元大統領との交渉には成功した葛城陸将補だが、動きは相手のほうが早かった。ずっと前から動かれていたのだ。そうなるのも当然だ。元大統領の屋敷を訪れたことが知られ、相手の動きを加速させたという面もある。真っ昼間に屋敷に堂々と姿を現せば、知られるに決まっている。こういうところは葛城陸将補は迂闊だ。
もっとも元大統領に会ったことを知られなくても、結果は大きく変わらなかった。それだけの遅れがあり、且つ、葛城陸将補が頼りにした元大統領は一筋縄ではいかない人物なのだ。
「結局、新しい組織の名称は何なのですか?」
樹海を走る遊撃分隊指揮車の中で、尊は新しい組織名を立花分隊指揮官に尋ねた。第七七四特務部隊は解散。新組織として再編されることになったのだ。
「特殊戦術部隊。略称は特戦隊だよ」
「番号はなし?」
「そうだね。もともと七七四もダジャレみたいなものだから」
第七七四特務部隊の番号にもダジャレとしての意味しかなかった。特務部隊が七百七十四部隊もあるわけではない。改めて説明しなくても、分かっていると思いますが。
「遊撃分隊は変わらず?」
「いや。分隊の編制も変わるらしい。どうなるかは、まだ発表されていない」
新組織の具体的な形が公にされることなく、第七七四特務部隊の解散命令だけが発せられた。本来はあり得ないやり方だ。
「もしかして指揮官も首なの?」
「……嫌なこと言わないでくれる? 不安で一杯なのだから」
葛城陸将補は部隊長を解任された。自分が留任出来る保証はないと立花分隊指揮官は考えている。葛城陸将補に近い存在だと思われていれば、まず間違いなく解任だと。
「へえ、指揮官はここで働きたいのですね?」
尊にとっては意外だった。立花分隊指揮官は嫌々、仕事をしていると思っていたのだ。そう感じるのは、自分が苦労させているからだとは分かっていない。
「配属されたからには、ある程度、納得出来る結果が残せるまで働きたいよね?」
「納得出来る結果……無理じゃないですか?」
鬼を倒すという任務そのものが、尊は意味がないと思っている。それをどれだけ成功させても、納得などしないと。
「……まあ、組織がどうなるかによるか。あまりに酷いようだと……恨まないでね?」
「何を?」
「僕だけが異動することを……古志乃くんは恨まないか。謝るなら、天宮くんだね」
尊は自分がいなくなっても気にしない。恨まれるとすれば天宮だと、立花分隊指揮官は考えた。だが天宮の反応も
「何を?」
「ええっ?」
「……冗談です。恨まないのは本当ですけど、寂しくは思います」
「あ、そう。そう言ってもらえると嬉しいね。異動願いを出すにしても、本当に我慢が出来なくなるくらいに酷ければの話だから」
「どうなるのでしょう?」
不安なのは天宮も同じだ。新しい組織がどのようなものかは聞かされていないが、本部を旧都西部に移動するということだけで、良い形ではないと分かる。
精霊科学研究所により近い場所という理由だが、鬼の出現は、ほぼ全てが湾岸地区に集中している。そこから遠く離れて、何をするというのか。天宮には納得がいかない。
「はあ……」
いきなり大きくため息をついた尊。
「何?」
自分が何かおかしなこと、尊にとって、を言ったのかと思って、天宮はため息の理由を尋ねた。
「穢れなんて混じらせるから、部隊の人かYOMIの人か分からなくなった」
「それって……?」
『敵襲!』
天宮の問いへの答えは無線から聞こえてきた。敵襲を告げる声。YOMIによる襲撃だ。
「戦闘準備!」
戦闘準備の指示を出す立花分隊指揮官。異動だけとはいえ、分隊として行動中。天宮も尊もある程度の武装、といってもそれもほとんどないが、は済んでいる。
立花分隊指揮官は混乱しているのではない。状況が分からないので、こんな指示しか出来ないのだ。気をつけろの代わり程度の指示だ。
『第五分隊、遊撃分隊。支援部隊が到着するまで、守りに徹するように』
無線から指示が伝えられた。だが。
「守りに徹しろって言われても……」
それだけでは立花分隊指揮官は困ってしまう。
「とりあえず、待機ってことですか?」
「そうだね」
天宮の問いに、とりあえず、同意を示した立花分隊指揮官は。
「敵が攻めてきているのに、車の中で待機?」
「そうだね」
尊の疑問にも同意を返す。
「……外に出て、様子を見ます」
「……そうだね。そうしようか」
ということで遊撃分隊は、指揮車両の外に出て待機することになった。後部の扉を、ゆっくりと開けて、外の様子をうかがう。敵の気配は、天宮と立花分隊指揮官には感じられない。
「近くにはいないと思います」
尊も、近くには気配を感じない、そうなると立花分隊指揮官は一安心。外に出て、周囲を眺めてみる。敵がいないと分かっているくせに。
「……第五分隊が攻撃を受けているのかな?」
第五分隊の車両は先行している。戦場はそちらであるのだろうと立花分隊指揮官は考えた。
「それなのに僕たちも待機なのですか?」
そうであれば自分たちは第五分隊の支援に向かうべき。天宮はそう考えた。
「そうだね……本部に……無線で確かめてみる」
無線の声はどこから発せられたのか。それを立花分隊指揮官は疑問に思った。第五分隊の指揮車両、もしくは本部にまだ要員が残っているか。そのどちらかのはずなのだが。
「……指揮官」
「何?」
「必要ないかも」
「えっ、それどういう……嘘?」
立花分隊指揮官の目に映る景色。それはつい先ほどまでのそれとは変わっていた。夜の闇、それよりも暗い影が周囲に広がっている。
「これって……彼女の?」
天宮は月子の幻影である可能性を考えた。
「……月子の気配は遠くにあるのが、それだと思うけど」
「じゃあ、別の……敵なの?」
月子も敵なのだが、彼女が尊を攻撃することはないと天宮は考えている。自分が攻撃される可能性は十二分にあることを分かっていないのだ。
「どうかな?」
いつになく曖昧な尊の言葉。それに天宮は不安を覚えた。尊が認識出来ない敵であるとすれば、それは強敵に違いないと考えているのだ。
「……あっ」
じっと遠くを見つめていた尊が、反応を示した。ようやく何かを見つけたのだ。
「何? 敵なの?」
「……どうかな?」
「まだ分からないの?」
「とりあえず話を聞いてみる」
そういって尊は歩き出す。それを見て焦ったのは立花分隊指揮官だ。
「ち、ちょっと! 古志乃くん! 待機、待機だよ!」
なんて声をかけられても尊の足が止まることはない。
「私も行きます。指揮官はどうしますか?」
「……どう思う?」
「話を聞いてみるってことは、話し合いが出来る相手なのだと思います。でも……相手が彼以外を受け入れるかは……」
仮に戦いになっても尊ならどうにかするだろうと天宮は思う。自分も、自分の身くらいは守れるつもりだ。だが立花分隊指揮官は戦う力がない。
「そうだよね……でも、行くよ」
「無理しなくても」
「そうだけど、何が起きるのか知りたいんだ。知る必要があると思うんだ」
「……分かりました。じゃあ、行きましょう」
立花分隊指揮官は彼なりに、これからのことを考えている。尊が示唆した何か。それに向き合おうとしているのだと天宮は思った。
その立花分隊指揮官の覚悟は、天宮にとって嬉しいもの。自分の身だけでなく、彼の命も守ると決めて、天宮は尊の後を追うことにした。
そして先を歩いている尊は。
「……こんなところに来て、大丈夫?」
自分を待っていた相手を心配していた。
「ミコトくん、久しぶりだね。僕の心配はいらない。月子ちゃんたちが頑張ってくれているから」
待っていたのはエビス。尊から見ると、戦闘力はないに等しい人物だ。
「月子たちが頑張っているのは、第五分隊の人を引き離すことですよね?」
「そう、さすがだね。気配だけで分かるなんて」
「ちなみにこれは?」
エビスは精霊力を使えない。そのエビスが、どうやって月子のような、かなり劣ると尊は思っているが、幻影を見せられるのかが不思議だった。
「精霊力を持たない僕には、科学しかない」
「科学……」
エビスが色々なものを開発していることは尊も知っている。精霊力に似た作用を引き起こすものについては、初めて目にしたが。
「戦う力が欲しいのさ。未練だと思うこともあるけど、研究そのものは楽しいから」
「そうですか……今、ここに敵が来ても対応出来るのですか? あっ、すぐ来る二人は平気です」
「そう。大勢を相手にする力はないから、全力で逃げる。一応、その備えはしているつもりだ。君には通用しないと思うけど……君は敵ではない」
尊は自分の身を本気で心配している。敵が来た、という言葉も尊自身は敵ではないことを示している。これが分かっただけでエビスは目的の半分近くは果たした。
「まさか、それを確かめる為だけに?」
「それはまさか。いくら僕でも、それだけの為に、こんなリスクは負わない。自分だけのことならまだしも、月子ちゃんたちを付き合わせているからね」
「じゃあ、何を?」
「君の知っていることを聞きたい。君は誰が裏切り者だと思っている?」
「それを聞く為だとしても、リスクを負い過ぎだと思います」
わざわざ自ら聞きに来る必要はない。月子か、月子には頼みづらいのであれば、コウでも、他にも頼める人はいるはずだ。彼等も、聞きに来るまでもなく、ミズキから話を聞いて分かっているだろうが。
「自分の耳で聞きたかった。僕はミコトくんみたいに人の気配は探れない。それでも分かることはある」
「……そうですか。その答えは……大人しく聞いていて下さいね?」
最後の言葉は天宮、そして立花分隊指揮官に向けたものだ。
「この人は?」
エビスを見て、天宮は戸惑っている。『YOMI』のメンバーであることは分かっているが、車椅子に乗っている姿は想定外だったのだ。
「……どこの人かは分かっているはず。それで我慢して」
「……分かった」
「へえ」
尊と天宮の会話を聞いていたエビスが、感心したような声を漏らした。
「何?」
「この人が天宮杏奈さんか。随分と信頼されているね?」
尊の簡単な説明だけで、敵だと分かっていて黙って見ていることを受け入れた天宮。これにはエビスも驚きだ。天宮だけであれば、まだ分かるが、その後ろには大人、立花分隊指揮官もいるのだ。
「話に耳を貸してくれるような人たちなので」
「つまり……裏切り者のことも知っているのかな?」
「話はしました。ただ手出しが出来ない」
「……そろそろ誰かを明らかにしてもらえないかな?」
「望」
「そうか。一応、根拠を聞かせて貰えるかな?」
予想通りの答え。だが、エビスとしては、出来れば違う答えであって欲しかった。
「精霊科学研究所の所長から、朔夜に似た気配を感じました」
「……気配って、いや、朔夜の?」
別人から気配を感じるというのがどういう意味なのか。それも気になるが、尊は望ではなく朔夜の気配と言った。
「僕は望とは一度も会っていません」
望の存在は知っていた。だが、望は『YOMI』のアジトを訪れることは滅多にない。あっても会うのは朔夜やエビスなど、幹部とだけ。他のメンバーの前に姿を現すことは皆無だ。
「……そうだった。つまり……裏切り者は朔夜ってこと?」
「でも桜は、望に会ったことだけ認めました。精霊科学研究所にいるのは望です」
「ああ、そうだね。望は研究所にいる」
「教えてくれれば良かったのに」
知っていれば、精霊科学研究所に保護を求めるようなことはしなかった。
「教えられるはずがない。望の所在は組織の最高機密。精霊科学研究所にいるなんて知られたら、望の身に危険が及ぶからね」
望の居場所は公になど出来なかった。どこから情報が軍に漏れるか分からない。それを警戒していたのだ。
「それだけですか?」
「どういう意味かな?」
「エビスさんも桜の力を利用しようとしていないですか?」
「桜子ちゃんの力? それは利用したいけど、ミコトくんが作戦に出すことを認めてくれないからね」
桜の力はエビスも知っている。といっても実際にどれほどの力を持っているのかを見たことは、一度もないのだが。
「そうじゃなくて……僕から桜を奪おうと、僕を消そうとしてませんでしたか?」
「えっ……?」
「……エビスさん、反応読みづらい」
「い、いや、素直な反応を見せたと思うけど?」
尊が見ようとしているの目で見える反応ではない。エビスが素の反応を示していたとしても、それを信じられないのだ。
「……今はどっちでも良いです。それをしようとしていたのは、朔夜だと僕は思っています。だから組織にはいられなかった」
「それは……何かの間違いじゃないか? 朔夜がそんなことをするとは思えない」
「どう受け取るかはエビスさんの勝手。僕には関係ありません。とにかく……」
何かを言おうとしたまま、動きを止めた尊。その尊の視線が周囲をさまよい始めた。
「どうした?」
「……逃げたほうが良いです」
「……分かった」
尊の言葉を受けて、エビスはすぐに行動に移った。ゆっくりと動き出す車椅子。こんなので逃げられるはずがないと見ている尊たちが思った瞬間。
「えっ?」
前後左右に広がる車椅子。ある程度広がって、車椅子を支える車輪の位置が安定したところで、それは加速した。
あっという間に小さくなるエビスの背中。「全力で逃げる」というエビスの言葉の意味を尊は知った。そして残った三人のところには。
「古志乃陸士。君を背任容疑で拘束する」
第一分隊指揮官の百武上等陸曹がやってきて、尊の拘束を告げた。
「立花防衛技官も同行してもらう。監督責任というものがあるからな」
そして立花分隊指揮官も尊のように罪状が明確ではないが、拘束されることになった。それを聞いて「しまった」と小さく呟く立花分隊指揮官。この事態は謀られたこと。そう受け取ったのだ。
そうだとしてもどうにも出来ない。大人しく命令に従うしかない。逆らおうにも、周囲は第一から第四分隊によって囲まれている。
「……天宮陸士。君は許可があるまで謹慎だ」
「……どうして?」
呆然としていた天宮。謹慎を命じられたことで我に返って、百武第一分隊指揮官に向かって問いを発した。
「古志乃陸士は敵と通じている可能性が高い。実際に、今会っていたのは敵ではないのか?」
「彼はもともと『YOMI』にいた。知り合いがいるのは当然だし、そんなことは前から分かっていたはず」
既知のことを何故、罪に問うのか。それを疑問に思った天宮だが。
「そんな話を俺は知らない。もしかして退任された葛城陸将補が隠していたということか?」
「……それこそ私は知らない」
葛城陸将補に罪を負わせようとする百武第一分隊指揮官の言葉に、それ以上、強く言えなくなった。
「古志乃陸士と立花防衛技官を連れて行け」
天宮を大人しくさせたところで、百武第一分隊指揮官は二人を連行するように命じた。それを受けて、支援部隊の隊員たちが前に出てくる。
尊の両腕を取って手錠を嵌めると、両側から挟み込み、腕を取って歩き出す。
「お前には色々と聞くことがある。素直に白状するのだな」
「……愚かだね」
「何?」
「人間っていうのは、どうしてこう愚かなのかな? これじゃあ、桜の思うつぼ……あっ、もしかして……? あいつ……これってルール違反じゃないのか?」
周囲には訳の分からないことを口にしている尊。
「何を言っているか分からんが、それもしっかりと話して貰うことになるだろうな」
「……貴方の未来も話そうか?」
「なんだって?」
「後悔と絶望の表情を浮かべながら死んでいく貴方の未来を。可哀想に」
「ふざけるな!」
怒りにまかせて尊の顔に拳を叩きつける百武第一分隊指揮官。顔を殴られて地面に倒れる尊。その尊を慌てて、支援部隊の隊員が引き起こした。
尊は殴られたことなどまったく堪えていない様子で、笑みを浮かべて百武第一分隊指揮官を見ている。その尊の視線に耐えられなくなって、目を逸らす百武第一分隊指揮官。
「……さっさと連れて行け」
百武第一分隊指揮官の指示を受けた隊員は、尊を連れて車両に乗り込んでいく。