月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第49話 誰の意思

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 王国の情勢は、当然、ノルデンヴォルフ公国にも伝わっている。今この時、他の公国を含めた王国全体の情勢に無関心でなどいわれない。この先、巻き起こるかもしれない戦乱で生き残りたければ、積極的に情報収集に努めなければならないことは、ノルデンヴォルフ公国の人々も良く分かっている。実際に各地に人を派遣して、情報を集めている。
 ただ、同じ情報に基づいていても、考えが同じになるとは限らない。ノルデンヴォルフ公であるエルヴィンと祖父のアードルフがそう。今後の方針について、二人の意見は対立している。

「ツヴァイセンファルケ公国が動きました。それによって出来た隙をオスティンゲル公国が見逃すはずがありません」

「それはもう何度も聞いた。そもそも、お前に聞くまでもなく分かっていることだ」

 情報分析については二人の考えに大きな違いはない。二人は全てを自分で考えているわけではない。分析は家臣たちが行っているので、元は同じなのだ。

「そうであれば分かるはずです。オスティンゲル公国の狙いは我が国です。それに備えなければなりません」

「すでに備えてある。今回の件がなくとも、いつ攻め込まれても良いように守りは固めてあるのだ」

「守るだけでは事態は解決しません。オスティンゲル公国は何度でも攻めてくるはずです。侵攻を完全に終わらせるには、こちらから攻め込むしかありません」

 エルヴィンは逆に、オスティンゲル公国に攻め込むことを考えている。受け身ではオスティンゲル公国は侵略を諦めない、というのを理由にしているが、それだけではない。彼にも野心があるのだ。

「……侵攻はリスクが高い。多くの犠牲者を出せば、北の大地の守りが弱まる。全てを失うことになる」

「負けません。何の為にツェンタルヒルシュ公国と同盟を結んだのですか? 二国の力を合わせれば、オスティンゲル公国を軽く凌駕します」

 エルヴィンに勝利の自信を与えているのは、ツェンタルヒルシュ公国との同盟。単独でオスティンゲル公国と戦うとなると、それが守りの戦いであっても、エルヴィンは不安を感じるだろうが、ツェンタルヒルシュ公国との連合であれば心配は消える。単純に考えると二倍の戦力なのだ。実際は二倍になどなるはずないが。

「自国を空にして他国に攻め込むことなど出来ない。それに攻める側のほうが守る側の何倍もの戦力を必要とする」

 アードルフは、当たり前だが、そんなことは分かっている。エルヴィンの理屈など受け入れるはずがない。

「ただ待っているだけでは、わが国は他国に置いて行かれます。どうして、それが分からないのですか?」

「置いて行かれるとはどういう意味だ? 北の大地を守ることは、置いて行かれるなんて言葉で表すものではない」

 北の大地を守ることが何よりも優先する。アードルフのこの考えがぶれることはない。

「……我々が動かない間に、他国は力を得ていきます。そうなっては北の大地を守ることも出来なくなります」

「北の大地は十倍の兵力で攻められても守りきれる」

「実際に守ったことなどないではないですか!?」

 ノルデンヴォルフ公国は、まだ公爵家であった頃、それ以前から、侵攻を受けたことがないのだ。守りきった実績があるわけではなく、攻められていないのだ。

「ずっと守っている! シュバイツァー家は何千年も前から北の大地に根付いてきたのだ!」

「時代は動いているのです! 何千年も前からの錆びついた考えを守っていては、シュバイツァー家は滅びてしまう!」

「錆びついた考えとは何だ!? 儂は認めん! 絶対に認めんからな!」

 北の大地を守る。この考えを侮辱されることをアードルフは許せない。ユーリウスがノルデンヴォルフ公であった時もこうだった。意見が対立し、最後は怒鳴り合いになっていたのだ。

「公、これ以上は。アードルフ様のお体に差し障ります」

 二人のやり取りを止めに入ったのは、公国の重臣。実際の地位はないに等しいのだが、アードルフの代から仕えている老臣だ。

「……また話に来ます」

 影響力の強いその老臣の言葉は、主君であるエルヴィンも無視は出来ない。ましてアードルフの体調を理由にされては、引き下がるしかない。言葉通り、今日は引き下がるだけだが。
 苛立ちを抑えきれず、荒々しい足音を立てて、部屋を出て行くエルヴィン。

「……クレーメンスの奴め。厄介な嫁を押し付けおって」

 オスティンゲル公国に攻めこむという積極策をエルヴィンが主張するのは、ツェンタルヒルシュ公国から嫁いできた妻が唆しているせい。アードルフはこう思っている。

「すべてが奥方様の言いなりというわけではございません」

 だが「唆す」に近い事実はある。それをこの老臣も知っている。

「家臣や従属家にも同調している者が出ているようだな?」

「若い者に限ってのことです。ただ、代替わりした家もずいぶんと増えました」

 ノルデンヴォルフ公国とそれに従属する家も、若返りが進んでいる。そうなるのは当然のことだが、それによってアードルフの影響力は低下することになってしまうのだ。

「大勢はエルヴィンに傾くか……」

「恐れながら、ユーリウス様の時代から、徐々にその傾向は見られておりました。ナーゲリング王国という存在が、若い者たちの野心を刺激するようです」

 王国の北の外れでくすぶっているよりも、王国の中心で活躍したい。こう思う若者は多い。シュバイツァー家に仕えている彼らには、王家の直臣という立場になれる可能性がある。活躍すれば臣下の頂点、四卿の一人になれるかもしれない。その可能性を無にしたくないと考えてしまうのだ。

「……生きているうちに詫びなければならんな」

「そのような気弱なお考えは……」

「現実だ。それに万が一、長生きできるとしても謝罪は必要だ。本当はもっと前に謝らなければならなかったのだが」

 長くは生きられない。それを悲しむ思い、恐れる思いはアードルフにはない。いつかは訪れることだと、かなり前から覚悟を決めていた。恐れることがあるとすれば、それはやり残すこと。心残りが恐れを生むと考えているのだ。

「……それと、謝罪も無用です。どうやら生きているようです」

「なんだと?」

「素性は隠しておりますが、まず間違いありません。生きて、王国軍で働いております」

 ノルデンヴォルフ公国は王都にも人を送り込んでいる。元々、王国にはシュバイツァー家の関係者は多くいて、情報は伝わるようになっていたが、さらに日常の情報収集とは別に活動する為の人員を増やしたのだ。
 その結果、分かったこともある。ソル、イグナーツとしてのソルのこともそのひとつだ。

「そうか……生きていてくれたか……しかも王国軍で……千年の約定を守ってくれているのかもしれないな……そうだというのに……儂は……」

「……公都に来られないか、使者を送ってみます」

「……そうだな。今の儂では、会いに行く力もない」

 アードルフが息を引き取ったのは、この日から三か月後のこと。それにより北の情勢も大きく動くことになる。

 

 

◆◆◆

 王国組織にはびこる聖人教会の協力者。その摘発は、ソルたちの強引なやり方が成果をあげていることもあって、順調に進んでいる。その数は、当初想定していたよりも遥かに多く、王国上層部は調査の成果を喜ぶどころではなく、大きく動揺することになった。それでも組織の浄化が確実に進んでいることは評価されるべきこと。やはり喜ぶべき、なのだが。

「摘発した者たちからは聖仁教会についての詳しい情報は得られておりません」

 多くの協力者を捕えても、聖仁教会に繋がる情報が得られない。どれくらいの人数がいて、本拠地はどこなのか、といった情報はまったく得られていないのだ。

「末端しか捕らえられていないということか?」

 ルーカス内務卿の報告を聞いたユーリウス王は苦い顔だ。今初めて知った事実ではないのだが、こうして改めて説明されると苛立ちを抑えられない。

「その可能性はあります。捕らえた者たちが裏切った動機は金、女、弱みを握られてなど様々。聖仁教会の教義がどのようなものかは分かりませんが、信心のようなものから協力していた者はおりません」

 熱心な教会信者は捕らえた中に一人もいない。多くが欲を刺激されて、教会に協力していただけだった。

「これだけ時間をかけて、教会については何も分からずか……」

 聖仁教会そのものの組織は健在のはず。今もどこかで、何かを企んでいる可能性がある。いくら組織内を綺麗にしても、元を絶たなければ意味はない。また新たな協力者が作られるだけだとユーリウス王は考えている。

「拠点だったと思われる場所は、全て引き払われております。痕跡は一切、残されておりません」

 王国各地、といっても公国の支配力が及ぶ場所は除いてだが、の聖仁教会施設については、すべて調査が終わっている。結果、得られたものは何もない。人っ子一人いない、どころか、紙一枚残されていなかった。施設からは何の情報を得られなかったのだ。

「動きが速すぎるのではないか?」

 教会施設の調査は王国組織内の協力者の洗い出しとほぼ同時か、少し早いくらいで行われているはずだった。それで一切の痕跡を残さず、消え去ったという事実にユーリウス王は疑問を持った。聖仁教会にそれだけ早く情報が届いたということは、王国上層部、もしかすると今この場にいる四卿の中に裏切者がいるかもしれないと考えたのだ。

「ルシェル殿下を襲撃した時点で、準備を進めていた可能性を考えております」

 だがルーカス内務卿は。ユーリウス王の思いに関係なく、それを否定した。調査を行っている警務局でも同じことを考えていた。いくつかの可能性を考えた結果、この可能性が高いと判断したのだ。

「……襲撃が成功していても、聖仁教会の関わりは明らかになっていたということか」

 近衛特務兵団は聖仁教会関係者の捕縛を目的としてプリミイバシに向かったのだ、そこで何かあれば、教会が疑われないはずがない。逃亡の準備をしていることは、おかしなことではないとユーリウス王も思った。

「断定するつもりはありませんが、他地域に逃げた可能性があります」

「……たとえば、ツヴァイセンファルケ公国か?」

「はい。今の状況では調査の為に人を送り込むことも出来ません。逃亡先としては最適な場所です」

 軍事的緊張が高まっている今の状況で、ツヴァイセンファルケ公国に人を送り込めるはずがない。聖仁教会に対する捜査だと伝えても、ツヴァイセンファルケ公国は信じないはずだとルーカス内務卿は考えている。これも、すでに警務局で検討済みのことなのだ。

「聖仁教会とツヴァイセンファルケ公国が元から繋がっていた可能性は?」

「可能性はあると思います。しかし、組織への浸透状況から考えますと、かなり時間をかけて行われてきたことだと考えられます」

「……まさか、ナーゲリング王国建国前からの企みだと考えているのか?」

「全ての可能性は否定出来ません」

 当たり前の答えで誤魔化すルーカス内務卿。ここから先は、彼には考えがない。警務卿でも結論が出ていないのだ。

「そんな馬鹿な。ツヴァイセンファルケ公国は何の目的でそのようなことをしたと言うのだ? いや、本当に可能性はあるのか?」

 ナーゲリング王国の組織はフルモアザ王国のそれを引き継いだわけではない。もちろん引き継いだ部分はあるが、どの部分を引き継ぐかなどツヴァイセンファルケ公国に分かるはずがない。

「別の目的で行っていたことを利用した可能性はあります」

「また可能性……つまり、鬼王討伐の為に行っていたことか。確かに可能性はあるな」

 鬼王討伐は、自分が考えていたよりも、遥かに長い年月をかけて準備されていたのかもしれない。ユーリウス王はこう考えた。

「……ひとつ疑問がございます」

 ここでリベルト外務卿が割り込んできた。

「疑問とは?」

「ツヴァイセンファルケ公は何の目的で聖仁教会に異能者を殺害させていたのでしょうか?」

 今の調査は聖仁教会が異能者を拉致して殺害しているという事実が明らかになったことから始まっている。聖仁教会とツヴァイセンファルケ公国が繋がっているだとすれば、何の目的でそれが行われていたのか。リベルト外務卿には動機が分からなかった。

「……異能者を王国に仕えさせない為ではないか? シュバイツァー家は異能者の存在を認めないという根も葉もない噂を作ったのもその為だ」

「つまり、ツヴァイセンファルケ公国は王国建国時から戦うつもりだったということですか……」

「ツヴァイセンファルケ公国に限らず、全ての公国がそうだ。他家はナーゲリング王国は自分が覇権を握るまでの繋ぎくらいに考えているのだ」

 ユーリウス王の話は周知の事実。ベルムント王は厄介ごとを押し付けられただけ。覇権を握るのに、もっとも不利な立場に追いやられたのだと考えられている。ナーゲリング王国建国時から覇権争いは始まっているのだ。

「その他家の中にブルッケル家、ヴェストフックス公国は入っていないと陛下はお考えですか?」

「……ブルッケル家は鬼王討伐に参加していない。他家とは違う」

 だからといって信用出来るわけではない。それはユーリウス王も分かっている。分かっているが、すでに決断は下された。ヴェストフックス公国と結び、残りの公家と戦うと。自分のこの決断を、ユーリウス王は否定されたくないのだ。

「ツェンタルヒルシュ公が陛下との面会を求めておりますが?」

「用件は……領土のことか。それであれば話し合う必要はない。従うか従わないか。これだけを伝えてこいと返せ」

「……承知しました。ご命令の通りに」

 ヴェストフックス公国が王国に従い、他家と戦う条件は北部の領土の割譲。その割譲する土地の一部はツェンタルヒルシュ公国のものだ。大人しく割譲に応じれば良い。従わないというのであれば戦うだけだ。これもすでにユーリウス王は決断している。変えるつもりはなかった。
 王国はユーリウス王の意思で動いている。彼が望む通りだが、その大きな決断の責任はどういう形になるのか。それはやがて、はっきりすることになる。

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