反乱勢力として捕らえられた人たち以外にも裁かれる者がいる。ソルだ。戦場で、上官の命令がないというのに、勝手に行動を起こしたということで、軍令違反を問われることになったのだ。その結果、敵首謀者を討ち取ったとしても、罪がなかったことにはならない。罪は罪として裁かれ、罰を決める際に考慮されるだけなのだ。
ただ、ソルのこの件に関しては訴えそのものの妥当性が問われることになった。近衛特務兵団の指揮官を任されていたヴェルナーの証言によって、別動隊の指揮官はソルであったことが明らかになった。兵団の指揮官であるヴェルナーが任じたのだ。ソルが一兵士の立場であったとしても、別動隊に準騎士がいなかったことからも、それは認められるべきで、ソルの行動は指揮官として決断した結果ではないかという議論になったのだ。
結果、それは認められた。ソルは近衛特務兵団別動隊の指揮官だったということが認定されたのだ。そうなると指揮官としてのソルの行動は正しかったのかという件に議論は移る。
司令官であったルッツからは待機以外の命令は発せられていない。ソルは待機命令を無視して行動したということになる。いや、指揮官には臨機応変に判断する権限がある。待機命令を無視したことにはならない。この二つのどちらが正しいかの議論だ。
有罪、無罪それぞれを主張する人たちによって意見を戦わせることになったが、最終的には最上位騎士であるディートハルトに判断が委ねられて、無罪。ソルには罪にないという判決になった。ソルには、別の点で、迷惑な結果だ。
「準騎士ではなく、騎士ですか?」
軍令違反はなかった。そうなると首謀者を討ち取り、敵を降伏させた功だけが評価されることになる。勝利を決めた活躍だ。与えられる褒賞はそれなりのものになる。昇格、しかも二段階昇格と言えるような内容だった。
「そうだ。君は騎士となる。近衛特務兵団は特殊な組織なので、王国騎士の序列とは異なるものになるが、指揮官としては大隊規模を率いることが出来るようになる」
それを告げに来たのはサー・ディートハルト本人。王国騎士の頂点に立つ彼が、わざわざ足を運んで伝えにくるような素晴らしい褒賞ということだ。
「……規則としては、ですね? 近衛特務兵団の団長はルシェル殿下で、部隊指揮官が率いるのは……多くて百人ですか」
考えてみると意外と多い。ソルはそう思ってしまう。部隊指揮官など任されたくない。そもそも騎士という地位が不要だ。最前線で、対象にもっとも近い場所にいて、ここぞという時に勝手に動ける立場。必要なのはこういうことなのだから。
「いや、君にはルシェル殿下に代わって兵団全体を指揮する権限が与えられる。あくまでも兵団長代行という立場で、本来の兵団長であるルシェル殿下がいる場合は、副官ということになるが」
「そうですか……」
今後、ルシェル王女が現場に出ることはどれだけあるのか。全くない可能性もあるとソルは考えている。
「個人的には、君には正規の王国騎士になってもらいたいのだがな。色々と問題を指摘する者もいる。私だけの意向では実現出来なかった」
強行すればそれは実現したかもしれない。だが、これを言うディートハルト自身もソルには不安を感じる面がある。統制がきかない部下は、戦場で問題を起こす可能性が高い。今回は上手く行ったからといって、次もそうとは限らないのだ。
「私には無理です」
「……この際だから、率直に聞く。君はどこで戦いを習った?」
ディートハルトが褒賞について伝えに来たのには、ソルと話をしたいという理由もあってのことだ。対抗戦でソルの存在を知った。だがその時はまだ、自分の油断もあってのことだと考えていた。だが、今回この活躍だ。ソルの行動の詳細は把握出来ていないが、首謀者を討ち取り、降伏させたことは紛れもない事実。話に聞いた戦場の様子からそれが出来たというのは、ディートハルトでも驚くことだったのだ。
「フルモアザ王国です」
バルナバスによって、ソルはフルモアザ王国に仕えていた従士、ということになっている。その情報は、こういう時に便利だ。
「フルモアザ王国で従士として仕えていたのだったな。君と同じ従士たちは、皆、君くらいの力があるのか?」
そんなはずはないとディートハルトは思っている。彼はフルモアザ王国の騎士の実力を知っている。特別脅威に思うほどではなかったことを、実際に戦って分かっているのだ。さらに下の地位の従士となると、その実力はたかがしれているはずだ。
「はい。そうです。ただ……私たちが少し特別だった自覚はあります」
「特別というのは?」
「かつての私も正規のフルモアザ王国騎士の序列とは外れた立場にいました。王国軍に所属していたのかも、今考えると怪しいと思います」
この手の質問に対しては、答えを用意してある。色々とフルモアザ王国について知って、その都度、最適と思える答えを考えていた。今日のこれは、ハーゼたちのような特殊部隊をイメージしての答えだ。
「どういうことだろう?」
「近衛とは違うのですが、王家直属といった感じの組織です。そこでは、これを言うとサー・ディートハルトはお怒りになるかもしれませんが、今とは比べものにならない厳しい訓練が行われていました」
他の人たちと異なることの言い訳。特別な訓練を受けていたということにしている。嘘ではなく、厳しい鍛錬であったことは真実だ。
「組織の長は誰だった?」
「そこは分かりません。竜王、クリスティアン王子は訓練中に何度か見かけました。ただ日常の訓練は別の人が指揮していました。その人だけということです」
これは完全な嘘。ソルは竜王直々に指導を受けていた。ただそれを正直に話してしまうと、さらに面倒な質問を浴びせられることになりそう。そう思って、嘘を作ったのだ。
「仲間とは今も繋がりがあるのか?」
「ありません。他に生き残った人がいるかも分かりません」
「竜王殺害の時……いや、我々と戦ったのか?」
「いえ。指揮官に殺されました。我々の存在をなかったことにするつもりだったのか、理由は分かりませんが、いきなり襲い掛かって来ました。仲間と協力して、なんとか指揮官を倒すことは出来ましたが、生き残ったのは私を含めて三人。それも皆、傷だらけでしたので」
かなり強引な展開だが、関りのあった人は皆、死んだことにしておかないと、何かのきっかけで、王国が本気で身元調査を行うことになった時に面倒になる。
ここまで、ルシェル王女は除いて、素性が明らかにならなかったことで、少しソルは状況を甘く見るようになっているのだ。自分を知る人物は王国の上層部にはいないと決めつけていた。
「……そうか。折角の機会だ。手合わせをしよう」
「……はい?」
「君は騎士になった。私が指導してもおかしくない。それとも私では不足か?」
「まさか……では、お願いします」
二人きりであれば、粘って躱そうとした。だが、この場には他にも人がいる。何故いるのか分からないルッツまで。ディートハルトに「私では不足か」なんてことを言わせて、それでも拒否しては、さらに面倒なことになりそうだとソルは判断した。
「準備は出来ているか?」
「戦いに臨むのに準備など無用と教わりました」
実際に竜王に教わった。敵は準備が終わるのを待ってくれない。いつでも、どのような状況でも全力で戦える状態でいなければならないと。教わっただけで、出来ていないが。
「そうか。では始めよう」
場所を移動する必要もない。少し観覧席と訓練場を隔てる壁から離れるだけだ。準備が必要なのは剣、訓練用の剣なのだが、それもすぐに用意された。ディートハルトの従士が動いていたのだ。
剣を持って向かい合う二人。
「君から攻めてこい」
「分かりました」
間合いを詰めて、剣を振るソル。ディートハルトは楽々とそれを受け止めると、力技で押し込もうとする。それを受け流すソル。空いた間合いをまた詰めて、今度は横なぎに剣を振るう。はじかれる剣。その瞬間、ソルは大きく後ろに跳んだ。ディートハルトが振るった剣を避けたのだ。
「良い反応だ。ただ、動きが大きいな」
「はい。他の人にも言われました。ただ中々、直らなくて」
「続けよう」
また先手はソル。ディートハルトは何度かそれを受けると、隙を見つけた瞬間、攻撃に転じる。それを大きく避けるソル。最初と似たような展開だ。
「勘が良いことを褒めるべきか、動きの大きさを叱るべきか」
全力で相手しているわけではないが、きちんと隙を見て、攻撃に転じているつもりだ。それをソルは避けてしまう。並の騎士であれば、受けてしまう攻撃をソルは避けるのだ。
「……後者だと思います」
「そうだな。勘だけで反応しているから、避ける動きが大きくなるということなのだろう。手本になるか分からないが、私も意識してみよう」
「お願いします」
三度目。また先手はソルだ。何度か攻撃を繰り返し、ディートハルトはそれを全て受ける。変化があったのは五手目。ソルの攻撃が初めてディートハルトに当たった、と見えたその瞬間、風切り音が鳴った。
「……本当に勘が良いな」
避けられるはずのない攻撃だった。だが、ソルは横なぎに振るったディートハルトの剣をしゃがみ込んで避けていた。
「殺されると思うくらいの激しい訓練でしたので、攻撃に対して体が勝手に反応してしまって」
避ける動きが大きいのは、竜王による鍛錬の弊害。死の恐怖で本能が攻撃を避けようとしてしまう。実際は違うのかもしれないが、ソルの感覚ではそうなのだ。
「……私の動きは見えていたか?」
「完全に当たったと思ったのですが……紙一重という表現が正しいのですか?」
完璧な見切り。ディートハルトは紙一枚、は大げさだが、そう言ってしまうような距離感でソルの攻撃を避けた。ソルとは違い、間合いから外れることなく剣を避け、そのまま攻撃に転じた。まだ攻撃体勢のままだったソルにそれを避けることは出来ないはずだったのだ。
「こちらの守りは見えている。攻撃の時だけか……」
ソルは攻撃に転じた瞬間に反応している。どうやってそれが出来るのか分からないが、だから完全に捉えたはずの攻撃を避けられる。その能力は残すべきだとディートハルトは思う。死を免れる為に必要な能力だ。
だがまず間違いなくソルは剣の動きを見ていない。動き出す前に反応している。それでは実力者を倒すのは難しい。攻撃が当たらない。勝つ為には修正すべき点だ。
「……もう一度だ」
どうすべきか、ディートハルトはまだ判断出来ていない。とりあえず、もう少しソルの動きを見てみようと考えた。
「これ以上、ディートハルト様のお手を煩わせる必要はありません。私が代わります」
それを邪魔する者がいた、ルッツだ。
「ルッツ、下がっていろ」
「しかし」
「代わってやれ。そのほうが得るものは大きい」
ルッツを下がらせようとしたディートハルトだったが、今度はそれを邪魔する者が現れた。
「バルナバス……」
バルナバスだ。その意図がディートハルトには分からない。バルナバスはソルと近い関係にある。ソルに敵愾心を燃やしていることが明らかなルッツを支持する理由が分からなかった。
「良いから代われ。端で見ていたほうが、小僧のことは良く分かる」
「……分かった。ルッツ、これは指導だ。忘れるな」
交替を受け入れ、ルッツに私情を持ち込まないように忠告した上で、ディートハルトはその場から退いた。そのまま交替を勧めたバルナバスの隣に並ぶ。
「一段上がりそうだな」
「……手加減していたというのか?」
「手加減とは違う。小僧は……そうだな、感情で強さが変わるタイプとでも言おうか。指導を受けているという意識は、小僧の本質を見るのには邪魔だ」
「なるほど。しかし、あれで?」
バルナバスの言うような性質の騎士は他にもいる。そうであるからバルナバスはそういう説明を使ったのだ。だが、ディートハルトが見るソルは、そういう騎士の状態とは明らかに違うように見える。自分と対峙している時よりも気が抜けているように、ディートハルトには見えるのだ。
「殺気だっているのは周りのほうだな。だが確実に、それは小僧に影響を与えるはずだ。俺の見る目が確かであれば、だが」
「……確かなのだろうな」
バルナバスは強い。個の戦いという点では自分を超えている部分があるとディートハルトは認めている。そのバルナバスがソルはもっと強いと見ているのであれば、そうなのだろうと思う。
向かい合うソルとルッツ。立ち合いが始まろうとしている。