月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第69話 追憶

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 竜王アルノルト復活の噂は、王都を中心にして、徐々に周辺地域に広がっていた。だがその速さは、衝撃的なその内容からすれば、かなり遅い。人々の行動が制限されていることが、その理由のひとつだ。
 アルノルトによってユーリウス王が殺され、ナーゲリング王国は滅んだ。国名がどうなるかは未だ明らかになっていないが、アルノルトを国王とした王国が復活する。それを歓迎する国民は少数だ。フルモアザ王国の圧政を人々が忘れるには、時の経過は短すぎた。ナーゲリング王国の政治も人々を満足させるほどのものではなかったが、バラウル家の王朝のそれが遥かに酷いことは確実。そう思う人々が逃げ出すことを許さない為に、行動制限が行われているのだ。
 そのやり方も、人々の考えを裏付けるものだった。命令に従わない者には死。見せしめのためにも死。恐怖で支配しようというものだ。

「……今のようなやり方を続けては、国民の反発が予想されますが?」

 クリスティアンは今のやり方に対して否定的だ。戦いはまだ続く。その状況で、内に反抗勢力を生み出すような真似をするべきではないと思っている。

「反発する者たちを根絶やしにすれば良い。それで静かになる」

「懐柔という方法もあります」

「私が死んだとなった途端に、さっさと新しい主に尻尾を振るような愚かな者どもに、どうして情けをかけなければならない?」

 ナーゲリング王国に従った者たちは皆、裏切者。これがアルノルトの基本的な考えだ。裏切者には死を。これが原則のバラウル家において、生かしておいてやるだけでも慈悲深いと思っているのだ。

「そうせざるを得なかった人たちも多いと思います」

「分かっている。だから皆殺しにはしない。私が生きているのを知った上で、まだ従わぬ者どもだけを消し去るだけだ」

「多くの……いえ、分かりました」

 多くの国民が死ぬことになる。これを言ってもアルノルトが考えを改めることがないのは明らか。アルノルトにとって、人の命はとても軽いものなのだ。今のような反発を続けていればクリスティアンも、従わない者として処分される可能性があるのだ。

「そういえば、ガーネットが死んだそうだ」

「彼が? 彼は確か、王都にいた王国軍の掃討作戦に参加していたのではありませんでしたか?」

 アルノルトが名を出したガーネットは、聖仁教会として活動していた臣下。異能者でかなりの実力者だ。その彼が、敗走する王国軍との戦いで死亡したというのは、クリスティアンにとって、かなり意外に思う情報だった。

「ナーゲリング王国のバルナバスと相討ちという話だ。といっても相手の死体は見つかっていない。戦いを見ていた者がいて、かなりの深手を負わせたと話しているだけだ。相討ちではなく負けた可能性もある」

「バルナバスは、ナーゲリング王国で最強と評されていた人物。しかし、異能者ではなかったはずですが?」

「魔術の類は別にして、異能のほとんどは身体能力が高いだけだ。技で上回ることが出来ないわけではない」

 アルノルトは、自分の能力も含めて、異能を周囲ほど高く評価していない。常人を超える身体能力を持っていても、戦い方を知らなければ、強い戦士に勝てるものではない。常人の技が異能者の身体能力を超えるほどのものであっても同じ。こう考えているのだ。

「ディートハルトも油断なりません」

「私に油断はない。油断があるのは周りの者どもだ」

「何かありましたか?」

 アルノルトは明らかに苛立っている。精神面での不安定さは、いつものこと。だが、何のきっかけもなく不機嫌になることは、クリスティアンが知る限り、ないはずなのだ。

「レアンドルも死んだ」

「クレーメンスですか。実力はほぼ互角か、レアンドルが少し上くらいに思っていました。ああ、だから油断ですか?」

 レアンドルの死に、クリスティアンは特別な思いはない。好き嫌いを聞かれれば、嫌いと答える相手だ。バラウル家の力を得たことで思い上がり、同じ身のクレーメンスに殺されたというのであれば、自業自得だと思う。

「クレーメンスではない。レアンドルを殺したのはイグナーツだ」

「えっ……?」

「わざわざレアンドルを殺す為に戦場に寄り道したようだな。こういうところは、あやつもバラウル家の人間らしいと言って良いものか……」

 一度は殺すと決めた相手であっても、家族であるという思いに変わりはない。これは、家族であっても殺すべき相手は容赦なく殺すという考えの裏返しだ。

「……そういうことですか」

「何が、そういうことなのだ?」

「ルナを傷つけたことを許せなかったのでしょう。イグナーツらしい行動です」

「分かりきったことで納得するな」

 アルノルトはイグナーツの行動の理由を最初から分かっていた。分かっていて、「バラウル家の人間らしい」という言い方を選んでいたのだ。

「……イグナーツを手元に戻すのでしたら、ルナに説得させるのが一番だと思いますが?」

 ルナの言うことであれば、イグナーツは従う。内心ではアルノルトに対して複雑な思いを抱いていても、ルナと一緒にいられることを優先する。クリスティアンはこう思っている。

「ルナが言うことを聞かない」

「今はそうではないでしょう? 父上に逆らうつもりであれば、とっくにイグナーツのところに行っています」

 ルナもまた父であるアルノルトよりもイグナーツを優先させる。それが結果としてアルノルトの逆鱗に触れたのだ。
 だが、いつまでもその事実を引きずったままではルナは、アルノルトも、不幸になる。こう考えているクリスティアンは、イグナーツをきっかけとして親子の関係を、かつてのようなものに戻したいのだ。

「……大人しくしているのは、イグナーツを守る為だ。ルナの考えていることなど、私には簡単に分かる」

「それは、ルナもイグナーツは父上の下に戻るべきだと考えているということではありませんか?」

「……分からん」

 考えていることなど簡単に分かる、と言いながらすぐにそれとは正反対のことを口にする。気持ちが不安定だからではない。娘を持つ父としての普通の反応だ。

「まだ少し先の話ですが、王国全土を統治するには、信頼出来る者が必要です」

 公国を全て滅ぼし、貴族などという存在も無用のものとして、全土を国王直轄にする。これを目標としていても、実際には王国全土の、地方の政治まで全て国王一人で行うことなど不可能だ。結局、代官のような立場の者を各地に置くことになる。一人でも多くの信頼出来る臣下が必要になる。

「イグナーツが信頼できると?」

「父上が信頼を向けられれば、確実に」

「……考えておこう」

 アルノルトには心から信頼出来る相手がいない。家族にさえ、それが出来ない。いつからか、そうなってしまった。だからといって必要としていないわけではない。求める気持ちはある。
 今はそれを認めた。明日になれば、また変わっているかもしれないが。

 

 

◆◆◆

 夜は嫌いだった。月の名を持っているのに、ずっと夜が嫌いだった。暗い空が、そこに浮かぶ儚げな月の灯りが自分の運命を象徴しているかのように、いつからか思うようになった。誰もが自分を恐れる。顔に浮かんでいる笑顔は作りもの。その裏にある恐怖を感じ取ることは、まだ幼いルナでも容易だった。どうして嫌われるのか分からなかった。母は自分を生んだことでなくなったことを知り、母を殺した自分を周囲は恐れているのだと考えたこともある。それはそれでとても悲しかったが、真実は違った。バラウル家の人間だから。自分が生まれたことそのものが人々には恐怖なのだと知った。
 ルナにとって不幸だったのは、生まれた時に母親が亡くなってしまったこと。彼女は母親から無条件に注がれる愛情を知ることなく育った。父と兄は優しくしてくれたが、共に過ごす時間は、彼女を恐れる人たちとのほうが圧倒的に長かった。世界の全ての人が自分を嫌っている。こう思ってしまった。
 そんな彼女に、婚約者という存在が現れることになった。将来の夫。夫婦というものがどういうものかルナは知っていた。父と新しい母親がそれを教えてくれた。
 絶対に嫌だと思った。夫なんて一生いらないと考えていた。だがそれは許されなかった。問答無用で婚約は決まり、結婚前からその相手と暮らすことになった。絶対に嫌だと思っていた暮らしが始まることになった。
 初めて会った時、自分はどんな顔をしていたのだろうと思うと恥ずかしくなる。間違いなく、かなり不機嫌な顔をしていた。睨みつけていたような記憶もある。
 だが、相手はそのような態度を見せても何とも思わなかったようだ。「なんか、すごく見られている」なんて思っていたことは、後から聞いた。
 型どおりの対面が終わり。二人きりになった時、相手は言った。

「良かった。どういう相手か不安に思っていたけど、君みたいな可愛い女の子だなんて。俺はめちゃくちゃラッキーだ」

 ラッキーの意味が、その時は、分からなかったが、相手が喜んでいることは分かった。自分の婚約者になったことを相手は喜んだ。それに驚き、嬉しく思った。相手の笑顔が作り物ではないことも分かったのだ。
 相手の男の子はとにかく喜んでいた。自分の部屋の大きさ、そこに置かれているベッドの大きさにも驚き、その柔らかさに大喜び。はしゃいでベッドの上で跳び上がっていた。
 それが楽しいと思うと自分も誘い、二人でベッドの上で何度も何度も跳び上がった。失敗して転がって笑い、庇おうとして抱き合っては恥ずかしくて二人とも顔を真っ赤にし、それを見て、また笑った。こんな楽しい時間は生まれて初めてだった。

「……君は……なんだっけ? あっ、分かった。幸運の女神だ」

「幸運の女神? 何かしら、それ?」

「俺に幸運を運んでくれる女神。君と一緒にいると俺は幸せになれる。君は俺にとってなによりも大切な人だ」

 こんな、今考えると「子供のくせに何を」と思うような言葉を当たり前に口にしてくる。それが素直に嬉しかった。そうかと思えば、侍女の態度に不満顔でいると。

「笑っていたほうが可愛いよ。何をしてあげると笑ってくれるのかな?」

 なんてことを言い、何もしなくても自分を笑顔にしてくれた。彼といると自分は明るくいられる。暗い気持ちを吹き飛ばしてくれる存在。そういう人との出会いを、自分も幸運だと思った。

「……ソル」

「そる……何それ?」

「太陽のこと。貴方の名前はソル。今日からこう呼ぶわ」

 ソルは自分の気持ちを温かくしてくれる。自分を輝かせてくれる。暗く、儚い人生から救い出してくれる太陽のような人。こう考えて、ソルと呼ぶことにした。

「良い名前だな。俺はソルか。あっ、月と太陽だ」

「そうよ」

 名前を変えろという無茶な要求を、喜んで受け入れてくれた。それにまた驚いた。元々、偽名を名乗っているソルにとって改名なんてまったく問題にならない。この時は知らなかったのだ。

「あれ、でもそれだと昼と夜で別々……」

「あっ……」

 太陽と月が一緒に空に浮かぶことはない。一緒にはいられない。そう思うと、一気に浮かれていた気持ちが冷えた。

「いや、大丈夫。気合いで夜に空に昇る。ルナの為ならそれくらい余裕で出来る」

「出来ないから……でも、嬉しい」

 だがすぐにソルは暗くなった気持ちを晴らしてくれた。それが嬉しくて、その気持ちを言葉にした。

「……えっと……太陽は出来なくても、俺は頑張るから」

 真っ赤な顔でソルはこう言ってくれた。「嬉しい」という言葉がソルも嬉しくて、少し恥ずかしくもあったようだ。いつも自分を喜ばせる話を当たり前に口にするソルの、この反応が面白くて、この時から「嬉しい」「ありがとう」という思いを口に出すことにした。そうすることでまた毎日が楽しくなった。
 誰に嫌われても、ソルだけはずっと自分を愛して続けてくれる。そう信じられた。この暮らしが永遠に続くと信じていた。

「ソルを軍人に? ソルは私の夫だわ」

「それも考え直す必要があるかもしれない。あれには軍事の才能がある。城に閉じ込めておくには惜しい」

「……嫌」

 父の言葉でも受け入れられない。ソルとの結婚がないことになるなど、二人での人生がなくなることなど、絶対に受け入れられることではなかった。

「ルナ。お前は王女だ。個人の感情だけで生きることは許されない」

「ソルとの婚約もお父様が決めたことだわ。私は素直に従った。それで十分だわ」

「ルナ! 我満を言うな!」

「我儘はお父様のほうだわ! 私は絶対に嫌! これ以上、お父様には従えない!」

 ソルとの婚約をないものにしようとする父に逆らった。「従えない」と言いきった。それが、そこまで重い言葉であるとは、まったく考えていなかった。父親は自分に従わない者は容赦なく殺す。それは娘であっても例外ではない。こんなことはまったく想定していなかった。
 そして自分は殺された。それは殺されたあとに分かった。

「……だ、大丈夫……大丈夫、だから」

 気が付いた時には、ソルの背中の上だった。自分は死んだはずだった。その記憶ははっきりとあった。何度か会ったことのある父の臣下に殺された。
 ふらつく足取りで、自分を背負いながら歩くソル。言葉をかけようとしたが、声が出ない。それどころか指先ひとつ動かすことが出来なかった。意識はあっても体は死体と同じ。やはり、自分は死んでいるのだと理解した。

「……に、逃げ、られるから……だ、大丈夫……だから」

 ソルのこの言葉でなんとなく事情が分かった。偶然聞いてしまった父と自分を殺した臣下が話していた計画。あり得ない計画に、酒の席での冗談だと思っていた。だが計画は本物で、自分とソルはその計画の中で殺されたのだと、これはすぐには信じられなかったが、思った。
 自分だけでなく、ソルも殺された。殺されるはずだった。その事実に戦慄した。父はソルが生きていることを知ったら、どうするか。答えは明らかだ。それを防ぐ為に自分は何が出来るか。何も出来ない。自分は死んでいるのだ。
 悲しくて、苦しくて、それでも涙を流すことも出来なかった。地面に寝ているだけ。死体としてソルと過ごす日々は、一緒にいるのに初めて辛いと思った。

「……ソル。貴方にもらった命で、私は何をすれば良いの? 何が出来るの?」

 だが今は違う。自分には動く体がある。ソルから貰った命がある。ソルの為に何が出来るか。ルナはそれを自分自身に問いかけてみた。

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