近衛特務兵団がもたらした情報で、また王国は動揺することになった。聖仁教会の戦力は予想以上のもの。討伐するどころか、近衛特務兵団は多くの死傷者を出すことになった。
これだけであれば任務の失敗。近衛特務兵団に責任を取らせた上で、再度任せるか、別の部隊に変えるかを決定すれば良い。だが、王国内部に裏切者がいるとなるとそれだけではどうにもならない。また大きな被害を出してしまうだけだ。
王国がまず取り組んだのは、裏切者の存在の真偽を確かめること。教会と通じていた者たちの洗い出しは進めていたが、それにさらに力を入れることになった。警務局だけに任せるのではなく、情報局も使って。調査そのものが妨害されている可能性を考えてのことだ。
「結論から申し上げますと、今のやり方では完璧な調査は難しいと考えます」
だが、四卿会議の席でリベルト外務卿は、今の調査方法そのものを否定してきた。
「理由は?」
リベルト外務卿の管轄外のこと、とはユーリウス王は思わない。仕事がなく組織として成り立っていなかったとはいえ、教会関係はリベルト外務卿の管轄である教務局の仕事。そうでなくても意見を無視することはない。リベルト外務卿の能力に限っては、それなりに信頼しているのだ。
「近衛特務兵団からの報告内容について、精査してみました。調査すべき対象はいくつかあり、そのうちの一つは、正しい情報が参謀部に届けられていたのかという点です」
「……情報局の人間が協力者である可能性か」
情報を収集し、参謀部に届けたのは情報局。その時点で情報が歪められていたのだとすれば、情報局内に裏切者がいた可能性がある。
「調査は任務に関わっていない者たちによって為されております」
裏切者の存在を示唆された情報局、今回、四卿会議への出席を許されたフリッツ・ハウスホーファ局長としては、黙っていられない。
「その関りがないという定義は正しいのでしょうか? たとえば局長が協力者である場合は、どうですか?」
「何ですと? 私を疑っているのですか!?」
「ここで怒るのはおかしい、情報局が私を調べていることは知っています」
情報局は教務局を管轄しているリベルト外務卿も疑って、調査を行っている。そうしておいて、自分が疑われたことに怒りを表すのは公平ではないとリベルト外務卿は言ってる。
「それは……確かに。失礼しました」
「別に局長を疑っているわけではありません。調査に例外を設けては、真実は明らかにならないのではないかと心配しているのです」
「おっしゃる通りです」
冷静になればフリッツ局長も、リベルト外務卿の主張は正しいと思える。調査に抜け道があっては情報局は真実を暴けない。それは任務を失敗するということだ。
「情報局だけではないのだろ?」
これでリベルト外務卿の話は終わりだと、ユーリウス王は思わない。リベルト外務卿は「調査すべき点はいくつかある」と言ったのだ。
「はい。情報を受け取り、作戦を立案した参謀部も調べる必要があると考えております」
「教会に都合の良いように、少人数で作戦を遂行させるようにしたと?」
「ご推察の通りです」
リベルト外務卿は近衛特務兵団が任務を遂行した中で、教会にとって都合の良い状況を生み出した可能性のある全てを調べるべきだと考えている。それほど根は深いと考えているのだ。
「リーンバルト卿。まずは内部で調査を。他部署が調査に入る場合の受け入れ準備も進めてくれ」
「承知しました」
リーンバルト軍務卿は自分の管轄部署を疑われたことに不満はない。今回、多くの犠牲者を出した、近衛特務兵団も組織上は彼の管轄下にある。現状を放置しておけば、また別の部隊が同じような目に遭う可能性もあるのだ。
「あとは? どこを調べるのだ?」
ユーリウス王も強い危機感を持っている。自分の国に多くの裏切者がいるなんてことは、許しておけないのだ。
「調査対象でなく、調査体制について提案がございます」
「警務局と情報局以外にどこかを加えるということか?」
「はい。近衛特務兵団を推薦致します」
「なんだと……?」
リベルト外務卿が提案してきたのは、ユーリウス王にとってはだが、まさかの近衛特務兵団。まったく頭の中になかった内容に、ユーリウス王は戸惑いを見せている。
「今回の任務において近衛特務兵団は独自の判断で動いておりません。それはつまり、教会に都合の良い動きをしようとしなかったということ。ほぼ確実に疑う必要のない組織だと考えます」
「そうかもしれないが、だからといって……そもそも近衛特務兵団に調査能力などあるのか?」
「私はあると考えております。情報局員のような活動を行う必要はないのです。調査結果として集まった情報の真偽を、現場で起きたこととすり合わせて判断する。これが出来るのは近衛特務兵団だけです」
リベルト外務卿は調査結果そのものを疑おうとしている。最初からそれを訴えていて、調査対象の見直しや体制の変更を提案しているのだ。
「……分かった。それが必要なのであれば、近衛特務兵団に命じよう」
「提案をご了承いただき、誠にありがとうございます」
「他には?」
「私はございません」
言いたいことは伝え、ユーリウス王に認めてもらえた。リベルト外務卿としては大満足の結果だ。
「他の者はどうだ……? では、この件はこれで終わりにする。次は……ツヴァイセンファルケ公国だな」
「はっ。国境付近に展開された軍に大きな動きは見られません。訓練を繰り返しているだけです」
「……本当に訓練の為だけに展開されたというのか?」
もしそうであれば王国は決断を誤ったことになる。実際に誤りであったか分かるのは、ずっと先の話で、王国内の争いの結末次第だが、自ら戦争を仕掛けたという形になったことは変えられない。
「いえ、結論は出せません。そう装っているだけの可能性もあります。ですが、どちらであっても、こちらから仕掛けることになります」
もう王国は動き出している。王国軍そのものの動きはまだ、抑えとしての軍勢五千が配置されただけだが、ヴェストフックス公国とツェンタルヒルシュ公国に、すでに外交の使者は向かっている。交渉が始まれば、すぐに戦争の始まりだ。
「……ツェンタルヒルシュ公国への備えは?」
「東と同様に五千の軍を編制し、出発させる予定です」
「五千?」
ツェンタルヒルシュ公国への備えとして、五千では少ないとユーリウス王は思った。
「陛下。こちらから攻め込まない限り、ノルデンヴォルフ公国がツェンタルヒルシュ公国に味方することはありません。それを行えば、大義を失います」
ツェンタルヒルシュ公国とノルデンヴォルフ公国は同盟関係にあると王国は考えている。婚姻はその証だと。だが、リーンバルト軍務卿は、ノルデンヴォルフ公国がユーリウス王よりツェンタルヒルシュ公国を優先するとは思っていない。家族なのだ。
「……エルヴィンは分からないが、祖父には祖父の大義がある。それは我々が考える大義とは異なるものだ」
祖父であるアードルフが何よりも大事に思うのは北の大地。家族よりも優先すると、ユーリウス王は考えている。
「そうだとしても、南部にまで軍を送り出すとは思えません」
リーンバルト軍務卿もアードルフの思考については理解している。息子なのだ。孫であるユーリウス王よりも分かっていて当然だ。
「……なるほど。それはあるか」
北の大地の守りを疎かにしてまで、ノルデンヴォルフ公国の為に大軍を送り出すことはない。
「ツヴァイセンファルケ公国とツェンタルヒルシュ公国の侵攻を受け止め、時間を稼ぎ、ヴェストフックス公国の援軍を待って、攻勢に移る。これが基本方針です」
「そうだな。分かった」
◆◆◆
近衛特務兵団とオスティンゲル公国一行による第二回懇親会が開かれることになった。これもまたヴィクトール公子から言い出したことだが、近衛特務兵団側の参加者は前回から全員入れ替わっている。ソルとハーゼ、カッツェ、ヒルシュといったヴィクトール公子一行と戦った第二隊のメンバー、ルシェル王女も参加していない。
さらに場所も城内ではなく、王都の酒場を借りきった。こういう形にしないと意味のある話が出来ないと、ヴィクトール公子は考えたのだ。
「正直、応じてくれるとは思っていなかった」
「仕事だと言われましたから。貴方の狙い通りです」
ヴィクトール公子は直接、ソルを会食に誘っていない。ルシェル王女に申し入れたのだ。また和解の場にしたいという理由で。そう言われるとルシェル王女は断らない。なんとしてもソルたちを送り出そうとするだろうと考えた。
思った通りの結果だ。
「それでも君なら断る可能性が高いと思っていた」
「ハインミューラー家の公子との会食なら、ご馳走が食べられると思いましたので」
「……そういうことも言えるのか」
「割といつも、こんな感じだと自分では思っています」
ソルの言葉を、周りのハーゼたちは頷いて見せることで肯定する。最初は距離を感じさせるソルだが、ある一線を超えると、途端にこういった素の表情を見せるようになることを彼らは知っている。ヴィクトール公子に見せたことには、少し驚いているが。
「期待に応えられると良いのだが。一応、評判の良い店を選んだつもりだ」
「知っています」
「なるほど。下調べもなしに来るはずないな」
この場を用意したのはヴィクトール公子側だ。敵地に乗り込むのに、何も調べないでいるはずがない。ヴィクトール公子が思うソルらしい対応だ。
「それで、何の話ですか?」
「ああ、信じないと思うが、本当に懇親会のつもりだ。まあ、聞きたいことはいくつかあるが、それだって分からないまま王都を去るのは気持ちが悪いというくらいのことだ」
「……まあ、良いです。こちらの目的は美味しい食事ですから」
「ああ、食べながら話そう」
まずは自分たちが食事に手を付けなければならない。そうしなければ、ソルたちは何か仕込まれているのではないかと疑って、食事を口にしないだろうとヴィクトール公子は考えた。そうなのだが。
「確かに美味しいですね。普段食べている食べ物とは全然違う」
ソルは真っ先に食べていた。
「ああ、それは良かった」
「……特別に種明かししましょうか? ダックスさん、貴方も食べて良いですよ」
「ダックス?」
ソルは誰に声を掛けたのか。この疑問はすぐに晴れた。店のウェイターが席に座ってしまったのだ。
「彼が怪しい動きがないか見張ってくれていました。もう何日も前から。そちらのほうが無警戒ですね? だからこそ、こうしてこの場にいるのですけど」
ダックスは元ティグルフローチェ党。何日も前からこの店でウェイターとして働いていた。彼を店側が受け入れた時点で、すでにソルたちとしては一安心。ヴィクトール公子側に隠すことがない証と考えられるからだ。
「……忠告と受け止めておく」
「ご自由に」
「早速質問だが、そういうのはどこで覚えたのだ?」
ヴィクトール公子側のグラオが質問してきた。この場は畏まって食事をする場ではない。遠慮する必要はないことを彼は分かっている。
「……自然と身に付いたのでしょうか? 幼い頃から人を信用してはいけない環境で育ちましたので」
「どういう環境かは教えてもらえるのか?」
「オスティンゲル公国の都アイゼンヘルツには貧しい人たちが集まって暮らしている場所はありますか? そういう環境です」
大きな街であれば大抵、貧民窟と呼ばれる場所はある。育った場所以外で実際に見たのは王都だけだが、知識としてそうであることをソルは知っているのだ。
「貧民窟のことか?」
だが教えられたグラオは分かっていない様子。実際に彼は分かっていない。
「もしかして、割と育ちが良いほうですか?」
「いや、世間知らずなだけだ」
「ああ、フルモアザ王国の特殊部隊の人ですか。元、と言うべきですね?」
世間知らずはソルも、そして同席している第二隊の人たちも同じ。普通とは異なる環境で皆、育っている。ソルの知識も、貧民窟のことを除けば、ほとんどは書物から得ただけなのだ。
「……そうだ」
「私からも良いですか?」
ブラオが割り込んできた。聞きたいことは本当にあるのだが、このタイミングで割り込んだのは、自分たちの素性について深く踏み込ませない為だ。
「何でしょうか?」
「先日の戦いの時、どうして私ばかりを執拗に狙ったのですか?」
「ああ……すみませんでした。あの時は全員を殺せる自信がなかったので、せめて貴女だけでもと思って。失敗しましたけど」
さらっと、全員を殺すつもりであったことを口するソル。実際に殺し合いをしたのだから、事実なのだが、この場でそれを口に出来ることには、聞いているヴィクトール公子側の人たちは違和感を覚えた。
「……どうして私だったのですか?」
「だって、貴女の能力、ヤバいじゃないですか。恐らく声だけでなく、あらゆる音を拾える。しかもそれがとんでもなく広範囲だったとしたら。絶対に戦場にいて欲しくありません」
「…………」
ブラオの予想を超える答えだ。あの時にそこまでのことを考えていたとは思っていなかった。
「この先、彼の前では能力は使わないようにな」
ヴィクトール公子もブラオと同じ。部下の能力について、ここまで考えられていたとは思わなかった。知られてはいけないことを知られてしまったと考えた。
「使わないようにって……もう帰国されるのですよね? 次に会う時は本番です。能力を使わないわけにはいかないと思います」
ソルに和解という考えはない。敵対しているというのとも違う。オスティンゲル公を殺す邪魔を彼らがするというのであれば、戦うことになる。それだけだ。
「……私は戦いを好むわけではない。本気で王国に平穏をもたらしたいと考えている」
ソルとは敵対ではなく協力関係でありたい。こんな思いがヴィクトール公子にはある。
「それはご自由に」
「私にはその資格はないと思っているのか?」
だが伸ばした手はあっさりと振り払われた。ソルの言葉をヴィクトール公子はそう受け取った。
「いいえ。世の中が平和であって欲しい。平穏な暮らしがしたいと望む資格は誰にでもあります。そして、それを否定する資格は、誰にもありません。国王であろうと貧民窟で生きる孤児であろうと同じです」
「国王も孤児も同じ?」
そんなことを言う人はいない。国王と貧民窟で生きる孤児が同じはずがない。ソルの言葉は、ヴィクトール公子には、かなり異質なものに聞こえる。
「一応、私も似たようなことを考えたことがあります。正確にはルナが、バラウル家のルナ王女が城の奥に閉じこもる必要のない、自由に外を出歩ける世の中に、どうすれば出来るのかですけど、平穏な暮らしという点は同じです」
もとはバラウル家が人々に嫌われなくなるにはどうすれば良いかだった。その根本には、強者と弱者を隔てる大きな壁の存在があるとソルは考えた。では強者と弱者の区別はどうして生まれるのか。世の中に争いがあるからだ。その争いを世の中から消し去る方法をさらに考えた。
「……それで?」
「自分なりに出した結論は、乱世で人々が求める英雄には、争いを終わらせることは出来ても、平和を持続させることは出来ないということ。実現するには一人一人が平和を求め、争いを憎む強い気持ちを持たなければいけないということです」
ヴィクトール公子は英雄になろうとしているとソルは考えている。だが英雄は争いの中から生まれてくる。その英雄が一つの争いを終わらせたとしても、わずかな期間で忘れ去られ、また別の争いが起きる。誰かに依存しても、平和など続かない。
では皆が同じ気持ちになれば実現出来るのか。ソルはそれも無理だと考えた。この世に生きる全ての人が同じ気持ちになることなど出来ないと。ヴィクトール公子が本気で平穏な世の中を作りたいと思っていたとしても、ソルがそれに共感することはない。
「君は……いや、分かったような気がする。だが、私は諦めない。君の言う強い気持ちを持つ人を増やす為に何が出来るかを考えよう」
「ですからご自由に。さきほどの話を訂正します。私は例外で、何の資格も持たない人間ですから」
「…………」
生きることに意味を見出せない自分は死者と同じだとソルは考えている。死者に生者と同じ資格などない。生者が望む平和は、自分には必要ないと。
その想いは、完全ではないが、ヴィクトール公子にも伝わった。それを惜しいと思う反面、安堵する気持ちも湧いた。ソル自身が否定している限り、彼は英雄にはなれない。そう思って安堵した。それが情けなかった。