月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第31話 黒幕

異世界ファンタジー 逢魔が時に龍が舞う

 低いモーター音が部屋の中に響いている。それほど大きな音ではないのだが、地下にあるこの部屋の作りが、そこにいる人々の沈黙が、それを彼等の耳に届けてしまうのだ。
 ここは、いくつもある『YOMI』のアジトの一つ。その中でも幹部だけが知る特別なアジトだ。その場所に幹部たちが、全員ではないが、集まっている。今起きている事態について相談をする為だ。

「……お待たせ」

 電動式の車椅子に乗って、テーブルについたエビス。これで出席者は全員。会議が始まる。

「まずは状況の再確認をしよう」

 会議を仕切るのは、最後に到着したエビス。いつものことだ。

「軍による二度の襲撃。死者は五名。決して少ないとはいえない犠牲だ」

「本格的な戦いが始まったんだ。犠牲者が出るのは、仕方がないとは言わないが、受けれなくてはならないのでは?」

 エビスの説明に、異議とまでは言わないが、幹部の一人が意見を述べてきた。実際に軍との戦いは始まったばかり。それ以前の作戦は戦いとはいえないものがほとんどなのだ。

「戦闘があれば死傷者はでる。それは僕も分かっている。でも、今回のこれは情報漏洩によるもの。それを見過ごすことは出来ない」

「……そうであれば、さっさとミコトを殺せば良い」

 意見を言ってきた幹部は、ミコトが情報を漏らしたと決めつけている。特に根拠があってのことではない。それが彼にとって最良なのだ。

「ミコトくんが情報を漏らしと決まったわけじゃない」

「彼はもう裏切ったのだ。いつまでも甘い顔を見せてどうする?」

 エビスと尊の仲が良かったことを、この幹部は知っている。彼だけではない。この場にいる幹部は皆知っていることだ。

「彼が敵側にいるのは事実。でも、彼が完全に敵に回ったとは言い切れない。実際に何人か彼に助けられている」

「……その助けられた奴も裏切っているのではないのか?」

 一部のメンバー内で事実として語られている内容。それをそのまま話してるのだ。

「その可能性を完全に否定するつもりはないけど、それは後回し。今議論したいのは情報漏洩についてだからね」

「同じではないのか?」

「違うと思う。だって、襲撃された場所はアジトじゃない。どうしてアジトじゃない場所にいることを彼が知ることが出来る?」

「だから助けられたやつが情報を漏らしたのではないのか?」

 コウも裏切り者扱い。そうでないと尊が裏切ったことを説明出来ないのだ。

「当日の状況について再度、確認した。逃げた三人は十五、六人の敵に囲まれた状態から、なんとかその包囲を突破して逃げている。命をかけて裏切りを?」

「最初から逃がす約束だったのかもしれない」

「なるほど。じゃあ、二回目の襲撃は? 死んだ二人が情報を漏らし、そして殺された?」

 一回目は逃げることが許され、二回目は殺された。この違いをエビスは主張した。

「それは……」

「騙されたにしても、味方に五人も裏切り者が? もしそうなら、きっともっといるね」

 さらに認めがたい可能性をエビスは口にする。エビスは尊が裏切った可能性を否定したいのだ。尊への好意ではない。そうでないと真実を見誤ると思っているだけだ。

「……彼でなければ、他に誰が?」

 エビスの思惑通り、尊が裏切り者だという主張を一旦、引っ込めてきた。

「それが問題。作戦内容を知っているのは、その作戦を計画した誰か。それを伝えられた作戦リーダー。そして作戦に参加したメンバー。でもメンバーが作戦内容を知るのは直前。情報を敵に伝える時間はまずない」

「作戦リーダーは誰だ?」

「九尾」

「奴か……話は聞いたのか?」

 月子たちでは躊躇してしまうことも、幹部であれば恐れることはない。

「当然。彼は作戦の立案者は、朔夜だと言っている」

 話を聞いた幹部の視線が朔夜に向く。視線に込められた感情は様々だ。さきほどから発言している幹部のそれには、明らかに笑みが浮かんでいる。

「身に覚えがないな」

 参加者の視線を集めた朔夜は、エビスの話を否定してきた。  

「惚けるつもりか?」

 笑みを浮かべながら、朔夜に問い掛ける幹部。

「いや、事実だ。俺は事実を言っている。そうなると嘘をついているのは九尾。彼をもう一度、尋問にかけたほうが良いのでは?」

 最後の問いはエビスに向けてのものだ。

「おい! まずは自分の潔白を証明するべきだろう?」

 朔夜の問いに答えたのはエビスではなく、朔夜を追及しようとしている幹部。

「何を焦っている、焔(ほむら)?」

 その幹部、焔に朔夜は冷たい視線を向ける。

「俺は別に焦っていない」

「いや、俺には随分と焦っているように見える。九尾を尋問されて困ることでもあるのか?」

「はあ? そんなものあるはずがない」

「そうかな? 九尾に嘘を言わせて、俺を貶めようとでも考えているのではないか?」

「朔夜! それは俺に対する侮辱だぞ!」

 朔夜の発言に怒りを露わにする焔。その反応は本気で怒っているようにも、図星をさされて焦っているようにも見える。
 焔が野心を持っていることは、この場にいる幹部たちは薄々気付いている。そのせいだ。

「ここは喧嘩をする場ではない。真実を追究する為の場だ」

「エビス、それは分かるが、朔夜の言い方は酷すぎないか?」

「……そうだな。朔夜」

「……ああ。身に覚えのないことを責められて、つい言わなくて良いことを言った。悪かった」

 エビスに促されて素直に謝罪を口にする朔夜。

「……俺も決めつけるような言い方は悪かった」

 それに応えて焔も謝罪を返す。あわよくば朔夜の座を、と考えていても組織を壊すような事態にするつもりは焔にはない。組織がバラバラになっては、リーダーになる意味がない。

「さて、場が落ち着いたところで、また少し荒れそうなことを言う」

「なんだ?」

 二人の仲裁に入ったエビスが、また会議が荒れそうなことを発言しようとしている。それが何か焔には分からない。
 
「九尾が事実を述べていて、それでいて朔夜も嘘を付いていない。これに当てはまる可能性が一つある」

「そんなものが……いや、そうか。望であれば」

 朔夜の双子の兄である望。九尾が朔夜と間違えてもおかしくない相手だ。自分が考えていた可能性を、エビスはこの場で共有することにしたのだ。

「朔夜。これを確かめるのはお前の役目だ。組織のリーダーとして、そして家族として」

「……分かっている」

 望の裏切りの事実を、朔夜に確かめさせようとしているのはエビスの情け、だけでなく冷静な判断でもある。双子の兄が裏切っていたとなれば、朔夜の責任問題になる可能性がある。焔は大喜びでそれを追及するだろう。だがエビスは、そういう状況にさせたくないのだ、

「これについては任せた。さて、次は失った戦力の回復について。敵は単体ではこちらとほぼ同等の力を持つことになった。そうなると必要となるのは数だ」

「やるのか?」

 それについての作戦は以前から検討されていた。それを参加者は全員知っている。エビス一人で考え、実行する規模の作戦ではないのだ。

「やる。ただ、これはちょっとした賭けでもある。何故、賭けかは言う必要はないな」

 作戦の情報が敵に漏れているとなれば、罠に嵌められる可能性がある。エビスが賭けといったのは、そういう意味だ。だが、それだけではない。それをこの場で説明するつもりは、エビスにはない。

 

◆◆◆

 富士山の麓に広がる樹海の中に、精霊科学研究所はある。尊が、この場所を訪れるのは何度目か。回数など尊にはどうでも良い。桜に会えるということだけが、尊にとって大事なのだ。
 ただ今回は、ただ桜に会うということ以外に、尊はこの場所に用があった。尊もまた、本人たちは分かっていないが、月子たち、そしてエビスと同じ目的を持って動き出していた。

「……もう一度聞く。望にいつ会った?」

 笑みを見せるだけで答えようとしない桜に、尊はもう一度、内容を少し変えて質問をした。

「どうしてそれを知りたがるの?」

 尊の問いに対して、問いで返す桜。

「……ということは会ったのか。まんまとやられたな」

 それを肯定と受け取った尊の顔に、苦いものが浮かぶ。望が精霊科学研究所にいることを尊は知らなかった。知っていれば、桜を預けることなどしなかった。

「そういう運命なの」

「……何かした?」

「何もしてないよ。彼は彼がやりたいことをしているの。私はそれを見てるだけだもの」

 望の行動は、桜にとって望ましいもの。そういうことだと尊は理解した。

「桜。人間はそんなに悪いものじゃない」

「そう? 私には腐った死体にしか見えない」

 天宮には桜がそう見えた。桜にも人がそう見えているわけではない。外見ではなく心の話をしているのだ。

「そういう人は多いけど、そうじゃない人もいる」

「でも、そうじゃない人には居場所がなくて、そういう人ばかりが蔓延るのがこの世界だよ」

「桜……」

 桜が見た世界は狭い。これは自分の責任だと尊は思っている。自分にもっと力があれば、二人だけで生きる力があれば、もっと桜に世の中を、人を見せてあげられた。
 だが自分の選択は、結果として、もっとも悪い状況で桜を隔離することになってしまった。

「お兄ちゃん。私だって、まったく分かっていないわけじゃないよ。杏奈ちゃんは良い子。それは分かっている」

「だったら」

「でもたった一人の為に約束は破れない。それはお兄ちゃんだって分かっているはずだよ?」

 桜と尊の二人には、守らなければならない約束がある。それがあるから、二人はこうしていられる。永遠は無理であっても。

「……期限はない」

「その期限を縮めているのは私じゃないもの」

「じゃあ、望か?」

「どうだろう? ただ、お兄ちゃんの大事な人にちょっかいを出そうとしているのは確かだね」

「……誰?」

 桜の言う大事な人に心当たりのない尊だった。

「えっ? ひど~い!」

 尊の反応に、大声で文句を言う桜。

「あっ、桜か。えっ、何かされたのか?」

 その桜の反応で、尊は焦ることになる。桜が望に何かすることはあっても、その逆はないと思い込んでいたのだ。ただ、これは勘違いだ。

「私じゃない。杏奈ちゃんだよ」

「またそういう冗談を。彼女は別に……まさか、本当に?」

「ちょっかい出すのは、これで二度目かな。駄目だよ。彼女を一人にしちゃあ」

「望は何を……?」

 天宮と接触して、望は何をしようとしているのか。それが尊には分からない。

「考える時間があれば、助けに行けば?」

「……ああ、そうだな。助ける……まあ、いいや。とにかく行ってくる。じゃあ、桜。またな」

 桜の部屋を出て、天宮の気配を探りながら、駆けだしていく尊。その姿を見て、桜は大きなため息をついた。

「駄目だ。杏奈ちゃんも鈍感だけど、お兄ちゃんはその上を行くもの。やっぱり、お兄ちゃんには月子ちゃんみたいな積極的な人が良いのかな?」

 妹として兄の恋の行方を心配する桜。この台詞だけを聞けば、兄想いの良い妹、という評価になるかもしれないが、残念ながら桜はそれだけの評価で済む存在ではない。
 人々が恋愛ごとに頭を悩ませることが出来なくなるような存在なのだ。