月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第47話 深まる謎、明らかになる謎

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 ハインミューラー家のヴィクトール公子一行は王都を発って、帰国の途についた。王都を訪れる際に率いてきた軍勢は、そのほとんどを先に帰国させており、王都に残っていたのは百名ほど。総勢で百十名をわずかに超えるくらいの集団での移動だ。
 当初は、怪しい動きを見せているツヴァイセンファルケ公国を避けて北上し、ツェンタルヒルシュ公国を経て、ノルデンヴォルフ公国に入り、そこから進路を東に向けて帰国するという迂回ルートを予定していたのだが、今、ヴィクトール公子たちは川を下って、南下している。ソルたちとの会食の席で、何気なく帰国の予定について話したところ、ソルから南ルートを勧められたのだ。距離が大きく変わるわけではないが、高速艇を使って川を下れば移動にかかる日数を少なく出来るはず。その説明に納得した結果だ。

「……結局、彼について何が分かったのでしょう?」

 会食はそれなりに有意義な時間だった。だがソルについて何が分かったのかと考えると、答えが思い浮ばない。得体の知れないところが、さらに増えただけではないかとブラオは思っている。

「何者でもないことを彼が望んでいることは分かったな」

 貧民窟で育った孤児でもなく、イグナーツ・シュバイツァーでもなく、ソルであることを選んでいる。では、ソルとは何者なのかとなると、それはヴィクトール公子にも見えていない。亡くなったルナ王女の婚約者として生きているというだけだ。

「お分かりかと思いますけど、彼は危険です。本人は望まなくても、彼という存在を求める者はいるでしょう」

「バラウル家にも、シュバイツァー家にもなれる存在か」

 婚約者で終わったソルはバラウル家の人間とは言えない。シュバイツァー家も血の繋がりはなく書類上だけ。だが、祭り上げようと考える者たちにとっては、それで十分なのだ。

「どうだろうな? あれは人に踊らされるような人間ではない」

「へえ。グリュンが人を認めるなんて珍しいな」

 主であるヴィクトール公子相手にも敬語を使わない。グリュンという部下はそういう人間だ。変わり者といえば変わり者なのだが、人が持てない特別な能力を持つ異能者には、彼のような人間は少なくない。自分を特別視する分、他人を見下すところがあるのだ。

「認めてはいない。そういう存在だと言っているだけだ」

「確かに、彼を操るのは大変そうだ。並の人間では無理だろうな」

「自分なら出来ると考えたのか?」

 ヴィクトール公子はソルを味方に引き込みたいと考えている。はっきりと伝えられていなくても、会話を聞いていれば分かった。

「それを聞くか……正直、難しいと思った。味方にしたくても彼と私では目的が一致しない。それでは彼は望むように動いてくれない」

 部下には出来なくても味方にならないか。こう考えたが、それも難しいとヴィクトール公子は判断した。ソルはソルの考えで行動する。目的が一致していなければ、役には立たない。

「そもそもルシェル王女がいる限り、味方にするのは無理ではありませんか?」

 ソルを味方にすることを阻害する要因には、ルシェル王女の存在もあるとヴァイスは考えている。ナーゲリング王国軍の騎士として、自分たちと敵対することになると。

「ベルムント王の遺言か。それについては、私はそれほど気にしていない」

「そうなのですか?」

「ルシェル王女を守ることとナーゲリング王国を守ることは、彼の中では一致していない。会話の中でそれははっきりと分かった」

 ソルたちとの会食は、出足で少し躓いたものの、その後はそれなりに盛り上がった。ヴィクトール公子の望む通り、お互いに許される範囲で、腹を割って話が出来たと思っている。ソルにとってユーリウス王評は許される範囲。ナーゲリング王国に未来はないと考えていることは、ヴィクトール公子には、明らかだったのだ。

「ルシェル王女を奥方に迎え入れても無理ですか?」

「……無理だろうな」

「まあ、それが目的の全てではありません。お二人の結婚の話は別に勧めることになります」

「どうして、そういう話になる?」

 何故ここでルシェル王女との婚姻について話すことになるのか。ヴィクトール公子は部下たちに揶揄われているような気持ちになった。

「彼が教えてくれたではありませんか。夫婦仲が良かった王は非道な真似をしていないと。日常の心の平穏は精神を正常に保つことに役立つのかもしれないと」

 バラウル家が自分たちの血について研究した結果、得られたひとつの結論。それを彼らはソルから教えられたのだ。

「……恩が出来たのは確かだな」

 その研究資料は今、ヴィクトール公子の手元にある。ルシェル王女が自分たちには無用のものだからと言って、渡してくれたのだ。ユーリウス王の許しを得ることなく。

「それも彼の企みの一つかもしれません」

 ルシェル王女に恩を感じさせることで、ナーゲリング王国を滅ぼすことに躊躇いを覚えさせる。ソルはこんなことまで考えているのではないかと、ヴァイスは疑っている。

「我らにとっても利があることだ」

「はい。それで彼が安心してくれれば、ツヴァイセンファルケ公国との戦いまでで終わるのですが」

 戦場でツヴァイセンファルケ公と相まみえる機会。ソルが待っているのはそれだ。それが実現し、望む通り、ツヴァイセンファルケ公を討つことが出来れば、ナーゲリング王国を離れる可能性がある。ハインミューラー家の人たちは、ナーゲリング王国とツェンタルヒルシュ公国が戦うことを想定していないのだ。

「ヴァイス、それは父上が……まあ、良い。そういうことだ」

「申し訳ございません」

 自分たち、オスティンゲル公国とナーゲリング王国が戦う可能性を否定するというのは、ソルの復讐対象であるオスティンゲル公、ヴィクトール公子の父親が亡くなっている前提。ヴィクトール公子としては受け入れ難い状況だが、それを完全には否定しないくらいの覚悟は出来た。帰国するということは、そういうことなのだ。

「復讐を終えたあと、彼はどうするつもりなのでしょうか?」

「何も考えていないのだろ? あれは復讐が果たせると考えていないのだ。死んで終わり」

「……どうして分かるのです?」

 ヴァイスの疑問に答えてきたのはグリュン。彼が答えてきたことに驚いたヴァイスだが、その内容にも驚いた。

「どうしてと聞かれてもな……どう言うのだ……? 刹那的という言葉は合っているか?」

「……先を考えていないという点では合っています」

「味方に頼ろうとせず、たった一人で我々と戦おうとしたのだ。死にたがっているとしか思えないだろ?」

 矢の援護はあったが、それはソルが指示したものではない。グリュンはそう考えている。味方が反応出来ないほど、ソルの動きは突発的だった。味方の援護など求めていなかったということだ。

「そう思う原因は、ルナ王女の死ということですか」

「分からん。人がそこまで人を愛せるのかなんて、俺に分かるはずがない」

「グリュンの口から愛なんて言葉が出るとは……」

「お前、俺を馬鹿にしているだろ?」

 変人ではあるが悪人ではない。グリュンの反応に周囲の皆が笑みを浮かべている。例外も存在しているが。

「リラ。黙っていないで何か話したらどうですか? 貴女なら見えた何かがあるでしょう?」

 その例外、リラにブラオが発言を促した。彼女には彼女にしか見えないものが見える。人の性質を見極めるという点では、もっとも適した能力を持っているのだ。

「……見えたのは強い罪悪感」

 彼女に見えるのは感情の色。それを見極めることで、その人物がどのような性質であるかを判断することが出来る。人の本質など完璧に見極められるものではないが、善意が悪意かが分かるだけでも役に立つのだ。

「それの意味するものは?」

「分からない。ベルムント王を殺したことか、それともルナ王女を救えなかったことか、生きていることそのものへの罪悪感かもしれない」

「それだけですか?」

 リラにしては、かなり漠然とした答え。これでは何も分からないとの同じだとブラオは思った。

「罪悪感は彼の本質を隠す雲。その先にある何かを見ることは出来なかった。見るのも怖かった。私はそれ以上、踏み込めなかった」

「……怖いって?」

「飲み込まれるような気がした。あの方は普通じゃない。私たちのような人間は近づいてはいけない方」

「リラ……貴女……」

 彼女が何を言っているのか、ブラオには良く分からない。だが、彼女の話を聞いて、ブラオも恐ろしいと思った。ソルを「あの方」と呼ぶリラは、彼女自身が言う「飲み込まれた」のではないかと感じた。

「月を食らう狼だ」

「えっ?」

「アードルフ殿は彼を自家の紋章に例えた。月を食らう狼。食らうというのは、リラが言う「飲み込む」と同じなのではないか?」

 リラの言葉とアードルフの言葉が結びついた。ヴィクトール公子はこう考えた。だからといって何かが分かったわけではない。ソルには、彼自身が分かっていないかもしれない、何かがある。その思いが強くなっただけだ。

 

 

◆◆◆

 ソルと彼が率いる第二隊は、聖仁教会の協力者洗い出しの任務に就いた。どうして自分たちが、という思いはあるが、命令とあれば従うしかない。ソル自身に調べる気があるから素直に従うのだが。
 これまでの調査結果の資料を渡され、その内容の検証。自分たちが現地で置かれた状況と、調査結果に矛盾がないか確認するのがソルの役割。こういうことがもっとも得意なのはソルだから、というだけでなく、他の人たちには別に得意なことがあるので、他のことを任せたのだ。

「ということで任務についたのですが、うちの人たちは予想以上に優秀で、仕事が順調に進みまして」

「ほう。さすがは今評判の近衛特務兵団ですな。ただ本職である我々、情報局を上回る働きを見せられては、少し困ってしまいます」

 ソルが話をしている相手は情報局の人間。これまでの調査結果について情報交換を行う為に打合せを行っている。

「いえ、実際は大したことはしていません。我々は現地に居ましたので、他の部署の人たちには分からないことが分かっているだけです」

「そうですか。それで? 何が分かったのですか?」

「誰かにまんまと嵌められてしまったことが」

「それは……その誰かを調べるのが任務ではありませんか?」

 ソルの言ったことは最初から分かっていること。近衛特務兵団が罠に嵌められたから大々的な調査が始まったのだ。情報局の人間はやや呆れた様子だ。

「それはそれほど急ぎません。なんとなく、この人ではないかと思う人もいますし」

「急がないというのは、どういうことですかな?」

 どうにも話がかみ合わない。ソルの話は明らかにズレているのだ。ただ、そう思うのは彼が、ソルが何を言いたいかを、まだ理解していないからだ。

「任務に影響はないからです。影響があるとすれば、すべてが明らかになった後です。それにまあ、好意である可能性もありますから」

「……分かりませんな。ソル殿は何を言っているのですか?」

「では本題を。我々が現場で判断したのは、ただひとつ。ルシェル殿下は拠点に待機させておくということです。ですが、その情報さえ教会に漏れていた。それが出来る人は限られています」

 この点を考えれば、怪しい人間はすぐに洗い出せる。現場にいた人間しかあり得ない。

「……それは近衛特務兵団内に協力者がいたということですかな?」

「そこは微妙な点です。ミストさんは近衛特務兵団の団員ではありません。ルシェル殿下の護衛です」

 情報を漏らしたのはミスト。ソルたちが調べた結果、判明したのはこの事実だ。

「王女殿下の護衛が裏切ったのですか? それはまた……」

「それも微妙です。本人は裏切ったつもりはありません。裏切ったのは彼女から情報を得た人間。つまり、貴方です」

「何か勘違いをされているようです。私はそのミストという女性を知らない。私は現場にはいなかった」

 教会の協力者だとソルに言われた情報局の人間だが、何のことか分からないという顔で、自分が潔白であることを主張してきた。

「あれ? 私はミストさんが女性だと言いましたか?」

「ミストというのは女性の名です」

「ああ、そうでしたか、知りませんでした……なんて、やり取りは無駄ですね? 貴方はミストさんを知っている。だって、同じ一族ですよね?」

 この男はミストと同じ一族の人間。隠密能力に長けたミストの一族は、多くが情報局で働いているのだ。

「同じ一族というだけでは。一族の数は多いとは言いませんが、顔を知らない相手は大勢います」

「いえいえ。貴方はミストさんを知っている。教育係でしたよね?」

「いえ、違います」

「記録に残っていないから誤魔化せると思っています? 貴方たちの仕事は、記録にないことは調べられないのですか?」

 この男は、正式な教育係ではない。自らそうであると騙って、若い女性たちの体を弄んでいたのだ。それをソルたちは、元ティグルフローチェ党の人たちは調べ上げた。彼らもまた元は諜報活動を得意としていた集団だ。対象が絞られれば、調べるのに苦労はしない。しかも、聞き取る相手の大半は協力的だ。ハーゼたちは王国から派遣されてきた相手。後ろめたいことのない人間は協力しないわけにはいかない。

「……証拠はあるのですかな?」

「諜報の仕事をしているにしては察しが悪いですね? 証拠を必要としない仕事をさせたいから私たちが選ばれたのです。それを私は、嵌められたと言ったのです」

 すべての証拠が揃わない状況で事態を収束に向かわせる。それが近衛特務兵団を調査に加えた理由だ。ソルであれば王国の規則など無視して、事を終わらせるとリベルト外務卿は考えたのだ。
 ソルにはそれが分かっている。しかもミストが絡んでいると分かっている上で、自分たちに仕事を振ったのだとすれば、「嵌められた」と言いたくもなる。

「……そんなことは許されない。私は無実だ」

「そういうことにして欲しいのであれば、協力者を教えてください。貴方一人で出来ることではない。他にもいるはずです」

 目の前の男は全容を洗い出す為の取っ掛かりに過ぎない。王国組織に張られた教会の根は、広く深いのだ。

「知らない」

「そうですか。では思い出すまで付き合ってもらいます。ちなみに拷問する側の人は、拷問に対する耐性もあるのですか?」

「…………」

 ソルは手段を選ばず自白させようとしている。それが男にもようやく分かった。ソルを甘く見ていたことを後悔することになった。

「あっ、ちなみに担当するのはフルモアザ王国で竜王直属の諜報部隊だった人たちです。あの竜王が考える拷問ってどういうものなのでしょうか? それも教えてください。経験したあとで、生きていられたらですけど」

「…………助けてくれ」

 口を割るくらいであれば死を選ぶ。そんな覚悟はこの男にはない。その覚悟を持っている諜者は、仕えている国を裏切らない。

「では協力者の名をここに書いてください。あと、別の人から尋問を受けても、ミストさんから情報を得たことは絶対に話さないこと」

「……分かった」

 ソルから紙を受け取り、そこに男は名前を書いていく。

「それで全部ですか?」

「全員は知らない。本当だ。他に協力者がいるなら、ここに書いた奴らが知っているはずだ」

「そうですか……嘘ではなさそうですね。分かっている名があります」

 ソルたちが洗い出した協力者はこの男だけではない。他にも怪しい人間を見つけている。男が書いた中ににはその相手の名もあった。あとは書かれた人間をさらに調べ上げ、芋づる式に協力者を見つけていくだけだ。

「嘘など書いていない。これで俺は助かるのだな?」

「俺、助けるなんて言いました? 協力者の名を書けと言っただけですけど?」

「な、なんだと!?」

「お前のような奴が考えることは分かる。ミストさんのことを話されたくなければ自分を助けろ。それが通用すると分かると、今度は口止め料の要求だ。生かしておけるはずないだろ?」

「騙し……」

 男は最後まで言い切ることが出来なかった。それを許さなけれならない理由はソルにはない。逆に一秒でも早く殺してしまいたかった。この男はミストを苦しめた人間の一人なのだ。彼女が一族にいた時から。

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