月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第77話 流れ

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 ソルが住民たちと共に隠れて暮らす場所として選んだのは、ツェンタルヒルシュ公国の北東部にある山中。山と山の間を流れる川を超えてしまえば、そこはもうノルデンヴォルフ公国。正式には川向こうの山とその先まで緩衝地域という位置づけで、元はだが、ナーゲリング王国直轄領として、ある子爵家が代官として派遣されて治めていた土地だ。
 同行した住民はおよそ千。生存者の三分の一程度だ。ソルの言葉を信じられなかった人たち、逃げるなら他にもっと良い場所があると考え、独自の行動を起こした人たちが三分の二いたということだ。
 それでも千人。山中での暮らしは、かなり厳しいものになると多くが思っていたのだが、その不安は現地に到着して数日で薄れることになった。居住区域を作ることが、思っていたよりも容易であることが分かったからだ。

「初めから分かっていたのか?」

「川があって、山裾にはそれなりの広さの平地もある。どうして人が住んでいないのだろうとは疑問に思っていた」

「実際に来てみたら、人が暮らしていたどころか、城か砦があった場所だった? 本当かよ?」

 山を登って行くと、そこには城か砦が建てられていた痕跡が残っていた。あくまでも痕跡で、覆っている草木を伐採するだけでそれなりの労力が必要になるが、それでも山の斜面を崩して、平らな土地を作ることから始めるのに比べれば、かなり楽なのだ。

「ここを通る時に山の中になんて入っていなかっただろ? 空から見ても普通の山にしか見えない」

 ソルたちには分からないことだが、ここに城があったのはフルモアザ王国建国前。バラウル家の支配が始まった時期に、取り壊されているのだ。こういう場所は実は結構ある。反乱を起こされた場合のことを考え、攻めづらい城や砦はその時期にほとんど壊されているのだ。

「じゃあ、たんに幸運なだけか。まっ、それが一番大事だけどな」

 戦場で生き残るにはただ強いだけでは足りない。運も必要だ。その運をソルが持っているのだとすれば、共に行動している身としては、ありがたいことだ。

「木をある程度、残しておけば、遠くからでは人が暮らしているとは分からない。麓までの道も工夫が必要か」

「今のままにしておけば良い」

「農地は麓に出たところに作らなければならない。毎日行き来するのだから、少しは歩きやすくしておかないと」

「……楽しそうだな?」

 道案内して終わり、なんて感じではない。ソルは、この場所を何年も暮らせる場所にしようとしている。それを考えている様子は、とても楽しそうにハーゼには見える。

「えっ? 楽しくない? 大変だけど生きていく環境を作るって面白いと思うけどな。たとえば、ここから見ると、麓も色々と工夫出来そうだ」

「……たとえば?」

 ソルの頭の中で何が考えられているのか。それを知るのはハーゼも面白い。

「想像だけど、麓の丘陵地帯は人工のものじゃないかな? 良く見てみると、いくつか防衛線のようなものが見える」

「……見えないな」

 ソルには見えるそれが、ハーゼにはまったく見えない。

「見えるだろ? 上手く死角を作っている。山側からの移動も、相手に気付かれないように出来そうだ。ああ、これ、もしかしてバラウル家が作ったのかな?」

 戦場を立体的に捉える訓練は、アルノルトに言われて、行っていたこと。この地は教わった戦い方に向いているように、ソルには思える。そういう風に作られた場所ではないかと考えた。
 実際はバラウル家が造った城ではなく、ソルの勘違いだが。

「万の軍勢でも迎え撃てるか?」

「さすがに万は無理だろ? 味方は二百だ」

「……なるほど。それはそうだな」

 では味方が千であればどうなのか。ハーゼはこれを聞くことを躊躇った。予想通りの答えが返ってきた時、どう反応すれば良いか分からなかったのだ。

「耕作地にするには、川から水を引くことも必要か……丘を縫うように水路を作って……渡れる場所を限定すれば、さらに侵入しづらくなるな……大工事になるかな? いや、水止めを作って……ああ、それを水計に使うのもありか。さらに……」

 自分の存在を忘れてしまったかのように、一人でぶつぶつと呟きながら、考えに没頭している様子のソル。それを見て、ハーゼは呆れ顔だ。こんな人間が戦いの世界から逃れられるはずがない。こう思ったのだ。

「……いっそのこと、ここに新しい国を作りましょうか?」

 ハーゼとは少し違う思いを、離れた場所で様子を見ていたヒルシュは抱いた。

「この地だけでは狭すぎると私は思います」

 ソルが王として立つのであれば、王国全土を統べる王となって欲しい。カッツェはこう思っている。

「本人がその気になってくれれば、ですね?」

「ならないのでしょうね? どうしてでしょう?」

 竜王という最高権力者の側でソルは暮らしていた。ナーゲリング王国の王家であるシュバルツァー家の血を引いてもいる。だが、ソルからは権力に対する欲望というものが、まったく感じられない。それがカッツェはずっと不思議だった。

「……以前、少し聞いたことがあります。ソル殿はバラウル家の暮らしは、極めて不自由なものと思っていたそうです。恐らくは、王家であることは不幸でしかないと考えているのでしょう」

「不幸、ですか……」

 絶対権力者、恐怖の支配者であるバラウル家と不幸という言葉が、カッツェには結びつかない。

「私は少し分かります。ソル殿が求めているのは平凡な暮らし。家族仲良く、穏やかな毎日を過ごすこと。王家であること、バラウル家であることは、それを邪魔するものでしかないのです」

「でもそれは……バラウル家に限った話ではありません。ソル殿は……」

 ソルに平凡な人生など許されるとは思えない。そんな存在ではない。

「だから、あの方は無意識に自分自身を否定する……これは勝手な推測ですか……」

 ソルの全てを理解することは、悔しいが、出来ないとヒルシュは考えている。異能を持つ身であっても、ソルに比べれば、自分たちは平凡な人間。世界を変える、運命を作りだす存在ではないのだ。

「……今この時も、あとで考えれば、意味があることなのかもしれません」

 世の中の流れを避け、関りのない生き方をしようとしている。そんな今の状況も、あとで振り返ると、とても大切な、必要な時間なのかもしれない。カッツェは、ふとこう思った。

「きっとそうなのでしょう。だから私たちは、その将来まで生き残る力を身につけなければならないのです」

「そうですね」

 ソルと行動を共にする。ここまではそれが出来た。だがこの先もそれが叶えられるとは限らない。激動の時代に、その中心にいることになるだろうソルの側にいるということは、常に命を危険に晒し続けるということ。それを乗り越える力が必要なのだ。
 その為には何を行わなければならないのか。彼らも考える時間を必要としているのだ。

 

 

◆◆◆

 まだ全体の動きは鈍い中で、ツェンタルヒルシュ公国領内だけは戦乱の激しさが加速している。領内のあちこちで暴虐の限りを尽くす竜王軍。当初はそれを野戦への誘いと見て、泣く泣く傍観していたツェンタルヒルシュ公国であったが、事態は放置が許されない状況まで悪化している。無為無策の公国に対する不満が膨れ上がり、今にも爆発しそうな事態になってしまったのだ。
 何か月もかけて守りを固めてきた公都ヴィルデルフルスだが、敵と戦う前に、内に暮らす公都民の反乱によって落ちてしまうかもしれない。そんな危機感がツェンタルヒルシュ公国を動かした。軍事的には悪手だと分かっていても、動かざるを得なくなった。
 ただ、その決断をさせた理由は悪いものだけではない。ディートハルト率いる旧ナーゲリング王国軍の合流も、その決断の後押しとなった。

「活動している竜王軍は、およそ一万。大隊規模に分かれて領内で活動しております」

「およそ十部隊ということかな?」

「十部隊と決めつけることは出来ませんが、おおよそ、その数だと考えております」

 公国領内の情報収集は思うように出来ていない。自領内であっても、公都以外の地域に存在していた組織は壊滅状態。統制が取れていないよう見える竜王軍の動きを追いかけるのは、難しい状況になっているのだ。

「一万の軍勢を動かして、やっていることは略奪行為か」

 竜王軍の目的がクレーメンスは分からない。陽動作戦だとは考えているが、そうだとしても占領地政策を進めることなく、ただ略奪を繰り返すやり方は理解出来ないのだ。

「少し状況が分かってきました。これも断言は出来ませんが、敵の目的は流民を生み出すことのようです」

 情報収集は、被害が出るのを覚悟の上で、旧ナーゲリング王国軍が行っている。これはその情報収集の過程で竜王軍と何度も戦った中で、明らかになったことのひとつだ。

「流民を? それは……なるほど。ノルデンヴォルフ公国とオスティンゲル公国への嫌がらせか」

「ただの嫌がらせでは済みません。逃げてきた人々を保護する為に、両公国は物資を供出しなければならなくなります。それだけでなく、人の手も多く取られることでしょう」

「なんとも……竜王というのは、このような策まで弄するものなのか」

 敵地に攻め込む前に、その国力を疲弊させておく。そのような、慎重とも言える策をアルノルトが選ぶのをクレーメンスは意外に思った。もっと力押しで来ると思っていたのだ。

「人々の苦しみを無視すれば、勝つための方策として有効だと私も思います。このような戦い方をされては、正直、隙が見えません」

「勝つのは難しいか……」

「一方でこの地の竜王軍の動きはバラバラ。かなり非効率に思えません。これは隙といえば隙です」

 各部隊は、連携がとれているとは思えない動きを見せている。部隊の動きだけであれば、隙だらけとも言えるのだ。それがディートハルトを混乱させてもいる。竜王軍の意図が読み切れず、どう対応すれば良いのか、決めきれないのだ。

「そうであっても、いざ戦えば、竜王軍は強い。隙のある動きもまた、誘いである可能性があるか……」

 同数では旧王国軍は歯が立たない。三倍は揃えて、且つディートハルトが自ら指揮を執って、なんとかというところ。五千の旧王国軍で一万の竜王軍を押さえるのは、ほぼ不可能なのだ。

「敵の動きを読みきれれば、各個撃破も出来ると思うのですが……」

 ディートハルトの軍才をもってしても、それが出来ない。竜王軍が、軍略に沿った動きをしていないことが原因だ。統制が取れていないことは隙であるが、その隙を突くのに無統制の意表を突く動きが邪魔をするのだ。

「ノルデンヴォルフ公国とオスティンゲル公国の準備が整えば、どうだ?」

「味方の数が揃えば、選択肢は増えます。ただし、竜王が今の状況を変えようとしなければ、という条件が付きます」

 ノルデンヴォルフ公国とオスティンゲル公国が、それぞれ援軍を送ってくれば、味方の数は増える。だが、そういう状況になったあとも、アルノルトが今のやり方を続けるとは、ディートハルトには思えない。

「……そんなはずはないか。竜王軍の全容を、どうにかして把握出来ればな」

 竜王軍の動きはツェンタルヒルシュ公国領内しか見えていない。どれだけの軍勢が、どこにいるか分かっていないのだ。それが分かれば、ある程度、味方の動きも決まってくる。守るか、攻め込むかの決断が出来る。
 当然、ツェンタルヒルシュ公国だけでなく、ノルデンヴォルフ公国とオスティンゲル公国も情報を掴もうと動いている。だがまだ有用な情報を手に入れられていないのだ。

「初期段階で王国組織が壊滅に追いやられたのが……いえ、最初から王国組織は正しく機能していなかったことが、現状を招いております」

 ナーゲリング王国の組織には、アルノルトの息がかかった者たちが浸透していた。戦時にもっとも必要な情報局も同じだった。さらに王都を落とされたあとの、虐殺と表現しても過度ではない、徹底した掃討作戦によって、王国に忠誠を向けていた人たちは討たれてしまった。王国組織で残ったのは将兵だけ、という状態なのだ。

「純粋な軍の戦闘力だけでなく、情報戦でも我々は大きな後れをとっている。さらに国力を疲弊させるような策の実行。思っていた以上に手強いな」

「仕方がない、と言ってしまえばそれまでですが、相手は何年もかけて準備してきたのです。今の段階で劣勢であることは、受け入れるしかありません」

 すでに、竜王殺害計画もまたアルノルトの策略であったことは、二人にも伝わっている。ナーゲリング王国建国前から、敵は準備を進めてきた。わざわざ一度、国を滅ぼして。

「問題はこれから。この劣勢をどう挽回し、最終的に勝利を掴むか。その方策か」

「失礼ながら貴公国単独では不可能でしょう。私自身は皮肉にも感じますが、もっとも頼りになるのはオスティンゲル公国。かの公国の動きにならうしかありません」

 反ナーゲリング王国の急先鋒であったオスティンゲル公国が、今この状況でもっとも頼りになる味方。ナーゲリング王国の将として、オスティンゲル公国を仮想敵国と見ていたディートハルトにとっては、複雑な思いを抱いてしまう状況だ。
 だがディートハルト個人の感情に関係なく、アルノルトが生きていたという想定外の状況を除けば、オスティンゲル公国が最強と評価されていたのは紛れもない事実。立場が変われば、心強い味方なのだ。

「もっとも頼りになる味方か……」

 これを考えた時、クレーメンスの頭に浮かんだのはオスティンゲル公国ではなかった。ツヴァイセンファルケ公レアンドルとの戦いで、圧倒的な力を見せたソルが頭に浮かんでしまう。自らをバラウル家の一員と考えているソルを頼ることなど出来ないと分かっていても、クレーメンスの頭から消えることはなかった。

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