月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第34話 政治

異世界ファンタジー 逢魔が時に龍が舞う

 尊と約束した通り、葛城陸将補は行動を起こした。何の勝算もない行動だ。だが第七七四特務部隊の部隊長とはいえ、一軍人に過ぎない葛城陸将補には、それしか出来ることがないのだ。
 久しぶりに訪れた新都心。高層ビルが立ち並ぶ新都心の道路を徒歩で進む葛城陸将補。その足は、省庁が入るビル群から離れる方向に向いている。
 省庁に訴えて、解決する問題ではない。葛城陸将補は、危機の訪れを証明する証拠を持たない。それどころか、その危機がどのようなものなのかも分かっていないだ。
 葛城陸将補が頼るのは行政ではなく政治。正確には権力闘争という政治だ。そのようなものが、まだ残っていればの話だが。
 辿り着いたのは、高層ビル群が広がる新都心には、不似合いに見える純和風の建物。表札には『山王寺』の文字が書いてある。

「……葛城です」

 門の脇にあるドアホンに向かって、名を告げる。応答が返ることのないまま、門が開いた。
 葛城陸将補は開いた門から中に入る。先にある玄関に向かって延びる歩道。それを進んでいく。

「お待ちしておりました」

 玄関の前で出迎えてくれたのは、葛城陸将補も見知った人物。この屋敷に使える使用人だ。そう聞かされているだけで、実際に何者かは知らない。体つきから、ただの使用人ではないことだけは確かだ。

「ご無沙汰しております」

「ご案内いたします。こちらへ」

 久しぶりの再会であっても、使用人に特別な思いはない。それは葛城陸将補も同じだ。葛城陸将補は数え切れないほど訪れる訪問者の一人であり、相手は最初の挨拶以外は何も語らない人物。思い入れなど生まれるはずがない。
 使用人の後ろを歩く葛城陸将補。進む方向から、この屋敷の主人と会うのは母屋ではなく、離れだと分かった。
 手入れをするのに幾らかかっているのだろう、と思う立派な日本庭園のすぐ脇に離れはある。その日本庭園を横断するのに、かなり歩くのだ。

「先生。葛城様がご到着なさいました」

 ようやく離れに辿り着いた。入り口で使用人が中にいる主人に声をかける。

「おお、来たか。早く入ってもらいなさい」

 中から聞こえてきた声。それを受けて使用人が玄関の扉を開けた。ゆっくりと中に足を踏み入れる葛城陸将補。
 目的の人物はすぐ目の前にいた。

「久しぶりだな。葛城くん。会えて嬉しいよ。思っていたよりも元気そうで良かった」

 使用人とは異なり、満面の笑みを浮かべて再会を喜ぶ言葉を口にする主人。本心からの言葉とは葛城陸将補は思っていない。相手の気を引くことを仕事としている人物なのだ。

「ご無沙汰しております。私こそ、先生にお会い出来て嬉しく思います」

「堅苦しい挨拶は無用だ。ここには難しい顔をしたSPも、もっと難しい顔をした閣僚たちもいないからな」

「……はい」

 どう返せば良いか分からなくて、とりあえず「はい」だけを口にした。どうせ相手は挨拶程度では何を返そうと気にしない。

「いつまでも立ち話ではあれだ。そこに座れ」

「はい。失礼いたします」

 勧められた椅子に腰を下ろす。いよいよ話が始まると思って、葛城陸将補の心に緊張が広がっていく。

「それで? 話というのは何かな?」

 正面の席に座り、やや前のめりの姿勢で用件を尋ねてくる。にこやかな表情は変わらないが、自分を見つめる瞳の奥に厳しさが加わったことを葛城陸将補は気付いている。いつものことなのだ。

「少々、荒唐無稽なことを申しますが、お許し下さい」

「……かまわない。退屈な日々には、それくらいの話が丁度良い」

「特務部隊の状況はどの程度、ご存じですか?」

 まずは現状をどこまで把握しているか相手に尋ねた。

「怪しげな組織の存在が明らかになったこと。それに対抗する為に、何やら始めたこと。人事が騒がしいことくらいか」

「……さすがと言わせていただきます」

 簡単な言葉にしているが、ほぼ全ての状況を把握している。そう葛城陸将補は受け取った。

「特務部隊の育ての親のつもりだからね。子供のことは常に気にかけている」

 この屋敷の主人は第七七四特務部隊を今のような組織に作り替えた、正確にはそれを了承した人物だ。
 政府直轄の秘密組織である特務部隊の編成について承認が出来る人物が誰かとなると、それは大統領。今は元大統領だ。

「精霊科学研究所についてはいかがですか?」

「あそこか……あそこは秘密主義だからね。大統領も全ては把握していないのではないかね?」

「はい。そう思います」

「人事の話ではないようだね?」

 元大統領のこの質問で、自分を解任しようという動きがあるのだと葛城陸将補は分かった。薄々は感じていた。部隊そのものの解体、そして主管を替えての再編のほうがあり得ると思っていたが。

 

「古志乃尊、桜という兄妹がおります。二十年以上前に行方不明になっていた兄妹なのですが、偶然発見し、保護しました。子供にしか見えない二人を」

「……行方不明になった時の年齢は?」

「兄が六歳、妹は三歳です」

「間違いなく行方不明になった兄妹なのか?」

 当然、これを疑う。時間の進みが違う世界の存在は、この時代でもまだオカルト話なのだ。

「DNA判定はそれを示しています。それに問題は二人の年齢ではなく、二人の存在が何をもたらすかです」

「……さきほどは退屈な日々と言ったが、暇なわけではないのだよ?」

 人事の話だと思っていた元大統領にとって、二人の話は想定外のこと。内容にしても、自分が手を出す領域ではないと思い始めている。

「分かっております。もう少し話を聞いて下さい。妹は鬼と化しており、精霊科学研究所に隔離しております」

「……鬼を生きたまま。それは教授が喜びそうな出来事だ」

「はい。実際に喜んだでしょう。ただ鬼と言いましたが、彼女は普通の鬼と異なり、正気を保っております」

「……それは聞いた。怪しげな組織のメンバーもそうだと」

 『YOMI』についても元大統領はしっかりと情報を入手している。葛城陸将補が始めに思った通りだ。

「そういう鬼が生まれた原因は同じだと考えています」

「どのような原因なのかな?」

「兄妹が関わっているのではないかと。兄妹は元々、その組織にいました。そこから逃げだそうとしているところを、我々に保護されたのです」

「……ますます教授が喜ぶね」

 二人の話は自分ではなく、斑尾教授の専門領域。元大統領は遠回しにこれを言っている。

「その斑尾教授は、その組織と通じております」

「……証拠はあるのかな?」

 誹謗中傷の類いで、動くことはしない。競争相手を引きずり降ろす為に、このようなことを言ってくる相手は数え切れないほどいるのだ。

「状況証拠しかありません」

「一応、聞いておこう」

「特部隊員を養成する桜木学園が襲撃されました。状況から内通者がいることは明らかです。また私も襲撃を以前、受けました。いずれも精霊科学研究所に行っている間の出来事です」

「……弱いね」

 状況証拠としては甘い。周りが事実だと思い込むような内容でなければ、政争は出来ない。

「特務部隊員への強化鍛錬。これはその組織のメンバーに行われたことと同じです」

 実際に同じかなど葛城陸将補は知らない。正直なだけでは、交渉相手は動かせないと考えて、少し話を盛っているのだ。

「……それだけではね。研究の成果だと言われて終わりだ」

 せめて組織のノウハウが確かに渡ったという証拠が必要。それがあっても追い込むには難しいが。

「……斑尾教授には洗脳された疑いがあります」

「それを証明することは?」

「今のところ出来ません」

「それでは完全に誹謗中傷だ。ふむ、かなり無理筋だね」

 葛城陸将補に勝ち目はない。そう元大統領は判断した。

「分かっております。正直、理由などどうでも良いのです。斑尾教授を精霊科学研究所から引き離すことが出来さえすれば」

「何故、そこまで教授を目の敵にするのかな?」

 斑尾教授はあくまでも研究者。軍人である葛城陸将補の脅威になる相手ではない。元大統領の判断は、権力争いが基準になっている。

「兄のほうが言いました。このままいくと『世界は穢れに染まる』と」

「穢れに染まる?」

「具体的にどういうことなのかは分かりません。しかし、斑尾教授は精霊力ではなく穢れによって特務部隊員を強化しました。彼の研究の興味は穢れに移っているのではないでしょうか?」

「……穢れの除去が、現在の最も重要な研究課題ではないか?」

 穢れを研究するのは当然のこと。こういう思いが元大統領にはある。ただ、少し歯切れが悪いのは、葛城陸将補の本気を感じているから。
 人を蹴落とす為に必死になる性格ではないことを、彼は知っているのだ。

「はい。ですが穢れを利用する方法を研究しているとすれば、それは何の為でしょうか?」

「それは……分からないね」

「対人戦用兵器に利用しようとしている可能性があります。それを研究することは国の為になるかもしれませんが、それを私のような部外者に疑われる状況はいかがでしょうか?」

 精霊力や他国で研究されている同種の力を軍事利用することは禁止されている。軍事から生まれた原子力が、人類の脅威となってしまったことの反省からだ。
 ただこれは、残念ながら建前だ。鬼と戦う為の兵器は良くて、それを人に向けては駄目。その程度の緩い取り決めなのだ。

「なるほど……」

「さらに、さきほど申し上げた強化鍛錬。あれを実現するのに人体実験まで行われているとなると、どうでしょう?」

「……それは問題だね。大統領が承知しているとすれば尚更だ」

 ようやく元大統領は食いついた。精霊力の軍事利用、そして人体実験は自分が大統領であった時には許していない。そういう段階ではなかっただけだが、とにかく自分に責任追及が向けられなければ良いのだ。
 この件で斑尾教授を、精霊科学研究所を追及しても、責任問題に繋がるのは現大統領だけ。葛城陸将補の話が事実であれば、失脚させることも可能だ。そうなれば、自分が大統領に返り咲く可能性も生まれる。実に魅力的な筋書きだ。

「会議の席で斑尾教授は政府の許可を得たと発言しました。大統領補佐官も同意しています」

「それついての事実確認は早く出来そうだ。分かった。少し、こちらでも調べてみよう。貴重な情報をありがとう」

「御礼など……先生には部隊長にしていただいた、ご恩がありますから」

 葛城陸将補を第七七四特務部隊の部隊長に任命したのは元大統領だ。だが恩を感じているは嘘。嫌がっていたのに、無理矢理引き受けさせられたというのが実際のところなのだ。それでも、こういう言い方をしたのは恩に着せない為。それでありながら恩を返したと思わせる為。
 葛城陸将補にとって苦手な政治交渉事でも、これくらいのことは出来るのだ。