」

 尊の呟きを聞いて、天宮の顔は更に赤くなった。目隠しであれば、自分で行えば良かったのだ。それに尊の言葉で気が付いた。わざとそれをさせなかった尊の悪意には気付いていないが。

「さて……いきなりは無理だから、最初はゆっくりと」

「分かった」

「自分の感覚を研ぎ澄ますという意識は捨てて。任せるのだから、外への感覚は閉ざすくらいの気持ちで良い」

「……分かった」

 自分の内にいる存在。尊に言われた通りに、意識をそちらに向ける。目、そして耳も覆われているので、集中はしやすい。動きながらでは難しかった、内にある存在を感じ取ることも、なんとか出来た。その存在に任せる。任せるというのがどういうことか。その感覚は、自分の中にはない。と思った瞬間。

「えっ!?」

 自分の体が吹き飛ばされたのを天宮は感じた。床に倒れる自分の体。何が起きたのかと、天宮は急いで目隠しを外して、周囲の状況を確かめる。
 目に入ったのは目の前に伸ばされている手。尊の手だ。その手を取って、立ち上がる天宮。

「嘘をついたのね?」

 尊は「初めはゆっくり」と言っていた。だが、ゆっくりで自分の体が飛ばされるはずがない。

「痛くないと思えば、安心して任せるかと思って。結果は成功だったね?」

「えっ?」

「痛かった?」

「……床に倒れた時は痛かった」

 つまり、その前は痛くなかったのだ。体を吹き飛ばされるような衝撃を受けたはずなのに。

「そこまでの過保護を望む? それは、まあ、貴女たちで決めて。それが必要だと思えば、そうしてくれるよ。きっと」

「……僕は、守られたのね?」

「そう。貴女が何もしなくても、危険を感じれば守ってくれる。そう信じ切ることが、貴女には必要」

「信じ切る……」

「それが出来るようになったら、気持ちの同調かな? とにかく貴女を守る、では戦えないからね」

 危険から身を避ける一番の方法は、戦いの場に行かないこと。さすがにそれは出来なくても、天宮の体を守ることだけを優先してしまっては、攻撃が出来なくなる。

「……そうね」

 尊はそうだった。自分を守る為に、尊は自らの体を盾にして守ってくれた。その時のことを天宮は思い出した。

「天宮!」

 天宮の複雑な思いに浸る時間を、邪魔する声が響く。第五分隊の立原剣人だ。

「……どうしました?」

 もとは同じ分隊だった剣人だが、天宮に親しいという感覚はない。剣人に限らず、特務部隊員の全員がそうだが。

「俺と立ち合いをしないか?」

「……今は彼と訓練中だから」

「訓練の様子は見ていた。目隠しをして訓練なんて、そんな時代錯誤で、非論理的なことをしてても強くはなれない」

「……僕には僕のやり方があるから」

 その時代錯誤で非論理的な方法で、強くなるきっかけを掴めそうなのだ。それを止めるつもりは、天宮にはない。

「そのやり方が間違っていると言っているんだ。そんな奴は放っておいて、俺と訓練をしよう」

「……どうしたの?」

 剣人とは親しい間柄ではないが、こんな強引な誘い方をしてくる印象はまったくなかった。それが天宮に、漠然とした不安を感じさせる。

「俺は強くなった。今の俺なら君と対等に戦える。いや、もっと強くなって君を超えるつもりだ」

「…………」

 漠然とした不安は、剣人の言葉でかつて感じた恐怖に変わった。もう二度と味わいたくないと思っていた恐怖。仲間が鬼に変わってしまう恐怖に。

「だから俺と」

「こういうのって、横恋慕って言うのかな?」

 剣人と天宮の間に、尊が割り込んできた。しかも、剣人の気持ちを逆なでするような言葉を発して。
 その尊の背中を見て、天宮は自分の恐怖が薄れるのを感じた。

「……横恋慕だって?」

「あれ? もしかして意味を知らないの?」

「知っている。知っているけど……使い方としては間違っている」

 自分が横恋慕をしているとなると、天宮と尊が恋人だということになる。そんなことは、あり得ないと剣人は思っている。実際にないが。

「それは、貴方が決めることじゃない。違うかな?」

「そうだけど……」

 そんなはずはない。そう思いながらも、剣人の気持ちは萎んでいく。少なくとも今の時点で、天宮が自分を選ぶことはないのは分かっているのだ。

「訓練の邪魔しないでもらえる?」

「……分かった」

 邪魔をしていたのは、あくまでも訓練。まったく意味のない納得のさせ方をして、剣人は戻っていった。

「……大丈夫?」

「……私は平気」

 自分は大丈夫。守ってもらえた。だが、剣人はどうなのか。それに対する天宮の不安は消えていない。

「彼も平気。鬼にまではならないよ」

「……本当?」

「本当。彼は……そうだね。『YOMI』のメンバーと同じだと考えれば良い。彼だけじゃない。皆がそう」

「……それが強化鍛錬の成果?」

「成果ではなく、強化鍛錬がそういうものだってことじゃない?」

 完全に鬼化しない程度に穢れさせて、それを払う。鬼がそうであるように鬼力、精霊力との同調性を限りなく百パーセントに近づけるというものだ。
 強化鍛錬を行った特務部隊員の適合率は九十パーセント以上。適合率でいえば、天宮に匹敵する能力を持ったのだ。

「……それは正しいことなの?」

 正しいことではないと天宮は思っている。彼女は尊に言われて、強化鍛錬を拒否したのだ。

「正しい、間違っているはないかな? ただ、彼等は自分たちが何に触れたかを分かっていない」

「彼等は何に触れたの?」

「何……そうだね……」

 これを言ったきり、尊は口をつぐんでしまった。自分が知ってはいけないことなのだと天宮は理解した。だが、遙か遠くを見つめているような尊の瞳を見ていると、それが何だか分かってしまった気がする。それを思うと、胸が苦しくなった。