月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第80話 第三勢力?

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 ぱっと見、辺りを見渡しても、長閑と言える風景が広がっているだけ。丘陵地の先にある山の木々は色付き始めており、秋の気配を感じさせる。一時、竜王軍とツェンタルヒルシュ公国軍が激しい戦いを繰り広げていることを忘れさせてくれるような景色だ。
 だがそれは見せかけだけ。この地でも何度か戦いが行われた、はず。多くの人たちが命を落としたはずなのだ。他の戦場とは異なり、竜王軍の将兵たちが一方的に。

「どうやら、覚えていてくださっていたようで。お久しぶりでございます。イグナーツ様」

 目の前には誰もいない。だがそれもそう見えるだけ。長はソルの気配を感じている。感じさせたということは、害意がないことを示してくれているのだと、受け取った。

「イグナーツという名は捨てました。今の俺はソル・ヴォルフガング……そうか、姓も捨てないとだ」

 シュバルツァーも名乗るつもりは、ソルにはない。今ここにこうしているということは、シュバルツァー家の人間であることを捨てたということ。そうであることにより生じる義務を果たすことは、ソルには出来ないのだ。

「ドラクリシュティで良いだろ?」

 ソルに続いてウィンディも姿を現した。一族を捨てたウィンディだが、長が現れたとなれば、無視は出来ない。敬意を表しているわけではなく、関りを絶つのは自分の役目だと考えてのことだ。

「いや、その姓は……今考えることじゃないな。何の用ですか?」

「それにお答えする前に……ミストも久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

「ミストじゃない。私はウィンディだ」

「お前も名を変えたのか……しかし、ウィンディ? まあ、お前らしくはある。お前の場合は心地良い風ではなく、騒がしい暴風だがな」

 人の目をくらます霧。諜者として相応しい名をつけたつもりだったが、彼女は求めるような存在にはならなかった。人よりも劣っているとは思わない。彼女の本質が諜者には向かなかったというだけのことだ。

「それ、名付けてくれた人にも言われた」

 ルナも嵐という言葉で、長と同じことを言った。それがウィンディには少し不満だった。理由は、長の言う「心地良い風」のほうが、大人な女性という感じがするというだけ。彼女の感覚だ。

「名付けてくれた人? イグ、いや、ソル様ではないのか?」

「それは……内緒だ」

 ここでルナの名を出すことは躊躇われた。まだ長が誰の命で、何をしにきたのか、分かっていないのだ。

「まあ、良い。今はソル様との話だ。ここに来た用件でしたな。まず、この地で何をされているのか、いえ、率直にお聞きしましょう。竜王と戦うおつもりですか?」

「いえ、降りかかる火の粉を払うだけで、こちらから積極的に戦うつもりはありません」

「では、ルシェル様が共闘を求めたとしても?」

「拒否します」

 竜王軍と戦ったからといって、アルノルトと敵対しているつもりはソルにはない。相手が問答無用で攻めてくるから戦っただけ。ここでの暮らしを守っただけのことだ。

「はたして竜王は中立を認めるでしょうか?」

「認めないでしょうね?」

 従うか従わないかの選択肢しかない。従わない者は全て敵。アルノルトの考え方は、ある程度はだが、ソルも理解している。

「では竜王が攻めてきたら?」

「振るかかる火の粉は払うつもりです」

 アルノルトとは敵対したくない。だからといって大人しく殺されるつもりも、ここで暮らす人々が殺されるのを黙って見ているつもりもソルにはない。無意味に多くの人を殺すアルノルトのやり方は間違っている。間違っていることを間違っていると言うのは、敵対ではない。このように気持ちの整理をつけたのだ。

「……分かりました。ではここからが本題です」

「本題……どういう話でしょうか?」

 ルシェルの命を受けて、味方になるように説得しにきた。こういうことだとソルは考えていた。だが長の言葉だと、その可能性を探るようなこれまでの話は前置きに過ぎないということになる。

「我々もここで受け入れてもらえませんか?」

「はい?」

 想定外の長の要求。その意図がソルはすぐに理解出来なかった。

「元々、貴方様を追いかけてノルデンヴォルフ公国に向かったのですが、いざ到着してみれば、貴方様は行方不明で、ルシェル様は当然のように我々を使おうとする。困っておりまして」

「でも貴方たちは王国情報局……は、もう存在しませんか。ナーゲリング王国もすでにない。どう生きるかは自由ということですか?」

「ご理解が早くて助かります」

 ルシェルに対して、悪意があるわけではない。ナーゲリング王国が滅びた今、長の一族は自らの意志で行動を選択する自由を得た。勝者として生き残るか、敗者として滅びるかは、自分たちの選択次第であり、他者に強制されることではないと考えているのだ。

「……ここに合流したからといって、生き残れるとは限りません。さきほど話に出たように竜王様が攻めてくる可能性も十分にあります」

「それは今、どこにいても同じです。そうであれば自分たちが居たい場所を選びます」

 このままルシェルに従っていても同じことだ。だからといってアルノルトに従うつもりはない。それが許されるとも思っていない。どれを選んでも生き残れる保証などないのだ。そうであれば、自分たちの責任で選びたいと長は考えている。

「……ウィンディはどう思う?」

「私の個人的な感情を判断に加えては駄目だと思う。ただ私も、生き方も死に方も自分で選びたいという気持ちは分かるかな?」

 ウィンディはそうした。一族を捨て、ルシェルに対する恩義を捨て、ソルと共に生き、死ぬことを選んだ。それが後悔しない選択だと思った。

「そうか……そうだな」

 今は迷いの中にいるソルだが、ウィンディの想いは理解出来る。迷いの中にいるからこそ、絶対に信じられる存在を求め、その存在の為に生き、死にたいと思っている。
 自分がそうありたいと望んでいるのだから、他者の思いを否定するのはおかしいとも思った。

「では、お許しを頂けるのですかな?」

「俺の許しは必要ありません。ただ、自分たちのことは自分たちで何とかしてください。とりあえずは寝床の確保。土地と材料はあります。ああ、それと当面の食料もなんとか確保してきてください」

 収穫を得られるようになるのはまだ先。ここで暮らす人全員に十分な量となると、まだいつになるかも分からない。今は皆、他人に分け与えるほどの余裕はないのだ。

「承知しました。それはなんとか。一度、ここを離れ、一族の者たちと準備を整えてから参ります。それと……出来れば支配下から離れることをルシェル様にお伝えしたいのですが?」

「それは構いません。俺がどうこう言うことじゃない。ただ、敵味方関係なく、ぞろぞろと引き連れてくるのだけは絶対に止めてください。以前それで余計な戦いをすることになりました」

 最後の言葉は警告。たとえノルデンヴォルフ公国や元ナーゲリング王国の軍勢であっても、招かざる客は力づくで追い払うと言っているのだ。

「この場所について話すつもりはございません。ただ、我らは自由に生きると告げるだけ。ソル様の名を出すこともないでしょう」

「分かりました。では、また会いましょう。それまで、ご無事で」

「必ず」

 小さな、王国全体から見れば、とても小さな集団。だが竜王に従うわけでも、反竜王勢力に味方するでもないこの勢力は第三勢力というべき存在。そうであることを、この時点ではソルは気付いていなかった。

 

 

◆◆◆

 東のオスティンゲル公国の動きも慌しくなっている。竜王との戦いに向けて軍の再編成を行い、改めて防衛戦略を確認し、必要な数を配置していく。さらに軍需物資の確保など、やることは山ほどあり、元から慌しかったのだが、今は緊張感が増している。竜王との戦いがいよいよ始まる。皆、それを実感しているのだ。

「間違いありません。ツヴァイセンファルケ公国に集結している軍勢の中には、竜王アルノルトがいます」

 緊張した面持ちで報告を行うブラオ。アルノルト自らが出陣しようとしている。それも自公国の領土に向かって。これを知って、緊張しないでいられるはずがない。軍事力の増強に努めてきたオスティンゲル公国だが、竜王相手となると絶対の自信など持てないのだ。

「そうか……敵軍の数はどれくらいだ?」

「およそ三万」

「三万? かなり増えたな」

 最初にツヴァイセンファルケ公国内の軍勢の動きを知った時、その数は一万ほどだった。それが今は三倍の数だ。ヴィクトールの顔にも動揺が広がっている。

「アルノルトが合流した今、ここから更に数が増えるとは思えません」

「ツヴァイセンファルケ公国軍はかなり損耗していたものと考えていたが……」

 一公国での動員数は本来、一万。ただオスティンゲル公国も同様だが、覇権争いに備えて、倍の二万を常設として抱えていた。自国の例から計算すると、ツヴァイセンファルケ公国とヴェストフックス公国の連合軍であろう竜王軍の総数は四万。ただしこれは戦争が始まる前の数。何度か敗戦しているツヴァイセンファルケ公国軍は削られていて、もっと少なくなっているとヴィクトールは考えていた。

「徴兵を行ったのは間違いありません。あと、これはまだ未確認ですが、ヴェストフックス公国を空にしている可能性もあります」

 ツェンタルヒルシュ公国内で一万ほどの竜王軍が暴れていることは掴んでいる。それとツヴァイセンファルケ公国に集結した数を足せば、それでもう四万。ツヴァイセンファルケ公国軍がここまでの戦いで失っただろう将兵の数を考えれば、この可能性が考えられる。

「徴兵されたばかりの未熟な兵であれば良いが、それを期待しても意味はないな。ただヴェストフックス公国は……ノルデンヴォルフ公国に攻め込んでもらうべきか?」

「それも一つの選択肢ですが……我が軍をツェンタルヒルシュ公国の救援に向かわせる方針はそのままですか?」

 竜王が自ら率いる三万の軍勢。それを相手にする自公国に他国へ援軍を送る余裕はあるのか。どうしてもこれを考えてしまう。

「……ヴェストフックス公国よりもツェンタルヒルシュ公国を優先すべきだと?」

「私がどう思うかではなく、ルシェル様のご判断です。恐らくはツェンタルヒルシュ公国救援を優先されるでしょう」

 ノルデンヴォルフ公国と元王国軍をどう動かすかは、ルシェルが決めること。オスティンゲル公国から要請は出来ても、強制は出来ない。両国はまだ対等な同盟関係にあるのだ。

「そうだな……本当にヴェストフックス公国は空っぽかもしれないな」

「誘いとお考えですか?」

「それを聞くお前もそう思っているのだろ? 竜王軍はさらなる増援をどれくらいツェンタルヒルシュ公国に送り込むつもりか……」

 ツェンタルヒルシュ公国を完全に制圧することなく、無意味な虐殺を繰り返しているのは、自分たちを誘い込む為の罠。ヴィクトールはこう思っていた。アルノルトが自ら自公国に攻め込もうとしていると聞いても、その考えは変わらない。自分たちは救援に向かわなくてもノルデンヴォルフ公国は行く。竜王軍はそうなってから決戦を挑むはずだ。
 問題は竜王軍の数。これは今の状態では計算出来ない。情報がまだ少なすぎるのだ。

「最低でも二万。公都を陥落させるつもりであれば、八万は必要となると思われますが、さすがにこの数はあり得ませんな」

 ヴィクトールの、半ば独り言のような問いに答えたのはゴルト。オスティンゲル公国軍における将の頂点に立つ身だ。

「なるほど。意味のない虐殺を、などと思っていたが、まったく無意味でもなかったか」

「ノルデンヴォルフ公国から援軍を送られて、それでも公都に篭っているというわけにはいきません。ノルデンヴォルフ公国も納得しないでしょうな」

 ツェンタルヒルシュ公クレーメンスは、民の不満が爆発しない程度には野戦を挑んでいた。といっても実際に動いていたのは、ほとんどディートハルトの軍勢。ツェンタルヒルシュ公国軍そのものは公都の守りを固めていた。これ以上、数を減らせないという事情もあってのことだ。
 だが援軍が到着したあとは、そうはいかない。ルシェルは民を救うために援軍を送るのだ。公都に籠っているなど許さないはずだ。

「竜王軍の質を知りたいな。アルノルトの率いる軍勢が張りぼてである可能性もある」

 ヴィクトールはすでに何度も竜王軍に敗れているツェンタルヒルシュ公国軍だけでなく、ノルデンヴォルフ公国軍の質もあまり評価していない。ノルデンヴォルフ公国軍には、自国軍とは異なり、異能者が存在していないことをすでに知っているのだ。
 野戦となると数ではなく、将兵の質のほうが勝敗に影響を与える。アルノルトが自分の率いる軍勢は数だけにして、ツェンタルヒルシュ公国での戦いに強力な将を集中させる可能性を、ヴィクトールは恐れた。

「それについては実際に戦いが始まってみないと分かりません。我々は、敵将をまったく把握出来ておりませんので」

 アルノルト麾下の将は、全員が無名の存在。過去に表舞台に一度も出たことのない人物ばかりだ。無理をして調べたとしても将であることが分かるだけで、その強さまでは分からない。戦場に出てきて初めて知れることなのだ。

「最初の国境での戦いで実力を測れれば良いが……」

 ツェンタルヒルシュ公国に援軍を送れるかどうかの判断が遅れることになる。その遅れが致命的にならない保証はない。

「将だけでも送りますか?」

 ヴィクトールの懸念を察したブラオは、将だけをツェンタルヒルシュ公国に行かせるという選択を口にした。

「敵将と戦うだけの為にか? あり得ない選択ではないが、判断が難しいな」

 皆がいる場で口にはしづらいが、一対一で戦って、絶対に勝てるとは限らない。逆に、ただ自軍の将を減らすだけの結果に終わる可能性もあるのだ。

「竜王アルノルトを討つことに全力を注ぐというのも選択肢のひとつ。私はこちらが正しい選択だと考えます」

 ゴルトはブラオとは異なる考え。アルノルトとの戦いに戦力を注ぐべきだと考えている。自国の守りを優先するというだけではない。アルノルトを倒さなければ、勝利は確定しない。それが分かっているのだ。

「……そうだな。敵の策略だとしても、アルノルトが戦場に出てくるのであれば、その機会を逃すべきではない。当面、我が軍はアルノルトとの戦いに集中する」

「はっ。では引き続き、戦いの準備を進めます」

 方針は定まった、オスティンゲル公国軍は竜王アルノルト率いる敵軍の迎撃に全戦力を集中させる。アルノルトを討つ。それに向けて、引き続き動くことになった。
 これで今日の会議は終わり、となるはずだったのだが。

「調べていたことが少し分かりました。逆の言い方をすると、これ以上は調べても何も分かりません」

 将のの一人、ロートが、分かる人にしか分からないことを、言い出した。

「それは……ソルのことか?」

「はい。ドラクリシュティ家のことです」

 ヴィクトールはドラクリシュティ家について調べさせていた。自家の文献に何か記されていないかを調べるだけだ。あまり期待していなかった命令だったが、ロートの言い方は、少しは分かったことがあるということだ。

「思っていたより早かったな?」

「年代はほぼ特定されていますので量はそれほどでもありません。。苦労したのは、資料が古すぎて破損が多く、読み解くのが難しかったことです」

 ドラクリシュテイ家についての記録が残っているとすれば、フルモアザ王国建国前後の時期。そう考えて、残っている当時の資料を調べていたのだ。

「なるほど。では、聞こう」

「確かにドラクリシュティ家は存在していたようです。ただ分かったのは吸血という能力があることくらいです」

「吸血? それはバラウル家の能力ではないのか?」

 吸血の能力はヴィクトールも知っている。バラウル家が眷属を作る為の能力として。

「ドラクリシュティ家のそれがバラウル家のものとして伝わったものと思われます。ただ、知られているのとは中身が違います。血に宿る力を吸収するという意味のようです」

「それは……どういう能力なのだ?」

「そのまま。相手の血を吸収することでその力も我が物にする。もしこれが事実なら、とんでもないことです。我ら全員の能力を持った人間が出来上がるということですから」

「…………」

 黙り込むヴィクトール。ロートの言葉が真実だとすれば、本当にとんもでないことだ。そんな存在と戦って勝てるとは思えない。

「ちょっと待て。そんなとんでもない能力を持つドラクリシュティ家がどうして国を追われた?」

 グラオが、黙り込んでしまったヴィクトールに代わって、問いかけてきた。この疑問は話を聞いた皆が持っているものだ。 

「この大陸に来る前のことは分からない。ただ色々と皆で考えて、一つの仮説は思いついた。生まれたばかりのドラクリシュティ家の人間には何の力もないという仮説だ」

「……他人の能力を吸収して初めて、戦う力を持てるということか。確かに、それなら分かる」

 誰かの力を吸収するまでは一般人と同じ。それであれば戦いようはある。長い時間をかけて一族の力を弱めていくという方法だが。

「恐らく能力もオリジナルよりは劣るのだろう。そうでないと滅亡寸前まで追い込まれるはずがない」

「……滅亡寸前ではあるが、滅亡したわけではない」

「そういうことだ。我らの推測が事実であれば、バラウル家がこの地まで追いかけてきた気持ちも分かる。完全に滅ぼすことが出来ないまま、知らないところで数を増やされては、滅ぼされるのは自分たちになるからな」

 バラウル家でなくても恐怖を感じる存在。それがドラクリシュティ家。そのドラクリシュティ家は滅亡寸前ではあるが、滅びてはいない。少なくとも一人は生きている。
 それがこの先、どういう影響を与えるのか。その存在に世捨て人のような生き方が許されるはずがない。これだけはここにいる全員が分かっている。

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