月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第90話 呆気なく陥落

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 ソルはツヴァイセンファルケ公国の公都フォークネレイまで、あと一日の距離までやってきた。予定よりも早い進軍。ある時期を境に、ツヴァイセンファルケ公国軍の抵抗が弱まった結果だ。
 公都の守りに戦力を集中させる為など理由は考えたが、それはソルにとって、どうでも良いことだ。ツヴァイセンファルケ公国軍が何を考えていようと、フォークネレイに向かうことは変わらない。ルナが本当に監禁されているのか確かめ、事実であれば助ける。それがソルの目的なのだ。
 一気に公都フォークネレイまで足を進める予定が、手前で停止したのはツヴァイセンファルケ公国側から交渉を申し入れてきたから。ツヴァイセンファルケ公国を滅ぼすことが目的ではないソルにとって、交渉は歓迎だ。協力的な交渉であればだが。

「……誰?」

「えっ……?」

「いや、だから、その女の人は誰?」

 ツヴァイセンファルケ公国の責任者は協力的だった。進軍を止めることを条件にルナを解放し、ソルのところまで連れて来てくれたはずだった。

「えっと……王女殿下……ではない?」

「馬鹿にするな。俺がルナと別の女性を間違えるはずがない。それにその女性はルナと違って……えっと……まったく異なる魅力を持つ女性だ」

 ツヴァイセンファルケ公国はくだらない策で時間を稼ごうとしている。こう考えて、かなり怒っているソルだが、女性に対して言葉を選ぶことは忘れなかった。「美人ではない」という言葉の代わりとしては、少し分かりづらいが。

「……嘘?」

「嘘って……お前はルナを知らないのか?」

 ただ交渉相手の反応は演技とは思えない。本当に驚き、動揺しているように見える。

「もちろん知っていますが、拝顔したことはありません」

「ああ……それはあるか。でも、この女性をルナと思うかな?」

 以前からルナは人前に出ることをしなかった。それは身を隠して暮らすようになってからも同じだったのだとソルは思った。それだけではなく、最初にルナが監禁されている情報を伝えた元竜王軍のクレーメンスは以前から軟禁状態にあったとも言っていた。この男の地位がどの程度のものかソルはまだ知らないが、ルナの顔を知らなくてもおかしくはない。
 ただそうだとしてもルナの美貌は有名なはず。目の前の女性は……かなり異なる魅力の女性だ。

「あの……騙すつもりはなかったのです。本当です! 私は監禁されている王女殿下をお連れしろと間違いなく命じたのです!」

「監禁……ルナが監禁されているのは事実なのだな?」

 監禁は事実。覚悟はしていたことだが、また一人、それを証明する人物が増えたことはショックだった。アルノルトは娘であるルナを本当に監禁していると証明されたのだ。

「私はそう聞いておりました。城の地下牢に監禁されている王女殿下を見張ること、それと……いくつか命じられておりました」

「いくつかというのは?」

 明らかに相手は何かを誤魔化そうとしている。自分にとって都合の悪いことだ。それはソルにとっても悪い知らせ。それでも誤魔化されたままでいることは出来ない。ソルは真実を知らなければならないのだ。

「…………」

「隠すほうが立場が悪くなるけど?」

「……処刑を……命が届き次第、王女殿下の御命を、その、奪うようにと」

「…………」

 監禁するだけではなく、命まで奪うことになっている。命令は確認するまでもなくアルノルトからのもの。彼以外にそれを命じられる者はいない。
 クレーメンスがもたらした情報は真実だった。ソルにとっては最悪の事実だ。

「竜王様の命令なのです! 私には拒否することなど出来ませんでした!」

「……分かっている。それで貴女は? 貴女はどうして地下牢にいたのですか?」

 アルノルトの命令であることの裏付けなどソルは求めていない。求めるものはルナの居場所。その居場所を知る手がかりはないかと、地下牢に囚われていた女性に問いを向けた。

「……私は、ただ大人しくしていればお金がもらえるということで」

「それはルナの振りをしろという意味ですか?」

「分かりません。言われたのは一言もしゃべることなく、顔を見られないように牢の奥で、じっとしているようにということだけです」

 自分が何の為に地下牢にいるのか女性は理解していない。ただ言われた通りにしていただけだ。そんなことがあり得るのか。周囲の多くは女性の説明を疑ったのだが。

「……食事も与えられ、雨露をしのげる屋根もあり、さらにお金まで貰える良い仕事だと思った?」

 ソルは違った。迷うことなく地下牢に入れられる仕事を受ける人もいることを知っていた。今日の食事にも困る貧民窟の人たちだ。

「はい」

「家族は?」

「弟が一人」

「では、その弟さんのところまで送ります」

 ただ女性の話をまったく鵜呑みにするわけではない。ここで追及しても女性はこれ以上のことは話さない。自由の身にして、女性がどのような行動を取るかを監視させるつもりだ。

「では、私が」

 ソルの意をくみ取って諜者として活動している長の部下が進み出てきた。ソルも適任だと思う相手だ。実際には彼だけでなく、他にも何人か動くことになる。顔を見せないその何人かが、本当の監視役だ。

「じゃあ、お願い。あと、謝礼を」

「……えっ? 私ですか?」

 ソルの視線は自分を向いている。それにツヴァイセンファルケ公国の責任者は驚いた。

「我々が頼んだ仕事じゃない。誰かは知らないけど、そちら側の人間なのは間違いない。だから女性への謝礼はそちら持ち。それとも拒絶ってこと?」

「い、いえ! 払います! ただ額は?」

「とりあえず、空き家一軒と職場の紹介。職場は給料安くても良いので、つらくないの。あと一年分の生活費かな?」

「えっ……?」

 驚きの声は女性のもの。

「約束された報酬はもっと良かった? だったら生活費を多くしましょうか?」

「い、いえ! あっ、いえ、多いほうが……それは……良いのですけど……」

 約束された報酬はもっと低かったということだ。そもそも貧民窟で仕事もなく暮らしている人は、盗む以外にお金を得る機会がない。お金と物を交換する経験がないので、額の大小についての感覚があまりないのだ。

「偉そうなことを言える身ではないですけど、遊んで暮らせるお金なんて手に入れても不幸になると思います。不当な手段で大金を手に入れた結果、身を持ち崩した人とか知りませんか?」

 普通の暮らし。何が普通かは、普通をほとんど経験したことがないソルには分からないのだが、だからこそ、それを求めるのだ。

「……分かりました。ありがとうございました」

 女性はソルの話に納得した。ソルの言うことが理解出来た。貧民窟にも大金を手に入れられる人がいる。力ある人物が大金を得ても問題ないが、そうでない人物の末路はたいてい悲劇で終わることを彼女も知っているのだ。

「さて……それで? ルナの居場所に心当たりは?」

 女性のことは、ひとまず解決。そうなると次は、他にルナの居場所を知る手がかりがないかを確かめなければならない。

「……ありません」

「ない……じゃあ、探してもらいましょうか。それが停戦の条件です」

「探す……それはどこを?」

 探すにしてもまったく当てがない。停戦条件とされれば従うしかないのだが、見つからない場合のことを恐れてしまう。アルノルトと同じであれば、失敗の先に待つのは死、なのだ。

「決まっている。ツヴァイセンファルケ公国全土。それで見つからなければ、王都周辺。それでも駄目ならヴェストフックス公国」

「…………」

 王国全土を見つかるまで探す。ソルはそのつもりだ。もっともそれが終わる前に、事は起こるはずだが。

「そっちは、もう竜王様を裏切った。こちらに付くしかないと思うけど?」

「……そうですけど」

 それは分かっている。ただアルノルトに殺される前にソルに殺されると思ったから、こういう行動に出たのだ。命令に従って、結局、殺されるのでは意味がない。

「別に見つからなくても殺さない。探して見つからなければ、知っている人に聞きに行くだけだ」

「それは……」

 聞きに行く相手は、まず間違いなくアルノルト。自殺行為にしか思えない。

「そこまで付き合えとは言わない。やってもらうことはツヴァイセンファルケ公国の名で全土にルナの情報提供を求めること。残った軍を使って、怪しい場所を探すこと。これだけ」

「ですが」

「じゃあ、ツヴァイセンファルケ公国での捜索は竜王様が公都に近づいたら終わり。王都周辺に移動する。俺が死んだら、それも終わり。すぐに逃げること。これでどう?」

「……本当にそれで良いのですか?」

 自分たちは安全な場所にいて良い。危険が及んだら逃げても良い。ここまで譲られると、逆に不安に感じてしまう。

「もちろん。これは俺の個人的なこと。本当は巻き込んで悪いと思っている。ただ、諦めるわけにはいかないんだ」

 ルナの助け出す。次は失敗出来ない。失敗すれば、生きてきた意味がなくなる。ソルはこう考えている。今もルナは、ソルの人生そのものなのだ。

「……分かりました。ただ全員が協力するとは限りません」

「分かっている。竜王様の下に行きたい人は行かせれば良い。そのほうが物事は進む」

 アルノルトに忠誠を向けている者。逆らうことを恐れている者。そういう人たちを無理やり協力させても役に立たない。邪魔になる可能性もある。ツヴァイセンファルケ公国の人たちを使ってルナを探すことなど、ソルは考えていなかった。ルナの捜索を手伝ってくれる人が増えただけで十分だと思っているのだ。

「ああ。歯向かってくる人は殺す。敵を許すほど寛容ではないから」

「……分かっています」

 彼にとっても望むところだ。彼はもうアルノルトに許されることはない。手柄欲しさに、アルノルトは手柄だと認めないだろうが、命を狙ってくる者もいるはずだ。そういう敵をソルは排除してくれるというのだ。
 少しでも長く生きたければ、当面はソルの側を離れないこと。彼は心の中でそう決めた。

 

 

◆◆◆

 ソルの後を、もっとも早く追いかけたのはクリスチャンが率いる竜王軍。追跡を始めたばかりの頃は、余裕で追いつくと思っていた。だが予想に反して、ソルたちの進軍速度は早い。結局、追いつくことなく公都フォークネレイの近くまで来ることになってしまった。

「フォークネレイが落ちた? 嘘だろ?」

 いくらなんでも早過ぎる。フォークネレイは公国の都。旧王都には遠く及ばないが、防御力はそれなりにある。千人ほどの軍勢で、短期間で落とせるはずがないのだ。

「公都守備部隊は降伏したようです」

「だろうな。しかし、降伏を選ぶか……すぐ目の前に迫っている死よりは、ということか」

 アルノルトを裏切る決断を良く出来たものだと思ったが、そうしなければソルに殺される。降伏を決断した将と同じことをクリスチャンの部下も考えた。

「どうしますか? 守備部隊も心から従っているのではないはずです。攻めれば数で勝る我々が勝てます」

「数が多いほうが必ず勝つのならフォークネレイは落ちてない。進軍の速さは強さの証明だ。ツヴァイセンファルケ公国軍が足止めも出来なかったということだからな」

「では、どうするのですか?」

「俺に聞くな。決めるのはクリスチャン様だ。そのクリスチャン様が不在なのだから、しばらく様子見だろ?」

 クリスチャンは追撃部隊にいない。別の場所に行っている。ソルを追う前に、やらなければならないことがあるのだ。

「それで大丈夫ですか?」

「命令もないのに戦って、負けるよりはマシだ。まだ生き延びられる可能性は高い」

「……確かに」

 勝手に行動して、勝手に失敗する。アルノルトがもっと嫌うこと。まず間違いなく命はない。追撃部隊四千が皆殺しにされる可能性が高いのだ。それに比べれば、何もしなかったことのほうが、アルノルトの基準では、罪は軽いはず。皆が納得する判断だ。ソルとの戦いを避ける為の口実とは思われない。

(……予定外に事が進んでいるけど……どうなのだろうな? 案外、これが正解なのか?)

 このクリスチャンの部下は、多くのアルノルトの臣下とは違う。アルノルトの為ではなく、アルノルトへの恐怖心からでもなく、クリスチャンの考えに共感して、行動を共にしているのだ。

(ソル……イグナーツ・シュバイツァー? 名前なんてどうでも良いか。重要なのは彼が何を為すかだ)

 この展開は、どういう結末に繋がるのか。それは彼にも分からない。だが、状況の変化は彼にとっては望むところだ。アルノルトの思惑から外れた展開は。
 それをもたらそうとしているソルという存在が、彼は気になる。もともと気にはなっていた。アルノルトに従うことも敵対することも選ばない存在。無名な存在であればまだ分かるが、ソルはそうではないのだ。
 そのソルが、アルノルトに刃向かう形で動いた。これが戦いにどのような影響を及ぼすのか。結果はどのようなものであれ、何も変わらないはずがない。ソルは彼にそう思わせる存在なのだ。

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