近衛特務兵団第二隊による聖仁教会施設襲撃。ユーリウス王の耳にその事実が届いたのは、襲撃から三日後のことだった。第一報を聞いたユーリウス王は激怒。教会に対して良い印象を持っていないユーリウス王だが、教会がバラウル家を悪とし、その悪を討ったベルムント王を聖王と称えていることは王国の為になると評価していた。ベルムント王の血筋である自分が王国の統治者であることを正当化してくれる。大きな期待はしていないが、少しは役に立つと考えていたのだ。
その王国の支援者である聖仁教会を近衛特務兵団は襲撃した。それも自分の許可を得ることなく。それは許せるものではない。怒るのも当然だ。速やかに関係者を処罰し、教会との関係改善を図る。そうするつもりで四卿会議を開いたユーリウス王だったが。
「……誘拐、拉致監禁だと?」
「はい。聖仁教会は子供を誘拐し、監禁しておりました。まだ確かな証拠はあがっておりませんが、監禁で終わらず、殺害している疑いもあります」
教会の犯罪をルーカス内務卿に教えられて、戸惑うことになった。
「教会がどうしてそのような真似を?」
聖仁教会とは異なる、過去に存在した宗教組織についての知識がユーリウス王にはある。弱者救済などを活動の基本としていることを。
同じ宗教組織である聖仁教会が、そのような犯罪を起こしていたというのが、ユーリウス王には理解出来ない。
「これもまだ完全に調べが終わったわけではありませんが、拉致監禁されていた子供たちは異能者であるようです」
「異能者を狙っていた?」
「はい。異能者を見つけ出して捕らえ、恐らくは、殺害。彼らの教義はバラウル家を悪としているのではなく、異能者を悪としていた可能性があります」
その教会にも異能者がいた。これは伝わっていない。ソルたちは、その事実を隠している。そうしておいたほうが、都合が良いという判断からだ。
「……まさかと思うが、父上はご承知だったのか?」
シュバイツァー家は異能者の存在を認めない。根も葉もない噂だとユーリウス王は思っていたが、この件を知り、そうではない可能性を考えた。聖仁教会の行いが、その噂を生んだ可能性を。
そうなると父である先王ベルムントの関わりまで疑ってしまう。
「それはないと思います。先王は聖仁教会の教義を快く思っておりませんでした。教会側はなんとか先王とお近づきになろうと、様々な試みを行っておりましたが、全て拒絶されております」
「それが真実を隠す為の演技である可能性は?」
「陛下。先王が子供を攫って殺すなどという悪逆非道な行いを認めるはずがございません。本件との関りはないと断言いたします」
潔白である証拠はない。そうであってもルーカス内務卿はベルムント王の関りを、完全に否定した。ルーカス内務卿にとってベルムント王は娘の夫。身内がそんな真似をするはずがないという思いがある。息子でありながら、そう信じないユーリウス王が理解出来なかった。
「……教会の罪は分かった。この先、具体的なことが明らかになっていくのだろう。だからといって、近衛特務兵団の暴挙を不問にするわけにはいかない。どう裁くつもりだ?」
ベルムント王が潔白かそうでないかは調べを進めれば分かることだ。この場で、ルーカス内務卿の心情を無視して、議論する必要はない。ユーリウス王はこう考え、議題を近衛特務兵団の処分に変えた。
「そちらについても事実関係を確認しております」
「何を調べる必要があるというのだ?」
近衛特務兵団の罪は明らか。ユーリウス王はそう考えている。性急過ぎる判断だが、元々、目障りだと思っていた近衛特務兵団を解散させる絶好の機会だと考えているのだ。
「一番は教会と繋がりがある者の洗い出し。その関係性の確認です」
「……繋がりとは?」
ルーカス内務卿の返答は、ユーリウス王の想定外のもの。怪訝そうな表情に変わった。
「詳細は調査中です。ただ近衛特務兵団は情報漏洩の疑いを指摘しております」
「……証拠はあるのか?」
「まだ調査中ですが……事実であることを匂わせる証言は、すでに得ております」
近衛特務兵団は、何の根拠もなく、情報漏洩の可能性を訴えたわけではない。ルーカス内務卿の管轄下にある警務局が納得する程度の情報は渡している。証言者と共に。
「……つまり、あれか? 情報が洩れる可能性があるから、許可を得ることなく施設を襲撃したという言い訳か?」
「そうなります」
「だが、近衛特務兵団は何の権限があって、行動を起こした? 情報を警務局に伝え、摘発は任せるべきではなかったか?」
無断で襲撃を行った理由は用意されていた。だが、それだけでユーリウス王は納得しない。その周到さに苛立ちがさらに強くなり、なんとしてでも罰してやろうと思ってしまっている。
「任務の一環とのことです」
「任務だと? 近衛特務兵団がどうして犯罪摘発の任務を行っている? 誰の指示だ?」
「申し訳ございません。説明がまだでした。彼らが解放した異能者には、未だ王国を信じようとせず、仕えることを拒んでいる者たちの関係者が含まれております」
「…………」
確かに近衛特務兵団の任務だった。しかもその任務は同じ四卿会議で話し合われ、決定されたもの。ユーリウス王も良く知る内容だ。それを知って、ユーリウス王は近衛特務兵団を否定する言葉を失った。
「王国と教会は一体と、その者たちは考えております。近衛特務兵団は彼らを説得する為には、監禁されている関係者を解放することが必要だと考え、行動を起こしました。結果として、それが教会の行いに王国は関りがない証になると考えてのことだと聞いております」
「任務を達成する為には必要な行動で、それを成功させるためには、襲撃を事前に教会に知られないように、独断で実行する必要があったと?」
「……あまりに出来過ぎていて、小賢しさを感じるのは私も同じですが、そういうことになります」
非を問うのは難しい理由が、綺麗に揃っている。そういった状況を整えた上での行動だとすれば、ルーカス内務卿も素直に褒め称えることに抵抗を感じてしまうが、事実としてそうなっているのだ。
「襲撃を実行した指揮官は?」
「本来の任務に戻っております。王国への臣従を勧める為に各地を回っており、今回、教会の罪が暴かれたことで、任務の成功は間違いないでしょう」
ルーカス内務卿はユーリウス王の問いを、わざと誤解した。誰であるかを伝えれば、ユーリウス王の指揮官個人に対する悪感情は強まると考えたのだ。指揮官であるソル、その指揮下にある近衛特務兵団第二隊に問題があることは分かっているが、失うには惜しい人材だとルーカス内務卿は思っている。
「……そうか。期待していよう」
ルーカス内務卿の思いをユーリウス王は察した。任務の説明をするにしても、「成功間違いなし」は余計。近衛特務兵団を擁護しようという思いが明らかだ。
「教会についてどうするかを議論する必要がございます」
ここで本件には直接関係ないリベルト外務卿が口を挟んできた。
「拉致監禁の罪を罰する以外の話か?」
「その延長の話となります。これはまだ想像に過ぎませんが。教会はわざと自分たちの行いは王国の意に沿ったものだと思わせた可能性がございます」
「……そう思わせる理由は何だと考えている?」
リベルト外務卿が管轄外のことに口を出してくるのは、放置しておけない何かがあるから。何度も会議を重ねて、ユーリウス王にもそれは分かっている。自分が気付けなかったことを、伝えてくることは何度もあったのだ。
「身を守る為ではないかと。教会は異能者を攫っていたのです。攫われた者の家族、関係者など異能者を敵に回しておりました。自分たちが襲われる可能性は考えていたはずです」
「教会を襲うことは王国に逆らうこと。そう思わせることで襲撃を躊躇わせていた」
「陛下のお考え通りだと思います。大胆にも王都で、攫ってきた者たちを監禁していたのもそれが理由だと考えます」
王国の中心都市で、王国に刃向かう。それが自殺行為であることは誰でも分かる。まったく家族の奪回が試みられなかったわけではないが、その数は決して多くなかったのだ。
「……どうして、このような重大な問題がこれまで明らかにならなかったのか?」
他にも教会は悪事を働いているかもしれない。その全ての黒幕は王国であることにされているかもしれない。事は王都で行われていたのだ。何も知らなかったなどと釈明しても、言い訳にしか聞こえないだろうとユーリウス王は思った。
「国政の一端を担う者が何を言っても言い訳に聞こえると思いますが……」
「かまわん。言ってみろ」
「建国して六年。まだ六年なのです。人の手は足りず、働いている者たちも知識や経験がまだまだ不足しております。王国はまだ建国途上と言っても良い状態なのです」
圧倒的な人材不足。ナーゲリング王国はその状態で始まった。ノルデンヴォルフ公国の家臣も、先代のアードルフの抵抗により、王国に連れて来られたのは少数だった。その不足を補うためにフルモアザ王国の旧臣たちの登用に務めたが、それも中々、上手く行かない。今、四卿の座にいるリベルト外務卿も、フルモアザ王国では一官僚に過ぎなかったのだ。
「建国途上……」
「先代の責任ではありません。阻害する要因が多すぎたのです」
今回の教会の件もそのひとつだ。フルモアザ王国に仕えていた異能者たちは、それが理由で王国への臣従を拒絶し続けていた。軍事力の増強を邪魔していたのだ。
「……教会の話だったな。教会の悪行は明らかになった。そうであれば、王国は断固としてそれを正す」
落ち込んでいる場合ではない。国王である自分にそれは許されない。ユーリウス王はそう考え、気持ちを引き締めた。
「では、討伐を?」
「近衛特務兵団第二隊にやらせろ。新たに味方になった者たちを使うことも許す」
「承知しました。陛下のご命令を近衛特務兵団に伝えます」
ユーリウス王の言葉に、リーンバルト軍務卿が応えた。近衛特務兵団は、組織上は、彼の管轄下。この場で命令を受け、それを近衛特務兵団に伝えるのは彼の役目だ。
まだ任務が終わっていないうちから、次の任務が決まった。これをソルが知れば、溜息をつくことだろう。
◆◆◆
そのソルは、今の任務を終わらせるために動いている。教会の罪が明らかになったことを伝えるだけでなく、拉致された中で生き残っていた人を家族の下に返すことも行っている。王国警務局には内緒で現場から連れ出した人々だ。
「今のところ、無事を確認出来たのは彼だけになります」
「そうか……それでも、ありがとう。助けてくれたことに心から感謝する」
教会に攫われた人は他にもいる。その人たちがどうなったのかは、聞くまでもなく分かっている。
「王国警務局による調べが進めば、もっと分かることがあるはずです。無駄に期待させるつもりはありませんが、他の場所に捕らわれていることもあるかもしれません」
「そうだな。ほどほどに期待しておこう」
期待しすぎては、それが裏切られた時のショックは大きくなる。それが分かっている相手は、気持ちを押さえ込むことを選んだ。
「さて、これで王国が異能者の殲滅など考えていないことは分かったはずです」
「……それなのだが」
「何か問題がありましたか?」
「君は王国の人間ではない。君への信頼は増したが、それは王国への疑いが晴れることには繋がらない」
家族を、一族の仲間を救い出してくれたのはソルとその仲間たち。そのソルたちを、相手は王国と同一には見ていない。当然だ。彼はソルたちが王国に忠誠を向けていないことを知っているのだ。
「ああ……教会の人間を問い詰めた感じ、王国は関係ないと思いますけど? 個人として繋がっていた者がいるのは認めます。でも、それは王国への裏切り行為です」
「……君の言葉だ。信じたいとは思う。だがな……」
ソルを信じることと王国へ忠誠を向けることは、まったくの別だ。ソルの言葉で王国が無実であることは信じることが出来ても、王国に命をかけて仕える気にはなれないのだ。
「臣従は難しいですか?」
「私に関しては。別の考えを持つ者はいるだろう」
「分かりました。問題ありません。今回の勧誘は兵役ではありません。国民の義務としてではなく、自らの意思で仕えることを求めているのです。拒否する権利はあります」
王国軍への入隊を強制するつもりはソルにはない。平穏な暮らしを望む人はいる。そういう人のほうが多いのが普通だ。王国に狙われていないと分かった今は尚更、自分の身を大事にしたいという思いが生まれるだろうとも、ソルは思う。
「君に仕えることもしない」
「そんなことは初めから求めていません」
「……余計な忠告かもしれないが、竜王は力で我々を押さえつけていた。命を捧げることを強制した。あの方は善人ではない。君の人生を捧げて復讐を果たす価値があるとは、私には思えない」
竜王アルノルトの支配下にあった時には、決して口に出すことが出来なかった言葉。口に出した瞬間、死は確定だった。竜王アルノルトは死の恐怖で人々を縛り付けていたのだ。
「……竜王については、以前よりも知ったことがあります。善人ではなかったことも、今は分かっています。ですが、ルナはそうではありません。彼女は何の罪も犯していなかった。ただ竜王の娘というだけで殺されたのです」
竜王アルノルトに仕えていた人たちの話を聞いて、ソルは自分が知らなかった竜王の一面を知った。一面という言葉を使うには皆が皆、同じ思いを抱いていて、自分に向けられていた顔のほうが特別なのだと、今は思っている。どちらが真の顔なのかは分からないが、多くの人を苦しめていたのは否定しようのない事実なのだ。
「ルナ殿下の為か……そうか……」
ルナ王女を否定することは彼には出来ない。ソルの言う通りなのだ。まだ幼かった彼女は何もしていない。善行も悪行も為すことなく、人生を終えたのだ。
「仕えるのを拒否しても問題は起こらないと思いますが、万が一、何かあった場合は、王都にいるルシェル王女を頼ってください。あの方は、間違いなく善人ですから」
「ルシェル王女ですか……分かりました」
万が一があった時、頼るべき相手はソル。そう思っているが、共に歩むことを拒否したあとでは、それを言葉にはしづらい。心の中にとどめておくことにした。