月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第71話 北の大地の守護家

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 バルドルの先導でソルたちが向かったのはノルデンヴォルフ公国の砦。領境を守る軍事拠点にしては規模も小さく、堅牢とも言い難い砦だ。フルモアザ王国は、反乱を警戒して、公国が領境の防御を固めることを許していなかった。元は何もなかった場所なのだ。
 フルモアザ王国が一旦は滅び、ナーゲリング王国の時代になってもその制約は撤廃されていなかったのだが、公国にそれを守るつもりなどない。いずれ始まる戦いに備えて、領内の軍事拠点を増やしていった。ただその中でノルデンヴォルフ公国は、同じシュバイツァー家ということもあり、着手が遅れた。昔から敵を自領に引き込み、寒冷地であることを活かして戦うという方針だったので、公都周辺の防衛拠点の構築を先行させたという事情もある。
 その選択の是非は今は関係ない。ただ話をするだけであれば、まったく問題ない建物なのだ。

「……この者たち全てに話を聞かせるのですか?」

 砦の会議室に集まった人数は、バルドルが考えていたよりも遥かに多かった。彼はルシェル王女のほかは一人か二人くらいに考えていたのだ。

「俺に命を預けようという奇特な人たちなので。隠し事は出来ません。この場に呼ばなくても、俺が話すことになります」

 人数が多くなったのはソルの意向、というか、ソルが誰も拒まなかったから。ミストはもちろん、ハーゼにカッツェ、ヒルシュたち第二隊のリーダたち、さらにルッツ、ヴェルナー、イゴルまでいる。

「イグナーツ様がそれでよろしければ、私に否応はありません。では……そうですな。話はフルモアザ王国建国前に遡ります」

「それって、百六十年以上前ということですか?」

 ソルの素性について聞くはずなのに、そんな昔から話は始まることになる。これには皆が戸惑っている。ソルの素性に対する興味が、さらに強くなった。

「はい。そうです。正直、私もその時代のことについては詳しくは知りません。ただ、これをお話しないとイグナーツ様について語ることが出来ないのです」

「……分かりました。続けてください」

「バラウル家は最初から大陸制覇を目的として、この地にやってきたのではありません。ある一族を追ってきたのだと伝わっております」

「ある一族というのは?」

 それはまず間違いなくソルの素性に関わりのある一族。恐らくは祖先。そうであることは、この時点で分かる。

「バラウル家にとっては主家にあたる一族。ドラクリシュテイ家です」

「ドラクリシュテイ家……」

「バラウル家はドラクリシュテイ家の支族で、臣下の立場にあったのですが、謀反を起こし、主家を滅ぼそうとした。その謀反で生き残った人々が、この地まで逃げてきたのです」

「……わざわざ追いかけてきたということですか?」

 バラウル家はどこからやって来たのか。ソルの知る限り、それは明らかになっていない。アルノルトも教えてくれなかった。アルノルトが嘘をついていたのでなければ、バラウル家も分かっていない。遥か遠く、決して戻れない場所という話だった。
 そのような場所から、わざわざ逃げた主家を追いかけてきた。そこまでする理由がソルは分からない。

「事実としてそうなのです。結果、バラウル家はこの地を征服することとし、実際にそれを行った。そこから先は歴史として記されていますが、全てが記録として残されているわけではありません」

「ドラクリシュテイ家については何も残っていないということですか?」

「残っているかもしれません。ただ残されている記録は、ドラクリシュテイ家は滅びたというもののはずです」

「滅びた?」

 そうであればソルにそのドラクリシュテイ家の血が流れているはずがない。ドラクリシュテイ家はソルの素性とは関係ないことになる。

「滅びたことにしたのです。ここからがシュバルツァー家とドラクリシュテイ家の繋がりの話になります。シュバルツァー家は何故、バラウル家に滅ぼされることなく、公主として生き残ることが出来たのか。その理由のひとつは、ドラクリシュテイ家のお陰なのです」

 これも歴史には記されていない。シュバルツァー家の記録にも残っていない。代々、当主と極限られた本当に信頼出来る家臣だけに口伝で残された真実だ。

「バラウル家が全土を制圧すればドラクリシュテイ家の居場所はなくなってしまいます。もしかすると、バラウル家がこの地を征服したのには、この目的もあったのかもしれません」

「…………まさか?」

 最初、それはないとソルは考えた。そこまでして滅ぼさなければならない理由が、ソルには思いつかないのだ。だが、ある事実がひとつの可能性をソルに気付かせた。アルノルトが命じた異能者狩り。それはドラクリシュテイ家を滅ぼす目的で行わせたことではないかと。

「何か?」

「いえ、直接関係ないことです。続けてください」

「分かりました。ドラクリシュテイ家は自分たちの安住の地を確保するために、シュバルツァー家に申し出を行いました。自分たちの首をバラウル家に差し出すようにと」

「えっ……?」

 まさかの申し出。ドラクリシュテイ家がそれを申し出た理由を、ソルはすぐに思いつけなかった。それではドラクリシュテイ家は自ら滅びたことになってしまう。

「それと引き替えに、シュバルツァー家が北の大地を支配し続けることをバラウル家に認めさせるようにと」

「でも、それでは」

「一族全員の首を差し出したわけではありません。子孫を残せるギリギリの数は生かしたと伝わっております」

「そこまでして……」

 そこまでしなければならなかったのか。やはり、その当時のドラクリシュテイ家の人たちの考えは、ソルには理解出来ない。

「その代わり、シュバルツァー家は北の大地のどこかにドラクリシュテイ家が安住できる地を用意する。その地を、ドラクリシュテイ家をバラウル家から守り続ける。こういう条件です」

「そういうことですか……」

 多くの命を犠牲にして、シュバルツァー家の庇護を得る。バラウル家の脅威から守ってもらう。これを知れば、ソルも少し納得だ。

「さらにドラクリシュテイ家はシュバルツァー家が危機の際には、手助けすることも約束しております。ドラクリシュテイ家の力で。これが両家の間で結ばれた盟約。シュバルツァー家が続く限り、守らなければならない血盟なのです」

「……ドラクリシュテイ家の力というのは?」

「それは分かりません。ですが、特別な力があるのでしょう。バラウル家はドラクリシュテイ家の支族なのですから」

 バラウル家の血の力も、基はドラクリシュテイ家の血。そうだとすれば、かなりの力があることになる。

「炎のことか? でもな……」

 自分の力といえば、炎。ただソル自身は、自分の力をそれほど評価していない。致命傷を与えるほどの威力はないのだ。

 

 

「ドラクリシュテイ家は北の大地の守護家。シュバルツァー家にはこう伝わっております。もうお分かりでしょうが、イグナーツ様のお母上はドラクリシュテイ家の血筋なのです」

「……その母は?」

「残念ながら、一昨年にお亡くなりになりました。今現在、ドラクリシュテイ家の血筋はイグナーツ様、御一人です」

 ソルの母親の死は連絡窓口となっていたバルドルだけが知っていた。アードルフにも伝えていなかった。愛した女性が亡くなったことを知ってアードルフが悲しむことを、そして、その時はまだソルが生きていることを知らず、北の大地の守護家が滅んだものと思い、アードルフが気落ちして寿命を縮めてしまうことを恐れての判断だ。

「……今の話が事実だとすると、俺は自分の兄を殺したことになります」

「ああ……やはり、そうでしたか。ですが、それについては気に病むことはありません」

「貴方がそれを言うのですか?」

 ノルデンヴォルフ公国の家臣であるバルドルの言葉とは思えない。ベルムントはノルデンヴォルフ公だった。直接仕えていた主であったはずなのだ。

「私ではなくアードルフ様のお言葉です。ベルムント様は血盟を破ったのです。死で償うのは当然のこと。私人としての気持ちは聞いておりませんが、公人としてはこうお考えでした」

「血盟を破った?」

「……ベルムント様は、貴方様が殺されると分かっていて、鬼王殺害計画を実行しました。これは裏切り以外の何ものでもありません。ドラクリシュテイ家だけでなく、シュバルツァー家をも裏切ったのです」

 ルシェル王女の手前、少し話すのを躊躇ったバルドルだが、事実を隠すわけにはいかないと話を続けた。ソルの殺害は竜王殺害計画の中に組み込まれていた。少なくともアードルフはこう考えていたのだ。彼にとってベルムントは一族の裏切者。ナーゲリング王国がどうなろうと関りのないこと。こう思っていたのだ。

「……今の話が事実だと証明出来ますか? ベルムント王のことではなく、俺の素性のことです」

「私自身が証人です。貴方様のことは小さな頃から知っています。生まれたばかりの頃から、貧民窟で暮らしていた時まで」

「貧民窟…………思い出した。貴方は……俺は何度も貴方に救われた」

 ソルの頭の中に忘れていた記憶が蘇った。今とは身なりがまったく違う、いかにも貧民窟で暮らしている老いぼれた男の姿を。老いぼれているくせに、やけに強い、殺されるところを助けてくれ、自分に戦い方を教えてくれた老人のことを。それは目の前にいるバルドルだった。

「思い出して頂けましたか? アードルフ様には、一人で生きる力を身に付けなければいけないのだから何もするなと言われていたのですが……生まれた時から知っている貴方様は、孫のように思えてしまい、つい……」

「……俺は馬鹿ですね? 自分一人の力で生きてきたと思い上がっていました。貴方に助けられて、なんとか生きてこれたことを忘れていました」

 幼い自分が貧民窟で生き抜いたのは自分自身の力。ソルはそう思っていた。支えてくれた人がいたことを、すっかり忘れていた。そんな自分が恥ずかしかった。

「いえ、貴方様は自分の力でここまで生きてきました。それは間違いありません」

「……貴方には感謝していますが、ひとつ納得いかないことが。私の、その、父は、どうして私を貧民窟に?」

 バルドルが何者か分かってしまえば、その言葉を疑う気持ちは消える。ただそうなると、父親の薄情さを不満に思ってしまう。

「ドラクリシュテイ家の血を引くだけで生きていくことは難しくなる。強くなければ生き残れません。たった一人になっても生き抜ける力が必要なのです。これはお母上の言葉です」

「厳しいのは母でしたか……」

「それも優しさだと思います。アードルフ様は、これは私の勝手な想像ですが、貴方様がドラクリシュテイ家の人間である事実を消し去りたいと考えていたのだと思います。血盟に縛られず、自由に生きて欲しいと」

「そうですか……」

 自分は父親の望み通り、自由に生きているか。そうではないとソルは思った。

「ただ、結局はドラクリシュテイ家の人間としての責任を押し付けてしまった。そのことに最後まで心を痛めておりました」

「…………」

「さきほどのお願いを取り下げます。話をしていて私はアードルフ様のご意向に反するお願いをしてしまったことに気付きました。ただ……」

 バルドルはシュバルツァー家の家臣だ。すでに隠居の身だとしても北の大地を守ってきた騎士としての思いは消えていない。この北の大地が竜王アルノルトに蹂躙されるよいうな事態は、絶対に受け入れられない。

「……正直な気持ちを言うと、話を聞いても実感がありません。俺にとっての家族の思い出は……実の両親とのものではなく……他にも色々と忘れてしまっているのかもしれませんが……」

 家族という言葉からソルが頭に思い浮かべるのはルナ、そしてアルノルトとクリスティアンだ。これは自分が何者か分かったあとも変わらない。顔も覚えていない両親とは比較にもならない時間を、ソルはバラウル家と過ごしてきたのだ。

「……そうですか」

「オスティゲル公国には行きます。今はそれくらいしか、それくらいなんて言い方をしてはいけない重要な任務ですけど……」

 今は何も決められない。アルノルトのやっていることは許せない。だが敵として戦う気持ちにはなれない。オスティンゲル公国に停戦交渉の使者として向かうのは、ソルにとっては結論の先延ばし。とりあえず自分の気持ちが許す範囲で出来ることは、それくらいしかないと思っているのだ。

「お願いします。オスティンゲル公国に行って、戦いを止めてください、ソル……いえ、イグナーツ?」

 ルシェル王女が改めて使者を引き受けてくれるように頼んできた。彼女自身も頭の中が混乱している。この話を聞いて自分はどうすれば良いか、分からないでいる。考えることが出来るのは、この話を聞く前のことだった。

「ソル・イグナーツ・シュバルツァー・ドラクリシュテイがソルの本名ってこと?」

「馬鹿。シュバルツァーとドラクリシュテイはどちらも姓だろ?」

 重苦しい雰囲気を一気に緩めたのはミスト、とその彼女の発言に突っ込んだハーゼだった。

「じゃあ、ソル・イグナーツ・ドラクリシュテイ、いや、シュバルツァーか」

「……そういえば俺の元々の名って何なのだろう?」

 ソルもその二人の会話に乗った。もやもやした気持ちを、一時でも晴らしたいと思った。

「ヴォルフガングです」

「ヴォルフガング……ソル・ヴォルフガング……ドラクリシュテイではなく、シュバルツァーか」

 ソルの名を捨てるつもりはまったくない。一番最後に与えられた名でも、「ソル」が自分の本当の名だと思っている。姓は実の父であるアードルフの思いをくむと。バルドルが考えた通りであればだが、ドラクリシュテイは名乗れない。そうなると正式名はソル・ヴォルフガング・シュバルツァー。別にどうでも良いことだ。

「あと……お母上のお名前ですが……ルナ様です」

「えっ……?」

「月と狼。シュバルツァー家の紋章から名づけたと聞いておりましたが……」

 婚約者となるフルモアザ王国の王女が母親と同名であることをどう考えるべきか。その事実を知った時、運命という言葉がバルドルの頭にはよぎったものだ。

「そうでしたか……」

 それはソルも同じ。ルナとの出会いは運命だった。こう思った。やはり自分の生き方を左右するのはルナ。こうも思った。

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