月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第81話 衝突間近

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 ルッツ率いる旧ナーゲリング王国軍はノルデンヴォルフ公国の南にある軍事拠点を本陣とした。再編されたノルデンヴォルフ公国軍の内、およそ半数の五千、そしてそれを率いるルシェルもその拠点に入っている。最前線に出ることは叶わなくても、出来るだけそれに近い場所に居たいとルシェルが望んだ結果だ。我儘と言われるほどのものではない。今のルシェルはノルデンヴォルフ公国の実権と、旧ナーゲリング王国軍の統帥権を持つ立場。連合軍の本陣にいることは、当然といえば当然なのだ。

「竜王軍の部隊は、把握できている限りでは、五部隊。一部隊は千五百から二千というところです」

 ツェンタルヒルシュ公国から派遣されてきた情報組織の人間が現状の報告を行っている。ツェンタルヒルシュ公国に進軍する前の、最後の打合せを行っているのだ。

「居場所は特定できているのかな? それとも相変わらず、公国内を動き回っている状況?」

 ルッツがさらに詳細を尋ねた。ディートハルトとの合流がまだ叶わない今は、彼がこの場所にいる全軍の指揮官という立場だ。

「確認した時点では、動きを止めている状況です。公都を半円に囲むような形に配置されております」

「半円……こちらを迎え撃つつもりだとしても、その配置はどうかな? 一見、我々にとって都合が良いようだけど……」

 最大でも二千の部隊が点在している状態。各個撃破してください、と言っているようなものだ。そんな都合の良い話があるはずがない。罠と考えるべきだとルッツは思った。

「我が国の公都防衛拠点であった場所に居座っているという状況です。だからといって、敵が何かを企んでいる可能性を否定するものではないことは理解しております」

「サー・ディートハルトは何と言っているのかな?」

 自分が思いつくこと以上をディートハルトは考えているはず。ルッツはこう思っている。ツェンタルヒルシュ公国軍も含めた全体の作戦をディートハルトに任せるべきだとも考えているのだ。

「誘いであっても攻めないわけにはいかない。問題はどのような順番で攻めるかだ、と申されておりました」

「そう……」

 まだディートハルトも自信が持てる作戦を立てられていない。相手の説明はそうであることを示している。そのような状況で自分たちはどう動くべきか。動かないべきか。ルッツは決断出来ないでいる。

「悩むということは、五千の味方では二千の敵に勝つ自信がないということですね?」

 割り込んできたのは、つい先ごろ、新たに加わった味方。コーンデフルニカ党と呼ばれていたフルモアザ王国の旧臣たちの集団のリーダー格の一人だ。竜王軍の、元臣下に対しても容赦のない襲撃から逃れ、北に逃げて来たところでナーゲリング王国軍に合流したのだ。

「敵の増援が到着する前に敵に占拠された拠点を落とす自信はない、だね」

 数の上だけでも戦力差は二倍半。拠点の防衛力がどれほどのものかは、まだ分かっていないが、楽に落とせると考えられるほどの差ではない。手間取れば、確実に竜王軍の他の部隊が救援に来る。数での戦力差まで失えば、負けるのは味方ということになる。これこそが竜王軍の作戦ではないかとまで、ルッツは考えている。

「どれだけ速く拠点を落とせるかの勝負ですか……」

「君たちが期待以上の働きを見せてくれるのであれば、無用な心配だね? でも、申し訳ないけど、竜王軍相手に楽観視出来るほど、私は自信家じゃない」

 かつてのルッツを知る者がこれを聞けば、別人かと思うかもしれない。ナーゲリング王国の五将の中でも一番の自信家だったのだ。

「私たちも謙虚さというものを持ち合わせています」

「竜王軍の将と五分に渡り合えるだけでも良いのだけどね? 異能以外の部分では、我々が勝ると思っている」

「……それを実現する為に、ソル殿が必要なのではないですか?」

 彼女はソルを知っている。ソルがツヴァイセンファルケ公レアンドルを討ったことも。ソルであれば、竜王軍の将に対抗出来ると考えているのだ。

「ソルね……行方は分かったのかな?」

 ルッツもソルが居てくれれば心強いと思っている。だが、ソルを味方にするどころか、未だにどこにいるかも知らないのだ。

「申し訳ございません。我らは掴めておりません。それ以前に、そちらまで手が回りません」

「だろうね。こちらは……?」

 ルッツが問いを向けたのは元ナーゲリング王国の情報局の人間。ウィンディの一族の長ではない。別の人間だ。

「……ソル殿も、ソル殿の所在を知っているかもしれない者たちの行方もまだ掴めておりません」

 ソルの所在を知っているかもしれない者たち、というのがウィンディの一族のこと。彼らは、「これ以上、行動を共に出来ない」とだけ告げて、行方をくらましたのだ。
 だが理由を教えられなくても推測は出来る。彼ら、というよりウィンディとソルの関係性からの推測だ。

「であれば仕方がない。現有戦力でどう戦い、勝つかを考えなければだね」

 ルッツは指揮官だ。叶うかどうか分からない希望を頼りに戦術を考えるなんて、愚かな真似はしない。

「ソルは諦めるとしても、貴女たちのように北に逃れてきた人たちを味方にすることは出来るのではありませんか?」

 黙って聞いているだけだったルシェルが、ここで口を開いた。コーンデフルニカ党のように、竜王の弾圧から逃れて北に向かってくるフルモアザ王国の旧臣たちは他にもいるはず。そういう人々を味方に引き入れることを、彼女は命じていたのだ。

「出来るかもしれません。ですが、相手が見つからなければ、説得も出来ません」

 同じフルモアザ王国の旧臣として、そういった人たちに味方になるように説得するのはコーンデフルニカ党の役目。だが相手が見つからないのでは出番はない。

「ツェンタルヒルシュ公国に留まっているということでしょうか?」

「……その可能性はあります」

 別の可能性はソルの下にいるというもの。ソルの居場所を知っていれば、コーンデフルニカ党もまずはソルの下に向かったはずだ。自分たちが入手出来なかった情報を、他の党は入手した可能性を彼女は考え、不運に思っているのだ。ルシェルの前では、決して口にしないが。

「ツェンタルヒルシュ公国軍が戦力を高められているのであれば、良いのですけど」

「それはすぐに分かります。ただそれも今は不確定要素。これからの行動を決める条件にはなりません」

 コーンデフルニカ党の彼女が考えているのと同じことをルッツも考えている。ルシェルにそれを伝えないのも同じだ。ルシェルとソルの関係性は決して悪いものではないはずだが、味方の戦力増強を邪魔されているとなると、また違ってくるかもしれないとルッツは考えている。今の彼女は、理想だけを追いかけていられる立場ではない。なんとしても竜王を倒さなければならないのだ。

「そうですね……それで、どうするのですか?」

「ツェンタルヒルシュ公国領内に入る。今はこれ以外は決められません。サー・ディートハルトも作戦を考えているはずです。良い策が見つかれば、指示が届くはずです」

「そうですね。分かりました」

 戦場はツェンタルヒルシュ公国。そうであれば、領内に入る以外の選択肢はない。公都に入ることもない。公都籠城戦に戦況が進めば、外からの援軍が必要になる。その役目を担わなければならないのだ。
 連合軍は砦を離れ、ツェンタルヒルシュ公国領内に向かうことになった。議論しなくても決まっていたこと。結局まだ連合側は竜王軍の動きを読みきれていない。戦術を確定するには、情報が足りないのだ。

 

 

◆◆◆

 クリスティアン率いる竜王軍北部制圧部隊は、すでにツェンタルヒルシュ公国に入っている。総数は二万。だが、移動は小部隊に分散して行われている。連合軍側に動きを掴ませない為だ。公都を半円に囲むように配置させたのも、そちらに連合軍の意識を向けさせる為。今のところ、連合側はまんまと嵌っているということになる。公国領内は竜王軍により荒れ果てていて、人目が減っているということも、結果としてクリスティアンに有利に働いたのだ。
 だからといって竜王軍側も全てが順調というわけではなかったが。

「……ここで戦闘があったということかな?」

「はっきりとしたことは分かっておりません。ただ偵察部隊が向かったのは、間違いなくこの辺りです」

 その偵察部隊は誰一人、帰還しなかった。予期せぬ遭遇戦があったと考え、分散していた部隊のいくつかをまとめて、クリスティアンはこの場所に来たのだ。

「……なるほどね。一見、何もないようだけど……敵戦力を把握していない状況では攻めづらいな」

 建物は何もない。ただの丘陵地に見えるが、戦いとなると攻め込むのは危険だとクリスティアンは考えた。味方の側からは死角ばかりであることが、彼には分かるのだ。

「しかし……この地で指揮を出来る……ああ、そういうことか」

「殿下! お下がりください!」

 誰もいないはずだった場所に、突然人影が現れた、それも、はっきりと顔が見える、すぐ近くに。それに驚き、焦り、クリスティアンを守ろうとした部下だったが。

「相手に敵意があるのであれば、下がっても無駄だよ」

「しかし……」

「あれは、ソルだ。敵意がないことを期待出来る相手だよ」

 敵意がないことは、クリスティアンにはもう分かっている。攻撃してくるつもりなら、正面に姿を見せることなどしない。注意を引き付けておいて、背後から攻めてくる可能性もクリスティアンは考えたが、作戦としては無駄が多いと判断した。

「……イグナーツ・シュバルツァー!?」

 現れたのがソル、知られている名はイグナーツ・シュバルツァーだが、だと知って、さらに部下の驚きは増している。自分の力に自信を持っている竜王軍の将が恐れを抱く、数少ない相手の一人なのだ。

「ああ、名を覚えてもらっていたのに申し訳ありませんが、その名はもう捨てました」

 苦笑いを浮かべながら、部下に話しかけてきたソル。その態度で部下も、どうやら敵意はないようだと判断して、少し落ち着きを取り戻した。

「ソルだけになったのかな? それともソル・バラウルを選んでくれた?」

 クリスティアンも笑みを浮かべて、ソルに応えた。彼の場合は最初から気持ちは緩んでいたが。

「ルナとはまだ結婚していません。それに今はそれを名乗れません」

「シュバルツァーでも、バラウルでもないということかな?」

 名乗れない理由。クリスティアンは「中立でありたい」ということだと受け取った。ソルらしい、ソルが今出来る最善の選択なのだろうとも思った。

「ご理解が早くて助かります」

「中立でいる為にこの場所を? 詳しいところまでは分からないけど、かなり攻めづらそうだ」

 戦いを放棄したわけではないのは、この地を見れば分かる。中立を主張するには、堅牢過ぎる備えだとクリスティアンは考えた。

「ああ……それについてはお詫びを。攻めてきた人たちとは戦いました。一度や二度で済まなかったので、少しずつ守りを固めて、今です。まだ途中ですけど」

「それで中立? 父上が……戦ったかどうかは関係ないか。認めるかどうかは気分次第のところがあるけど……どうだろう?」

 アルノルトは「味方を殺したから敵」という単純な考えではないことは分かる。それ以前に、従わない時点で敵として認定している可能性のほうが高い。

「竜王様は認めないでしょう。それでも、こちらとしては戦わないで済むのであれば戦いたくないというのは、本当の気持ちです」

「そうか……この辺りは、どこまでは自由に通れるのかな?」

「やはり、ノルデンヴォルフ公国に入りますか」

 クリスティアンがここにいるのは、味方部隊が討たれたからではない。別に目的があって、この地まで来た結果、戦いが起きたことを知ったのだとソルは思っている。そうでないとツェンタルヒルシュ公国の北辺となる、この地にいるはずがないのだ。

「その先はどう考えている?」

「ツェンタルヒルシュ公国領内に向かう敵の背後を狙う。オスティンゲル公国をノルデンヴォルフ公国側から攻めるも有りです。いや、でも、やっぱり背後を襲うですね。オスティンゲル公国は竜王様の戦場ですから」

 ソルはある程度の情勢は把握している。情報収取をしてくれる人たちが揃ったおかげだ。

「正解。成功すると思う?」

 あっさりと作戦を認めるクリスティアン。ソルが裏切って、この情報を連合側に伝えることをないと信じているのだ。

「どうでしょう? 俺が把握している感じでは、ノルデンヴォルフ公国の目はツェンタルヒルシュ公国に集中していて、自領は隙だらけに思えます」

 ノルデンヴォルフ公国側の油断だ。最前線はツェンタルヒルシュ公国で、それ以外に警戒する必要があるのはヴェストフックス公国方面だけ。こう考えていて、それ以外から竜王軍が侵攻してくることを想定していないのだ。ツェンタルヒルシュ公国領内での移動さえ成功してしまえば、ノルデンヴォルフ公国へ侵入することは容易。クリスティアンはその移動をすでにほぼ成功させている。

「そうか。それは良かった……我々が勝って良いのかな?」

「無用な戦いが終わるのであれば、どういう形でもかまいません。さらに戦いが終わったあと、ここにいる人たちに普通の暮らしが戻れば文句なしです」

 ソルなりの割り切り。ただ後半のここで暮らす人たちが普通の暮らしに戻れるかどうかは、簡単ではない。アルノルトがそれを許さない可能性も十分にある。そうなった時、ソルは苦しい決断を迫られることになる。ソル自身もそれが分かっている。

「……ソル……ルナのことだけど」

「ルナのことは、今は待ちます。自分だけの問題ですから」

 ルナとの暮らしをどうやって取り戻すか。これもソルにとっては難題だ。難題ではあっても、絶対に実現させなければならないこと。ただそのことに周囲を巻き込んではいけないとも考えているのだ。

「……そうか……分かった」

 本当に伝えたいことを、クリスティアンは口に出来なかった。最初から伝えることは出来なかったのだ。この場はソルと二人きりではない。部下の耳目がある。迂闊な話は出来ない。

「クリスティアン様であれば無益な殺生はしないと思っていますので、私が関わりになることはありません。この地で戦いが終わるのを待ちます」

「その期待には絶対に応えるよ。約束する」

「ありがとうございます」

「……じゃあ、また。これは、正直叶えられるか分からないけど、家族として再会出来ることを願っているよ」

「俺もです」

 かつての暮らしが戻ることは、もうない。父であるアルノルトがそれを壊してしまったのだ。二人とも分かっていても、願わないではいられない。彼らにとって、もっとも幸せを感じられた時間だったのだから。

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