月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第30話 イベント:悪役令嬢糾弾

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

 学院全体が、不穏な空気に覆われるようになった。
 アーノルド王太子が宮内局に手を回して、リオンを強引に罷免させたという事実が、あっという間に噂として生徒たちの間に広まってしまったのだ。
 平民、そしてリオンたちと接点のあった下級貴族の生徒たちは、このやり方に大いに反発して、アーノルド王太子、ヴィンセントとエアリエル以外の三侯に対する不信を強めていった。
 元々、婚約者であるエアリエルの扱いなどで、こういった不満はあったのだ。それをさりげなく押さえていたのがリオンだったのだが、その彼が居なくなり、そのせいでエアリエルが酷く落ち込んでいるとなれば、もう不満を押し込めていられなくなる。
 もちろん、相手は王族と侯家、表立って何かをするということはない。彼らのやり様への不満の声が密やかに、それに共感する者たちの間を行き来するくらいだ。
 だがそれも溜まれば、やがて吹き出し口を求めるようになる。そして最も吹き出し易い場所は、身分差という重しの無いマリアのところだった。

「……こんなことをして、ただで済むと思っているの?」

 しまっていた持ち物を床に放り出された上に、引っくり返されている自分の机を前にして、マリアは忌々しげに呟いている。

「あら、私だったら平気。だって、寝取られる婚約者なんて居ないもの」

 マリアのきつい雰囲気に全く怯む様子もなく、近くに居た女子生徒が皮肉を込めて、言葉を返してきた。

「貴女がやったのね!?」

「知らない。仮に私だったらって話よ」

「惚けないで!」

 貴族の女子生徒に嫌がらせを受けている時の弱々しい雰囲気は今のマリアにはない。相手は自分よりも更に下の身分の平民。それに、この嫌がらせには全く得るものはないのだ。
 ゲームの中では,平民の女子生徒たちは貴族から嫌がらせを受ける主人公を励まし、支える味方だった。だがこの世界では、平民は完全にマリアの敵に回っている。
 エアリエルやヴィンセントと女子生徒たちの関係が近いというのもあるが、男子生徒の攻略を優先して、女子生徒と友人関係を構築するイベントをほとんど無視したマリアの失敗でもある。

「じゃあ、私がやったという証拠を見せてよ」

「何ですって?」

「証拠もないのに人を疑うなんて酷いわ。ああ、何の失態もないのに、他家の使用人を首にするような人だと当たり前か」

 女子生徒の言葉には、又、皮肉が込められている。ただその皮肉は、マリアに対するものではない。

「貴女、そんなことを口にして許されると思っているの?」

「何が?」

「何がって、それはアーノルド様を批判していることじゃない!?」

「ええっ? 貴女それ本気で言っているの? 馬鹿ね。王太子殿下ともあろう御方が、そんなセコイ真似するはずがないじゃない」

 聞き様によっては、いや、間違いなく、女子生徒は、リオンを首にさせたアーノルド王太子をセコイと皮肉っている。

「よくも……」

 マリアにとって、身分の低い生徒たちの嫌がらせは本当に気持ちを苛立たせる。貴族の女子生徒の嫌がらせは、これに比べれば可愛いものだ。持ち物を隠されたり、汚されたりと、やられることは似たようなものだが、貴族の女子生徒たちは何だかんだで自分がやったと認めてくる。
 それが、マリアが困っている様子をあざ笑い、嫌味を言いたいという理由からだとしても、相手が見えるというのは気持ちを楽にするものだ。
 平民の生徒たちの嫌がらせが始まってから、マリアはこう思うようになった。
 平民の生徒たちは決して犯人を明らかにしない。今、それらしく振る舞っている女子生徒も惚けているのではなく、本当に何もしていない可能性が高いのだ。
 誰が、どれだけの女子生徒が敵か分からない。そんな得体の知れなさが、マリアには気味が悪かった。
 そしてこの嫌がらせは、ゲームの設定でも何でもない。どれだけ嫌がらせを我慢しても、攻略キャラに繋がるイベントには成り得ないのだ。
 何かあるとすれば、それは。

「お前たち、いい加減にしろ! これ以上、マリアに嫌がらせを続けるなら、アクスミア侯家を敵に回すと思え!」

 既に攻略済みのランスロットが庇ってくれるくらいだ。こうしてランスロットが出て来れば、女子生徒たちは大人しく引き下がっていく。だが、その女子生徒たちがランスロットに向ける瞳にさえ、蔑みの色が浮かんでいることに気付かない者はもう誰も居ない。溝は深まるばかりだった。
 いつの間にか教室に残った生徒の数は随分と少なくなっている。マリアたちに悪意を向けていない生徒たちでも、今の教室の状況には不満を持っている。とても勉強に集中出来る環境ではないのだ。
 そして、それは敵視されている側も分かっている。

「……ランスロット。これ以上は彼女たちを刺激しないほうが」

「ではシャルロットはどうすれば良いと言うのだ?」

「それは……ちゃんと分かり合えるように、彼女たちと話し合いを」

「平民に膝を屈しろというのか!?」

「そんなことは言っていないわ! 私は話し合いをと言っているのよ!」

「それは負けと同じだ」

「どうしてそうなるのよ!?」

 穏健派のシャルロット、強硬派のランスロット。二人の意見が噛みあうことなどない。

「やはり、元を絶つべきだと思います」

 そしてランスロット以上の強硬派が一人いる。エルウィンだ。今の状況を喜ばしく思っている者が居るとすれば、それはエルウィンだけだろう。
 貴族と平民の対立のようであるが、揉め事の大元を辿れば、アーノルド王太子とヴィンセント、エアリエルの対立に繋がっていく。
 エルウィンにしてみれば、邪魔者二人を失脚させる絶好の機会を逃したくない。

「どうやって? 仮にも三侯家の人間を罪に落とすのだ。それなりの理由は必要だ」

「理由は充分にあるではないですか? 王太子殿下への不敬、それにマリアさんへの不敬を加えれば、これはもう王家そのものへの不敬となります」

「マリアの噂か……しかし、それこそ証拠が」

 十年以上前。アーノルド王太子がようやく一歳になったばかりの時だ。王国で、生まれたばかりの王女が城から攫われるという信じられない事件が起きた。
 懸命の捜索にも関わらず、王女の行方も犯人の手がかりさえ何も得られないままに、今ではほぼ迷宮入りとなっている事件だ。
 その行方不明の王女がマリアであるという噂が、まことしやかに囁かれるようになっている。王妃が城にきていたマリアを見て、王女だと口走ったということだが、そうであれば何故、確かめようとしないのかという疑問が浮かんでくる。

「何とか、確かめることは出来ませんか?」

 エルウィンの問いは、アーノルド王太子に向けられたものだ。それへの答えは、顔を横に振るだけ。アーノルド王太子はすっかり無口になっている。

「そうですか……」

「しかし、何故、陛下は確かめようとしないのだ? 行方不明だった王女殿下の可能性があるなんて、大事だと思うけどな」

「……確かめる術がないようだ」

 ランスロットの問いには、アーノルド王太子は声で返してきた。

「術がない……だが、マリアの容姿は行方不明になった王女にそっくりだと」

「生まれたばかりの赤子だ。そっくりということではなく、髪の色と瞳の色が同じだというだけだ。それだけの事で、マリアを王女と認めるわけにはいかない」

「黒髪なんて滅多に居ない」

 黒髪は魔力に優れている証。実際にどうかは別にして、そう思われるほど珍しい髪の色という事だ。

「マリアには悪いが、誘拐された妹だと名乗る者はこれまでにも数え切れないくらいに現れていた。言うまでもないが、どれも騙りだ。母上はそのことでも随分と心を痛められたそうだ。ようやくそんな傷も癒えかけた時にマリアが現れた。父上としても慎重に進めたいのだと思う」

「気持ちは分かるな。そうなるとマリアの件は無理か」

「話が大きすぎるわ。アーノルド様の婚約を解消するのが本来の目的でしょ?」

 ここで又、穏健派のシャルロットが口を挟む。穏健というより、婚約破棄こそがシャルロットの目的。それを確実に実現したいという思いからの発言だ。

「それはそうだが、婚約破棄の理由だって、同じ位に大変だ」

 政略結婚、そうであるからこそ、それを破棄するにはウィンヒール侯家を納得させる理由が必要だ。理由もなく破棄を伝えれば、ウィンヒール侯家の王家への不信は一気に高まることになる。下手をすれば、王国そのものを不安定にさせる大事に繋がってしまう。

「これは……正直、口にしたくなかったのですけど……」

 遠慮がちにエルウィンが話を切りだしてきた。

「何かあるのか?」

「はい……ただ……これも証拠が……今はないのですけど……」

 言い辛そうにしながらも、エルウィンは言葉を続ける。

「何だ? 聞かないと分からない」

「姉上とリオンという従者の関係ですが……良くない噂が……」

 黙り込んでいるアーノルド王太子だが、その眉が反応を示したのをエルウィンは見逃さなかった。

「それはとっくに知られている」

 ランスロットの方は何を今更という顔だ。エアリエルとリオンの関係が主従以上ではないかという事、それがそもそも、アーノルド王太子の婚約破棄を図る動機なのだ。

「そうではなくて、屋敷に居た時から、二人は既に……」

「だから何だ?」

「男女の関係にあると噂になっていました」

「……な、何だと?」

 ランスロットの瞳は、あまりの驚きに大きく見開かれている。さすがにここまでのことはランスロットも想定外だった。
 そして、同じ話を聞いたアーノルド王太子は、まんじりともせずに固まってしまっている。

「それは幾ら何でもあり得ないわ。それは二人が幾つの時の話よ?」

「十か、十一か」

「あり得ない。子供じゃない」

 だが十二くらいで結婚する女性だって居ないわけではない。この言葉は、恋愛事に対して精神的に子供なシャルロットの主観的な感想に過ぎない。

「しかし、リオンの部屋に夜中に通う姉上が何度も目撃されていて」

「……それが事実であれば」

「ちょっと、ランスロット? 事実のはずがないわ」

「事実かどうかは調べてみれば良い。そういう役目の者が居たはずだ」

「冗談でしょ?」

 ランスロットは軽く言うが、それをされる女性がどれほど屈辱を感じるのか。同じ女性であるシャルロットには、到底認められない手段だ。

「事実と確認出来れば、それも含めて、エアリエルの所業を訴え出る。まあ、真実でなくても訴えは起こす。アーノルドが事を急ぐから、ぼやぼやしていると結婚の準備が動き出すからな」

 王族の結婚となれば準備には相当な期間が必要だ。他国の招待客の調整などは、書簡を行き来させるだけでも数か月の期間が掛かってしまう。アーノルド王太子は卒業してすぐに結婚するという意思を、既に公にしている。いつ準備が始まってもおかしくないのだ。

「じゃあ、最初からそんなことは無しで訴えれば良いわ」

「確実になる。となるとまずは調査の手配からか。従者との関係に疑義有り。これで進める」

「ちょっと待って! アーノルド様、こんなことを許して良いのですか!?」

 ランスロットを相手にしていても埒が明かないと、シャルロットはアーノルド王太子に話を向けたのだが。
 シャルロットの望む答えは返ってこなかった。アーノルド王太子の心に生じた疑心暗鬼は、とてつもなく大きくなっていた。真実を知りたいという欲求に負けてしまったのだ。
 マリアが一言も言葉を発しなくても、物事はマリアの望む方向に進んでいく。リオンという障害を消した今、世界に抗える者は誰もいなかった。

 

◆◆◆

 エアリエルが処女性の検査など受け入れるはずがない。処女性を疑われるなど侯家の令嬢として、王太子の婚約者として相応しい振る舞いを心掛けてきたエアリエルの生き方そのものに対する侮辱だ。
 エルウィンはそれが分かっていて、リオンとの有りもしない話を持ち出したのだ。
 結果はエルウィンの思惑通り。エアリエルは検査をきっぱりと拒否し、検査忌避という内容が報告されることになった。後ろめたいことがあるから検査を受けない、そう受け取られる報告だ。
 その結果と学院でエアエリエルが為したとされていること、そして、その背後にはヴィンセントも絡んでいて、平民を唆し、扇動し、その行為は王家に仇為そうという企みに繋がるという、これでもかというくらいに大袈裟な報告が、城に上がることになった。
 報告はランスロットの名で上げられ、その内容はランスロットとエルウィン、そして証言者としてのマリアの三人によって作られている。
 エルウィンは二人の失脚を願っている以上、ある程度、過激な内容になるのは当然だ。だが、ランスロットとマリアの二人にはそこまでの思いはなかった。
 ランスロットは確かにヴィンセントの失脚は願っていた。とにかくヴィンセントが自分と同列の侯爵になるのは許せない。ヴィンセントを嫡子から外すこと、そして、ついでにエアリエルとアーノルド王太子の婚約も解消に導くことが目的だ。
 マリアにいたっては何も考えていない。マリアは結末を知っている。エアリエルは婚約を解消され、王都を離れて地方領主に嫁ぐことになる。そしてヴィンセントは嫡子の座をはく奪、それ以降の情報は、ゲームでは紹介されていなかった。
 この程度の気持ちの二人が関わった報告が、まさかここまでの結果に繋がるとは、最も二人の失脚に積極的だったエルウィンでさえ想像もしていなかったに違いない――

「エアリエル・ウッドヴィル。汝に問う。この注進状に記されている内容は事実か?」

 学院に突然現れてエアリエルを詰問している者たちは、王都どころか城内に居ても滅多に見ることは出来ない王国騎士団監察部の監察官たちだ。主な役割は騎士団内部の不正摘発、そして王国に仇為す反乱分子の処分。
 任務遂行の為には手段を選ばない冷酷集団。やましい事がなくても、決して関わり合いになりたくない相手だ。その監察部が出てきたということは、報告内容がそのまま王国に受け取られたことを示している。

「事実もあれば事実でないこともあるわ」

 そんな監察部を相手に、エアリエルは相変わらずの堂々とした態度を見せている。

「では何が事実で、何は事実でないか話してもらおう」

「……その前に尋ねたいことがあるわ」

「いくら侯家の人間とはいえ、今の貴女は容疑者だ。許される権利は極めて少ない」

 全くないが正しい。監察部が恐れられているのは、それが誰であっても、もちろん国王は除くが、強制的な調査権を持つという点だ。

「事実関係を確認する上で重要な内容だわ」

 エアリエルに怯む様子はない。このエアリエルの態度に一番ほっとしているのは、事態を知って慌てて集まってきたランスロットたちだったりする。
 エアリエルであれば、うまく事態を収めるのではないか。そんな自分勝手な思いを抱いていた。

「話だけは聞こう」

「私が事実関係を否定したら、それで貴方たちは引き上げるのかしら?」

「答えることは出来ない」

 この答えがおかしいことに気付いた者はほとんど居ない。否定されただけで引き下がるのであれば、わざわざ出向く意味がない。引き下がる気がないのであれば、そう言えば良いのに、監察官はあえて答えることを拒否してきた。

「そう……では貴方たちの捜査対象は、私とお兄様だけなのかしら?」

「それは……答えることは出来ない」

 ずっと感情を消し去った表情をしていた監察官の顔がわずかに歪んだ。
 これの意味はもう明らかだ。監察部の捜査対象は二人だけではない。では誰なのか。エアリエルは懸命に監察部の目的を考え始めた。

「質問がこれ以上ないのであれば、こちらの問いに答えてもらおう。注進状の内容は真実か?」

 エアリエルの思考を妨げるように監察官が回答を求めてきた。その表情には明らかに焦りの色が見える。

「そう……事実かどうかね……」

 エアリエルは返答をわざと引き伸ばしにかかる。監察官が何を焦っているのか。それを何とかして確かめたいのだ。

「とにかく、事実かどうかを述べてもらいたい。こちらには時間がないのだ」

 ちらりと動いた監察官の視線。焦りが生んだ、わずかな隙だ。それをエアリエルは見逃さなかった。監察官の目的はおおよそ掴めた気がする。だが、今度はそれに対して、どうすべきなのかを悩んでしまう。自分は何を大事にすべきなのか。

「エアリエル殿、速やかに返答を。取り調べには誠実に。これも貴族としての務めだと思うが?」

「貴族として……」

 エアリエルの思考にヒントを与えたのは監察官だった。それは最悪のヒントだ。これもゲーム設定の意志。この世界の真実を知る者が居れば、そう思うくらいに。

「何を悩んでいるのだ? はっきりと事実を答えれば良い。こんなことで婚約者の地位を剥奪されても良いのか?」

 更にアーノルド王太子まで苛立った様子で割り込んでくる。エアリエルへ望む答えを言わせる為に。アーノルド王太子が、ではなく、世界が望む答えを言わせる為だ。

「……婚約者の地位」

 これはある時からずっとエアリエルが疎ましく思っていたもの。王太子の婚約者どころか貴族の地位さえ、エアリエルは捨て去りたかった。

「さあ、返答を!」

 回答を求める監察官の声。その要求に対して、エアリエルはゆっくりと口を開いた。

「……全て、私がやったことだわ」

「なっ!?」

 エアリエルを追及しにやってきたはずの監察官が、驚きで目を見張っている。

「私がやらせたの。王太子殿下とマリアという女子生徒への嫌がらせは、全て私の指示だわ」

「……本気で言っているのか?」

「本気以外の何があるのかしら?」

 これを言うエアリエルの表情には笑みさえ浮かんでいる。覚悟を決めた者、いや、全てを捨て去った者の笑みかもしれない。

「我等、監察部が出て来ている意味を分かっていないのではないか?」

「私を誰だと思っているの? 王国の組織くらいは全て頭に入っているわ」

 この年で、王国の組織を全て覚えている者などそうは居ない。エアリエルがそれを覚えたのは、王妃候補としての義務感からだ。
 それを理解した監察官の表情が曇る。初めて見せた人らしい表情だ。

「重い罪に問われることになる」

「あら? たかが虐めで? それは知らなかったわ」

「虐めではない。国王陛下に対する不敬、反社会的活動。簡単にいえば国家反逆罪だ」

「そう……王国って変わっているわね? 虐めが国家反逆罪になるのね?」

「一度だけ機会を与える。戯言であったのなら、そう言うが良い」

「私がやった。これは事実よ」

 監察官が与えた最後の機会も、エアリエルは自ら放棄した。それでも監察官は、もう一度、思い直す機会を与えてくる。

「貴方の兄であるヴィンセント・ウッドヴィルも罪に問われることになる」

「……兄は関係ないわ」

 ヴィンセントの名が出たことで、エアリエルの表情から一瞬で余裕の色が消えた。

「それは、取り調べの結果次第だ」

「兄は関係ない! これは私の指示でやったことよ!」

「同じ兄を庇うのであれば、戯言は止めて真実を話せば良い。貴方はもう分かっているはずだ」

「……私は……真実を話しているわ。貴族としての誇りに忠実に、私は生きるわ」

 絞り出すように声を出したエアリエルだが、最後ははっきりと言い切った。守るべきものは何か。それを教えてくれた人をエアリエルは裏切りたくなかった。

「そうか……エアリエル・ウッドヴィルを拘束しろ」

「良いのですか?」

「拘束しろ。それが我等の任務だ」

 両側を監察官に挟まれる形で、エアリエルは外に連れ出されていった。それとほぼ同時に、別の教室で尋問を受けていたヴィンセントも。ヴィンセントも又、エアリエルと同じ決断をしたということだ。

 学院における最後のイベントはこれで終わり。この世界は無事に目的を達成したのだった。