月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第34話 見えてきたもの

異世界ファンタジー 逢魔が時に龍が舞う

 尊が桜に会っている間、精霊科学研究所内にある訓練室で汗を流していた天宮。訓練で時間を潰すだけであれば、そもそも研究所まで付いてこなければ良いのだが、天宮はそう考えない。何故、そう考えないかも考えないほど、鈍感なのだ。
 一応、それらしい理由はある。訓練室で汗を流しているのは、天宮だけではない。他の特務部隊員も大勢いる。彼等は定期検査の為に、精霊科学研究所にやってきていた。やはり天宮には関係のないことだ。
 研究所員が付きっきりで、様々な運動を行い、その結果を記録されている特務部隊員。それには関係のない天宮は一人で運動だ。検査をしている間は絡まれない。そう思って、安心して訓練をしていたのだが、思いがけない邪魔が現れていた。

「……大丈夫です。一人で訓練しますから」

「いや、僕が言っているのは、少し話をしないかってこと」

「……大丈夫です」

 現れたのは以前、会ったことがある男。初めて桜に会いに来た時に、トイレの前で会った男だ。

「話をしないかに『大丈夫』っておかしくない?」

「いえ、大丈夫です」

 返事としてはおかしい。だが、天宮はとにかく、この怪しげな男と話をしたくないのだ。

「参ったな。僕、そんな怪しいかな?」

 怪しまれている自覚は男にもある。「とりつく島もない」とはこのことだ、という対応をされれば、誰でも分かる。

「……はい」

 男の問いを、少し躊躇いながらも、肯定する天宮。

「……君、思っていたより面白い性格だね。ますます話をしたくなった」

「いえ、僕は話したくありません」

 徹底的に拒絶する天宮。本当はこの場から逃げ出したいのだが、精霊科学研究所内に詳しくない彼女は、どこに行けば良いか分からない。変なところに迷い込んでしまうより、他にも人が大勢いる、この場所のほうがマシだという思いがある。

「そんなこと言わないで」

「もう止めろ。彼女は嫌がっているじゃないか」

 しつこく誘う男をようやく止めようとする人が現れた。ただ、その人物は第三分隊の剣人。天宮にとって、素直に助けを喜べない相手だ。

「……何だか、自分がすごく駄目な男になった気がした。あのさ、これ別にナンパしているわけじゃあないから」

「それは相手が決めることだ。天宮さんは嫌がっている。それが全て」

「僕は君の邪魔を嫌がっている。これ以上、余計な真似をすると怒るよ?」

 男から、ずっと纏っていた惚けた雰囲気が消えた。剣人の邪魔に、本気で苛ついているのだ。

「怒れる立場か?」

 だが急変した男の態度にも、剣人は怯まない。身につけた力が、彼の自信になっているのだ。

「まったく……誰のおかげで強くなれたと思っているのかな。君みたいな恩知らずには、お仕置きが必要だね」

「何を言っているのか分からないが、やれるものなら、やってみろ」

 男は研究員の格好をしている。そんな相手に脅されても、まったく恐ろしくない。これは大いなる思い上がりなのだが。

「じゃあ、やって……」

 剣人の思い上がりを正そうとした男だったが、その動きは途中で止まった。訓練室に飛び込んできた尊の存在が止めたのだ。

「……どうしたの? やらないのかな?」

 一度、大きく深呼吸をして呼吸を整えた尊が、男に声をかける。

「……何のことかな?」

「その彼では物足りないのなら、僕が相手しようか?」

「なんだと?」

 声をあげたのは男ではなく剣人だ。尊の言葉は、自分の実力が劣っているという意味。それに剣人は納得がいかない。

「はあ……これだからな。君は少し黙っていて。文句があれば、あとで聞くから」

「ふざけるな!」

 尊の言葉は、さらに剣人を刺激するだけだった。

「ふざけてない」

「なんだっ……えっ……?」

 さらに怒鳴り声をあげようとした剣人だが、それを最後まで声にする前に、尊に懐に入ることを許していた。

「この状態でスピリット弾を爆発させても、元気でいられるのかな? 試してみる?」

「あっ、い、いや……」

 剣人は、尊が『YOMI』のメンバーを、肉片に変わるまで銃で撃ち続けて、惨殺した様子を間近で見ている。スピリット弾をこの場で爆発させるという尊の言葉を、ただの脅しとは受け取れなかった。

「……君のせいで逃がした」

「えっ?」

「もう良い」

 不満そうな表情で剣人から離れる尊。その視線が、心配そうな顔で彼を見ていた天宮の視線と交差した。

「……会ったことあるの?」

「えっ?」

「さっきまで、ここにいた人と前にも会ったことあるの?」

「……あっ……えっ? いない?」

 しつこく話しかけていた男は、いつの間にか姿を消していた。尊に言われて、ようやく天宮は気が付いた。

「……質問の答え」

「あっ……以前に、一度だけ……」

 なんとなく悪いことをしてしまったように感じた天宮は、申し訳なさそうに尊の問いに答えを返した。まるで彼氏に浮気を問い詰められているかのように。
 それを見ていた剣人は、不機嫌な顔を見せて、この場を離れていく。誤解されたことを別にすれば、いなくなってくれたことは尊にとってありがたい。

「何を話したのかな?」

「特に何も。相手が名乗ろうとしたところで、葛城陸将補が来て、今みたいにいなくなった」

「そう……」

 天宮から得られる情報はなし。接触が短かったことを喜ぶべきか、残念に思うべきか微妙なところだ。

「知り合いなの?」

「多分。顔は違うけど、そうだと思う」

「えっ?」

 顔が違うとは、どういうことなのか。天宮にはまったく理解出来ない。

「詳しい話は今は出来ない。誰に聞かれているか、分からないからね」

 精霊科学研究所全体を尊は信用していない。今の会話も、盗聴されていてもおかしくない。当然、桜との会話も。尊は桜と話をしながらも、警告を発しているつもりなのだが、それは通じていない。

「そう……」

 また話してもらえない。それを残念に思った天宮だが。

「誰も邪魔がいない時に説明する。貴女も知っておいたほうが良いと思うからね」

「……うん」

 この件については尊も話をしてくれる。自分に話しても問題にならない程度のことなのだと思いながらも、それを嬉しく思う天宮だった。

 

◇◇◇

 尊から、事の次第を説明してもらう機会は、思いの外、早く訪れた。精霊科学研究所からの帰り道。尊と天宮、そして葛城陸将補は樹海の中を進んでいる。護衛隊員に話を聞かれない為に指揮車を降りて、歩いているのだ。

「さて、ここら辺で良いかな?」

 指揮車からかなり離れたところで、葛城陸将補が尊に説明を促してきた。

「……昼間に会った男は多分、『YOMI』のメンバー」

「やっぱり……」「なんだと?」

 訓練室でのやり取りを知っている天宮と、それを知らない葛城陸将補では反応が違った。

「見たことのない顔だけど、間違いないと思います」

「……本当に間違いないのか?」

 精霊科学研究所に『YOMI』のメンバーがいるとなると大問題。だが、その人物を捕らえて、やっぱり間違いでしたとなっては、それも違った意味で大問題になる。

「そういう言い方をされると……」

「証拠はなしか?」

 尊が自信なさげな反応を見せたことで、葛城陸将補は対応は難しそうだと判断した。証拠もなしに動くことは出来ないのだ。

「誰もが分かる証拠は。でも、それに意味はありません」

「そうだな。誰もが分かる証拠があって、はじめて相手を捕らえることが出来る」

「そうじゃなくて、精霊科学研究所は匿うと思います」

 尊は証拠があろうとなかろうと関係ないと思っているのだ。精霊科学研究所に引き渡す意思がなければ、証拠があっても意味はないと。

「……何故、そう思う?」

「彼は精霊科学研究所に深く関わっている。彼がいないと研究所は成り立たないといっても良い。ちなみに、これも証拠はありません」

「同じ問いばかりになるな。どうして、そう思ったのかな?」

 尊が嘘をついているとは思わないが、理由も何もなしでは、そのまま受け入れることは出来ない。

「どうして……葛城陸将補は月見望って名前を知っていますか?」

「……すぐには出てこないな。その月見望に何かあるのかな?」

「月見望は……何て言ったかな? ああ、第|零《ゼロ》世代の一人です」

「な、なんだって?」

 尊の言葉に動揺を見せる葛城陸将補。言葉の意味を知っていたことが、これで分かった。

「やっぱり、知ってたか。天宮さんは分からないよね?」

「まったく」

「特務部隊の分隊長は第一世代。さすがにこれは知っていますよね?」

「それは知っているわ」

 分隊員が第二世代。そして、自分は第三世代ではないかと言われていることも。

「|零《ゼロ》だから、その前。では実はなくて、第一世代の人たちと同世代。二つの違いは人工か自然か」

「……人工って」

 言葉の意味は分かる。だが、それを人に当てはめた時に、どういう意味になるのか。想像がついて、天宮は顔を曇らせている。

「鬼と呼ばれている存在と戦う力を、無理矢理持たそうとされた人たち。分かりやすく言うと、人体実験の素材にされた人たちです」

「…………」

「ここまで話せば、もう隠す必要はないですね。『YOMI』の中心にいるのは、その零世代の人たち。実験の道具にされ、失敗され、不用とされて捨てられた人たち」

「そんな……」

 尊の言う通りだとすれば、はたして正義はどちらにあるのか。天宮は、自分の足下が崩れ去るような感覚を覚えた。

「そんなに動揺しなくても良いです。『YOMI』の人たちの共通の目的は、仲間を守ること。だけど中身は、自分の欲望のままに行動したり、決して正しいとは言えないことが多くあります」

「そうなの?」

「ただ居場所があるだけってこと。その中で自分の人生をどう生きようと自由です」

 「仲間を守る」は隠れ家を用意する程度のこと。一般社会では生きられなくなった人たちが、同じ種類の人間たちと暮らしているだけなのだ。

「だから同じ組織の中に、敵がいるのね?」

「そう」

 本当の意味で守るべき仲間ではない相手には、尊は容赦しない。相手もそうだ。その事情が天宮にも明らかになった。

「どうして、これを話す気になったのかな?」

 尊は『YOMI』の情報についても話そうとしてこなかった。それがいきなり組織の内情について、詳しく話し始めたことが葛城陸将補は疑問だった。

「様々な目的を持った人がいます。その中の目的の一つが、僕にとって問題だから」

 桜の決断を早める結果に繋がりそうな望の行動は、尊にとって大問題。これについては話をすることは出来ない。

「それを行おうとしているのが月見望という人物か」

「その可能性が高いです」

「私に出来ることはあるかな?」

 精霊科学研究所に対して、葛城陸将補は無力に等しい。研究所は国家を後ろ盾にしているのだ。一軍人で太刀打ち出来る相手ではない。

「……桜を連れ出したい」

「すまんが、それは無理だ」

「そうですか……」

 他に何かあるか。自分だけではどうにもならないと考えたから、尊は話をすることにしたのだ。だが、これというお願いが、すぐには思い付かない。

「……葛城陸将補! どちらですか?」

 尊の思考を邪魔する声。護衛隊員が焦った感じで、葛城陸将補を呼んでいる。

「……ここだ! 何かあったか!?」

 仕方なく返事をする葛城陸将補。聞かれたくない話をする為に指揮車を離れたと分かっていて、呼びに来るのだから、よほどの何かがあったのだ。

「本部から緊急連絡が! 桜木学園が襲撃されたとのことです!」

「な、なんだと!?」

 物事の動きが加速している。尊が望まない方向へと。