ファンタジー小説
ナーゲリング王国陸軍官舎の大会議室。最大で五十人を収容出来る広い会議室だが、今そこで会議に参加しているのは四人だけだ。ナイトの称号を与えられた王国騎士の頂点に立つ五人のうち、ツヴァイセンファルケ公国の備えとして軍勢を率いて東に出陣している…
どうやってそこまでたどり着けたのか。ソルにはまったく記憶がない。王都から馬を四刻ほど駆けさせた場所にその森、「腐死者の森」はあるのだ。ソルはその森まで歩いて辿り着いた。即死していたはずの大怪我を負った体で、ルナ王女の亡骸を背負って。 どうし…
王国の情勢は、当然、ノルデンヴォルフ公国にも伝わっている。今この時、他の公国を含めた王国全体の情勢に無関心でなどいわれない。この先、巻き起こるかもしれない戦乱で生き残りたければ、積極的に情報収集に努めなければならないことは、ノルデンヴォル…
聖仁教会の協力者とされる人物の名をいくつか入手したソルたち近衛特務兵団第二隊だが、すぐにその情報を王国に提供することはしなかった。まだ多くの協力者が組織内に潜んでいるだろう状況で、情報を入手したことが明らかになれば、逃げ出す者も出てくる。…
ハインミューラー家のヴィクトール公子一行は王都を発って、帰国の途についた。王都を訪れる際に率いてきた軍勢は、そのほとんどを先に帰国させており、王都に残っていたのは百名ほど。総勢で百十名をわずかに超えるくらいの集団での移動だ。 当初は、怪しい…
近衛特務兵団がもたらした情報で、また王国は動揺することになった。聖仁教会の戦力は予想以上のもの。討伐するどころか、近衛特務兵団は多くの死傷者を出すことになった。 これだけであれば任務の失敗。近衛特務兵団に責任を取らせた上で、再度任せるか、別…
ソルとヴィクトール公子が交渉を行う場所として用意されたのは、城の奥。王家の人々の居住空間に近い場所だ。王家の人々の日常がある奥での出来事を外部に漏らすことは絶対に許されない。王家の人々の素が必ずしも王国の人々に受け入れられるものであるとは…
戻って来た王都は、ヴィクトール公子がツェンタルヒルシュ公国に向かう前とは、かなり雰囲気が変わっていた。道を歩く人々の顔は、どこか不安そうに見える。そう見える原因も明らかだ。十人、二十人の王国軍の小隊が荷車を引きながら、道を行き来している。…
重傷者八名、死亡十五名。これが今回の任務における近衛特務兵団の犠牲の数だ。一方で敵、聖仁教会の死傷者の数は不明だ。近衛特務兵団の何倍どころか数十倍の数になるのは間違いない。だが詳細を確かめることは出来ない。聖仁教会は撤退時に怪我人を連れて…
今回の任務に参加した近衛特務兵団の数は三百。そのうち、目的地であるプリミイバシに入った近衛特務兵団は五十名、残りは街から少し離れた場所で、分散して待機している。プリミイバシはそれほど大きな街ではない。百人単位の人数が、いくら分散させたとし…
南部にある王国直轄領プリミイバシは、王都から続く大河に面した街。さらに川を下ると海上輸送の中心、港湾都市エストゥアルに繋がることから、王国の物流拠点のひとつとなっている。あくまでも「ひとつ」であって、その規模はそれほど大きくはない。南部の…
ソルは王都に戻っている。王国軍で働くことを受け入れてくれた人の数は少ない。王国の期待を超える働きにはならなかった。期待に応えようなんてことは最初から考えていないので、ソルにとってはどうでも良いことだ。本来、ナーゲリング王国軍が強くなっても…
近衛特務兵団第二隊による聖仁教会施設襲撃。ユーリウス王の耳にその事実が届いたのは、襲撃から三日後のことだった。第一報を聞いたユーリウス王は激怒。教会に対して良い印象を持っていないユーリウス王だが、教会がバラウル家を悪とし、その悪を討ったベ…
ナーゲリング王国最大都市、王都ドラッケングラブ。王が住まうお膝元のその街で、暗部とされている場所がある。貧民窟、今日の暮らしにも困るような貧しい人々が集まっている場所だ。 犯罪者の巣窟でもあったその場所だが、近年はかなり様子が変わってきてい…
ハインミューラー家のヴィクトール公子がツェンタルヒルシュ公国を訪れたのは、以前から計画していたからではない。王都に滞在している間にいくつか疑問が生まれ、その疑問を解くにはツェンタルヒルシュ公国の公主であるクレーメンスに話を聞くのが良いかも…
見上げる空には青空が広がっている。真っ青な空に浮かぶ白い雲。のどかと表現できる光景だ。それを眺めて、ソルは体の中を流れる血を落ち着かせていた。 空の下、訓練場には「のどか」とは真逆な雰囲気が漂っている。強弱はあるが人々から放たれている殺気が…
反乱勢力として捕らえられた人たち以外にも裁かれる者がいる。ソルだ。戦場で、上官の命令がないというのに、勝手に行動を起こしたということで、軍令違反を問われることになったのだ。その結果、敵首謀者を討ち取ったとしても、罪がなかったことにはならな…
任務を終えて、近衛特務兵団は王都に戻った。全体の三割を失うという、ルシェル王女にとっては、衝撃的な結果となっての帰還だ。王国軍全体で考えても、間違っても少ないとはいえない犠牲者の数となった作戦の是非は今後、軍内部で検証が行われることになる…
王国軍と反乱勢力の再戦は三日後に開始された。敵戦力を把握し、それに対応して戦うための準備にその期間が必要だったのだ。準備は特別難しいものではない。運んできた攻城兵器を組み上げ、少し耐火対策などの補強を加えるだけ。それで戦えるとルッツ司令官…
初戦はナーゲリング王国軍の負け。それも大敗という結果だ。先軍二千の死傷者は六百から七百。三割以上の被害をだしたことになる。特に近衛特務兵団の被害は大きく、死傷者は百五十を超えた。五割の喪失という、負け戦でも滅多にあることではない壊滅的な犠…
近衛特務兵団の次の任務は、前回と同じ。フルモアザ王国の残党、反ナーゲリング王国勢力の討伐だ。ただし、単独任務ではない。ナーゲリング王国正規軍との合同任務となる。王国第二軍、大隊名で言うと第二〇二大隊、第二〇六大隊から第二〇九大隊までの五大…
開け放たれた窓から吹き込む風がカーテンを揺らし、それによって作りだされた隙間から、雲一つない青空に浮かぶ太陽の光が差し込んでいる。 心地良い午後。だが、その窓の近くに置かれている天蓋付きな大きなベッドの上にいる二人に、その心地良さを感じてい…
ルシェル王女とヴィクトール公子の会食は城内で行われることになった。王国側が、しかもルシェル王女の手配となれば、必然的にそうなる。王女の身で王都の酒場を会食に使う、なんてことはない。本人がそうしたくても周りが許さない。 会食に使われるのは、城…
早朝の訓練場で自主鍛錬を行っている騎士や兵士は、以前とくらべると、かなり増えた。近衛特務兵団の準騎士だけでなく兵士も多くいる。兵士のほうが多くなった、がより正確な表現だ。その理由は、元ティグルフローチェ党の人たちの入団。加わった二百の中に…
雑兵風情が思いつきで口にした戯言。本当はこう考えて切り捨てたいのだが、ユーリウス王はそれが出来なかった。ソルの言葉はいくつかのことをユーリウス王に気付かせてくれた。そう思うとまた忌々しい気持ちが湧いてくるのだが、それは否定しようのない事実…
用は済んだ、と勝手に判断して玉座の間を出ようとしたソルを呼び止めたのはリベルト外務卿。バルナバスからそう教えられてもソルは戸惑うばかりだ。初対面の、同じ部屋にいただけで対面したとも言えない状態の、王国の重臣が自分に何の用があるのか、すぐに…
玉座の間には緊張感が広がっている。これから来賓を迎えるにあたって両脇に並んでいる重臣たち、ところどころに配置されている騎士たち、そして誰よりも玉座に座るユーリウス王が一番、強張った顔を見せている。もう間もなくその来賓が姿を現すのだ。オステ…
王都を囲む防壁はすぐそこ。東門に通じる街道にソルは立っている。いつもであれば多くの人が行き来しているこの場所だが、今は人影はまばら。皆、足早にソルが立っている場所を通り過ぎていく。 その理由はソルが見ている高札のすぐ横に並べられた首から上だ…
ソルとミストは砦の人間を一人連れて、部隊が待機している場所に戻った。それを見たルシェル王女は、まずは二人が無事に戻って来たことを喜び、交渉がどのような結果になったのかが気になった。降伏勧告を行うことを受け入れ、ソルとミストを送り出したルシ…
王国直轄領の東部。深い森のそのまた奥の山中にその砦はある。軍事拠点としての価値はほぼない。それがティグルフローチェ党を積極的に討伐しなかった理由のひとつでもある。公式記録ではフルモアザ王国の残党、反乱勢力となっているが王国としての実害はそ…