月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第26話 交差する視線

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 用は済んだ、と勝手に判断して玉座の間を出ようとしたソルを呼び止めたのはリベルト外務卿。バルナバスからそう教えられてもソルは戸惑うばかりだ。初対面の、同じ部屋にいただけで対面したとも言えない状態の、王国の重臣が自分に何の用があるのか、すぐには思いつけなかった。
 だが王国の重臣が待てと言い、それを自分が認識したことが明らかになってしまったからには、残って話を聞くしかない。さすがに無視して玉座の間を出て行くことは出来ない。周囲の者たちがそんな無礼を許さないはずだ。

「……何か御用でしょうか?」

 その場に跪き、頭を垂れて、リベルト外務卿に用件を尋ねるソル。

「まずは立ってもらえるかな? それでは話しづらい」

「……分かりました」

 話しづらくしたくて跪いたのだが、立てと命じられれば、立つしかない。

「君はどうして最初にヴィクトール公子を名乗っていた男が、偽物だと気付けたのかな?」

 リベルト外務卿がソルに尋ねたかったのは、まずはこのこと。周囲に聞こえるような声でバルナバスに問いかけたのは、偽物であることを知らせる為だったとリベルト外務卿は考えている。

「いえ、私は気付いておりません」

「正直に話せ」

 間髪入れずにバルナバスがソルの嘘を指摘してきた。

「……サー・バルナバスがご自身で説明すればよろしいのではありませんか?」

「私は君の口から聞きたいのですよ」

 バルナバスも偽物であることに気付いていた。ソルの言葉でそれを知ったリベルト外務卿だが、だからといって彼を解放するつもりはない。

「……ハインミューラー家の集団の中で、あの人だけが外れていたからです。熱く語っているうちに護衛から離れたように見せていましたが、そうであっても護衛のほうから距離を詰めるはず。護衛の心得はそういうものだと教わりました」

「何故、護衛と離れたのだと思いますか?」

「それを私に聞く必要がありますか?」

 バルナバスだけでなく、リベルト外務卿も分かっているはず。他にも答えを知っている人は大勢いるはずだとソルは考えている。

「私の立場では口にしづらい内容です」

「そういうことですか……殺させるため、だと思います」

「ヴィクトール公子本人を含めて十人。それで玉座の間から、城から出られたと?」

 ソルの「殺させるため」という言葉にはリベルト外務卿は触れない。王国が暗殺を企んでいたことを認めるような反応は避けているのだ。

「それは私には分かりません。城の守りがどれほどなのかなど知りませんから」

「それもそうですか……後からヴィクトール公子だと名乗った人物は本物だと思いますか?」

 偽物を殺させ、それを理由にユーリウス王を殺害することが目的であれば、本物のヴィクトール公子がいる必要はない。二人目も偽物だと考えるのが普通だ。

「分かりません。ただ……」

「ただ、何ですか?」

 話しすぎだと気付いて話すのを止めたソルだが、少し遅かった。「ただ」を口にしては、先を促されるに決まっている。

「……多分ですが、あの人があの中で一番強いと思います。その一番強い人を他の人たちは守ろうとしていました」

 ヴィクトール公子であろうとなかろうと真っ先に殺すべきは真ん中にいる細身の男。ソルはこう考えて狙いを定めていた。頼んでもいないのに玉座の間に現れた元ティグルフローチェ党の者たちもそうだ。
 結果としてそれを気付かれ、ハインミューラー家は引いた。本物である可能性は高いとソルは考えている。

「なるほど」

 本物を同行させたということであれば、ハインミューラー家はユーリウス王を殺害した上で、無事に逃げおおせると考えていたということ。武のほうは、からっきしのリベルト外務卿ではあるが、色々と考えるべきことがあることは分かった。

「他に何かございますか? なければ私はこれで」

 リベルト外務卿との会話は周囲の人たちも聞いている。他の四卿たちも、そしてユーリウス王まで玉座に座ったまま、聞き耳を立てている。ソルのもっとも望まない状況だ。

「あとひとつ」

「……何でしょうか?」

 だがリベルト外務卿はソルを解放してくれない。意識してのことだ。この場でソルと話をしているのは、彼の存在を王国上層部に認識させようと考えているから。ソルの求めることとは真逆の目的なのだ。

「王女殿下の話についてはどう思いました?」

「……私は兵士ですけど?」

 政略結構について意見を求められる立場にはない。さすがにこのリベルト外務卿の問いはおかしいとソルも思った。

「ええ、知っています。近衛特務兵団の団員。団長は王女殿下なのですから、君にも関係のある話です」

「どう思ったというのは、何についてですか?」

 リベルト外務卿の意図は分からないが、この場から逃げ出すことも出来ない。それを行う時は、そのまま王国を去る時。それは今決断しなくても良いことだ。

「ハインミューラー家の目的は何だと思いますか?」

 ソルだけでなく、周囲で聞き耳を立てている人たちもリベルト外務卿の行動に疑問を感じ始めている。一兵士に聞くようなことではないのだ。

「……王国を奪う上で正統性を手に入れる為」

「なるほどなるほど」

 リベルト外務卿の顔に笑みが浮かぶ。ソルの口から求める答えが出てきたことを喜んでいるのだ。一方でユーリウス王は苦々しい表情だ。自分の正統性が否定されているように、全然違うのだが、感じている。

「まだありますか?」

「そうだね。君ならさきほどの場で、どういう決断をしたかな?」

「……公子本人がいようといまいと皆殺しにしました」

 ユーリウス王の判断を否定する答え。ソルもそれは分かっているが、答えを返すことにした。まだ機会はある。その機会を王国が無駄にしないように。

「過激だね?」

 その過激な発言に対してリベルト外務卿に驚きはない。バルナバスとの話は聞こえていた。その上で同じ問いを向けているのだ。

「そうですか? たかが十人相手に、とお思いかもしれませんが、あの十人が、王国における五人のナイトの方々と同じ立場だとしたらどうですか?」

「……なるほど」

 もし五人のナイトが全員殺されたとしたら。将軍クラスを全員失う王国軍はかなりの戦力ダウンになってしまう。万の軍勢を指揮出来る者がいなくなってしまうのだ。致命的と言っても良いかもしれない。

「では、今度こそ失礼します」

 殺害することの利点は理解されたはず。ハインミューラー家と戦うのであれば、選択肢はひとつしかないはずで、あとは王国がその選択を行うだけだ。王国にそれが出来ないのであれば、ソルは自らそれを行わなければならない。
 こんなことを内心で思いながら、玉座の間から出て行くソル。

「どういうつもりだ?」

 その姿が完全に消えるのを待つことなく、ユーリウス王が口を開いた。ソルに聞こえることなど気にしていないのだ。

「失礼いたしました。遅れてきた者たちの心の内を知ってみたいと思いまして」

「遅れてきた者たちとは?」

「私はすでにナーゲリング王国の人間ですが、近頃、王国に仕えることになったフルモアザ王国の旧臣たちは、どのような考えを持っているのか気になっておりました」

 ソルと話をしたのは、それを確かめる為。リベルト外務卿はユーリウス王にそう説明した。

「あのような者と話して分かるのか?」

「彼は若い。若い者は周囲の影響を受けやすいものです。彼の考えを知ることで、彼の周囲にいる者たちの考えを知ることが出来ると考えました」

「……それで?」

 納得できる理由。そうなると結果はどうだったのかが、ユーリウス王も気になる。

「彼の考えは概ね王国の為を考えてのものと受け取っております。ハインミューラー家への敵意も感じられました。私としては、一安心といったところです」

「そうか……そうなると、ルシェルの件は拒絶した上で、ハインミューラー家の者たちを皆殺しにすることになるな?」

「王国がどのような選択を採るかは、陛下のお考え次第です。彼の考えは関係ございません」

「まずは考えることか……明日、四卿会議を行う。各自、準備しておけ」

 即断は出来ない。出来るような簡単な問題ではない。ハインミューラー家を敵と定めていても、敵に対してなら何をしても良いということにはならない。下手な真似をすれば、王国が全諸侯の敵になってしまうのだ。ヴィクトール公子が口にした「思っている以上に諸侯は王国への不信感を抱いている」という言葉が少なからず、ユーリウス王の考えに影響を与えていた。
 四卿会議が開かれる明日までに自分の考えをまとめておかなければならない。ユーリウス王はこう考えて、玉座を立った。それに続く護衛の近衛。他の臣下たちも玉座の間から出て行く。

「……正統性……彼の場合はどうなのでしょうね?」

 周囲に聞こえない小さな声で呟きを漏らすリベルト外務卿。彼がソルと会話したのは、近頃、王国に仕えることになったフルモアザ王国の旧臣たちの考えを確かめる為ではない。ソル自身の考えを確かめる為だ。そして、彼の能力を確かめる為だった。

◆◆◆

 フルモアザ王国に仕えていた当時、リベルト外務卿は重臣という立場ではなかった。重臣どころか、何かと面倒ごとを押し付けられる使い走りといった立ち位置。フルモアザ王国の王、アルノルトとは口をきいたこともない。
 上司にこき使われる身ではあったが、今、ナーゲリング王国の四卿の一人となっているのは、その時があったからこそ。あらゆる問題に対処する為に様々な人と会い、百パーセント満足とはいかないまでも解決してきたことでその人たちの信頼を得たことが、今の地位に繋がっているのだ。
 その時も、最初に話を聞かされた時は「また面倒ごとだ」とリベルトは思った。

「庶子、ですか?」

「はい、そうです。間違いなくノルデンヴォルフ公の息子です」

 ノルデンヴォルフ公の家臣から、ルナ王女との婚姻の件で相談があると言われて話を聞いてみれば、こんな内容だった。

「間違いないと言われても……ノルデンヴォルフ公には次男もいらっしゃるではないですか。それなのにどうしてわざわざ庶子を?」

 自国の王女との婚姻。それなのにどうしてノルデンヴォルフ公はわざわざ庶子を相手に選ぼうとするのか。リベルトには理解出来ない。他に誰もいないわけではない。ノルデンヴォルフ公には正妻との間に二人の男子がいる。それが分かっているから竜王アルノルトは、自分の娘の結婚相手はシュバイツァー家からと考えたはずなのだ。

「それは、聞かないで頂きたい」

「聞かないでって……次男のエルヴィン公子はどうして駄目なのですか?」

 正妻の子ではなく、わざわざ庶子を選ぶからには何か理由があるはず。竜王アルノルトを怒らすような真似をあえて行うのは愚かなことだとリベルトは思っている。

「……実は性格に難がありまして……ルナ殿下に好かれないどころか、怒らせることになるのではないかと。殿下を怒らせるようなことになれば……」

「そういうことですか……しかし……」

 ルナ王女を本当に怒らせるようなことになれば、竜王アルノルトも怒る。それが激怒なんてことになれば、確かに問題だ。

「エルヴィン様ももっと大人になれば変わると思うのです。ですが、婚姻が決まった場合は可及的速やかに王都に昇るようにというご指示があっては」

 非は竜王の側にもあると訴えるノルデンヴォルフ公の家臣。彼は何も知らないのだ。とにかく庶子を送ることを認めてもらうように尽力しろと命じられているだけ。その役目を必死に果たそうとしているだけだ。

「……私にどうしろと言うのです? ご承知かと思いますが、私は竜王様への謁見も許されない身。ルナ殿下の婚姻の話となると何も出来ないと思います」

 この件はさすがに無理。リベルトはそう思った。王家の結婚については自分は口出し出来る身分ではない。無理してそんな真似をすれば、自分の身が危険になると考えている。

「上の方にイグナーツ様の、お名前はイグナーツ様と言います。イグナーツ様の価値を伝えていただければそれで」

「価値、ですか?」

「庶子ではありますが、それは母親が公主に深く愛されていたからこそ。当家にとっては大事な存在で、そういう方だから王女殿下のお相手に相応しいと考えたのです」

 ノルデンヴォルフ公の家臣も必死だ。命を賭して使命を果たせ。そんな風に言われて、この場にいるのだ。それを真に受けて、本気で命を捨てる覚悟で任務を果たそうとするような家臣が選ばれているのだ。

「……少し分かりません。愛されたからこそ、庶子?」

「それは奥方様のお怒りを覚悟の上でそのようになったわけですから……」

「ああ……それを価値……」

 ノルデンヴォルフ公はどうやら恐妻家のようだ。リベルトはそう思った。だがそれで上を納得させられるとは思えない。

「ご本人もさすがは公主の御子と思える凛々しい御方で、実際に会って頂けたら、王女殿下も竜王様も気に入っていただけるはずです」

「そう言われてもですね」

「リベルト殿も実際にご自身の目で確かめてください。隣の部屋にイグナーツ様はおりますので」

「えっ?」

 ここはノルデンヴォルフ公領ではない、王都だ。まだ正式に認められるどころか、話も始まっていないのに、わざわざ本人を連れてきていると聞いて、リベルトは驚いた。

「ささ、こちらの窓から」

 リベルトの戸惑いを気にすることなく、隣室との境にあるガラス窓の近くに連れて行こうとするノルデンヴォルフ公の家臣。拒絶するのもおかしいと思い、大人しく従ったリベルトが目にしたのは。
 窓際に立って外に目を向けている黒髪の男の子。まだ幼い六、七歳の男の子だが、その静かな佇まいは年齢より大人びて見えた。

「あっ……?」

 突然振り返った男の子。その視線がリベルトの視線と交差する。印象的な瞳。光の加減のせいなのか、青にも赤にも見える瞳が、リベルトを見据えていた。

「……ノルデンヴォルフ公の、子?」

 思わず口に出た問い。

「はい。あの方がそうです」

 当たり前の問いに対する当然の答え。だが、リベルトの心の中の問いは当たり前ではなかった。男の子の瞳に見つめられた瞬間、リベルトの心に浮かんだのはルナ王女、そこから父である竜王が思い浮んだ。数えるほどしか見たことがないバラウル家の人々。男の子の瞳は、それと重なったのだ。

「……分かりました。私が出来る限りのことはしてみます」

 何故、こんな約束をしてしまうのか。心の中でリベルトは自分自身を非難している。その一方で、多分大丈夫ではないか。そんな思いも湧いている。根拠のない自信がリベルトに約束の言葉を口にさせたのだ。
 その日からもう十年が経つ。運命はまた二人の視線を交差させた。それを知っているのはリベルトのほうだけだ。

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