月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第48話 食えないのはどちら?

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 聖仁教会の協力者とされる人物の名をいくつか入手したソルたち近衛特務兵団第二隊だが、すぐにその情報を王国に提供することはしなかった。まだ多くの協力者が組織内に潜んでいるだろう状況で、情報を入手したことが明らかになれば、逃げ出す者も出てくる。そうさせない為、というのが表向きの理由で、その前にやるべきことがあるからだ。
 ソルたちがまず始めたのはミストの一族に対する徹底した調査。最初の聞き取り調査で嘘をついた人間を黒、嘘はついていなくても誰もが知っている事実を知らないと惚けた相手は灰色という感じで色分けした上で、黒と灰色に判定された人物全員を連行。黒と判定された人たちには情け容赦のない拷問を加えて、自白を強要。仲間を白状させて灰色を黒に変えていった。それだけではない。拷問を加えても白状しなかった人たちは解放、といっても一時的なもので、数日後には新たな真実が明らかになったといって、また拘束し、拷問を繰り返す。白状するまで、何度も何度も。
 非合法な行為には慣れているはずのミストの一族も、さすがにこのやり方には憤りを覚え、すぐに止めてもらうように王国に訴えることになった。だが、ソルたちの行いは止まらない。自白した人間を数人、王国に差し出して、成果があることを主張しただけで、あとは無視だ。
 王国に訴えても状況は改善しない。このまま一族全員が罪を負わせられ、滅ぼされてしまうのではないか。そんな恐怖が人々に広がっていく。
 そんな状況で、追いつめられた人々が頼ったのは近衛特務兵団の団長であるルシェル王女、ではなくその侍女であるミスト。落ちこぼれと見下し、追放したミストだった。

「頼む! お前の力で、なんとかして止めてくれ!」

「そんなこと言われても……」

 まだ怪我が完全に癒えず、療養中のミストに会いに来たのは一族の長。彼女にとって雲の上の存在であったはずの長が頭を下げているのだ。

「過去の行いについては詫びる。お前の気が済むまで頭を下げる。だからお願いだ。我々に対する過酷な調べを止めるように伝えてくれ」

「……私が言っても止まらない。私はルシェル様の侍女で、近衛特務兵団には関りのない人間だ」

 ミストは別に恨みがあるから頼みを聞こうとしないわけではない。自分が何を言っても近衛特務兵団は止まらない。そんな事が出来る権限は、彼女にはないのだ。

「お前の恨みはもっともだ。だがどうか我々を許してくれ。我々を憐れと思って、慈悲を与えてくれ」

「いや、だから……私には無理だ」

「これを言えば、お前をまた怒らせるかもしれないが、お前が第二隊の隊長と懇意であることは知っている。その伝手を使って、どうか我らを救ってくれ。頼む!」

 長がミストを頼るのは、ルシェル王女の侍女であるからではなく、ソルとの繋がりがあるから。ルシェル王女に頼み、彼女が受け入れてくれても、近衛特務兵団第二隊が止まらないことくらいは調べて、分かっているのだ。

「別に私は一族全てを恨んでいるわけじゃない。助けられるものなら助けたいと思っている。でも、私に何度、頭を下げても無駄だ。私では近衛特務兵団は止められない」

「無理を承知のお願いなのだ。もうお前以外、頼る者はいないのだ。どうか、どうか慈悲を! 我らを救ってくれ!」

「……だからそれは無駄。調査を止めるつもりはない」

 割り込んできたのはソルの声。一族の長が来ているのを知って、ミストのところに来たわけではない。元々、お見舞いに来る予定があったのだ。

「おお、貴方は!? これは良い機会に恵まれた。憐れな私の話を聞いていただけないか」

「……さすが長、というところなのかな?」

「何がですかな?」

「演技が上手い。危うく騙されるところだった。騙されても結果は変わらないけど」

 ミストに憐みを乞う姿は演技。ソルはそう感じた。

「演技など、一族を救うために必死なだけです」

「必死なのは分かります。でも、ミストさんに対する誠意はないかな? 貴方は俺が来ることが分かっていて、ここにいる。ミストさんに謝罪している姿を見せる為に」

 ミストに対する一族の仕打ち。長は一族に向けられている過激なやり様は、それも影響しているのだと考えた。だからミストに謝罪して許してもらう、だけでは事は収まらない。ソルに対するミストの影響力は少し調べれば分かる。ソル自身を説得するしかないのだ。

「そんなことは、まったく考えておりません」

「惚ける必要はありません。貴方の謝罪が真実であっても、調査は止まりませんから」

「……理由を聞いてもよろしいか?」

 ソルには過激な調査を止めるつもりはない。駆け引きではなく、本気でそう考えていることが、長にも分かった。

「貴方は勘違いしている。俺たちのやり方は酷いかもしれない。でも、今くらいでないと貴方たちは王国の信頼を取り戻すことは出来ない」

「我々の為にやっていることだと申されるのか?」

「まさか。ミストさんが疑われないようにする為です。王国はミストさんもまた一族の人間だと思っている。貴方たちがどう思っているかなど関係なく」

 ソルが一族の為を考えるはずがない。あくまでもミストの為。情報漏洩にミストが関わっていたという事実を完全に抹消する為だ。

「……今のやり方がどうして我々、いや、ミストの為になるのか伺っても?」

「今、言った通りです。疑いを晴らすには膿を出し切らなければなりません、完璧にです。何か月後かに実はまだ裏切者がいました、なんてことになれば、貴方たちは終わり。ミストさんも王国を追われてしまう可能性が高いと思います」

 これ以上ない厳しい調査を終えた結果であれば大丈夫、というだけではソルは満足しない。裏切りに関わった人間は一人残らず見つけ出して、排除する。絶対にこれをやり遂げるつもりなのだ。

「……貴方の言う通りかもしれません……いや、言う通りです」

 長の一族は王国の諜報を担っている。内通者を出してしまった組織がまたその立場に戻ることは、普通に考えれば、不可能だ。ソルが行っていることはその不可能を可能にすること。やり方が過激になるのも当然だと、長も思うようになった。

「少し恩に着せておきますと、俺たちのやり方が酷すぎることで、貴方たちに同情を寄せる人も出てきています。現状を知っている人が、そもそも少ないので、数えるほどしかいませんが、いずれはもっと増えるでしょう」

「その同情心が我々に対する不信感を和らげてくれる、ということですか……」

「貴方の狙いと同じです」

 長もソルから同情を得ようとした。一族の長が末端のミストに懇願している姿を見せたのはその為。狙いは同じだ。同情でソルの悪感情を和らげようとしたのだ。

「……なんとも……思っていた以上の御仁ですな?」

「それ、褒められています?」

「我々の基準では、かなり褒めているつもりです。貴方は全ての真実を語っていない。そうであるのに私を納得させてしまった」

 ソルは正直に全てを話しているわけではない。長にはそれが分かっている。そうであっても、ソルたちの一族に対する酷い仕打ちを、長は必要なことだと納得してしまった。それはただ嘘で人を騙すよりも上だと思うのだ。

「納得したのであれば協力を」

「我々にも何か出来ることがありますか?」

「ひとつは、逃亡者を密かに捕らえること。そろそろ俺たちの追及からは逃れられないと思う者が出てくる頃ですから」

 過酷なやり方は、それを実際に経験した者を解放することは、まだ潜んでいる裏切者に逃げなければならないと思わせる為でもある。その効果がそろそろ表れる頃だと、ソルは考えている。

「承知した」

「あとは他の組織の調査に協力すること。狩られる側から狩る側に回ることです」

 積極的にそれを行い、成果をあげることもまた、信頼回復に繋がる。ただソルの目的はこれだけではない。

「……絶対に大丈夫だと思われる者を選抜します」

「はい。その人たちに、さらにこちらが指名する人間を加えてください。潔白であることを証明する為だと伝えて。理由の説明は必要ですか?」

 黒であれば調査の中で怪しい動きを見せるはず。それを監視し、実際に行動を起こしたことが確認出来れば。裏切者であることは確定だ。

「……私の後を継ぐ気はありませんか?」

「はっ?」

「ミストを妻に迎えてもらえれば、それで貴方も一族の一員ということに出来る」

「いやいや。ミストさんとのことは別にして、一族の一員になるつもりはありません。私には他にやるべきことがあります」

 頬を真っ赤に染めているミストを横目で見ながら、ソルは長の提案を拒否する。ミストとの結婚まで拒絶しているように彼女に思われないように気を使って。

「そうですか……諦めるつもりはありませんが、今は引いておきます。まず片づけなければならないことがありますからな」

「そういうことでお願いします」

「では」

 ソルの考えが、ある程度だが、分かれば、長の用件は済みだ。調査を止めてもらう必要はなくなった。あとは一日でも早く自分たちの一族から裏切者を排除すること。その為に急いで動かなければならない。

「……ソル。お前、凄いな?」

 長がいなくなってすぐ、ミストは感心した様子でソルに話しかけてきた。

「何がですか?」

「あの長をなんまと丸め込んだ」

「丸め込んだって……実際どうですかね? あの人、本当に調査を止めてもらう為に、ミストさんに会いに来たのでしょうか?」

 長は随分とソルの能力を評価している様子だったが、それも演技ではないかとソルは疑っている。上手くやられたのは自分のほうではないかと、なんとなくだが、思えるところがあるのだ。

「じゃあ、何の為だ?」

「ミストさんを心配して」

「はっ? それはない。絶対にない。泣く子も黙る、恐ろしい人だ。人の心配をするような普通の感情がそもそもない」

 自分は一族の落ちこぼれ。お荷物だった。その自分を、ルシェル王女が望んでくれたからだとはいえ、一族から追い出したのは長だ。自分のことを心配することなど絶対にないと、ミストは思っている。

「表に見せている顔は、必ずしもその人の全てではない。俺はそう思いますけど……まあ、良いです」

 ミストが今、ルシェル王女の側にいられるのは長のおかげもあるのではないか。以前、ミストがルシェル王女の侍女になった経緯を聞いた時、少し疑問に思ったことをソルは改めて考えた。一族の中に居場所のないミストに、生きる場所を与える為にわざとルシェル王女がいる場でミストに酷いことをしたのではないかと。実際、長自身にミストを追放したつもりはない。「ミストと結婚すればソルも一族の一員」というのは、そういうことだ。
 だが、これはソルの想像に過ぎない。真実は長だけが知っていること。それが明らかになる時があるとすれば、それは長の意思によって為された時だ。ソルはこう思って、話を終わらせた。

 

 

◆◆◆

 ルシェル王女の侍女であるミストの部屋は奥の手前にある使用人居住区。その部屋を出た長は、そのまま情報局の事務所に向かった。長も、一応は情報局の一員。育成部門の責任者の一人という立場なのだ。といっても役目は一族の若者を一人前の諜者に育て上げることなので、ずっと里にいて、情報局に来ることなどまずない。今日、事務所に向かおうとしているのも「折角の機会だから」ということではなく、別件があるから。たんに待ち合わせ場所として事務所を選んだだけだ。

「会えましたか?」

 長を待っていたのは一族の女性。ただ情報局の所属ではない。他の一族、集団もそうだが、全員が王国に仕えているわけではない。女性だからというのではなく、彼女は王国の為ではなく一族の為に働く人間なのだ。

「ああ、会えた」

「どうでしたか?」

「思っていたよりも元気そうだったな。少し雰囲気が変わったように感じたが、悪い変化とは思わない」

 女性が真っ先に尋ねたのはミストのこと。ソルが思った通り、ミストの怪我の具合を確かめることも長の目的だったのだ。

「そうでしたか。それは良かったです。それで、彼のほうは?」

 ミストについては心配する必要のない状態ということで一安心。女性はもうひとつの目的について尋ねてきた。

「……少し話しただけでは理解しがたい人間だな」

「長でもそうですか……」

 人を見極める目を長は持っている。そうであるから一族の長を務められるのだ。その彼が「理解しがたい人間」とソルを評したことは彼女には驚きだった。

「ただ、フルモアザ王国の旧臣たちが集うのは、なんとなく分かる。人を惹きつける何かを持っている」

「……では、我らも?」

「それは早計だ。まだ情勢は混沌としている。我らでもそう思うような状況だ。一点賭けが出来る時ではない」

 彼らにとってもっとも優先すべきは一族の存続。勝ち残れる人間を見極めて、それに付くことが必要だ。その候補の一人として、彼らはソルを考えている。それはつまり、ユーリウス王の治世は続かない可能性を考えているということだ。

「リベルト卿はどう考えているのでしょう?」

「あれも食えない御仁だからな。本音は簡単には見せない」

 長はソルの素性を知っている。イグナーツ・シュバイツァーという素性を知っているからこそ、候補の一人と考えられるのだ。

「結婚を考えている可能性もあります」

「どういうことだ?」

「血の繋がりはないようです。本人の言葉ですから間違いないでしょう。そして恐らく、女性のほうも分かっています」

 女性が城に来たのは、奥の情報を入手する為。奥の情報を漏らすことは重罪、なんてことは彼らには関係ない。情報は彼らが生き残る為に絶対に必要なもの。それを得る為には、手段は選ばずだ。

「……血が繋がっていない。そうであれば何故、彼は……いや、後で考えることにするか。里に戻る」

 どうしてソルは王国に戻り、軍で働いているのか。影からメーゲリン家を支えようとしている可能性、もしくは玉座を狙っている可能性を彼らは考えていたが、それは間違いである可能性が高くなった。
 ではソルの目的は何なのか。今ここで、軽々しく口にしてはいけないことではないか。長はこう考え、城を離れることにした。

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