月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第96話 決着の形

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 ソルを斬り捨てようと剣を振りかぶったアルノルトの前に飛び出してきたのはルナ。ソルを背に、両腕、両足を広げて、アルノルトの剣から守ろうとしている。父であるアルノルトを睨みつけているルナ。その彼女に向けるアルノルトの視線も厳しいものだ。

「どうして、お前がここにいるのだと聞いているのだ! ルナ!」

 自分の知らないところで自由の身となっている。自由になって、こうして自分に逆らっている。アルノルトにはそれが許せなかった。今に始まったことではない。ソルと一緒に暮らし始めて、すぐにルナは彼を一番に考えるようになった。自分に逆らうようになった。

「……父上。イグナーツをお許しください」

「貴様か!? クリスティアン!」

「あっ……」

 クリスティアンに向かって、斜めに振り下ろされたアルノルトの剣。脅しではない。その剣はクリスティアンの左腕を斬り落とした。

「兄上!?」

 まさかの光景に叫び声をあげるルナ。自分に対する父親の厳しさは分かっている。娘と考えていないことも、その理由には納得いかないが、知っている。
 だがクリスティアンは自分とは違う。父親に素直に従ってきた。刃を向けられる理由などない、と思っていた。

「この裏切者が!」

 アルノルトの心は荒れ狂っている。父親としての理性など働いていない。いつからか働かなくなった。彼もまたバラウル家の血の影響を受けて、心を狂わせてしまっているのだ。
 さらに振るわれた剣が、クリスティアンを傷つける。肩口から振り下ろされた剣が深い傷を与えた。うめき声を挙げながら、クリスティアンは地に倒れて行く。

「止めて! 兄上を殺さないで!」

「うるさい! 黙れ! いや、黙らせてくれる!」

 アルノルトの剣はルナにも向けられた。一瞬の煌めきにしか見えない刃の動き。

「……貴様」

 それを止めたのはソルだ。

「……何をしている? 何をした!? ルナもクリスティアン様も、お前の家族だろっ!?」

「ならば貴様も共に逝け! それが本望だろ!?」

 ソルに向かって振るわれるアルノルトの剣。だがそれがソルの体に届くことはない。ソルは自らの剣で受け止め、受け止めただけでなく、拳をアルノルトの顔に叩き込んだ。
 その勢いに耐えきれず、後ずさりしたアルノルト。

「……ほう」

「だったら俺が家族を守る! お前に俺の家族は殺させない!」

「……大口を叩きおって。守れるものなら守ってみろ!」

 再び、息つく間もない攻防が始まる。周囲の人々が視認出来るのは二人の体。とてつもない速さで動いている両腕、そして両足は、誰にも捉えることが出来なかった。
 さきほどと同じ状況。周囲にはそう見えていたのだが。

「ぐっ……」

 うめき声をあげたのアルノルトのほうだった。さらにその隙を見逃さず、蹴りを叩き込むソル。アルノルトの体は、その蹴りを受けて後ろに倒れた。
 一瞬の間ののち、ざわめき声が広がっていく。アルノルトが倒れる姿など、誰も見たことがなかった。信じられない光景に驚きと動揺が人々の心に湧き上がっていた。

「……なるほど。これが本当のドラクリシュティの血の力か」

 ソルの変化。それは対峙しているアルノルトには、はっきりと分かる。強さが増したというだけではない。瞳の色は元の青紫から、何色も入り混じっているような、くるくると七色に変わっているような複雑な輝きを見せている。
 それをアルノルトはドラクリシュティ家の血が覚醒した証だと判断した。

「どこの血だとかは関係ない。これは俺の力だ!」

 バラウル家の血、ドラクリシュティ家の血。そんなものはソルにはどうでも良い。血に縛られるような生き方はしたくない。ルナにさせたくない。

「そうか……では、その貴様の力を見せてみろ!」

 

 

 立ち上がり、またソルに向かって行くアルノルト。一撃を受けたくらいでは、その勢いは変わらない。凄まじい勢いで剣を、拳を振るい、蹴りを放っていく。
 そのことごとくを受けきり、反撃を放つソル。その攻防を完全に視認出来る人はいない。だが、多くの人がソルが優勢であると認識している。まるで輝きを放っているかのようなソルの体。閃光がアルノルトの体に吸い込まれていくのが見えるのだ。
 ゆっくりと崩れ落ちて行くアルノルト。膝立ちになり、動けなくなったアルノルトに向かって、ソルは剣を振りかぶった。

「…………ど、どうした? 早く……殺れ」

 動きを止めてしまったソルを、アルノルトが促す。

「……出来ない」

 ソルの両の瞳からは大粒の涙がこぼれている。いざ、殺すとなると躊躇いが心と体を支配する。はなから殺したいなどとは微塵も思っていないのだ。

「……な、何を……甘い、ことを……言っている……さっさと、殺せ」

「出来ない! 貴方は……貴方は俺の……俺の父親だ!」

 アルノルトはソルにとって、やはり家族。厳しくはあるが、優しい父親なのだ。殺されてしまうと思うほどの厳しい鍛錬のあと、動けなくなった自分を背負ってくれたアルノルトの背中の温かさをソルは忘れていない。
 「情けない。こんな弱くてルナを守れるのか?」とかけてくれた声が、ソルの励みだった。「強くなれ。義理であろうとお前は私の息子だ。私の子は強くあらねばならない」という言葉が支えだった。どれほど辛く、理不尽な鍛錬であってもアルノルトを信じて、やり遂げられた。少しずつ、少しずつアルノルトの態度が変化してきても、その想いは変わらなかった。

「……誰からがやらねばらない。それともお前は、私に処刑台で首を落とされる恥辱を味わえと思っているのか?」

「…………」

 無言のまま首を左右に振るソル。そんなことは考えていない。今、頭に浮かんでいるのはアルノルトとの想い出だけだ。良き時のアルノルトとの、ルナとクリスティアンとの想い出だ。

「誰かが私を止めなければならない。そうでないと人々は苦しみから救われない。それはお前であって欲しいのだ。ずっと、そう思ってきたのだ」

 自分の心が狂ってきていることは分かっていた。狂気に支配されながら、アルノルトは、それに苦しんでもいた。誰かに止めて欲しかった。終わらせて欲しかった。苦しみから解放して欲しかった。

「……出来ない」

「やれ! 他の者にこの首を落とされるつもりはない! お前がやるのだ、イグナーツ!」

 残された時は少ない。ソルの勝利を確信した連合軍側の人間が近づいてきていることにアルノルトは気が付いている。ソルがやらなくても、その者たちが自分を殺す。そんな結末はアルノルトには受け入れられないのだ。

「出来ない! 貴方は家族だ!」

「だからやるのだ! バラウル家は負けていない! バラウル家を負かすのはバラウル家のみ! 私からその誇りを奪うな、イグナーツ! これは私とお前の親子喧嘩なのだ!」

「…………」

 ソルの意図をアルノルトは分かっていた。その意味は少し違っているが、アルノルトにとって望ましいものだった。バラウル家の血に支配されていることへの恨みはあっても、それを否定するつもりはない。二百年近く続くバラウル家の誇りを自分が汚すわけにはいかないと思っているのだ。

「頼む。お前なら私の気持ちが理解出来るはずだ。私の望む形で終わらせてくれ。これは父としての頼みだ! 息子であるお前が全てを終わらすのだ、イグナーツ! いや、ソル・バラウル!」

「……うっ、うわぁああああっ!!」

 叫び声をあげながら、視線を宙に向けたまま、ソルは剣を振り下ろした。決断の時が迫っているのはソルも分かっていた。集まってくる気配は、ソルも感じていたのだ。

「……ルナを……頼む」

 この言葉を告げた後、ゆっくりとズレ落ちるアルノルトの頭。それは地面に、落ちることはなかった。その前にソルが受け止めた。そのままアルノルトの頭を抱きしめて、うずくまるソル――

「……ソル」

 そのまま、また動かなくなったソルに声をかけたのはルナだった。

「……俺は……俺は……ごめん……ごめんなさい」

「……ソルは悪くない。父上の願いを叶えただけ」

 ルナの感情は複雑だ。父親を失った悲しみはある。だがそれでソルを責める気にはなれない。ソルの苦しみは自分と同じか、それ以上であることが分かっているからだ。

「…………行こう。クリスティアン様を治療しないと」

 ルナの言葉で、気持ちの整理がついたわけではないが、少し落ち着いたソル。今やるべきことを思い出せた。地面に倒れているクリスティアン。かなり苦しそうだが、意識はある。ソルが近づいてきたことに気付いて、自ら立ち上がった。

「行きましょう」

「……ソル。どこに行くつもり?」

「決めていません。どこか、誰にも邪魔されずに生きていける場所です」
 
 世の中との関りを絶って生きる。表舞台に出てはいけないことくらいは、ソルも分かっている。クリスティアンに肩を貸して、歩き出そうとしたソル。

「待ってくれ」

 そのソルを制止したのは、近づいてきたヴィクトールの声だ。

「……何か用ですか?」

「……バラウル家の人々をどうするつもりだ?」

 これはヴィクトールとしては、かなり遠慮した聞き方。まずはソルの反応を見ようと思っているのだ。

「まさかと思いますが、引き渡せと? それを俺が許すと思っているのか?」

 ソルの反応はヴィクトールが思っていた通りのもの。そうであって欲しくないとわずかな希望を抱きながら、そうだろうと思っていた反応だ。

「……我々には勝利の証が必要だ」

 確かに竜王を倒したという証。連合軍が勝ったという証がヴィクトールには必要なのだ。ソルに戦いの全てを任せておいて、虫の良い話だとは思っている。だが人々に動乱が終わり、平和な時代が訪れると知らせることは必要なのだ。人々が安心して暮らせると思わなければ、復興など進まないのだ。

「勝ったと喧伝すれば良い。それを邪魔するつもりはない」

「そうではなく」

 それでは人々は信じない。またアルノルトの策略ではないかと疑ってしまう。それがなくても、この先、国をひとつにまとめるには勝者が必要なのだ。

「戦いは竜王、いや、父が望む形で終わった。それが嫌だというなら、戦いが続くだけだ」

「また多くの人々が死ぬ。無意味な死だ」

「それを求めているのは、お前だ」

「…………」

 求めてはいない。ソルとの戦いは避けたい。だが、勝者の座を諦めるわけにもいかない。ヴィクトールは、それを強く望む人たちを、その為に命を失ってしまった人たちを背負っているのだ。

「条件がある」

「クリスティアン様!?」

「良いから、ソルは黙っていてくれ。私が彼と話す」

 このままでは本当にまた戦いが始まってしまう。クリスティアンはそれを望んでない。自分が考える平和の形とは変わってしまうが、それでも戦いはアルノルトの死を共に終わらせなければならないのだ。

「……条件とは?」

「父の首は渡そう。私の命も」

「クリスティアン様!?」「兄上!?」

 ソルとルナには、まさかの提案。受け入れ難い提案だ。百歩譲ってアルノルトの首を渡すことはあっても、生きているクリスティアンを引き渡すつもりなど、まったくないのだ。

「私にはこの争いに対する責任がある。父を止められず、自らも戦いを引き起こして、多くの人を殺してしまった責任だ」

「でも……」

「人の上に立つというのはそういうことだよ? それに、償うことなく生き続けることなど私には出来ない。私が私を許せない。だから私は罰を受ける。だが、ルナは別だ」

「兄上……」

 クリスティアンは自分を守る為に命を差し出そうとしている。それがルナには分かった。

「ルナはずっと戦いを否定していた。戦いには一切参加していないし、父に逆らって牢獄に入れられてもいた。だからルナの安全は保証してもらおう」

「…………」

 クリスティアンの提案にヴィクトールは即答しなかった。クリスティアンもバラウル家の人間。何か裏があるのではないかと疑い、その可能性を頭の中で考えているのだ。

「選択の余地はない。もし私が死んだあと、ソルとルナに何かをしようとすれば、少なくとも私の麾下の軍勢はソルの下に集う。良いね?」

「御意」

 最後の問いは側にいる部下に向けたもの。クリスティアンが信頼する部下の一人だ。

「……分かった」

 その竜王軍はアルノルトの敗北を見届けて、すでにかなりの数が戦場を離脱している。追撃命令をヴィクトールは発していない。ソルがどう動くかが分からない状況で命令を発することは躊躇われたのだ。
 判断を誤れば、竜王軍だけでなくソルに従う人たちも敵に回す。下手すればツェンタルヒルシュ公国軍と旧王国軍も。クリスティアンの言う通り、選択の余地はないのだ。

「ソル」

「嫌です」

「……ルナを頼んだよ、ソル。我が弟よ」

「クリスティアン様!」

 クリスティアンは投降ではなく、この場での死を選んだ。ソルが、ルナも、抗うことを予想してのことだ。自らの首を、いつの間にか手にしていた剣で斬り落としたクリスティアン。予想外の動きに、ソルは反応出来なかった。

「…………」

「では行くか。安全を確認出来るまで同行する」

 絶句しているソルとルナに、冷静な口調で声をかけてきた男。

「お前は?」

「えっ? どう考えてもクリスティアン様の部下だろ? それに会うのはこれが初めてじゃない」

「知っている……そうだな。行くか。ルナ、行こう」

 男の判断は正しい。クリスティアンとの約束をヴィクトールが守る保証はない。王の座を得る為であれば、平気で約束を破ることもある。早くこの場を離れ、安全な場所を探すべきなのだ。

「……行かないの?」

 ソルの後に続こうとしたルナだが、その足を止め、振り返って問いかけた。ウィンディに向かって。

「付いて行って良いのですか?」

「当然だわ。貴方がいないと誰が料理を作るの? 掃除は? 着替えも手伝ってもらわないと」

「ああ……そうですね……」

 つまり、召使い扱い。これには少し、ウィンディも落ち込んだ。

「冗談よ。私はまたソルの為に何も出来なかった。ずっと支え続けてきた貴方とは違う。本当は私のほうが、貴方に許しを得なければならない立場だわ」

「い、いえ、そんな」

「行きましょう。ミスト」

「あっ、私はウィンディに名を変えました」

 ウィンディに改名したことをルナは伝える。ルナは喜んでくれる、と思ったのだが。

「……嘘でしょ?」

「ええ……」

 ルナの反応は思っていたのとは違っていた。それに落ち込むウィンディだが、これも実際とは違う。

「冗談……ありがとう、ウィンディ。貴方と話をすると、心が温かくなるわ」

 暗く沈んでいく心を、少しでも誤魔化そうと考えたルナ。それは思っていた以上の効果があった。ウィンディを揶揄っていると、本当に心が温まった。ソルもきっと同じなのだろうと思った。

「……それは良かったです。ずっと温まってもらえるように頑張ります!」

「行きましょう、ウィンディ」

「はい!」

 二人のやり取りに笑みを浮かべていたソルも、また前を向いて歩き始める。その後に続くルナとウィンディ、クリスティアンの部下。当然、続くのはその三人だけではない。ハーゼたちも後を追いかけて行く。その様子をヴィクトールたち、連合軍の人々は茫然と見ていることしか出来なかった。
 戦いは終わった。竜王アルノルトと息子クリスティアンは戦死という形で。この事実は王国全土に伝えられることになる。新王国の王の名で。

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