月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第86話 彷徨う恨みは向く先を求める

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 ツェンタルヒルシュ公国にいる連合軍は、その矛先を、公都を囲むようにして陣取っている竜王軍に向けることになった。多くても千五百ほどの軍勢。誘いである可能性はあっても、上手くいけば各個撃破出来る。クリスティアン率いる竜王軍の増援が領内に侵攻してくる前に、ケリをつけてしまおうと考えたのだ。
 そう決断した理由は他にもある。ツェンタルヒルシュ公国領内の支配権を取り戻すことがそれだ。竜王本人、そして息子のクリスティアンがすでに参陣している竜王軍には、もう余力はない。こう仮定すれば、今、ツェンタルヒルシュ公国内にいる一万を排除してしまえば、領地の支配権を奪い返せる可能性が生まれる。公国の人々が安心して暮らせる状況になれば、生産力も少しずつだろうが、戻ってくる。ノルデンヴォルフ公国からの補給を断たれたままでは、ツェンタルヒルシュ公国にいる軍は立ち枯れるだけ。わずかであっても領内の物資が枯渇している状況を改善しなければならないのだ。
 半円に配置されている竜王軍の部隊を、時計回りに討っていく。それは当初、期待していた通りの戦果を得た。計算が、虫のいい計算であることは分かっていたが、狂ったのは四拠点目に取り掛かった時だ。

「敵の居場所が分からなければ、戦いようがないぞ!」

「そんなことは分かっているよ! 文句を言っていないで、自分で見つければ!」

 敵の奇襲を受けて、大混乱に陥っている連合軍。不意打ちをくらった、というだけでなく、敵部隊は神出鬼没で対応しきれないのだ。

「なんだよ、これ? まるでソルと戦っているみたいだ」

 遠くまで見通せない丘陵地帯で、次々と現れては消えて行く敵部隊。完全にこちらの動きを読まれて、先回りされている。こういう戦いをルッツは知っている。以前は、神出鬼没に動く側だったが。

「ソルだと? 敵に回った……いや、違う! クリスティアンか!?」

 ソルの戦い方はアルノルトに教わったもの。そうであれば、実の息子であるクリスティアンも同じ戦い方が出来てもおかしくない。

「嘘だろ? それこそ、どこから?」

 クリスティアンはノルデンヴォルフ公国にいるはず。公都から見て、南側のこの場所にいられるはずがない。いくら急いでも辿り着ける距離ではないとルッツは考えている。

「……こちらの考えを読まれていたか。まんまと誘いに乗ってしまったということだな?」

「そうだとしても、このタイミングで現れるか?」

「こちらが動くのとほぼ同時に、敵も動いたということだ。地図を見ただけで、正確に移動時間を計算できるというだけではないな。考えを読む力……いや、仕向けられたのか」

 最善と思われる選択を行ったつもりが、その選択が最善だと思う状況を作りだされていた。そういうことだとバルナバスは考えた。

「泣きそうになってきた。竜王も同じことが出来るとしたら、そんな敵にどうやって勝つのさ?」

 ルッツがもっとも尊敬している将であるディートハルトを超えるかもしれない名将が二人いる竜王軍。そんな敵とどう戦えば良いのか。指揮官として口にしてはいけない愚痴が、思わず、ルッツの口からこぼれ出てしまう。

「それに匹敵する人間を味方にするのだな」

「それが出来ないから困っている。ソルは愛弟子だよね? 味方になるように説得してよ」

「それについては申し訳ないと思っている。大人しく引き下がることなく、なんとしてでも会って話すべきだった」

 ソルの気持ちを考え、「会えない」という言葉を受けて、素直に引き下がってしまった。今となっては後悔しかない。瀕死の重傷を負いながらも竜王軍の将に一騎打ちで勝利したことで。どこか戦いを甘く見ていたのかもしれないとバルナバスは思っている。

「はあ、反省している場合でもない。とにかく、この状況を……」

「なんとかしなければ、だが……すでになんとかなったか?」

 周囲の喧噪がいつの間にか収まっている。戦闘が止んでいるのだ。

「……また敵の方が引いたってこと? 今度は何を企んでいる?」

 態勢を立て直せないまま全滅してしまうかと思うような状況だった。敵の側に引く理由はない。あるとすれば、また何かを企んでいるのだとルッツは思った。

「まずは全軍を集結させて、被害状況の確認だ。それが終わったら、速やかにここから離れる。もっとまともに戦える場所に」

「賛成……あっ、分かったかもしれない」

「何が分かった?」

「敵が引いた理由。ソルの戦い方の難点は味方への情報伝達。部隊がどこにいるか分かっているのは、ソルだけだったからね」

 部隊が今どこにいるか。数分後にはどこにいるかは、全てソルの頭の中。状況が変化した時、展開している各部隊はソルの指示を受けなければ、どう動けば良いのか分からなくなる。

「どうやっていたのだ?」

「空を飛ぶ鳥を見ていた。ソルの伝えた通りに飛ぶ大鷲だ。あらかじめ合図を決めておいて、その通りに動く。たとえば、回った数が部隊の番号で、移動先はその後に飛んだ方向。複雑なのは無理でも、ある程度は伝達できる」

「……とんでもないな」

 大鷲を伝令に使う。そんな真似が誰に出来るというのか。特別な能力を持っていないと出来ることではない。部隊指揮に関しては同じ能力があっても、その力がないと同じことは出来ないということだ。

「クリスティアンはソルの大鷲に代わる何かを持っていない。そうだとすれば、最初に指示した通りに部隊が動いたところで終わり。状況が変われば、一旦、引くしかない」

「つまり、また状況把握が済んだところで攻めてくるということだ。集結は止めだ。各部隊バラバラに移動させろ」

「それはかなり危険だけど……居場所を完全に把握されるよりはマシか。分かった……といっても伝令が大変だ。四方八方に人をやって、見つけた者に伝えて行くしかないね。分かった?」

 ルッツの話を聞いて、周囲にいた伝令役が一斉に全方向に散って行く。

「……私も少し分かったかもしれない」

「何を?」

「竜王の気持ちだ」

「怖っ。私は分かりたくないね」

 アルノルトが何を考えているかなどルッツには、まったく分からない。分かりたくもない。アルノルトの行動は異常だ。その気持ちが分かるというのは、どこか似たものを、異常性を持っているということ。こう考えているのだ。

「個として王国最強の力を持ち、将としても極めて優秀。戦乱の世であれば英雄と評されただろう力だ」

「……英雄と呼ばれたいから戦乱を巻き起こした?」

「やり方が多くの人に受け入れられるものではない。現実には英雄とは呼ばれないだろう。それでも歴史に名を遺すのは間違いないな」

 バラウル家による支配が百六十年以上続いているが、改めて考えると、人々の記憶に残る竜王は何人いるのか。悪逆非道な行いを為した竜王の記録は多くある。それも「多く」の誰かであって、「この人」ではないのだ。

「……公国を全て滅ぼし、完全支配を確立した王。初代征服王を超える王になることが、竜王の目的だと?」

「分からん。だが竜王の側から見れば、そういうこともあるかもしれない」

「滅ぼされる側にとっては受け入れられない勝手な目的だ……でも、まあ、戦争ってそういうものか」

 ルッツがアルノルトの思いに共感することは、まったくない。共感出来ないから、アルノルトの野望を、ルッツにとってはただの暴虐を、止める為に抗っているのだ。だが、自分たちが絶対的な正義だとも思わない。正義を信じて戦うという思いは、いくつかの経験を経て、薄れているのだ。

「そんな風に思うのだな?」

 バルナバスにルッツのような思いはない。ただ戦いに勝利する為に強くなることだけを考えてきた。軍人として命令に忠実であるべきと考え、戦う理由は人任せだった。

「自分にとっての英雄が、別の人にとっては家族の仇であるという例を知ったからね」

「……だが、それは間違いだった」

「そうであることが分かっても動かない。家族であることに変わりはないと考えているということだ。私たちの正義はその思いに負けている」

 ソルを動かすだけの正義は自分たちにはない。少しソルを信じる気持ちが強すぎることによる思いだが、ルッツはそう考えている。

「……だとしても、竜王が悪であることは間違いない。多くの命を奪い、さらに多くの命を消し去ろうとしている。絶対に止めなければならないのだ」

「分かっている。戦い続けるという気持ちに揺らぎはないよ」

「では戦うぞ。すぐに、また敵が攻めてくる」

 勝利を掴むまで戦い続けるしかない。たとえそれを成し遂げることなく死ぬことになるとしても、抗うことを止めるわけにはいかない。これがバルナバスにとっての正義だ。

 

 

◆◆◆

 ツェンタルヒルシュ公国領の南部で連合軍とクリスティアン率いる竜王軍との激戦が行われている頃も、ソルたちがいる北東部の一部地域では穏やかな日々が続いている。クリスティアンに攻める意志はない。連合側もソルを敵に回すような行動は選択しない。今はソルが望む通り、中立としての立場が確立出来ているのだ。

「……何、その旗?」

「作った。図柄はウィンディが考えたものだ。悪くないだろ?」

 ハーゼが持っているのは、黒地に金糸で太陽、銀糸で三日月を描いた旗。ソルが初めて見る旗だ。

「作った? 何の為に?」

 何故、旗を作る必要があるのか。ソルの心の中には疑念が湧いている。ハーゼたちが、ソルにとって、良からぬことを企んでいるのではないかと考えているのだ。

「ノルデンヴォルフ公国に竜王軍が進出したせいで、まとまった人数を見ると皆、逃げ出すようになった。それじゃあ、買い出しが出来ないだろ?」

「だから、その旗を掲げることにした?」

 疑っていることをあからさまに示す目つきで、ハーズを睨むソル。太陽が自分を、月はルナを指していることは分かる。竜王軍ではないことを示す為であるとしても、そんな図柄である必要はないはずなのだ。

「本当だって。これは無駄な争いを避ける為のものだ」

 こう言い訳するハーゼは、ソルが何を疑っているか分かっている。戦旗として用いる為の旗を作った、つまり、参戦を促そうとしているのだと、ソルが疑っていることを。

「……本当にそうなら別に良いけど……ノルデンヴォルフ公国の様子は?」

「思っていたより落ち着いている。竜王軍はきちんと統制がとれているようだな」

 ノルデンヴォルフ公国領内で暴虐な振る舞いがされている様子はない。連合軍に協力していない人たちに対しては、という前提条件があるが。

「そうか。それは良かった」

「ウィンディの爺の配下があちこちで情報を集めているようだが、今のところは竜王軍が優勢のようだな」

「ウィンディの爺? もしかして長のことか?」

 長が一族の者たちを使って、各地から情報を集めていることは知っている。それもソルが、ハーゼたちは参戦を望んでいると疑う理由だ。この地で中立を守るだけであれば、広範囲で情報収集を行う必要などないとソルは考えているのだ。

「ああ、その長。ウィンディの爺だろ?」

「いや、違うだろ? そんな話聞いたことがない」

「ええ? そっくりじゃないか。どう見ても爺と孫だろ?」

「……考えことがなかった。いや、でも違うと思うけど……」

 ウィンディ、当時はミストと名乗っていた彼女がルシェルに仕えることになったのは、諜者にしたくないという家族愛から。可能性としてはなくはないが、そういった特別扱いを一族の長がするものかという思いも、ソルにはある。

「本人に聞いてみないと分からないけどな。まあ、これまで何も話さなかったということは、そういうことか」

 真実がどちらかはハーゼにも分からない。追及して良いこととも思わない。ウィンディがその可能性を知らない、もしくは知っていてソルに話さないことを、他人が踏み込むべきではないと考えているのだ。

「……このまま竜王様の勝ちか」

「ひっくり返す方法はないのか?」

「…………」

 またハーゼを軽く睨むソル。

「ただの興味本位だ。深い意味はない。本当」

「……戦い方を間違えたかな? とにかく竜王様を倒すということであれば、最大戦力をぶつけるべきだった。でも今は戦場が分散している。オスティゲル公国が切り札を隠しているのでなければ、今の状況は変えられない」

 ソルの意見は結果論だ。オスティゲル公国は自軍だけでアルノルトが率いる竜王軍に勝利出来ると考えていた。少なくとも善戦は出来る前提だった。アルノルトが率いる軍の侵攻を食い止めている間にツェンタルヒルシュ公国での戦いが、ノルデンヴォルフ公国からの援軍により、勝利で終われば、ソルの言う最大戦力をぶつけることが出来たのだ。
 だが現実はそうならなかった。両方の戦場で連合軍は劣勢に追いやられているのだ。

「切り札か……」

 オスティゲル公国には、おそらく切り札はない。そんなものがあれば犠牲を増やす前に戦いに投入するはず。そうなると連合軍には勝ち目がない。
 ただ一つの可能性を除いて。その可能性をハーゼたちが現実にしたいのだ。

 

 

◆◆◆

 ハーゼは「あちこちで情報を集めている」とソルに告げたが、実際には広範囲で活動する力は長の一族にはない。活動場所はオスティゲル公国とツェンタルヒルシュ公国の戦場近く、それとツヴァイセンファルケ公国とヴェストフックス公国、両公国の公都だ。戦場は戦況を見極める為の情報収集。そして戦場ではないツヴァイセンファルケ公国とヴェストフックス公国で活動している理由は、ルナの行方を探す為。ソルを動かすことが出来るのはルナだけと考え、その行方を探しているのだ。
 ルナが協力してくれる保証はない、彼女はバラウル家の人間だ。協力しない可能性のほうが遥かに高い。だがどちらの結果になるにしても、接触できなければ何も変わらない。そう考えて活動している人たちだが。

「……死体を担いで、どこに行くつもりだ?」

 女性の死体を背負って歩く、どうやら竜王軍らしき人物に、声をかけた長の部下。しばらく気付かれないように気配を潜めて様子を見ていたのだが、男の歩みはいつまで経っても止まらない。このままでは埒が明かないと考え、姿を見せることにしたのだ。一人だけが。

「…………」

 だが相手は無視。無言のまま、歩き続けている。

「……念のための確認だが、その死体はルナ殿下のものではないだろうな?」

「……ルナ殿下?」

 ルナの名に男が反応を示した。

「ルナ殿下を知っているのか?」

「……知っている」

「……ルナ殿下の居場所は知っているのか?」

 諜者らしくない馬鹿正直な行動。だが、彼らは手がかりに飢えているのだ。ただ闇雲に調べていても居場所を掴めない。知っている者から、手段は選ばず、聞き出すしかないと考えている。そういう点で軍から離れて、一人であるこの相手は情報を得るには恰好の相手なのだ。情報を持っているのであればだが。

「それを聞いてどうする? お前たちは何者だ?」

「……竜王に敵対する立場ではない」

 男は「お前たち」と言った。隠れている味方の存在に気が付いているということだと部下は受け取った。

「では、話す必要はない」

「……敵であれば話すのか?」

「どちらでも同じだ。ルナ王女の居場所を知って、どうするつもりか知らないが、人質になんてことを考えているのであれば無駄だ。竜王は家族さえ切り捨てる。ルナ王女は既に切り捨てられている」

「それはどういう意味だ? ルナ殿下に何があった? まさか、亡くなられているのか?」

 男の言った「切り捨てられている」の意味。その内容によっては彼らの目的は達成されることになる。もちろん、裏付けを取る必要はあるが、可能性を知るだけでも意味はあるはずなのだ。

「分からないな。お前たちは本当に何者だ?」

 相手にはルナに対する敬意がある。だが竜王に仕えているわけではないのは間違いない。必要となれば、敵に回る意志も感じられる。だからといって連合側でもなさそうだ。男は相手の素性が気になった。

「……ある人の為にルナ殿下の居場所を探している。すでに亡くなられているというのであれば、その事実を伝えなければならない」

「……もしルナ王女が竜王に殺されているとしたら、その、ある人はどうするつもりだ?」

「竜王を殺す、はずだ」

 たとえアルノルトであったとしてもルナを殺した相手を、ソルが許すはずがない。アルノルトと敵対することへの躊躇いは、娘であるルナとの関係があるからこそ。こう長たちは考えているのだ。

「もし本当にそれが出来るというのであれば、教えても良い。ただし、その人物に直接話す」

「分かった。会わせる。貴殿の名を聞かせてもらえるか? 出来れば、その女性の名も」

 即答した部下だが、実際に会わせるかはこれから決めることになる。ソルに会わせても問題のない人物か。可能な限り情報を集め、拠点に辿り着くまでにその言動から人物を見極め、判断することになる。

「……私の名はシトリンだ。竜王に仕えていたが、今は抜け出している。彼女の名はヴィオレット。オスティゲル公国の将で……竜王に殺された」

 相手のやり方はシトリンも理解している。名だけでなく、他の情報も相手に与えた。ただ「私の恋人だった」という言葉は、「竜王に殺された」に変えた。彼女を守れなかった自分に、恋人を名乗る資格はないと思ったのだ。
 一人の男の恨みが、戦争の流れを大きく変えることになる、かもしれない。

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