月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第27話 駆け引きと本気

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 雑兵風情が思いつきで口にした戯言。本当はこう考えて切り捨てたいのだが、ユーリウス王はそれが出来なかった。ソルの言葉はいくつかのことをユーリウス王に気付かせてくれた。そう思うとまた忌々しい気持ちが湧いてくるのだが、それは否定しようのない事実なのだ。
 まずはユーリウス王自身の身の安全についてのこと。ハインミューラー家は偽公子と差し違える形にして、ユーリウス王の殺害を狙っていた。もしそれが成功していたらどうなっていたのか。ナーゲリング王家の直系はエルヴィンとルシェルだけになる。
 ユーリウス王亡きあとの王は男子であるエルヴィンが有力、とはユーリウス王は思わない。彼は祖父アードルフがナーゲリング王国建国を苦々しく思っていることを知っている。シュバイツァー家が守るべきは北の大地。縁もゆかりもない王国になど関わる必要はないと、本気で考えていることを知っているのだ。ノルデンヴォルフ公国にいた時、ずっとこの点で二人は対立していた。アードルフが自分の息のかかった諸侯に、当時ノルデンヴォルフ公だったユーリウス王を無視させ、彼にシュバイツァー家に従う諸侯は一切信用ならないと思わせるくらいの激しい対立だ。
 ノルデンヴォルフ公となったエルヴィンがナーゲリング王国の王になることをアードルフは絶対に認めないとユーリウス王は思う。アードルフの血筋でノルデンヴォルフ公を継ぐ資格があるのはエルヴィンだけ。彼の考えではそうなのだ。

(……ルシェルがナーゲリング王国の王となっても同じことだ)

 残る直系はルシェル王女一人。ではルシェル王女が次の王となればどうかとなると、それは後継不在と同じことだとユーリウス王は思う。妹が王で国を保てるはずがない。支えとなる夫を求めれば、その相手が国の実権を握る。シュバイツァー王朝は結局滅びるとユーリウス王は考えている。

(ハインミューラー家もそれが分かっている。だからこそ、私を狙ったのだ)

 自分が倒れれば、それでナーゲリング王国は終わり。ハインミューラー家も同じ考えなのだとユーリウス王は考えた。

(……まさか、竜王の思いを理解する時が来るとは)

 竜王アーノルドはほとんど人前に姿を見せることはなかった。年に数回ある国民への挨拶も遠い城のベランダに立つだけ。近くに群衆を寄せることはなかった。例外は軍事の時だけ。多くの騎士に周囲を守られて、王都の中を移動することはあったとユーリウス王は聞いている。
 それは暗殺を警戒してのこと。王ともなれば、それくらい警戒しなければならないのだ。こうユーリウス王は考えている。

(誰も信用ならない。王都に来ても同じか……)

 心から信用出来る者がいない。王都に来てもこれは変らなかった。家族もその対象にはならなかった。これもソルが教えてくれた。
 ルシェル王女はまだ良い。どこにも嫁がせることなく、内乱も起こせないように監視下に置いておけばなんとかなる。問題はエルヴィンだ。彼はすでに遠く離れたところにいる。遠く離れ、さらに勝手にラングハイム家と婚姻関係を結ぶことを決めた。それはどういうことか。自分と成り代わる為の準備だとユーリウス王は考えている。
 ハインミューラー家が王国を奪う大義名分としてルシェル王女を求めるのと同じように、ラングハイム家はエルヴィンを求め、エルヴィンはそれに応えた。こういうことだと。

(北と東の考えていることは同じ。では、西はどうか?)

 誰一人として信用出来る者はいない。だからといって全てを敵にするわけにもいかない。こんなことはユーリウス王も分かっている。連合で事に当たるはずだった北が信用ならなくなった今、残るは西だけ。ヴェストフックス公国、ブルックス家はどう出てくるのか。こちらから手を伸ばした場合、どのような反応を見せるのか。ユーリウス王は考えてみる。

(分散している王国軍をかき集めれば、三万。北と東はなんとかなる)

 だが考えても、ブルックス家がどう出るかなどユーリウス王に分かるはずがない。情報が少なすぎるのだ。分かるのは常備軍の数だけで考えた場合、北と東の対応だけでいっぱいいっぱいであること。数だけで考えてのことだが。

(共闘を求めるのであればブルックス家。これは間違っていない)

 どこと結ぶべきかと考えれば、それは西の公国、ブルックス家。ユーリウス王の考えている通り、間違いではない。船を多く所有するブルックス家を味方に出来れば、南の海岸線の守りも楽になる。東と北に専念出来るというのは大きな利点だ。
 問題はブルックス家が応じてくれるか。これは今、いくら考えても結論は出ない。

(……だからこその襲撃だったのか?)

 ツヴァイセンファルケ公暗殺事件の黒幕は王国。襲撃犯の目的はそう思わせることで、王国と他の公国との同盟を成立させないようにすることではないか。こうユーリウス王は考えた。間違いだが、そう思ってもおかしくない状況だ。

(やはり殺すべきか? だが、失敗すれば……)

 ハインミューラー家のヴィクトール公子を、その同行者も含めて、殺すべき。ユーリウス王はこう考えた。だが失敗に終われば、ハインミューラー家はその事実とツヴァイセンファルケ公暗殺事件を結び付け、王国の悪意を喧伝するだろう。王国は組む相手を失うだけでなく、中小諸侯の信頼も失うことになる。

(確実に殺し、襲撃事件の黒幕がハインミューラー家であることを示す証拠を手に入れる……)

 手に入らなくても万人がそうだと信じられるような証拠を作り出すことが出来れば、状況はひっくり返せる。オスティゲル公国とツヴァイセンファルケ公国の関係は著しく悪化し、戦いを始めるかもしれない。そうなれば王国は東への警戒を緩めることが出来る。

(……そんなに都合良く、物事が進むはずがないか)

 ユーリウス王は楽観的な考えを持てない。ノルデンヴォルフ公国の公主として、全てを疑うことを学んだ。それが正しい学びであるかは別にして。

(……あの男……雑兵ごときに統治者の苦悩が分かるはずがない)

 いくら考えても結論は出ない。そう思うと、自分には気づけなかったことを気づき、ヴィクトール公子殺害をあっさりと決断したソルとの違いが気になってしまう。
 だがユーリウス王はすぐにその思いを否定した。何も背負うもののない一兵士だからこそ。統治者である自分はそうはいかないのだと考えた。それを言い訳とは決して認めることなく。

 

 

◆◆◆

 旧ティグルフローチェ党の人たちが加わった近衛特務兵団は五百名という人数になった。国内治安任務であれば、大抵の任務は単独遂行が可能な規模。公国との戦いも国内治安と定義されれば、そうは言えないが、王国上層部の誰もそんな風に考える者はいない。公国との争いは他国との戦争。誰もがそう考えているのだ。
 任務遂行能力があがれば当然、与えられる任務も増えることが予想される。正規の王国軍は公国との戦いに向けて、ほぼ戦時態勢となっている。何かあれば近衛特務兵団を動かせば良いと、兵団に対して好意的か否定的かを問わず、上層部の人間が考えていることはルシェル王女も知っているのだ。
 近衛特務兵団はそれを想定して、日々訓練に励んでいる。正規軍に勝るとも劣らない厳しい訓練だ。

「……ちょっと休憩」

「休憩? 体調でも悪いのか?」

 ソルが休憩を言い出すのは珍しい。多くが苦しそうにしている中、その人たち以上の負荷をかけた訓練を当たり前にこなすソルなのだ。

「いや、目立ちたくないだけ」

「……なるほどな」

 ソルが休憩を言い出した理由がハーゼにも分かった。訓練場に姿を現した部外者。それがハインミューラー家の者たちであることが分かったのだ。
 それに気づいた旧ティグルフローチェ党の一部の人たちの動きが、一気に緩慢になる。彼らが考えているのもソルと同じ。いずれ戦うことになる敵に顔を覚えられたくない。力量を知られたくないと思っているのだ。

「ルシェル殿下。お邪魔して申し訳ございません」

 ヴィクトール公子も、本物であるかナーゲリング王国の人たちは疑っているが、訓練場に現れた。

「いえ……何か御用ですか?」

 ルシェル王女は「はい。邪魔です。だから消えてください」なんてことは言わない。そのような無礼な振る舞いは行わないように躾けられている。

「殿下とお話をしたかったというのがひとつ。もう一つは、我々も少し体を動かしたいと思いまして」

「お話、ですか?」

 体を動かすのは勝手にやれば良いとルシェル王女も思う。本当に訓練の邪魔をされるのでなければ、文句を言う必要はない。ただ、「話をしたい」というヴィクトール公子の要望には、無条件では、応える気にはなれなかった。
 玉座の間での出来事は、ルシェル王女の耳にも入っているのだ。婚姻を申し込まれたことも。

「ああ、あの件の答えを求める、なんてことではありません。単純にお互いが相手を知るには、会話が必要だと考えただけです」

「それは……そうです」

 相手を知るのに会話は必要だ。だからといってヴィクトール公子についてもっと良く知りたいと思っているわけではない。という本音を口に出来ないのは、ルシェル王女の良いところでもあり、悪いところでもある。

「知る必要がある相手の場合は、という条件付きだけどな」

 だがルシェル王女には、代わりに本音を口に出してくれる存在がいる。ミストがそうだ。ミストの良いところでもあり、悪いところでもあるが。

「……君は?」

 ミストは侍女の恰好をしている。だがヴィクトール公子は、彼女のような無礼な侍女に会ったことがない。彼女が何者なのか、気になった。

「ルシェル様の侍女だ。お前のような虫がルシェル様に近づけないようにする為の護衛でもある」

「護衛……君が?」

 ただの侍女ではないことは分かった。だが、それだけのことだ。ヴィクトール公子からしてみれば、弱い犬がキャンキャン吠えているだけのこと。そんな無礼が許されるはずのない弱い犬が。

「ミスト!?」

 実際に実力行使に出たのはヴィクトール公子の部下。同行してきた騎士の一人がミストに蹴りを入れ、吹き飛ばした。

「へえ」

 だが吹き飛んだのは、威力を殺す為に自ら後ろに跳んだだけ。それを彼女に襲い掛かった騎士もすぐに気が付いた。ミストの反応の速さに感心した様子のその騎士。だが感心してそれで終わりではない。彼にとってミストは自分の主に許されない無礼を働いた相手。この場で斬り殺しても構わない相手なのだ。
 ミストとの間合いを一瞬で詰めると、腕を取って蹴りを放つ。

「ぐっ……あっ……」

 腕を持たれて動けないミストはまともに相手の蹴りを腹に受けて、うめき声をあげた。自由なほうの手で腹を押さえてうずくまるミスト。その彼女の下がった顔に向かった、さらに相手は蹴りを放ってきた。

「……へえ」

 今度のこれはミストに対するものではない。ミストの顔面に蹴りが叩き込まれる寸前に、宙を走った黒い影。次に後ろに跳ぶのはハインミューラー家の騎士のほうだった。風を切り裂く黒い影は近衛特務兵団のヴェルナーが振るった剣。ヴェルナーは、そのままミストとハインミューラー家の騎士の間に割り込んだ。
 張り詰めた空気が漂う。ヴェルナーが割って入ってきてもハインミューラー家側に引く気はないのだ。

「……大将が討たれたら戦は負けでは?」

 だが近衛特務兵団側で動いたのはヴェルナーだけではなかった。後方で様子を眺めていたヴィクトール公子。その肩に背後から槍の先が置かれている。

「……そうだな。だがまだ討たれたわけではない。それに大将首が危ういのはそちらも同じだ」

「……あらぁ」

 余裕を見せるヴィクトール公子。その視線が指し示す先では、ルシェル王女がハインミューラー家の騎士に剣先を突き付けられていた。

「ただまあ、ここは引き分……なっ?」

 ここが引き時。こう考えて戦いを終わらせようとしたヴィクトール公子であったが、それを最後まで言葉にすることは出来なかった。
 ルシェル王女に剣を突き付けている配下の騎士に向かって飛ぶ、無数の影が見えたのだ。その影、棒手裏剣を剣で打ち払うヴィクトール公子の騎士。
 だが近衛特務兵団からの攻撃はそれだけではなかった。ヴェルナーと対峙している騎士にも、他の騎士たちにも頭上から矢が降り注いでいる。さらにその彼らを囲もうと近衛特務兵団の兵士たちが動き出している。

「止めて! これ以上の争いは止めてください!」

 その近衛特務兵団の兵士たちを制止する声はルシェル王女のもの。だが緊迫した雰囲気がすぐに緩むことはなかった。

「……君たちの大将は止めろと言っているが?」

 背後にいる近衛特務兵団の兵士に向かって問いかけるヴィクトール公子。相手の反応次第では本気で戦う。そう考えての問い掛けだ。

「あくまでもやると……」

 引く気がないのであれば本気で戦う、つもりだったヴィクトール公子であったが、肩からずり落ちた槍先がその気を削ぐことになった。
 槍は肩に乗せられていただけ。それを行った相手はすでに消えていた。ヴィクトール公子がそれに気付くとほぼ同時に、周囲に漂っていた殺気も緩む。味方を囲んでいた近衛特務兵団の兵士たちが引いたのだ。

「……面倒なのを飼っているな」

 何事もなかったかのように訓練を始める兵士たちを見て、ヴィクトール公子は呟きを漏らす。挑発に対して相手が想定していた以上の反応を返す。そうすることで恐れを抱かせようと考えていたが、近衛特務兵団はさらにそれ以上の反応を見せてきた。本気で殺し合いを行うつもりだったと、ヴィクトール公子は見た。

「殿下! 悪ふざけが過ぎました! 心よりお詫び申し上げます!」

 ヴィクトール公子は一旦、部下のことを考えるのは止め、主であるルシェル王女に意識を向ける。ますはこの場を取り繕うこと。対立関係を作って終わり、なんてつもりは、最初からないのだ。

「悪ふざけ、ですか?」

「あっ、いえ、殿下の侍女の態度に本気で腹を立てたのは認めます。侍女に、あのような態度を向けられたことは、これまで一度もなかったものですから」

「……それについては私からお詫びします。ミストの態度は確かに不適切なものでした。申し訳ありません」

 ミストがヴィクトール公子に向けた態度は、責められても仕方がないもの。その点を言われてしまうと、ルシェル王女としては謝罪するしかない。

「殿下の謝罪は無用です。ただ、もし本当にそのお気持ちがあるのでしたら、仲直りの場にお付き合いください」

「仲直りの場とは?」

「普通にお食事でもいかがですか? 二人だけでなくても構いません。殿下の部下と私の部下の仲直りも必要でしょうから」

「…………」

 すぐに了承をルシェル王女は返せない。ヴィクトール公子は、ハインミューラー家はまた何か企んでいるのではないか。疑う気持ちがあるのだ。

「……王国と我が公国との関係は良い状況ではありません。ですが、何もしなければ関係は悪化したまま。もっと悪くなる可能性もあります」

「それは……そうです」

 公国との争いなどルシェル王女は求めていない。野心に乏しい彼女は、争いなど起こることなく、これまで通りの形で王国が存続することを望んでいる。その先に、より良い王国があると考えているのだ。

「すぐに信じて頂けないと思いますが、我らは決して王国との対立を求めているわけではありません。ですが王国を信じきれないのも事実。ですから、私たちから始めませんか? 私たちがお互いに理解を深め、誤解があればそれを晴らし、過ちがあればそれを正し、両国の関係を良いものにするのです」

「……分かりました」

「ありがとうございます。場については王国側で用意していただけますか? こちらからお誘いしておいて図々しいと思われるでしょうが、当家が全てを整えると邪推する者もいるでしょうから」

「かまいません。こちらで全て準備します」

 関係改善の場。そうであれば無用な疑いを招くようなことは、可能な限り排除したい。ルシェル王女もそう思う。ハインミューラー家が用意した場に赴くとなれば、それ自体を反対される可能性もあるのだ。

「では、またお会いしましょう」

「ええ、また」

 一礼してルシェル王女に背を向けるヴィクトール公子。そのまま訓練場の出口に向かって歩き始める。その後に続く、ハインミューラー家の騎士たち。

「本気で口説くおつもりですか?」

 配下がこう問いかけてきたのは、声が聞こえないくらいにルシェル王女と距離が出来たタイミングだ。

「反対か?」

「いえ、賛成です。配下の者どもと共に公国に迎えるのは悪くないかと」

 想像していた以上に厄介そうな相手。そう思うような相手は味方でいたほうが良い。この騎士はこういう考えが出来る。この騎士は、であって、彼の言葉に鼻を鳴らして不満を示している者もいる。

「そこだな、問題は。あの兵士どもは本当にルシェル王女に従っているのか?」

「……躊躇うことなく攻撃を仕掛けてきたのは、そのように鍛えられているわけではないと?」

 ルシェル王女に剣を突き付けても、それからのほうが、近衛特務兵団の攻撃は激しくなった。助けられる自信があり、そういう場面でも無条件で降伏するようなことがないように指導されているのだとこの騎士は考えていた。自分たちがそうだからだ。

「……微妙なズレがあった。ルシェル王女の命令にすぐに従うことなく、何かを待ったような間が。私の勘違いである可能性もあるが」

「ひとつ気になる言葉を耳にしました。意識を向けていたわけではありませんので、私の力でもはっきりと聞き取れたわけではないのですが……」

 別の騎士が口を開いた。彼女には特別な能力がある。普通の人では聞けないような遠くの声や音を聞き分ける特殊能力だ。多くの音がある場では、聞きたい音を選別する為に、かなり意識を集中させる必要があるなど、万能とはいかないが。

「どのような言葉だ?」

「しょうりゅうこう。相手に動きが見えた直前くらいに兵士の誰かが呟いたものです」

「しょうりゅうこう…………昇、小……流行、はないか。昇竜、小龍……こうは公、候……どちらであっても、竜か……」

 竜という言葉から思いつくのは竜王、フルモアザ王国であり、バラウル家だ。

「調べておく必要があるかと」

「そうだな。近衛特務兵団について、徹底的に調べろ」

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