月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第22話 イベント:魔人の胎動(前半)

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

「何故、こうなった?」

 こんな呟きを漏らしても今更だ。事はもう進んでいるのだ。リオンはエアリエルの付添で、王都からそう遠くない場所にある廃城の中を歩いている。
 同行者はアーノルド王太子、ランスロット、シャルロット、そしてマリア。この四人と、彼らに従う騎士たちだ。
 間違っても自ら望んで同行するような面子ではない。実際にリオンは、ヴィンセントのところに来た誘いを断らせている。
 王都近くの廃城に人ならぬ者が住みついている。その噂の真実を確かめる為に、現地に調べに行く。やがて本格化する魔人の活動の最初の兆候。このイベントはそういう位置づけだ。
 リオンにはそんなゲームの知識はない。だが王太子と三侯家の子弟、そして主人公のマリアが参加するなど、只事ではない。それ以上に、あまりにも不自然過ぎる。
 事実はどうであれ、そんな危険そうな場所にどうしてその面子が、多くもない騎士を伴うだけで向うことが許されたのか。
 こんな都合の良い、というのかは微妙だが、状況は疑う余地もなく、イベントの一つだ。
 そう考えてヴィンセントに断ってもらったのだが、その裏でエアリエルにまで誘いが届いていたことにリオンは気付けなかった。しかもアーノルド王太子の直々の誘い。
 エアリエルから話を聞いた時にはもう手遅れだった。アーノルド王太子の誘いを、エアリエルが断れるはずがない。気持ちはどうであれ、婚約者として従わなければならない。それがエアリエルの在り方だ。
 即答したと聞いた時、リオンは頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。そんなリオンの反応にもエアリエルは全く動じることなく、ただ出発の日時を伝えるだけだった。
 リオンが付いてくるのは当然という態度だが、間違っていない。エアリエルがそんな場所に行くのに、リオンが同行しないはずがない。

 ――という経緯で今がある。

 先頭に松明を持った騎士が二人。王太子付きの近衛騎士だ。その後をアーノルド王太子とエアリエルが並んで続き、その後ろにランスロットとマリア、その後ろをシャルロットが続いている。その彼らの左右には、これは侯爵家付きの騎士が辺りを警戒しながら進んでいる。
 リオンは一番後ろで他の従者と一緒に歩いている。最後尾から見ていれば、それなりにしっかりした警戒態勢には見える。
 リオンの気持ちは複雑だ。主人公が絡むイベント。危険はあっても命を失うような事態にはならないだろう。少なくとも主要人物は。その中には当然、エアリエルも含まれる。
 そう考えると気が楽なのだが、それは事がゲーム通りに進んでいることを意味する。自分の努力はストーリーの進行に何の影響も与えていない。実際はそうでもないのだが、細かいストーリーを知らないリオンには、そうとしか思えなくて、落ち込んでしまう。

 などということをつらつらと頭の中で考えているリオン。本当にリオンの気持ちを複雑にしていることから、目を逸らす為だ。
 アーノルド王太子は自らエアリエルに隣を歩くように指示した。それを聞いた周囲は、リオンも含めて、驚きだ。そもそもアーノルド王太子がエアリエルを誘った事実も、他の者たちは知らなかった。
このアーノルド王太子の行動の意図がリオンには読めない。
 何か変な意図があるのではと警戒していたリオンだったが、そのような素振りは今のところ見えない。それどころか、たどたどしい感じだが、アーノルド王太子からエアリエルに向かって、何かと話し掛けている。
 その様子が訝しくもあり、嬉しくもある。嬉しくもあり、少し寂しくもある。

(違う!)

 心に浮かんだ思いを、慌ててリオンは振り払った。

「何をしているの?」

 声を掛けてきたのは、すぐ前を歩いていたシャルロットだった。

「はい?」

「いきなり手を振り回して。何かあったのかしら?」

 心の中だけで振り払ったのではなく、無意識のうちに手を動かしていたようだ。

「えっと……蜘蛛の巣が」

「蜘蛛の巣?」

「はい。急に目の前に降りてきました」

「そう……」

「あの、私のことはお構いなく。どうぞ、先にお進みください」

「……暇なの」

「……暇と申されますと?」

「私だけ、話し相手がいないのよ」

「……ああ、そういうことですか」

 アーノルド王太子はエアリエルと、ランスロットはマリアと並んで話をしながら進んでいるが、シャルロットの隣には誰もいない。

「話し相手になってもらえる?」

「……誰がですか?」

「貴方が」

「……どなたの?」

「私の」

「……何故?」

「何よ!? 私と話すのが嫌なの!?」

 廃城の廊下に、シャルロットの怒鳴り声が響き渡った。それに驚いて、前を進んでいた者たちが一斉に後ろを振り向く。その視線を正面から受け止めるのは、リオンだ。

「……失礼いたしました。何でもありませんので、お気になさらずに先に進んでください」

 半ば以上は、疑わし気な目で自分を睨んでいるエアリエルに向けた言葉だ。何か言いたげなエアリエルだが、隣のアーノルド王太子に促されて、前を向いて歩き始めた。

「……ごめんなさい」

「いえ、怒らせてしまった私が悪いのです。決して、シャルロット様と話すのが嫌というのではなく、相手が私などで宜しいのかという意味です」

「一度も話したことがないからよ。変わった話が聞けるかと思って」

「そうですか……変わった話は出来ないと思いますけど、それで宜しければお付き合いします」

「じゃあ、付きあって。とにかく黙って歩いているのはつまらないわ」

「分かりました」

 こんな感じで、シャルロットとの会話を始めたリオンだったが、最近のリオンは以前のリオンとは一味違う。
 食堂でのエアリエルと平民の生徒たちとの対話は、相手を変えて何度も行われている。その時に、エアリエルを前にして、緊張で固くなっている生徒たちの心をほぐすのはリオンの役目だ。
 その為に考えた様々な話の中からは、すでに鉄板と言われるネタがいくつか出来上がっていた。ほとんどがヴィンセントの幼い頃の話だ。
 おかげでヴィンセントの評判を高めるという当初の目的は方向を変え、ひたすら親近感を高めるという形に変わっている。
 その鉄板ネタをリオンはシャルロットに向けて話し続けた。一応、理由はある。シャルロットとの共通点がヴィンセントしか思いつかなかったというのが、それだ。

「ち、ちょっと、ま、待って、お、お腹が……面白すぎるわ。噂には聞いていたけどヴィンセントって、そこまで馬鹿なの?」

 リオンの話を聞いているシャルロットは、お腹を押さえて笑いを堪えている。

「いや、そこまでの反応は、さすがに私の主に失礼かと」

 それに対して、真面目な表情で返すリオン。

「だっ、だって、貴方が。もっ、もうおかしくて、もう駄目、我慢出来ない」

 そのリオンの態度が又、シャルロットにはおかしくてたまらない。人目を気にすることなく、隣に立つリオンの肩を支えにするように手を置いて、その場で腰を折って笑い始めた。

「あの……」

「ごめんなさい、ち、ちょっと、ま、待って。もう少しで治まるから」

 シャルロットの望みは十二分に叶えられたようだ。それには満足しているリオンだが、先程から、ちらちらと後ろを振り返るエアリエルの視線が痛い。

「おい! いい加減にしないか! ここがどこだと思っている!?」

 先ほどまで自分もマリアと話し込んでいたのを棚に置いて、ランスロットが文句を言ってくる。途中から、後ろで馬鹿話を続けているリオンたちが気になっているマリアとの会話は弾まなくなっている。それが気に入らないのだ。

「はい。申し訳ございません。シャルロット様、そろそろ」

「もうちょっと。もうおさまるわ」

「お早めに。どうやら笑っていられる状況ではなくなりそうです」

「えっ?」

 リオンの言葉の意味を理解してシャルロットの笑いは一瞬で治まった。表情を改めて周囲の気配を探り始める。それはシャルロットだけではない。文句を言ってきたランスロットも同じように、周りに気を配っている。

「近いわね。どこからかしら?」

 独り言のつもりで呟かれたシャルロットの問い。

「恐らくは下です」

 それにリオンが答えた。

「……!?」

 シャルロットの驚きの声は、凄まじい衝撃音でかき消された。もうもうとあがる土煙。その土煙に視界を遮られて、何が起きたか把握出来ない。

「こちらです!」

 掛けられた声と同時に、腕がものすごい勢いで引っ張られる。声でリオンだと分かったシャルロットは素直にそれに従って足を動かした。続けて前から聞こえてきた怒鳴り声は、シャロットの聞き慣れた声だ。

「何が起こっている! 敵はどこだ!」

 ランスロットも事態の把握が出来ていない。何らかの敵が近づいて来たのは間違いない。その気配はシャルロットにも感じられた。その気配が思いの外近く感じられたことを疑問に感じて、思わず呟いた言葉に返ってきた答えは下だった。

「地下があるの!?」

「恐らくは! 後ろの通路が崩落しました! 敵は後方から来ます!」

 リオンの声が自分の考えを捕捉してくれた。この声を聞いたのはシャルロットだけではない。すぐ近くから、今度はアーノルド王太子の声が届く。

「後方だ! 体勢を整えろ!」

「はっ!」

 土煙はかなり収まってきている。アーノルド王太子の号令に応えて、騎士たちが動き出す姿が見えた。それを確認出来た瞬間に、ふっと自分の腕を掴んでいた感触が消えた。
 リオンが手を放したのだ。そのリオンの姿は、すでにエアリエルの側にある。

「エアリエル様、大丈夫ですか?」

「私は平気よ。リオンこそ、よく無事だったわね?」

「ギリギリでした。私より後ろにいた人たちは恐らく……」

「そう……」

 リオンとシャルロットの後ろには、戦えない従者たちがいた。リオンの言葉通りだとすれば、その従者たちは崩落に巻き込まれたことになる。そうでなくても後方からは。

「あれは……何だ……?」

 ランスロットが震える声で呟いた。そうなっても仕方がない。土煙が収まった先に見えてきたのは、今まで見た事のない異形の群れ。人でも魔獣でもない、この時代の人達が初めて見る魔物の姿だった。

「人ならざる者か。なるほど、噂を本当だったのか」

 ランスロットとは正反対に落ち着いた声でアーノルド王太子が言葉を発してきた。

「殿下、お下がり下さい」

 アーノルド王太子の前に、近衛騎士の背中が立ちふさがる。その視線は近づいてくる魔物の群れに向いたままだ。

「俺も戦う」

「敵の強さが分かりません。敵の実力も分からずに戦いを挑むのは愚か者のすることです」

「それは……」

 あえて辛辣な言葉を使う近衛騎士の意図は明らか。アーノルド王太子に戦う気を失わせる為だ。王太子に万一の事があれば、生き残る事が出来てもただでは済まない。近衛騎士にとって優先すべきは王太子の無事。その上での自分の命だ。
 そしてそれは侯家付きの騎士も同じ。守るべき者を守れなければ、その先に待っているのは死だ。全ての騎士が、アーノルド王太子たちを庇う形で前に出ている。

「アーノルド様、ここは下がりましょう」

「何?」

 その騎士の言葉に同意してきたのは、マリアだった。

「ここで無理して戦う必要なんてない。一旦、下がって体勢を整えるべきよ」

「下がるといってもどこへ? 後方は塞がれている」

「お城の出入り口は一つじゃない。他にもあるはず」

「それはそうだが」

「急ごう。私たちの決断が遅れれば、それだけ騎士の人たちの負担が増すわ」

「それは……」

 マリアは騎士がこの場に留まる前提で話をしている。それが分かったアーノルド王太子は、信じられないものを見る目でマリアを見ている。
 驚くのも当然。以前、遠足での事件の時にヴィンセントを散々に罵倒していたマリアが、同じ事をしようとしているのだ。

「さあ、早く」

 躊躇うアーノルド王太子の腕を掴んで、先に進もうとするマリア。その腕はとっさにアーノルド王太子は振り払った。

「アーノルド様?」

「俺は……」

 マリアは間違ったことを言っていない。アーノルド王太子の立場であれば、何よりも自分の命を大切にするべきだ。これが戦争であれば、アーノルド王太子が討たれた瞬間に、敗北が決定するのだから。だが、理性では分かっていても感情が、自分が逃げ出すことを許さない。
 アーノルド王太子は決断が出来ないでいた。

「では、お気をつけて」

「……ええ。リオンも」

 悩んでいるアーノルド王太子から少し離れた場所で、リオンとエアリエルが会話を始めた。その意味は誰にでも分かる。

「リオン」

「何ですか?」

「跪きなさい」

「はい? いや、今はそんな時間は」

「いいから跪きなさい!」

「はい……」

 魔物の群れの歩みは遅いが、もうすぐ近くまで迫ってきている。そんな中で、リオンは言われた通りにその場に跪いて、エアリエルを見上げた。
 その顔をエアリエルは両手でそっと挟み込むと、瞳を覗き込むようにして、自分の顔を近づけた。

「……死ぬことは許さないわ」

「はい。それがエアリエル様のご命令であれば」

「どんな状態でも、必ず私の下に戻って来なさい」

「はい。必ずやエアリエル様の下へ」

「リオン、私は貴方を……信じているわ」

 差し替えられた最後の言葉。本来の言葉をこの場で発することは許されない。

「はい。その言葉が私にとって何よりの力です。では、エアリエル様」

「ええ」

 ゆっくりと立ち上がったリオンは、エアリエルに背を向けながら、剣を抜いた。ウィンヒール侯家の紋章が刻まれたその剣は、この日の為にヴィンセントから借り受けた剣だ。

「行きます!」

 その声と共に、リオンの体が一気に前に出る。躊躇うことなく魔物の群れに突入していくリオン。その背中をエアリエルが放った魔法が追いかける。

「なっ!?」

 驚きの声はそれを見ていたアーノルド王太子たちから。エアリエルがリオンを攻撃したかのように見えたのだ。だがエアリエルの魔法は、リオンの体をかすめるようにして、迫ってきた魔物に襲いかかる。それとほぼ同時に、リオンは正面の魔物を一刀で切り捨てた。
 リオンの動きはそれで止まらない。群がる魔物に向かって、次々と剣を振るっていく。その周囲には、常にエアリエルの魔法が飛び交っている。

「凄い……」

 思わず漏れた感嘆の声。それはリオンの剣に対してでも、エアリエルの魔法に対してでもない。とても真似が出来ると思えない二人の連携の見事さに対しての感想だ。

「アーノルド王太子殿下! 今のうちに下がりますわ!」

 この言葉を発したのは、エアリエルだった。

「どうして?」

 アーノルド王太子には理解出来ない。どうしてエアリエルは、ここでリオンを見捨てて行くことが出来るのか。先ほど見た二人の様子は……どう見ても主従の関係を超えたものだ。

「早く! リオンの働きを無駄にしないで!」

「あっ、だが」

「王太子殿下、お下がり下さい! 早く!」

 エアリエルの声に、リオンの戦い様を呆気に取られて見ていた騎士たちも、正気に戻ったようだ。それはマリアも同じ。

「さあ、アーノルド様、下がりましょう」

 今度こそはとアーノルド王太子の腕をがっちりと掴んで、引っ張っていく。ランスロットもシャルロットもそれに続く。魔物と戦っているリオンと、それに参戦しようという騎士たちを残して、アーノルド王太子たちはその場から離れていった。

 

「今のところ、驚く程の強さのものはいません。でも数は多いですね」

 エアリエルたちの姿が完全に見えなくなったのを確認して、リオンは一旦、魔物の群れから距離を取った。隣には、騎士たちが通路を塞ぐようにして、並んでいる。

「だが数だけであれば何とかなる」

 騎士も一当てして、魔物の力を見極めたようだ。実際にまだ傷を負った者さえいない。

「今のところは、です」

「……これが全てではないと?」

「目の間にいるのはリビングデッド。死者が蘇った化物です。私の知識では、それを操っている者がいてもおかしくない」

「そうか」

「そして、それがいるとすれば」

「いるとすれば?」

「恐らくは、あいつら復活します。なんたって既に死んでますからね」

 このリオンの説明を待っていたかのように、通路に積み重なって倒れ伏していたリビングデッドの魔物たちが次々と立ち上がってきた。残念なことに、リオンの予想は見事に当ってしまった。

「そんな馬鹿な……」

「驚いている暇はありません。さあ、二回戦の始まり。頑張りましょう」

 リオンは二回戦の始まりといったが、当然、それで終わるはずがない。何回戦まで続くかも分からない、騎士たちにとって、絶望的な戦いが再開された。