運命というべきか、設定というべきか。とにかく、この世界に働く理不尽な力にリオンは怒りを覚えている。
とにかくマリアにエアリエルを近づけないことだ。そう考えて、リオンなりに様々な努力をしているつもりなのだが、それは悉く無になっている。
事あるごとにエアリエルとマリアは衝突してしまうのだ。リオンの不手際が原因ではない。エアリエルと衝突すればするほど、自分とアーノルド王太子との関係は深まることになると考えているマリアは、自ら積極的にエアリエルに近づいてくるのだ。エアリエルを怒らせて、嫌がらせをさせることがマリアの目的でもある。
マリアがそれを望んで動いてくる以上、リオンがいくら頑張っても、簡単に防げるものではない。
そして、エアリエルとマリアの対立が周囲に知られるようになると、更にリオンの望まない流れが出来上がってくる。
元々、マリアに反感を持っている女子生徒たちは、エアリエルが知らないところで勝手に自分たちの盟主に祭り上げてしまい、その威光を笠に着て、マリアへの嫌がらせを強めていってしまう。まるでエアリエルの指示で行っているような振る舞いなのだ。
事態はリオンにとって最悪で、マリアにとって望む通りになっていた。
「……い、痛い」
考え事に気を取られていたリオンの意識は、エアリエルに思いっきり両頬をつねられて、強引に引き戻された。
「何を怖い顔をしているのかしら?」
「す、少し考え事をしていました」
「私と一緒に居るのに、別のことを考えていたの?」
「あっ、いえ、エアリエル様のことです」
「……それは、何かしら?」
「どうすればエアリエル様と王太子殿下の距離が縮まるのかと考えていました」
嘘ではある。だが、リオンが常日頃考えている一つであるのは事実だ。
結局こういう事なのだ。アーノルド王太子が、婚約解消などを考えなければ、それでエアリエルはバッドエンドを迎えなくて済む。リオンの側からすれば、それを邪魔するのがマリアであり、排除すべき相手なのだが、それが失敗に終わった場合の備えも考えておかなくてはならない。
エアリエルとアーノルド王太子の絆を強くすることがそれだ。
「……又、考え事」
「あっ、少し」
「そんなに私と一緒ではつまらない?」
「そんなことはないです」
「じゃあ、ちゃんと私を見て、話をしなさい」
「はい。でも良いのですか? 話をするのであれば、私ではなく、王太子殿下のお相手をしたほうが良くないですか?」
「……面白くないわ」
「はい?」
エアリエルの顔がわずかに不機嫌なものに変わっていた。リオンがアーノルド王太子を何度も持ち出してくるのが気に入らないのだ。
「王太子殿下とお話をしても、楽しくないわ」
「いや、それは、あまり大きな声では」
「リオンが聞くからよ。それに、あのサロンには行きたくないわ。気持ちが悪いもの」
「……まあ」
初めの頃こそ、何度か挨拶程度にサロンに赴いていたエアリエルだったが、今は一切、足を向けることをしていない。
マリアは着実に攻略を進めていて、今のサロンはマリアのターゲットにされた男子生徒たちが集まってハーレム状態となっている。複数の男子生徒がマリアの気を引こうと、代わる代わる甘い言葉を囁く様は、リオンも見ていて気持ちが悪かった。
唯一の救いは、アーノルド王太子がその輪の中に加わろうとしていないことだ。それを攻略が完璧となっていない証拠とリオンは捉えていて、だからこそ、まだチャンスはあると考えていた。
「ここにお呼びすれば良かったですね?」
「王太子殿下が、学食に足を運ぶと思う?」
「……それはないですね」
リオンとエアリエルが居る場所は、学生用の食堂だ。アーノルド王太子もそうだが、エアリエルも本来は使うような場所ではない。
学食を利用する者は、平民か、貴族であっても下位貴族しかいない。そうであるから、貴族の令嬢と従者が一つデーブルで向かい合って話をしていても、白い目で見る者はいない。居たとしても、文句を言える者はいない。
この場所で話をしているのは、これが理由だ。
だが、白い目で見る者はいなくても、注目はかなり集めている。三侯家の令嬢であるエアリエルが、それもかなりの美少女であるエアリエルが、すぐ近くで食事をしていれば、気にならないはずがない。特に男子生徒は。
何とか話すきっかけを掴めないか、そわそわしている者も多いのだが、こういう点に関して、エアリエルは、リオン同様に鈍感だった。
エアリエルの場合は、周囲など眼中にないという、やや傲慢な性格の影響もあるのだが、幸いにもそういった事は、ろくに話した事もない他人に分かるはずがない。
上位貴族でありながら、学食を利用する気さくな人という、全く正反対の評判が、周囲に広がっていた。
これも又、エアリエルには興味がない事だ。
「今日は、兄上はどうしたの?」
この場を利用するのはエアリエルだけでなく、兄であるヴィンセントもだ。屋敷に居た頃の三人の気安い関係を望んでいるのはヴィンセントも同じだった。
「勉強をされています」
「……もうすぐ試験だったわね」
「はい。さすがにここから先は、順位を上げるのも容易ではないでしょうから」
「その言い方ではお兄様が良い成績を収められているみたいだわ」
「私がこう言うのは失礼ですが、まあまあだと思います」
「まあまあ?」
「前回で十五位まできました。次で一気に上位十名入りを目指されているようです」
ヴィンセントは少しずつ順位を上げてきている。ウィンヒール侯家の出来損ないと呼ばれているヴィンセントの頑張りは驚くべきところ、なのだが。
「十五位なの? お兄様、もう少し頑張らないと」
エアリエルは、兄であるヴィンセントが泣きたくなるくらいに、極めて優秀な妹だった。
「ですから、次こそはと頑張られているのです」
「そう。リオンは?」
「はっ? 私は試験などありませんが」
「それは分かっているわ。勉強はしなくて良いのか聞いているの」
「ヴィンセント様の勉強が終わった後に、教科書やノートをお借りしております」
「それで理解出来るのかしら?」
「まあ、それなりに」
「そう。じゃあ、聞くわね」
「えっ?」
「ちゃんと覚えているかの試験よ。何にしようかしら?」
そう言うと、エアリエルは楽しそうな顔をして、問題を考え始めた。実家に居た時にも、よくやっていた事で、こうして同じような時を過ごせるのが嬉しいのだ。
「ああ、そうだわ。問題とは違うけど、リオンの考えを聞きたい事があったの」
「何ですか?」
「リオンは『大事の前の小事』って言葉を知っているかしら?」
「一応は」
「どう思う?」
「どう思うとは?」
「大事の為には小事を捨て去る覚悟が人の上に立つ者には必要だと習ったわ。でも、何をもって小事とするのかしら? それに小事であろうとも、蔑にしないのが、正しい在り方だと思わない?」
「難しい話を……」
この問いにはエアリエルの生真面目さが良く表れている。エアリエルの考える上位貴族としての責任が、この言葉に納得出来ないものを感じているのだ。
それが分かるからこそ、リオンは返答に困ってしまう。エアリエルの考えが正しいというのは簡単だが、それを実践しようとすれば、大変な事になるのも分かる。
「正解があるとは思っていないわ。ただリオンはどう思うか知りたいの?」
「私ですか……」
そう言われれば言われたで、答えを考えてしまうリオンだったが。
「私が喜ぶ答えは必要ないわ。リオンの考えを教えて欲しいの」
こういう事には鋭いエアリエルだった。
「……私は、私はそもそも大事を為すような人間ではありません」
「それは分からないわ」
「いえ、そうなのです。だから、私は大事なんて考えません。目の前の小事を一つ一つ解決する事で精一杯です」
「そう……」
「でも、それで良いと思います。似た言葉で、『およそ大事はみな小事より起こる』という言葉もあります」
亮が大好きだった歴史小説の中の一文。それがリオンの頭の中に浮かんだ。金のない亮の唯一の趣味は読書だった。図書館で、好きな歴史小説系を手当たり次第に借りて読んでいたのだ。
この手の話題でヴィンセントやエアリエルに話す内容の多くは、こういった知識から来ている。
「それはどういう意味かしら?」
「小さな問題を見逃す事が、その先の大きな問題につながるという意味です」
「正反対の言葉だわ」
「はい。ですが、同じでもあります」
「……どうして?」
「エアリエル様の問いの通りです。何をもって小事とするのか? 問題は、些細なものであっても小事ではなく大事なのではないでしょうか?」
「では、小事とはなにかしら?」
「例えば……誇り」
「何ですって?」
リオンの言葉にエアリエルは、目を吊り上げている。貴族の誇り、それはエアリエルが大切に考えている事の一つなのだ。
「誇りを捨てる事で、より大切なものを守れるのであれば、そうすべきかと」
「貴族である事を辞めろと?」
「もし、貴族の身分を捨てる事で、領民全てを救う事が出来るという事態になった場合、エアリエル様はどうなさいますか?」
「それは……」
「質問としては、ちょっと漠然とし過ぎですね?」
「いえ、言いたい事は分かるわ。でも……」
領民を守るのは貴族の責任。そういう気持ちはあっても、貴族である事を辞めるとはエアリエルは簡単には口に出来ない。
「悩まれるのであれば、次は誇りとは何かを考えられてはどうですか?」
「誇りとは何かって?」
「ただ貴族という身分を持っている事だけで誇れるものでしょうか?」
「……そうね。例え、身分を失っても、貴族としての意志や振る舞いを忘れない事の方が、立派だわ」
「そういう事です。エアリエル様にとってウィンヒール侯家の一員である事は大事だと思います。でも、その大事を、小事と見なす覚悟が必要という事ではないでしょうか?」
「分かったわ。リオンの言葉は心に留めておくわ」
「……あっ?」
「何?」
「別に私の言う事が正しい訳ではないので、そのように真面目に受け取らなくても」
「……でも、納得出来たわ」
「いや、それは……」
リオンの顔は羞恥で真っ赤になっている。エアリエルに向かって、偉そうな話をした事を恥じているのだ。実はリオンがこういう思いをするのは二度目だった。
「リオン、お前はエアルの教育係にもなったのか?」
「ヴィンセント様!?」
そこに丁度、リオンが最初に恥かしい思いをした相手が現れた。更に顔を赤く染めたリオンだが、動揺しながらも素早く席を立ってエアリエルの正面の席を空けた。
「食事はなさいますか?」
「ああ。そのつもりで来た」
「では、用意して参ります」
そのまま、リオンはヴィンセントの食事を取りに食堂のカウンターに向かって行った。顔に昇った熱を冷ましたいという思いもあってだ。
「お兄様、勉強はよろしいの?」
リオンとの会話を邪魔されたエアリエルは不満顔だ。
「はかどらないので、気分転換だ」
「何だか言い訳に聞こえるわ」
「実際に言い訳だな。でも、頭を切り替える必要があると思ったのは事実だ」
「そう」
「それよりも、随分と難しい話をしていたのだな?」
「ちょっと思いつきで聞いただけだったの。でも、リオンが話を難しくして」
「でも、悪い話ではない」
「ええ。リオンの話は教師の話より納得出来たわ」
「リオンにはそういう所がある。僕も色々と教わった」
「あら、そうなの?」
「さっきの話と同じような事を僕も前に言われたな。おかげで僕は少し変われたと思う」
これがリオンが恥ずかしい思いをした最初の出来事だ。
「……どういう事かしら?」
「小事を捨てる事が出来た」
「お兄様が捨てた小事って?」
「恥、見栄、そういうものだな。もっと言えば、侯家の嫡子である自分を捨てた」
「お兄様!?」
ヴィンセントの言葉はエアリエルには衝撃だ。ウィンヒール侯爵としての兄の治政をエアリエルは楽しみにしている。そして、エアリエルの気持ちの中では、それを支えるのがリオンだ。
「気持ちの上での話だ」
「そうであっても!」
「エアル。僕は侯家の嫡子である事で全てを手に入れられると思っていた。でも、それは間違いだとリオンが教えてくれた。本当は侯家の嫡子である事で、多くの物を失っていたのさ」
「……どういう事かしら?」
「僕に近付いてくる者は、僕がウィンヒール侯家の嫡子だから近づいてくるのさ。僕に頭を下げる者たちは、僕がウィンヒール侯家の嫡子だから頭を下げるのさ。僕自身を見るものは誰もいなかった」
「お兄様……」
これは家の中でも同じ。使用人たちが、表面上は敬った態度を取りながら、裏で兄を馬鹿にしている事をエアリエルは知っている。
「もちろん、家族は別だな。だが他人は、僕自身ではなく僕の肩書きが大事なのさ」
「……そうね。でも、それは仕方がない事だわ」
「ああ。今はそう思える。そう思えるようになったのもリオンのおかげだ」
「そう」
兄であるヴィンセントと二人きりで話すのは、エアリエルも久しぶりだ。その兄は、自分が想像していた以上に大きく成長していた。
それは、今、食堂のカウンターで女子生徒と親しげに話しているリオンのおかげ。
「……ん?」
エアリエルの瞳に女子生徒と仲よさげに話しているリオンの姿が映った。
「い、いや、エアル。ああいうのは全て俺かお前の為であって」
それに気が付いたヴィンセントが慌てて、リオンをフォローする。
「それは分かっているわ。でも、今それをする必要はないと思うわ」
「それはそうだけど……」
「戻ってきたわ」
「えっ? あいつ馬鹿か?」
そのリオンはエアリエルの怒りに気付いた様子もなく、事もあろうに、話していた女子生徒を連れて、テーブルに戻ってきた。
「お待たせしました」
「い、いや、待ってはいないが……」
「何か?」
「お前……その後ろの女子生徒は?」
正面に座るエアリエルを気にしながらも、ヴィンセントはリオンに尋ねた。何となく、エアリエルの視線が、お前が聞け、と言っているように感じたのだ。
「ああ、メイアさん。どうしても話をしたいというので連れて来ました」
ヴィンセントの内心の焦りを全くリオンは分かっていない。
「それは今する事じゃないだろ?」
「でも、明日に回しても同じ事かと」
「いや、それはエアルが居ない時で」
「居ないと意味がありません。メイアさんは、エアリエル様とお話したいのですから」
「はい?」
「彼女、エアリエル様に憧れているそうで、話は無理でも、せめて握手だけとお願いされて」
「……私に憧れて?」
不機嫌そうにしていたエアリエルの表情は一変。事情が分からなくてキョトンとした顔をしている。
「はい。そうみたいです」
「えっと……メイアさん?」
「は、はい!」
緊張した面持ちで返事をする女子生徒。
「じゃあ、握手、で良いのかしら?」
エアリエルの声に周囲の空気がザワッと揺れた。
そんな周囲の空気を感じながら、差し出された手に恐る恐る自分の手をのばすメイア。
「別にそんなに恐れなくて良いわ。はい、握手」
躊躇うメイアの手を、エアリエルの方から手を伸ばして握った。
「……ありがとうございます!」
「そ、そんな喜ばれても」
メイアの興奮した様子に、エアリエルの方が照れて真っ赤になってしまう。
「可愛い……」
「ええっ?」
「あっ、すみません。エアリエル様に向かって、可愛いだなんて失礼ですね?」
エアリエルが照れている分、メイアの方は緊張が解けたようだ。先ほどまでの強張った様子が嘘のように、親しげに話しかけてきた。
「褒め言葉を言われて、失礼だなんて思わないわ」
「そうですか? それは良かったです」
「……立っていないで座ったらどう?」
又、辺りの空気が、先ほど以上に大きくざわめいた。
「良いのですか?」
「ここは食堂よ。身分をどうこう言う者はいないわ。だから、私もここに居るのよ」
「……じゃあ、御言葉に甘えて」
「「「ええっ!! ずるいぞ!」」」
遂に周囲のざわめきは、具体的な言葉となった。エアリエルとお近づきになりたい者は、周囲に大勢居るのだ。
侯爵家のエアリエル相手では、さすがに無理だと諦めて、遠くから見ているだけだったのだが、同じ平民であるメイアが同席を許されたとなると話は違ってくる。
「……何?」
「あの、皆、エアリエル様とお話がしたいのです」
さすがに抜け駆けは悪いと思ったのか、メイアが周囲の者たちの気持ちを代弁した。
「私と?」
「はい。エアリエル様と」
「……何を話すのかしら?」
「何でも良いのです。とにかく話が出来ればそれで嬉しいのですから」
「それは……」
エアリエルの表情に困惑が広がる。こんな状況は、当たり前だが、生まれて初めての事。どう対応して良いのか、全くわからなかった。
こうなるとリオンの出番だ。
「一度に全員というのは無理でしょうから。とりあえずは……一番近い所に居る中で、四人という事で」
「はい! はい! 希望します!」「俺も! 俺も是非、話を!」
「私も!」「俺! 俺を指名して下さい!」
リオンが指差したテーブルの生徒が一斉に手を上げている。テーブルの全員だ。そうだと思ったから、リオンも四人と言ったのだ。
「そんな!?」「不公平だ!」「そうだ! 抽選を希望する!」
一方で、対象ではない生徒たちからは一斉に不満の声があがる。
「……どうして?」
驚いているのはエアリエルだ。自分と話をするという事に、周りの生徒たちがこれほど熱くなる理由が分からない。
「どうしてかは私にも分かりません。でも、エアリエル様が、外に目を向けるには良い機会かと」
「……そうね」
「ただ、この混乱をどうするか……」
不満の声はどんどん大きくなっている。半分はノリだ。こうして騒いでいる事が楽しいだけ。それであるなら。
「静かに! 君たちと話す機会はまだある! 今日のところは我慢してくれ!」
ヴィンセントの声に、食堂がやや静まる。侯爵家を怒らせるのは彼らの本意ではない。
「その代わり! 今、食堂に居る全ての生徒の代金はウィンヒール家が持つ! 飲み物を頼みたければ頼めば良い!」
ヴィンセントの大判振る舞いに生徒たちは……きょとんとした顔をしている。突然の事で、どう受け取ってい良いのか分からないのだ。
「但し、休憩時間内だけです! 授業に遅刻するような真似は慎んで下さい! ヴィンセント様に迷惑が掛かりますから! 分かりましたか!?」
続けて、リオンがこれを言った途端に、ドッと食堂が歓声に包まれた。リオンの具体的な話を聞いて、ヴィンセントの言葉を真に受けて良いと分かったのだ。
あちこちのテーブルから、ヴィンセントに向けて、感謝の声があがる。すでに立ち上がって、飲み物を頼んでいる生徒も居る。
これで騒いでいた生徒たちは、静かとは言えないが、文句の声はあげる事はなくなった。
あとは、同じテーブルの席についた生徒たちの相手だ。
「……それで、ですね。その時のヴィンセント様と言ったら」
「ち、ちょっと待て! さっきから聞いていれば、主人をネタにして笑いを取る従者がどこに居る!?」
「此処に」
「おい!?」
「いや、ここは場を盛り上がる為に何卒、お許しを」
「許せるか!?」
ヴィンセントの悪評を払拭する絶好の機会と、リオンは張り切っている。張り切りすぎて、ネタにされているヴィンセントが半ば、本気で怒っているくらいだ。
その本気の様子が却って、同席した生徒たちに親しみを感じさせ、テーブルは大いに盛り上がっている。
エアリエルまで、貴族の仮面を外して、歳相応の笑い顔を見せている位だ。エアリエルにとって、大勢でこんな馬鹿話で盛り上がるのは初めての経験。兄とリオン、三人で過ごす時間とは又、違った楽しい一時だった。
そんな様子を少し離れた場所から、冷めた目で見ている者たちが居た。
「くだらない人気取りだ。領民でもない平民の機嫌を取ってどうする? 馬鹿のする事は分からん」
吐き捨てるようにこんな台詞を吐いたのは、ランスロットだ。自分たちも又、マリアの入れ知恵で、平民の人気を集めようと、食堂を訪れたくせに。
「なあ、アーノルド。そう思わないか?」
「……あんな、笑顔を見せるのだな」
「えっ? 何の事だ?」
「何でもない。無駄足だったな。戻るぞ」
「あ、ああ」