ファンタジー小説-悪役令嬢に恋をして
領地へ向かう旅も一ヶ月になる。結構な長旅ではあるが、王都周辺しか知らないリオンとエアリエルの二人にとっては、見るもの全てが目新しく、毎日が退屈しない楽しい日々だった。ましてこの旅は、この世界にはない習慣ではあるが、新婚旅行だ。何をしていて…
いよいよリオンとエアリエルが王都を発つ日がやってきた。だからといって特別な行事があるわけではない。一男爵家夫妻が領地に向かうことに誰も興味なんてない、はずだった。 まだ陽が昇ったばかりの早朝。人気の少ない王都の大通りを、エアリエルを抱きかか…
この場所に閉じ込められて既に何日が経過したのか。もうエアリエルには分からなくなっている。そもそも初めの数日間の記憶が全くないのだ。 全く身に覚えのないことで糾弾を受け、それでも監察部の目的が親しい平民の生徒たちにあるのだと分かり、彼らを庇う…
城内にある謁見室の中でもこの場所は、あまり形式張る必要のない非公式な場面で使われる場所だ。ここに国王と王妃が居るのはおかしなことではない。相手が近衛騎士団長だけでなければ。 近衛騎士団長との打ち合わせに謁見室など使う必要はない。執務室で普通…
その日、王都は何とも言えない複雑な雰囲気に包まれていた。 既に二週間前から告知されていたウィンヒール侯家のヴィンセント・ウッドヴィルの公開処刑。それが今日行われるのだ。 公開処刑をただ見世物として楽しみにしている者、逆に人の死を見世物にする…
学院全体が、不穏な空気に覆われるようになった。 アーノルド王太子が宮内局に手を回して、リオンを強引に罷免させたという事実が、あっという間に噂として生徒たちの間に広まってしまったのだ。 平民、そしてリオンたちと接点のあった下級貴族の生徒たちは…
エアリエルが監察部に拘束された後。アーノルド王太子たちは、まさかの事態に青ざめた顔で茫然と立ち尽くしていた。 そんな中で唯一状況を理解していない者が居る。マリアだ。 「良かった。これで一件落着だわ」 こんな場違いな発言をしてしまう程に。周囲の…
アーノルド王太子にとって、エアリエルからリオンを引き離せるという情報は大歓迎だ。エルウィンの話はアーノルド王太子を大いに喜ばせた。 それはまだアーノルド王太子には、エアリエルへの未練があるということなのだが、それについて誰も気にする者はいな…
舞踏会での騒動は、リオンを大いに動揺させていた。 リオンは、確実に物事は好転していると思っていた。ヴィンセントは身分の低い生徒たち限定とはいえ、多くの人たちに慕われるようになっている。エアリエルとアーノルド王太子の距離は、リオンが驚くほどの…
校舎の中を貴族の使用人たちが慌ただしく動き回っている。今日行われる舞踏会の準備の為だ。女子生徒たちは特に晴れの舞台を前にして、準備に余念がない。使用人たちが忙しくしているのはその為だ。 学院開催の舞踏会は、貴族としての嗜みを身に付ける為の授…
平民の生徒たちとの接近はリオンにも良い影響を与えている。 平民が王国学院に入学するには、かなり厳しい試験に合格する必要がある。元々、平民であっても国政の場に登用するだけの価値があるかどうかを入学段階で試すという意図だったので、その難しさは並…
エアリエルとアーノルド王太子の仲が急接近している。今はほぼ毎日、常に行動を共にしているという状態だ。 きっかけが何だったのか、リオンには分かっていない。それを調べるつもりもない。どんな理由であっても、二人の仲が良くなる事はリオンが望む状況だ…
リオンの行動を観察している者がいれば、その精力的な活動に驚愕するだろう。そう思える程、リオンは色々なところに手を伸ばして、様々な工作を行っている。一従者が、それも自家の力も借りずに、やれるようなことではない。 それを可能としているのは、ただ…
数だけであれば勝てると騎士は言った。 だがそれも数に限りがある前提での話だ。アンデッドの魔物たちは、倒しても倒しても立ち上がってくる。そんな敵が相手では勝てるはずがない。 それだけではない。いつの間にか後ろからも魔物が襲い掛かってくるように…
「何故、こうなった?」 こんな呟きを漏らしても今更だ。事はもう進んでいるのだ。リオンはエアリエルの付添で、王都からそう遠くない場所にある廃城の中を歩いている。 同行者はアーノルド王太子、ランスロット、シャルロット、そしてマリア。この四人と、…
アーノルド王太子に対する周囲の評価は高い。 成績は常に一番。魔法については、飛び抜けた力はないが、それでも優秀な部類であり、何よりもそれを補って余りある剣の才能を有している。剣と魔法を融合した魔法剣『炎剣』の使い手としては、この年齢ですでに…
運命というべきか、設定というべきか。とにかく、この世界に働く理不尽な力にリオンは怒りを覚えている。 とにかくマリアにエアリエルを近づけないことだ。そう考えて、リオンなりに様々な努力をしているつもりなのだが、それは悉く無になっている。 事ある…
まだ辺りは暗く、天には星が瞬いている。静まり返った校舎の裏庭。森と見間違うほどに豊かに生い茂る木々の間を、リオンの振る剣の風切音が響いていた。 ここがリオンの毎日の鍛錬の場所だ。 朝の鍛錬は、もっぱら体力づくりと素振りなどの基礎が主なものと…
次から次と馬車が到着しては荷物を降ろしていく。その荷物とそれを運ぶ人々で、校門の前はごった返している。 毎年、入学の時期に見られる光景だ。 混雑を避ける為に校門から少し離れた場所で、リオンはヴィンセントと並んで立って、その光景を眺めていた。 …
決断してからのリオンの生活は、一段と忙しいものになった。やらなければならない事は山ほどあるのだ。 まず力を入れたのは自己の鍛錬。最終手段はマリアを殺すこととしても、その力がなければ話にならない。 何といっても、魔法に関してマリアは天才と評さ…
「ちょっとすみません!」 リオンは、マリアに一声かけると、大急ぎで席を立ってエアリエルが座るテーブルに向かった。エアリエルの瞳は、そんなリオンをじっと見詰めたままだ。 「えっと……来ていらしたのですね?」 やましい事をしているつもりはないのだが…
目の前には多くの書物が積み重なっている。リオンは、ヴィンセントにお願いして自由時間を貰い、図書室にこもって調べものをしていた。 それはほぼ終わっている。いくら調べても新しい事実が見つかることはなく、リオンの考えが間違っていないと裏付けられた…
先に進むヴィンセントたちを追いかけたリオンだったが、思いがけず、早く追いつくことになった。全力で逃げなければならない状況の中で、ヴィンセントたちは立ち止まっていたのだ。 「どうされましたか?」 「それが……」 ヴィンセントたちが立ち止まっていた…
学院に来てから、ヴィンセントの評判は良くなるどころか落ちる一方。それも事実とは異なる理不尽な噂によってだ。 噂の出所を突き止めようと、リオンは散々に動き回ったのだが、全く辿り着く事が出来なかった。必ずどこかで「何となく聞いた」という答えが返…
休暇も残り数日となって、リオンは学院に戻る準備を進めている。リオンとしては、かなり満足出来る日々だった。 ウィンヒール侯爵の側室であり、エルウィンの母であるユリアとは初対面の後、一度だけ会いに行った。 全く会いにいかなくても頻繁に会いに行っ…
リオンが侍女の情報を色々と突き合せて分かったことは、エルウィンをウィンヒール侯家の後継ぎにしようと画策している従属貴族はウスタイン子爵以外にも居るという事実だ。 しかも、それを同じ侯家のアクスミア家が支援しているという最悪の状況。 他家が何…
一学期もあっという間に終わり、夏季休暇に入った。 リオンはヴィンセントに少し遅れて、屋敷に戻る事にした。寮の片づけや、休暇の間に読みたい本を借りる為、など理由は色々とある。 だが、それは表向きの理由で、実際には纏まった自由な時間が欲しかった…
貴族の子弟に対して、爵位に応じた待遇の違いがあるように、その従者にも違いがある。主人たちが授業を受けている間、従者たちは控室で待つ事になるが、その控室も、仕える家の爵位によって変わるのだ。 今年から用意された王家と三侯爵家の従者専用室はその…
季節は春。王国学院の教師たちにとって、もっとも忙しくて大変な時ではあるが、初々しい新入生を迎える事で、気分は一新、どこか気持ちが湧き立つ時期でもある――例年ならば。 今年に限って職員室では、一学年クラスを受け持つ担任たちが、学年主任を中心にし…
まだ暗い部屋。時計がなくても感覚で分かる。もうすぐ起床の時間だ。その前に、邪魔者には出て行ってもらわないと。 「……もう、朝です。起きてください」 「……ん」 「朝です」 「……もう? まだ暗いじゃない」 体をゆすって、ようやく隣で寝ていた女が目を覚…