月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第43話 繋がる想い

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 重傷者八名、死亡十五名。これが今回の任務における近衛特務兵団の犠牲の数だ。一方で敵、聖仁教会の死傷者の数は不明だ。近衛特務兵団の何倍どころか数十倍の数になるのは間違いない。だが詳細を確かめることは出来ない。聖仁教会は撤退時に怪我人を連れて行ってしまったのだ。助けられる味方を連れて行くのは当然のことなのだが、死者はまだしも、助けられない重傷者を置き去りにしていくやり方は、とっくに分かっていることだが、ただの宗教組織とは思えない。引き際の統制のとれた様子は軍組織ではないかと思わせるものだったのだ。

「……こういうことは口にするべきではないと分かっていますが、情報局は何を調べていたのでしょうか?」

 多くの死傷者を出した。その衝撃が、普段は口に出させない言葉を、ヴェルナーに語らせている。戦いを終えた後のプリミイバシを調べてみれば、かなり多くの人がいなくなっていることが分かった。そのいなくなった人たちは、恐らくは、聖仁教会の関係者。街そのものが聖仁教会のものだったと思えてしまうような状況だったのだ。

「もしかして、きちんと調査がされていない、いえ、遠回しに言う必要はありませんね? 虚偽情報を渡された可能性を考えていますか?」

 今、この場には近衛特務兵団の人間しかいない。言葉を濁す必要はないとルシェル王女は考えた。普段であれば誰がいる、いないに関係なく、批判的な言葉を慎むルシェル王女だが、彼女も味方の犠牲に怒りを覚えているのだ。
 今回の任務は、どう考えても罠だった。これを否定する要因は、今は何もない。

「完全には把握出来ておりませんが、襲撃してきた敵の数は二百を超えます。それだけの教会関係者が、ずっとこの街で暮らしていたとは思えません。仮に暮らしていたとすれば、少し調べれば分かるはずです」

 教会施設を見張っているだけで、おおよその数は分かるはずだとヴェルナーは考えている。聖仁教会の信者は、頻度までは知らないが、定期的に教会施設を訪れる。そういう義務が課せられていることを、ヴェルナーも聞いているのだ。

「もし私たちが推測している通りであるとすれば、教会はかなり深く王国の組織に浸透しているということになりますね」

 教会と通じている者が王国の組織内にいることは、すでにソルによって伝わっている。だがその規模と深さは、王国の想像を遥かに超えている可能性がある。中途半端な調査では、妨害されて、真実を掴めないかもしれない。

「多くの異能者と王国軍の騎士、兵士と同等の力を持つ中隊規模の戦闘組織も抱えております」

「フルモアザ王国の旧臣でしょうか?」

 ルシェル王女が真っ先に思いついたのはこの可能性だ。異能者がいる戦闘組織で知っているのがティグルフローチェ党他のフルモアザ王国の旧組織しかないのだ。

「分かりません。教会が行っているとされている悪行と、フルモアザ王国が結びつきません。異能者がいる組織で、どうして同じ異能者を迫害するのか」

「……そういえば、ヴィクトール公子に仕えている騎士の方、確かグラオ殿でしたか、彼はフルモアザ王国に仕えている時、異能者を討伐する任務に就いていたと言っていました」

「ああ、そうでした……その任務を今を続けているということですか? いや、それはさすがにありませんか。そうなると……」

 同じ異能者であっても敵対関係が存在するのは間違いない。だが、フルモアザ王国が滅びた後まで、争いを継続する意味がヴェルナーには分からない。しかも教会を名乗ってだ。

「第二隊の人たちから話を聞きましたか?」

 フルモアザ王国の旧臣たちのことは、元ティグルフローチェ党の人たちなど、第二隊の人間に聞くのが早い。彼らは正規の騎士であったヴェルナーたちが知らないことを知っているのだ。

「はい。聞いております。ただ、組織間の交流は皆無に近かったという話で、分かることは何もないと言われました」

「ああ、以前にもそう言っていましたね」

「実際にそうなのかは分かりませんが」

 第二隊の隊員たちは、必ずしも真実を語るわけではない。ヴェルナーはそう考えている。他組織とは交流がなかったという話は、都合の悪いことを誤魔化す為の嘘である可能性もあるのだ。

「彼らを疑っているのですか?」

「疑っているというのとは少し違うのですが……」

「疑っているのは彼らのほうですね。王国はまだ彼らの信頼を得られていません」

 近衛特務兵団に入団し、王国軍の一員として働いている。だがそれは王国の為ではない。彼らの王国に対する忠誠心は薄い。ルシェル王女はそれを仕方がないことだと思っている。他の、近衛特務兵団以外の王国軍の兵士は強い忠誠心を抱いて仕えているかとなると、必ずしもそうではないと彼女は考えている。忠誠という点では、第二隊の人たちに特別、問題があるわけではないのだ。

「信頼関係は時間をかけて作られるものです。いずれ彼らの考えも変わることでしょう」

 ルシェル王女を慰める為の言葉。だが。まったくの嘘をついているつもりはヴェルナーにはない。ルシェル王女の誠実さは人の心を動かす。こう考えているのだ。

「分かっています」

「ソルは何か言っていましたか?」

 自分には言わないことも、ソルには話している可能性がある。そういった情報をソルが口外するとは思えないが、違う形で伝えてくる可能性はあるとヴェルナーは考えている。

「……狙いは私だった可能性が高いと言っていました」

「それは近衛特務兵団ではなく、王女殿下個人という意味ですか?」

 そうであれば、異能者同士の争いという構図は当て嵌まらなくなる。ソルは可能性を示唆しただけとはいえ、重要な情報だ。

「そういうことだと思います」

「殿下を任務に参加させないための嘘である可能性は?」

「……ありますね。でも、そこまでするかしら?」

 ルシェル王女の顔に笑みが浮かぶ。「そこまでするか」と疑問を口にしながらも、心の中ではあり得ると考えているのだ。

「分かりません。ただ、その話が王国に伝われば、どうなるかは明らかです」

 王国は元々、ルシェル王女が現場に出ることを心配していたのだ。可能性ではなく、実際に彼女を狙っている組織が存在することが明らかになれば、もう任務への参加は認めないだろう。

「……私のせいで多くの仲間が命を落としました」

 多くの味方が亡くなったのは自分のせい。ソルが伝えてきた自分が狙いであったという話は嘘であって欲しい。これがルシェル王女の本音だ。そう思っていても、後悔の想いで痛む心が癒されるわけではないが。

「殿下の責任ではありません。情報の不足、作戦の不備が一番の原因です」

「そうだとしても私がソルの忠告を受け入れていれば……」

「あの時点ではソルにも確信があったわけではありません。だから殿下の決定を受け入れたのです。そして受け入れたのは、私もです」

 ルシェル王女一人が責任を背負うことではないとヴェルナーは考えている。同情心だけからの考えではない。敗戦の原因を全て指揮官の能力のせいにしていては、また同じ失敗を繰り返すだけ。ルシェル王女の気持ちは分かるが、感情だけで終わらせてはならないと考えているのだ。

「……戦う力のない私は、現場に出るわけにはいきませんね」

「現場だけが兵団長の仕事ではありません」

 ルシェル王女の言葉をヴェルナーは否定しない。これから先、もっと厳しい戦場に出ることもあるかもしれない。ルシェル王女を護衛する為に人手を割いては戦力が落ちる。今回のようにルシェル王女をターゲットにされることもあるはずだ。王女である彼女がいることによる士気向上があるとしても、それ以上に負担のほうが大きいのだ。

「……現場はお任せします」

「ご期待に応えられるよう、全力を尽くします」

 ルシェル王女は、現場に出るのは今回で最後にすることを決めた。もともと無理があったのだ。だが彼女の責任感は、危険な現場から自分だけが遠ざかることを良しとしなかった。だから任務に同行することを強く求めてきた。
 だがその結果、多くの味方が死ぬことになった。ヴェルナーの言う通り、全ての原因がルシェル王女にあるわけではないが、原因のひとつであることは否定しようのない事実。これ以上、自分の意思を押し通すことなど彼女に出来るはずがなかった。

 

 

◆◆◆

 目が覚めてしばらくは何がどうなっているのか理解出来なかった。目に入ったのは記憶を失う前とは、間違いなく違う天井。香る匂いは石鹸のそれだった。肌触りが良い、とは言えないが、心地の良いシーツと掛布団。自分がベッドの上にいることが、それで分かった。
 夢だったのか。夢であって欲しいと思った。だがそうではないことは、身じろぎしようとした時に感じた傷の痛みが教えてくれた。

「……生きているのか」

 死んだと思った。記憶を失う瞬間、それが分かった。だが、自分はどうやら生きている。それを喜ぶ気持ちは心に湧いてこない。まだ生きている実感がないのだ。

「起きましたか。体はどうですか?」

「……ソル」

 記憶が途切れる前と変わらず、ソルが側にいた。それを知って、心が温かくなった。生きていたことを喜ぶ気持ちが心に広がった。

「体? 痛くないですか?」

「……大丈夫」

 心配をかけたくない。死ぬと思うような大怪我をしてベッドで寝ている身で、強がっても意味はない。分かっているが、考える前に言葉が口から出てしまった。

「本当に? 無理しているでしょ? まだ痛いはずです」

「少し痛いけど大丈夫だ」

「そうですか……大丈夫だというなら遠慮なく」

 何を「遠慮なく」なのか。それを考えている時間はミストには与えられなかった。

「えっ、えっ、ち、ちょっと? あっ、痛っ! やっぱり、痛い!」

 ベッドの上にあがって、自分の横に寝転がるソルに焦ったミスト。慌てて動こうとしたのだが、傷の痛みがそれを許さなかった。

「痛くないって、嘘じゃないですか?」

「心配させたくなかっただけだ。それよりもお前、何をしている? 変なことしようとするな。私は…………あれ?」

「思い出しました?」

「…………」

 ミストの顔が、掛布団に隠れて見えないが、全身が真っ赤に染まっていく。死に際の、と本人は思っていた、言葉を思い出したのだ。ソルに「好きだ」と告白してしまったことを。

「ミストさんは俺の物。あっ、これからはミストって呼び捨てにしようかな?」

「……あ、あれは……その……」

「取り消しはズルいと思います」

「そうだけど……」

 なかったことには出来ない。するつもりもミストにはない。告白してしまったことを恥ずかしく思う気持ちはあっても後悔はないのだ。
 ただ、この先、ソルとどう接すれば良いかが分からない。死んでしまう前に自分の想いを伝えたい。それだけを考えた告白で、その先のことなど頭の片隅にもなかったのだ。

「冗談です。無理強いするつもりはありません」

「無理強いなんて……そんなことは思っていない。思っていないけど……」

「……その通りです。俺もミストさんのことは好きだけど、なんと言うか……そうですね、唯一絶対の女性というのとは違います。そう思える人は、別にいます」

 ミストと一緒にいると楽しいし、心が和む。自分も彼女のことは好きなのだろうとソルは思っている。だが、彼女への好意はルナ王女に向ける想いとは違う。ソルはそう考えている。
 自分を心から愛していない人に体を任せる。そんなことはミストには出来ないだろうとソルは思っているのだ。

「……違う。それは問題じゃない」

「えっ?」

「そんなことは前から分かっていた。自分が一番になれないことは、ずっと前から分かっていた」

 自分はソルの一番にはなれない。これは彼への想いに気付いた時から覚悟していたこと。相手がルシェル王女であろうと別の人であろうと、それは仕方のないことだとミストは考えている。正しくはそういうことを考える前に、好きになってしまったのだ。その自分の気持ちをミストは否定したくないのだ。

「ミストさんを一番にしてくれる人は、きっといると思います」

「それも違う。私は誰かの一番になりたいわけじゃない。ソル、お前を好きでいたいんだ」

「…………」

 ただ自分の想いを大切に。ミストへの想いはルナ王女へのそれとは違う。だが、自分のルナ王女への想いとは同じかもしれないとソルは思った。もしかすると、ルナ王女の自分への想いとも同じかもしれないとも。

「ただ、私は怖いんだ」

「怖い、ですか?」

 怖いという感情は、ソルには分からなかった。「好き」と「怖い」が結びくような経験をソルはしていない。

「さっき、ソルは私を俺の物と言った」

「あっ、あれは、冗談で……冗談でも、さすがに物は言い過ぎでした」

 ミストを揶揄おうとして使った言葉。それをミストが重く受け止めるとは、ソルは考えていなかった。考えていなかったことを反省した。ただ。

「……嬉しかった」

「えっ……?」

 ミストはソルが考えたような受け取り方はしていない。

「お前が私を求めていてくれているようで嬉しかった。でも……私はそんな自分が怖い。私は自分の全てを……その……ソルに……そう思ってしまいそうで、怖い」

 所有物のように言われたことが嬉しかった。そんな自分にミストは驚いた。自分はそんなことを求めているのかと思った。そうだとすれば、そんな気持ちを止められなくなったら、自分はどうなってしまうのか。それを思うと怖かった。

「……ミストさんにはミストさんの生き方があります。俺のことは、その全てではなくて、あくまでも一部で、一部であってもなくてはならないものであれば、俺はとても嬉しいです」

「ソル…………良く分からない」

「……ですよね?」

 自分でも何を言っているのか分からない。ミストには全てを他人に捧げるような生き方はして欲しくない。だが、自分への想いを否定するのも違うと思う。どう話せば良いのか悩みながらの言葉なのだ。

「でも……ありがとう」

 ソルは自分の気持ちを正面から受け止めてくれている。拒絶することも、誤魔化すこともしないで、想いを想いとしてそのまま受け入れてくれている。そう思わせてくれたことが、ミストは嬉しかった。
 ゆっくりとソルに向かって伸びるミストの手。頬に添えられたその手を追いかけて、ミストの顔が近づいていく。躊躇いがちに重ねられた唇。「温かい」とソルは思った。

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