月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第95話 親子喧嘩

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 死屍累々。多くの屍が地面に倒れている中、ソルは一人立っている。竜王軍の中隊はほぼ全滅。逃げる間も与えられなかった。仮にソルに背を向けて逃げ出していたとしても、味方に殺されるだけであることが分かっているからでもある。アルノルトの命令を受けて戦いを始めたからには、勝利か死のいずれかしか選択肢は残らないのだ。

「……ああ、甘い考えだったか」

 戦いを終え、息を整えていたソルの視線の先に新たな部隊があった。戦う意思を見せればアルノルトは前に出てきてくれるのではないか。そんな考えは自分の甘えであったことをソルは知った。

「同じ……いや、強さが違うのか?」

 近づいてくるのは、また中隊規模の部隊。数は同じでも将兵の質が、少なくとも将の強さは違うだろうとソルは見た。そう思わせる存在が何人か感じられるのだ。

「……試しに合格しないとだな」

 アルノルトを戦う気にさせなければならない。その為には、その価値があると知らしめなければならない。それまで勝ち続けるしかない。そう考えたソルは、足場の良い場所を求めて、前に出た。
 間近に迫った竜王軍。ソルは、切れ味を残している剣を選んで、両手に持ち、自分から攻撃を仕掛けた。首が、腕が血しぶきをまき散らしながら宙を飛ぶ。さきほどと同じ光景が展開される、ことにはならなかった。

「ん? 硬化術かっ!?」

 受け止められた剣。受け止めたのは相手の剣ではなく、腕だった。体を鉄のように硬化させる能力。そう考えたソルは、咄嗟に大きく後ろに飛んで、竜王軍との間合いを空けた。

「良い剣なのだけどな」

 バラウル家の墓地に埋もれていたが、本来は名剣として評価されるはずの剣。それを受け止めた敵の硬化術は、かなりのものだ。

「……剣の問題ではなく、腕。貴様が未熟だからだろ?」

「なるほど……そうかもしれない」

 相手の硬化術を打ち破るだけの力がソルにあれば、斬り落とすことが出来た。確かに相手の言う通りだ。

「貴様に私は倒せない! 竜王様に抗ったことを後悔しながら、死んで行け!」

「そうはいかない」

 また剣を振るうソル。敵もまた先ほどと同じように、自らの腕で剣を受け止めた。

「ぐっ……」

 だが、今度は相手の顔が苦痛に歪むことになる。ソルの剣による痛みではなく、腹部に蹴りを受けたせいだ。さらにソルの攻撃は続く。剣を振るい、相手がそれを受け止めるとほぼ同時に蹴りを、拳を叩き込んでいく。その打撃を相手は耐えきれない。膝をつき、無防備な状態になったところで、さらにソルの蹴りを受けて、大きく後ろに吹き飛んだ。

「全身を硬化させるほどの魔力はないようだ。お前も未熟だったな」

 全身を鋼のように硬化させるには、膨大な魔力が必要。そのような人はまずいない。伝説上の人物くらいだ。そこまでではない者は、硬化を強める為に魔力を守るべき場所に集中させる。他の場所は、普通の人よりは鍛えられている程度で、それではソルの打撃に耐えられない。

「……き、貴様」

 自分の能力の弱点をソルは知っていた。知られていても自分の反応が間に合わないほどの攻撃が出来なければ問題ないのだが、ソルはそれが出来る相手だった。

「お前に俺は倒せない。それともまだ何か、って!?」

 ソルに襲い掛かるいくつもの魔法。炎が、風が、土の塊が四方からソルに向かって飛んでいく。激しい衝撃が周囲の空気を震わせた。広がった靄のようなものが晴れた時。

「これがあったのか。油断した」

「……そ、そんな? ま、魔法を……斬った……?」

 避けられるはずがなかった。魔法は、避ける隙間なくソルに向けて放たれた。仮に仕留めることは出来ないとしても、無傷でいられるはずがなかったのだ。
 だがソルは魔法が自らに届く前に、それを全て剣で斬り払った。それが、完全ではないが、竜王軍の将たちには見えた。

「……魔法は魔力を事象化したもの。どのような形であっても元となる魔力を散らせば消える。竜王様に教わっていないのか?」

 ソルはアルノルトから多くのことを学んでいる。ただ戦闘力を鍛えられただけでなく、相手に合わせた戦い方も教わっていた。硬化術も、今の魔法の打ち破り方もアルノルトから教わったものだ。

「……ふざけるな……ふざけるな、貴様! どうして貴様は!? どうして貴様だけが!?」

「ふざけてはいない」

「我々のほうがずっと長く竜王様に仕えてきた! それなのに! それなのにどうして貴様だけが認められている!?」

 アルノルトに対する臣下の想いは恐れだけではない。中には、その絶対的な力に憧れを抱いている将もいる。この将はそんな一人だ。
 彼らにとってソルは受け入れ難い存在なのだ。命を賭けて仕えてきても、アルノルトはまったく自分たちを顧みることをしない。その存在価値を認めるどころか、存在そのものも気にしない。些細な失敗で命を失うことになる。
 だがソルは違う。従うことを拒んでも生きることを許されてきた。自分たちが憧れるアルノルトの強さを、誰よりも受け継いでいる。自分たちが強く求めても決して与えられないものを、アルノルトから与えられている。

「…………」

 それは家族だから、とはソルは言えなかった。アルノルトの臣下に対する理不尽な行いを、ソルはハーゼたちからも聞かされている。自分が恵まれていたことを知っているのだ。
 今もアルノルトに仕えている人たちの苦しみは、ソルには分からない。分からない自分にどのような答えであろうと、返す資格はないと思った。

「その答えを知りたければ、道を空けろ」

「……ハーゼ?」

 ハーゼたちが、ようやく戻ってきた。だがハーゼはすぐに戦いを始めることなく、竜王軍の将に向かって、話しかけた。彼には相手の気持ちが分かる。ソルに出会う前までは、同じ思いを抱いて生きていたのだ。

「どうしてソルが俺たちと違うのか? どうして竜王にとって特別なのか? それは二人の戦いを見れば分かるはずだ。俺はそう思っている」

「……竜王様の命令に背けると思っているのか?」

「背けば殺される。だが、このままソルと戦い続けても死ぬことになる。お前たちの命が助かる唯一の可能性は、ソルが竜王に勝つことだ」

 ソルを殺すようにアルノルトに命じられた段階で、彼らは生きるという選択を奪われている。生き延びられるとすれば、それはアルノルトの命令を無効にすること。それが出来るのは、ソル以外にはいないとハーゼは思っている。

「……降伏すれば命だけは助けてやる、か?」

 結局はソルに降伏しろということ。ハーゼの言う通りであることは分かっていても、降伏には強い抵抗を覚える。ここで降伏を選んでは、これまで耐えてきた日々は意味を失ってしまうと思ってしまうのだ。

「いや、違う」

「何が違う?」

「俺たちは、そうしたいから、こいつの側にいる。こいつは俺たちを追い払いたくて仕方がないみたいだけど、俺たちには自分の意志で側にいる自由がある」

「自由……」

 自由なんてものは言葉でしか知らない。異能者を生む一族に生まれた瞬間から、自由なんてものは与えられなかった。一族の為に生き、死ぬことを強いられた。

「良いものだぞ? 同じ死地に向かうにしても、自分の意志だと全然違う。誇りを持てる」

「…………」

 ハーゼから目をそらし、味方に視線を巡らせる。ハーゼの言葉に心は揺れている。だが彼一人で決断出来ることではない。実際は出来るのだが、その勇気は生まれないのだ。

「……この人たちの結論が出るまで、手を出すなよ?」

 竜王軍の人々の決断を待つことなく、ソルは動こうとしている。

「お前まだ一人で戦うつもりか?」

「それはそうだ。相手も一人だからな」

「それは……で、出てきたのか?」

 問いの答えを待つまでもない。竜王軍の中から、ただならぬ気配を放つ人物が進み出てきた。それがアルノルトであることを疑う理由はない。アルノルト以外で、そんな気配、闘気を放つ存在がいるはずがないのだ。
 周囲の人々が、アルノルトが放つ闘気に圧倒されて動けなくなってしまった中を、ソルはゆっくりと進み出て行く。複雑な思いを抱きながら。だがソルの表情から、その内心を推し量れる存在は、この場にはいない。ウィンディでも無理だった。

 

 

◆◆◆

 竜王軍の陣から、ゆっくりと歩み出てきたアルノルト。周囲を、味方でさえ、委縮してしまうような闘気を放っている。誰がこの状態のアルノルトの前に立てるのか。そう思う凄まじい圧力であるが、ソルは何事もないようにアルノルトに対峙した。実際は何事もないわけではない。アルノルトの闘気に対する怯えはなくても、躊躇いはある。いざ、この時を迎えても、まだ戦う覚悟は完全に固まっていないのだ。

「少しは成長したようだな?」

「ええ、少しだけ……ルナはどこです?」

 ソルにとってはアルノルトとの戦いが主目的ではない。ルナの居場所を聞き出し、危地にあるのであれば、救い出すことが本当の目的なのだ。

「フォークネレイの城にいなかったか?」

「いません。別人と入れ替わっていました」

「……そうか。では、すでに死んでいるのであろう」

 別人と入れ替わっていたなどという事実は今初めて知った。だがアルノルトはその事実を確かめようとはしない。今この場では深入りする意味がないと考えている。

「……貴方が命じたのですか?」

「そうだ。私が処刑を命じた」

 いつか処刑することになるとは伝えていたが、実行を命じた覚えはない。だが、アルノルトはソルとの戦いを望んでいる。本気の戦いを。その為には、こう答えるほうが良いと考えているのだ。

「……何故ですか? ルナは貴方の娘なのに」

「そのような甘い考えはバラウル家には無用なものだ。家族であろうと裏切者は許さない。そうして二百年近く、玉座を守ってきたのだ」

「……そうですか。では、貴方に勝って、ルナの居場所を聞き出すことにします」

「何?」

 アルノルトは「ルナの処刑を命じた」と伝えたつもりだ。だがソルは、ルナが生きていると考えている。そう思える言い方だった。

「貴方が命じるはずだった相手から話は聞いています。命令はまだ出ていないことを。それに少しは貴方のことを分かっているつもりです」

 自分を戦う気にさせる為に、アルノルトは嘘をついている。それくらいのことは分かる。仮にルナを処刑するにしても、絶対に自分の知らないところではそれを許すはずがないことも。

「そうか……良いだろう。万一、勝てたら教えてやろう」

「万に一でも、その一回を勝ち取ります。では」

 さりげない動き。周囲がそう思えたのは数秒のこと。そこからの加速は、異能者だけが、なんとか追えるくらいの動き。それに対応するアルノルトの動きも同じだ。
 剣と剣を打ち合う甲高い音は長い、ひとつの音のように聞こえている。それが途切れたと思った瞬間、アルノルトの体を炎が包むが、それもまた一瞬の後に霧散する。そしてまた金属音が続く。
 次にそれが途切れた時、ソルは大きく吹き飛ばされて、地面に転がっていた。

「……その程度か? それでは私に勝つなど、万に一つも無理だな」

「……まだ戦いは終わっていません」

「そうか。では終わらせてやる」

 こう言うアルノルトに、またソルのほうから仕掛けて行った。防戦一方になれば勝ち目はない。こう考えて、攻めに出ているのだ。また、目にも止まらぬ速さで剣を振るうソルだが。

「……遅い!」

「ぐっ、あっ……」

 またアルノルトの攻撃を受けて、地面を転がることになった。ソルに立ち上がる間を与えることなく、攻勢に出ようとするアルノルト。そのアルノルトの体をまた炎が包む。

「温い! こんなものが私に通用すると思っているのか!?」

「がっ……」

 アルノルトが放った蹴りが、ソルの顔面に打ち込まれる。それでもソルは、途切れそうになる意識をなんとか繋いで、立ち上がる。ただ、立ち上がっただけだ。

「……お前でもこの程度だったか。私を満足させくれる者は、この世界にはいないようだな」

 ソルは秒を超える時間、戦い続けた。ほぼ一撃で屠ってきた者たちに比べれば、マシとは言えるが、アルノルトを満足させるには、ほど遠い。

「……お前の役目は終わった。果たせないままだ」

「……ま、まだ……まだ終わっていない」

「弱者の強がりなど耳障りだ! 死ねっ!」

 大きく振りかぶられたアルノルトの剣。それを見て、これまで飛び出したくなる衝動を、なんとか抑えながら戦いを見ていたソルの仲間たちが動き出す。戦いは、悔しいが、ソルの敗北で終わった。結果が出た以上は、介入を我慢する理由はないのだ。

「……何をしている?」

 だが彼らよりも早く、二人の間に割って入った者がいた。

「殺さないで。お願い」

 ソルを守るように両腕を広げてアルノルトの前に立つ女性。「お願い」と口にしているが、その瞳はアルノルトを睨みつけている。

「どうして、お前がここにいるのだと聞いているのだ! ルナ!」

 現れた女性はルナ。ソルが探していた、アルノルトも行方が分からなくなっていたルナが、ここで姿を見せた。

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