月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第32話 友との別れ

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

 その日、王都は何とも言えない複雑な雰囲気に包まれていた。
 既に二週間前から告知されていたウィンヒール侯家のヴィンセント・ウッドヴィルの公開処刑。それが今日行われるのだ。
 公開処刑をただ見世物として楽しみにしている者、逆に人の死を見世物にすることへの反感を抱く者、処刑されるのがようやく成人したばかりの若者と知って眉を顰める者も居る。
 そんな王都の住民たちの複雑な感情が混ざり合って、王都は普段にはない雰囲気となっているのだ。
 だが、知る者は知っている。王都の雰囲気の異常さはそれだけが原因ではないことを。そこに混じる不穏な匂いの存在を。そしてそれは告示されてから、この日まで、どうにも怪しげな動きが王都の中で見られるようになっていることが原因だと。
 それを感じ取っている者たちは、他の住民以上に胸をざわつかせていた。

◆◆◆

 裏町の一角にある建物、その中に一人の若者が駆けこんできた。

「どうだった?」

 中で待ち構えていた者がすぐに声を掛ける。

「事前に調べた通りだ。警備の網を潜って近づくことは可能だ」

「問題はその後だ。ヴィンセント様を確保して、その後、無事に逃げ出せるのか?」

 ヴィンセントの救出。彼らの目的はこれだ。この目的を果たすために、この二週間、彼らは準備の為に王都中を動き回っていた。

「そこはさすがに強硬手段を取らざるを得ない。だが、処刑場の周囲を囲む警備を突破して街中に出られれば、いくらでも逃げ道はある」

「そうだな。実際にその手配も済んではいる」

「それでも絶対とは言えない。こちらに犠牲が出る可能性は充分にある」

 ここで急に一人が慎重な言葉を口にしてきた。完璧な計画などない。この懸念はもっともではあるが、実行を直前に控えたこの時に言うこととは思えない。

「それは分かっている」

「その危険を冒しても救い出す価値があるのか?」

 聞きたかったのはこのことだった。仲間を危険に晒してもヴィンセントの救出を実行する必要性をこの男は感じていない。

「俺はあると思っている。平民である俺たちに分け隔てなく接してくれた。そんな貴族はそうはいない」

「それは聞いている。だが彼はすでに侯家の人間ではない。力を失っているではないか?」

「ヴィンセント様の力は実家の力が全てではない。あの方は、その人柄で人の上に立つべき存在だ」

「それが分からない。三侯家の中で一番の落ちこぼれという噂だった」

 ヴィンセントに接したことがあるかないか。二人の見解の相違はここから生まれている。

「人の上に立つには二つあると俺は思っている。一つはその力で周りを認めさせる者、そしてもう一つは、周囲に担がれる者」

「ヴィンセント様は後者だと?」

「情けないところはあるが、それも愛嬌だ。この人を何とかしてやりたい、そう思わせるものがヴィンセント様にはある。お前も会えばすぐに分かる」

「……そうか。では会いに行こう」

 割りとあっさりと男は折れた。計画を止めるほどの思いで聞いたものではなかったということだ。

「納得してくれたか」

「始めから計画を止めるつもりはない。最後にお前の覚悟を聞きたかっただけだ」

「ああ、俺の覚悟は決まっている。あの方の為であれば命も惜しくない」

 これほどの強い思いを抱いてヴィンセントを救出しようとしているのは、王国学院の生徒の一人だ。ヴィンセントと知り合い、関係が深まるうちに、ヴィンセントこそ担ぐべき神輿と思い至った生徒の一人。
 そして、ヴィンセントとエアリエルが庇った反乱分子の一人でもある。実際は反乱分子など大袈裟だ。彼らは王国の今を憂い、将来を良くする為には何が必要かを真剣に考えていたに過ぎない。
 たまたまその結論が、今の王国の在り方を否定するものになってしまっただけ。これを持って国家反逆罪に問おうというのは、監察部の先走りだ。議論だけで彼らは何も行動を起こしていなかったのだから。
 その彼らが行動を起こそうとしている。ヴィンセントの為に、まさに国家反逆罪に問われてもおかしくない行動を。
 ヴィンセントには彼らにこれをさせるだけの魅力があったということだ。それはそうだろう。ヴィンセントはリオンが本当の意味で主として認めた、この世界で只一人の人物なのだ。これは、この先の未来に至っても変わらない。

 

◆◆◆

 処刑場とそれを見る見物者との間は、高い柵で仕切られている。肩車したぐらいでは、全く届かないほどの高い柵。柵には隙間が空いていて、処刑の様子が見えるようになってはいるが、その間隔はせまく、子供であっても通り抜けられるような幅ではない。
 更に柵に沿って、警護の騎士が等間隔で並ぶと言う厳重さ。侯家の一員の、それも国家反逆罪での処刑となれば国王を含めた重鎮が参列することになる。万一があってはならないのだ。
 処刑場の周囲の警護には隙などない。ただ一点を除いては。ヴィンセントを救出しようとしている者たちが見つけた唯一の隙だ。
 もうすぐ公開処刑が行われる時間。ヴィンセントが姿を現す頃だ。それが分かって見物者たちも、何となく緊張してきている。
 そしていよいよ、その時が訪れた。処刑台のすぐ後ろの建物から引き出されてきたヴィンセント。両手両足は鎖で繋がれている。それだけではない。首輪も付けられ、その首輪から伸びた鎖が足元の鎖と繋がっている。鎖が短いのだろう。自然と頭は下を向き、歩くのも窮屈そうに見える。
 罪人とはいえ、侯爵家の一員に対する処遇とはとても思えない。実際にその姿を目にした平民の生徒はカッと頭に血が昇って、顔を真っ赤に染めている。

「よくも、あんな仕打ちを」

「落ち着け。冷静に行動するんだ」

「分かっている。分かっているが」

「とにかく、行くぞ。今が絶好の機会だ」

 物陰に隠れていた者たちが一斉に動き出す。数は十人程。本人たちは、きちんと準備はしてきたつもりだろうが、いかんせん襲撃の数が少なすぎる。戦いの素人が十人程度で襲っても失敗は目に見えている。
 それ以前に、目的の場所に向かって駆け出そうといたその瞬間に、ふらりと一人の男が現れて、行く手を遮ってきた。

「止めておいたほうが良い」

「何?」

「この先に待っているのは罠だ」

「何だって!?」

「お前らの魂胆なんて王国にはバレバレなんだよ」

「……そうだとしても」

 罠と分かっていても。男気を見せようとした男子生徒だったが、それも許されなかった。

「それも無駄。すでに向こうも気付いたみたいだ。まあ、せいぜい頑張って逃げるんだな」

 不意に現れた男は最後にこれを言うと、そのまま何処かに駆け去って行った。残された者たちは。

「捕えろ! 罠がばれた!」

「総員突撃! 反乱分子を確保しろ!」

 前方から聞こえてきたこの声に、逃げるしか選択肢がなかった。ヴィンセント救出作戦は、その初っぱなで見事に失敗となった――

「あれは何の騒ぎだ?」

 国王は処刑台を真横から見る建物の三階にいる。高い場所に居るせいか、左側、処刑台からみて左斜め前方のざわめきが良く聞こえてくる。それが気になって、側にいた近衛騎士団長に尋ねてみた。国王が出席する以上は、周辺警護は近衛騎士団の役目なのだ。

「恐らくは叛徒共ではないかと」

「叛徒? まさか、助けに来たと申すのか?」

「その、まさかのようですな」

「つまり事実だったと?」

「ご質問の意味が分かりませぬ」

 ヴィンセントの罪状は国家反逆罪、平民を扇動して、王国に楯突こうとした罪だ。それは近衛騎士団長からすれば、最初から事実である以外の何ものでもない。
 ということを騎士団長の返事は、暗に国王に示している。要は不用意の発言は控えるようにとの忠言だ。

「……大丈夫なのか?」

「襲撃は予想しておりましたので、罠を仕掛けております。その罠にまんまと引っ掛かったということですな」

「そうか。では、処刑の方はこのまま継続だな」

「御意」

 近衛騎士団長が眼下に控える騎士に手で合図を送る。それを確認した騎士は、処刑係に続行の指示を出した。
 鎖を引かれて、処刑台の檀上に続く階段を一歩一歩踏みしめるように進んでいくヴィンセント。正面の見物者から突然、大きなどよめきが起きる。
 処刑が始まることへの反応と思われたがそうではなかった。どよめきの方向に視線を向けた参列者の多くが目を疑うことになってしまう。

 自分たちが座る三階と、ほぼ同じ高さの柵。それを軽々と飛び超えてくる人影が目に映ったのだ。剣を持った両手を真横に伸ばした人影は、そのまま柵の内側に降り立った。

「襲撃者だ! すぐに始末しろ!」

 すぐに警護に命令を発した近衛騎士団長はさすがだ。柵のすぐ近くに立っている騎士たちでさえ、あまりの出来事に茫然と立ち尽くしていたのだ。
 その騎士たちも近衛騎士団長の怒声で我に返る。目の前に降り立った背中に向かって、剣を抜いて斬りかかった。

「なっ!?」

 次の光景で又、国王を含む参列者は大いに驚かされることとなった。襲撃者に斬りかかった騎士たちが次々と後方に吹き飛ばされていった。
 その間、襲撃者は後ろを振り向こうともしていない。ゆっくりと、処刑台に向かって、歩を進めているだけだ。

「あれは何者だ?」

「すぐに叛徒を追った騎士たちを呼び戻せ! そちらは陽動だ!」

 国王の質問への答えよりも、部下への命令を近衛騎士団長は優先した。近衛騎士団長にとっても、見せられた光景は衝撃だったのだ。
 その間も襲撃者の歩みは止まらない。当然、騎士もそれを止めようとするのだが、その全てが近づくことも出来ずに吹き飛ばされていく。

「騎士団長! あれは何者だ!」

 襲撃者が魔法を使っているのは間違いない。平民の叛徒などではないのだ。では何者なのかということになる。国王の目には襲撃者の魔法は、かなり高いレベルに見えていた。
 襲撃者の髪は珍しい黒髪で、国王の知る貴族の中にこのような者はいない。唯一知っている黒髪の人物は、下の階に居ることを国王は知っていた。
 国王である自分が知らない魔法に優れた者。そもそも、そのような存在が居ること自体がおかしい。

「……リオン」

 国王の問いに答えたのは、アーノルド王太子だった。

「それは誰だ!?」

「……ヴィンセントの元従者です」

「従者? どこの家の者だ?」

 ウィンヒール侯家の従者となれば、それは従属貴族家の子弟であることが普通。そう思って国王はアーノルド王太子に尋ねたのだが。

「貧民街の出身と聞いています」

「そんな馬鹿な!?」

 アーノルド王太子の答えは国王を驚愕させるものだった。この驚愕は、リオンを国王が知らなかったことを意味する。
 リオンはアーノルド王太子がその存在を思い悩んでいた相手。こんなことも父親である国王は分かっていなかった。分かってもいないのに、ヴィンセントとエアリエルの処分を決めたのだ。
 この事実は、これを知ったアーノルド王太子の胸に何とも複雑な思いを抱かせることになった。

「魔道士部隊はまだか!?」

 国王とアーノルド王太子が会話をしている間も、近衛騎士団長はリオンを止める為に次々と命令を下している。相手が魔法を使うなら、こちらも魔法で対抗。そう思っての魔道士部隊なのだが、その魔道士部隊は近くにいない。
 叛徒共を罠にはめる。それが逆に襲撃者は力のない平民と決めつけてしまっていた。自分の迂闊さを呪うばかりだ。
 だが悔やんでいても仕方がない。とにかくヴィンセントを奪われる事だけは阻止しなくてはならない。騎士団長は自ら動くべきか、考え始めた。
 そうしている間に、リオンはすでにヴィンセントの所に辿り着いている。ヴィンセントを縛る鎖を魔法で断ち切って、動きが取れる様にした上で、持ってきた剣の一本を渡す。

「さあ。行きましょう」

「リオン……どうしてこんな無茶を」

 リオンの声にもヴィンセントは動こうとしない。悲しそうな目をして、リオンの行動を咎めるような言葉を口にした。

「ヴィンセント様を助ける為です」

「リオン、それは無用なことだ」

「どうしてですか!?」

 まさかヴィンセントから、こんなことを言われるとは、リオンは思ってもいなかった。

「僕の処刑は陛下がお決めになったことだ。陛下のご意向に背くわけにはいかない」

「そんな馬鹿な!? その国王が間違っているのです! どうして間違った命令に従わなければならないのです!?」

 侯家の嫡子に相応しくというヴィンセントの想いは充分に理解しているリオンだが、さすがにこれには納得出来ない。

「国王陛下の命令だからだ!」

 ヴィンセントも声を荒らげて応える。怒りからではなく、感極まってのことだ。

「その国王が過ちを犯しています!」

「それでも僕は陛下に従わなければならない! ここで逃げることは、陛下に背くこと! それは許されない!」

「何故っ!?」

「僕がウィンヒール侯家の人間だからだ! 僕には三侯家の一人として貴族の模範になる義務がある!」

「それで死んで何の意味がある!? そんなの認められるか!」

 リオンはもう敬語を使うことを忘れている。従者としてではなく、一人の人間としてヴィンセントに生きて欲しいのだ。
 ヴィンセントにもその気持ちは伝わっている。伝わっているからこそ、ヴィンセントは逃げるわけにはいかない。
 ここで逃げれば、リオンは一生を自分の逃亡の為に費やそうとすると分かっている。そんな真似をヴィンセントはさせたくなかった。

「意味はある! 僕はずっと侯家の落ちこぼれだった! 侯家に相応しくないと言われ続けていた! だからこそ、僕には意地がある! ウィンヒール侯家に生まれ、最後まで侯家の人間として死んでいきたい! この僕の気持ちを誰よりもリオンは分かっているはずだ!!」

「……それは、分かっている。分かっているけど、それが何だ!? 俺はウィンヒール侯家の貴方に仕えたんじゃない! ヴィンセント! 貴方だから仕えたんだ!!」

 ヴィンセントの誇りよりも、ヴィンセント自身がリオンには大切なのだ。

「リオン……」

 このリオンの気持ちはずっと前から分かっていたことだが、それでもリオンの言葉がヴィンセントには堪らなく嬉しい。

「生きてください! たとえ何者でなくなっても! 生きてさえいてくれたら俺は……」

 これ以上、言葉を続けることはリオンには出来なくなっていた。周囲にはまだ大勢の敵が居る。それが分かっていても、込み上げる想いに、溢れ出る涙で、リオンは俯いたまま動けなくなっていた。
 そのリオンとは逆にヴィンセントは溢れそうになる涙を上を向くことで堪えている。そのヴィンセントの滲む視界に影が映った。

「リオン、ありがとう。お前は僕にとって、誰よりも大切な存在、生涯ただ一人の真の友だ。だから……僕の分も生きてくれっ!」

「なっ!?」

 いきなりヴィンセントに突き飛ばされて、処刑台から転がり落ちたリオン。何をするのかと文句を言おうと立ち上がったリオンの目に映ったのは――
 全身を魔法によって切り刻まれ、それでもリオンに向かって笑みを浮かべているヴィンセントの姿だった。

「リ、リオン、と、友としての……ぼ、僕の、ね、願いを聞いて……くれるか?」

「ヴィンセント様?」

「い、妹を……エ、エアルを……幸せに……」

 最後まで言葉を続ける事が出来ないままに、ヴィンセントはゆっくりと後ろに倒れて行った。慌ててリオンは処刑台に飛び乗って、ヴィンセントの体を抱きしめる。

「ヴィンセント様?」

 呼びかけても、もうヴィンセントが応えることはなかった。

「ヴィンセント様っ!?」

 強く抱きしめても、その心臓の鼓動も息吹も感じることが出来ない。ヴィンセントはすでに絶命していた。

「うっ、うわぁああああああ!!」

 聞く者の胸に突き刺さるような悲しい叫び声が、処刑場に響き渡った。

 そんなリオンに向かって、無情にも放たれた巨大な水の槍。それをリオンは、ヴィンセントの体を抱きかかえたまま、ただ手をかざすだけで受け止めてみせた。巨大な水の槍がリオンの腕の先で一瞬で消し飛ぶ。

「そんなっ!?」

「マリア! 同情するな! 全力で戦え!」

 自分の魔法を止められて驚いているマリアにランスロットの檄が飛ぶ。その隣にはエルウィンの姿も見える。魔道士団の到着が遅れている状況で、魔法を使える者として、その場に居たランスロットたちに加勢が命じられたのだ。
 だが、この三人の加勢は完全に逆効果だった。

「……許さない……許さない……俺はお前らを絶対に許さないっ!!」

 燃え上がる憎悪の炎。フレイであった存在が元々持っていた世の中への憎悪など比べるべくもない、鮮血のごとく真っ赤に燃え上がる炎がリオンの体を駆け巡っている。
 
「竜の怒りをその身に受けよ! トルネード!!」

 続けてエルウィンの放った風属性魔法が、もの凄い速さでリオンに襲いかかった。だが、その竜巻もリオンに触れる前に剣の一閃で、凄まじい衝撃音を残して霧散してしまう。

「この程度の力で、よくウィンヒール侯家の後継ぎなど狙えたものだ。お前の魔法など、エアリエル様の足下にも及ばない。ヴィンセント様だってお前よりも一段上だ!」

「そんな馬鹿な……」

 更にリオンを巨大な魔法が襲う。頭上から襲いかかったのは、鳳のような姿をした炎。ハイランド王家に伝わる最上級魔法。炎鳳凰(フェニックス)だ。国王自らが放ったものではない。アーノルド王太子の魔法だ。
 リオンをまるでくちばしから飲み込むようにして、頭上から降り注いだ炎。灰も残す事なくリオンは燃え尽きる――はずだった。

 炎が消えた後にその場に居る者たちが見たのは――何体もの小竜の形をした炎と、槍を持った人の姿にも似た水像が飛び交う中心に、何事も無かったように立っているリオンの姿。
 変化があるとすれば、まるで炎が燃え盛っているように見える左目が、くっきりとその姿を現したことだ。

「……オッドアイ」

 誰もが知るこの単語が、何者かの口から呟かれた。だが、オッドアイを持つ者が魔法を使えるなんて話は誰も知らない。まして、その者が使っているのは、火と水の複数属性なのだ。
 ほとんどの者が茫然としている中で、やはり動いたのは近衛騎士団長だった。いつの間にか階下に降りて来ていた近衛騎士団長は剣を抜いて、自らリオンに襲いかかった。その姿はまさに疾風。近衛騎士団長は一瞬でリオンとの間合いを詰めている。
 振るわれる剣。それをリオンは何とか手に持っていた剣で防いだのだが、その勢いまでは殺すことが出来ずに、大きく横に吹き飛んで、そのまま地面に叩きつけられた。
 さらに倒れているリオンに向かって近衛騎士団長の剣が打ち込まれる――はずだった。

「待て!!」

 国王の制止の声が飛ばなければ。
 打ち込まれる剣の代わりに、近衛騎士団長の足がリオンの腹に突き刺さる。うめき声をあげて転がるリオンを強引にうつぶせにさせると、その上に馬乗りになって身動きを取れなくした上で、更に首筋に剣を置く。

「動くな」

 と言われなくても動けない。怒りに我を忘れていたリオンでさえ一気に冷めてしまうくらいに圧倒的な力の差。リオンは自分の未熟さを思い知ることになった。

「その者を殺すことは許さん! 罪は罪だが、それは行き過ぎた忠義の心が為したこと! 命で償わせるにはあまりに不憫だ! 追って沙汰は下す! それまでは城内の監獄塔に拘束しておくように!」

「……はっ!」

 近衛騎士団長の応えがわずかに遅れたのは、国王の沙汰が異例だからだ。死を免じるのはまだ分かる。だが、監獄塔は王族や上級貴族など身分の高い者を収監しておく場所。リオンの分に合わない。
 それでも国王が命じたからには、近衛騎士団長はそれに従うのみ。リオンは城内にある監獄塔に捕らわれることになった。