数だけであれば勝てると騎士は言った。
だがそれも数に限りがある前提での話だ。アンデッドの魔物たちは、倒しても倒しても立ち上がってくる。そんな敵が相手では勝てるはずがない。
それだけではない。いつの間にか後ろからも魔物が襲い掛かってくるようになった。地下通路を抜けて回りこんだことはすぐに分かったが、それが分かったところで事態が解決するわけではない。
完全に周囲を囲まれたリオンたち。それでも何とか戦い続けていたのだが、ついに限界が訪れた。体力の限界、動きの鈍くなった騎士の一人が、リビングデッドに足を取られて引き摺られていった。
「うぎぁあああああ!!」
人のものとは思えない叫び声が辺りに響き渡る。騎士に群がっているリビングデッドどもが何をしているのか、想像するだけで気分が悪くなる。
それからわずかな時間のあとだ。リビングデッドの群れの中に鎧兜に身を固めた騎士の姿が見えたのは。
助かった、はずがない。リビングデッドに殺された騎士も又、リビングデッドになったということだ。
「ジ、シェイソン……そんな……」
その姿を見た騎士の一人が震える声で呟いた。呟かれた名はリビングデッドとなった騎士の名だろう。
親しい間柄だったのか。だからといって、感傷に浸っていられる状況ではないというのに。このリオンの思いは、残念ながら騎士たちには届かなかったようだ。声にしたわけではないので、届かないのは当然だ。
味方がリビングデッド化したことで騎士たちの動揺は激しく、戦況はどんどんと厳しくなっていく。リビングデッドとなった元味方に剣を向けることを躊躇った騎士の一人は、容赦なく頭を割られて、その場に倒れ伏した。
一人殺されると一体、騎士のリビングデッドが増えることになる。もうこうなると正常な精神ではいられない。いつか自分も同じ姿になる恐怖に耐えられなくなった騎士が一人、ガムシャラにリビングデッドの群れに突入していった。
結果は当然、もう一体のリビングデッドを増やすだけに終わる。
「もう駄目だ」
こんな泣き言も、もう何度呟かれたことか。
「ホント、いやらしい戦い方ですね。こんな相手を嬲るような戦い方しか出来ないなんて、余程、性格が悪いか臆病かのどちらかだな」
それとは対照的に、リオンはどこか茶化すような口ぶりで話している。
「君は余裕だな?」
こんな質問が出来るこの騎士はまだマトモな神経を保っている。他の騎士とは装いが違うこの騎士は、全体の責任者という立場なのだが、リオンにはそんなことは分からない。
「余裕……まあ、無理しなければ」
「体力は?」
「頑張って鍛えています」
「そうは言ってもいつかは限界が来る」
「それはそうですね」
気持ちをほぐす為の冗談でリオンは言ったつもりだったが、相手には通じなかった。やはり騎士たちは限界に来ている。リオンはそう感じた。
「それが分かっていても打つ手が見つからない」
「だから相手が卑怯なんです! 魔人って臆病な生き物なんだな! 人間が恐いから、こそこそ隠れて戦うことしか出来ない!」
「君は何を言っているのだ?」
突然、大声を出し始めたリオンに騎士は戸惑っている。
「臆病者を臆病だと罵倒しているのです! 聞こえているか!? 臆病者の馬鹿魔人!」
「いや、だから何を」
更に問いかけてくる騎士をリオンは無視して、一点を見つめている。目的の人物、という表現が正しいかは別にして、がようやく姿を現していた。
「やっと登場か」
「……何だ!? あれは人間なのか?」
リオンの視線の先。そこに現れた存在を見た騎士が驚きの声をあげた。漆黒のローブを纏ったそれは、パッと見は人間にしか見えない。
だがそんなはずがない。現れた者こそ、リオンが求めていた相手。リビングデッドを操っている魔人だ。
「臆病者だな」
相手が現れてもリオンの挑発は止まない。
「……調子に乗るなよ、小僧」
「おっ、喋った」
「つまらない挑発などしおって。そんなものに儂が引っかかるとでも思っているのか?」
「思っているからやった。実際にお前は目の前にいる」
「……分かっていて出て来てやったのだ。調子に乗った小僧を絶望のふちに追いやるためにな」
「なるほど。まあ、出て来さえすれば理由はどうでも良い」
「何だと?」
「お前を倒せば、この戦いは終わりだ」
「倒せると思っているのか!?」
倒せるかどうかを考える必要はない。倒さなければリオンはエアリエルとの約束を果たせない。だから倒すしかない。どんな手を使ってでも。
「倒すのは俺じゃない。さあ、騎士の皆さん! あれが化け物を操っている者です! あれを倒せば化け物は動かなくなります!」
「何だって!?」
「さあ! 姿を現した今が絶好の機会です!」
これさえも挑発。現れた魔人に対しての挑発ではない。共に戦っている騎士たちに対してだ。この挑発にまんまと乗った騎士たちは、現れた魔人を倒そうとリビングデッドの群れに突入していった。それが無謀なことだと分かっていても、戦いを終わらすことが出来るという誘惑に、騎士たちは逆らうことが出来なかった。
「馬鹿者どもめ! 我が下僕どもの餌食になるが良い!」
狙われている魔人のほうは、騎士たちが突破して来られるなどと思っていない。それはそうだ。それが出来るのであれば、とっくに騎士たちは包囲を抜けだして逃げ出しているはずだ。
そこに魔人の油断があった。魔人は分かっていない。たった二人の大切な人を除けば、他人の命などリオンは何とも思っていない、それを使うことで大切な人との約束を守れるなら、リオンはいくらでも非情になれる。
「何だと!?」
魔人の口から驚きの声が漏れる。
突然、吹き上がった炎がリビングデッドを燃え上がらせ、包囲の一角を崩す。炎の動きはそれで終わらない。魔人に向かって真っ直ぐに炎は進み、途中にいるリビングデッドに襲い掛かっていく。倒れた騎士に群がっていたリビングデッドはそれを避けることが出来ず、次々に燃え上がっていった。
騎士がいなくなった今、力を隠すべき相手は誰もいない。魔人を倒すために全力を尽くすだけだ。
「貴様! 火炎魔法を!?」
「使えないと言った覚えはない!」
「ふっ、ふざけるな!」
リオンを怒鳴りつけてきた魔人の声は、明らかに動揺している。その理由は分かっている。リビングデッドの弱点といえば火か、神聖というのか光属性かは知らないが、この二つの魔法と相場は決まってる。魔人の動揺はリオンのこの考えが間違いではないことを証明してくれた。
問題はそれを操る魔人にも有効かということだが。それは試せば良いだけだ。
リビングデッドを燃え上がらせた炎は、いくつもの小さな竜に姿を変え、魔人の周囲を飛び回っている。
「図に乗るなよ!」
この言葉が吐けるということは魔人には対抗策があるということ。そうリオンが考えた通り、魔人の手先から水の刃が何本も伸びてきた。火に水、見事に正攻法を魔人は選んできた。
魔人の手を離れた水の刃が、周囲の炎に襲いかかる。
「させるか!」
「なっ、馬鹿な!?」
魔人の放った水の刃を遮ったのは、リオンから放たれた幾つもの水の玉。それが次々と魔人の魔法の刃を跳ね飛ばしていく。それに驚いたのが魔人の不覚。
その僅かな時間で魔人に迫ったリオンの剣は、一振りで魔人の首を切り飛ばした。
「貴様……」
地面に転がった魔人の首が、忌々しげに呟いている。
首だけになっても魔人は生きていた。その魔人の首をリオンは冷めた目で見下ろしている。
「……お前、馬鹿だろ?」
「馬鹿だと?」
「黙っていれば、死んだと思って俺はこの場を去ったのに」
「……だから何だ。不死の王も又、不死。貴様ごときに殺せるものか」
この魔人の言葉で、リオンの頭にある知識が浮かんだ。
「……お前、もしかしてリッチーか?」
元の世界の知識で『不死の王』といえばリッチーだ。叡智を極める為に不死になった魔法使い、僧侶だったかもしれない。その辺はリオンも思い出せない。
「な、何故それを?」
図星だった。リッチーにしてはあまりにお粗末だ。お粗末なのだが。
「あれ? リッチーの弱点って何だ?」
残念ながらリオンの知識は、相手を動揺させるだけで終わってしまった。リッチーの倒し方までは記憶になかったのだ。
「それは話すはずがないわ」
「いや、それ以前に質問じゃない。さて……」
「馬鹿め!」
どうしようかと悩む素振りを見せたリオンに向かって、リッチーの体の方から水の刃が飛んでくる。それはリオンの背中を……切り裂く以前に、その手前の氷の壁に防がれた。
「やっぱり、馬鹿だ。不意打ちするのに声を出すなんて」
「き、貴様……」
声を出したから防げたのではない。初めから不意打ちに備えて、ディーネに防御体勢を取っているように指示していたのだ。
それを、声を出したせいにしたのは、単にリッチーへの嫌がらせだ。
「弱点が分からなければ、全力で攻撃するしかないか。サラ、喰らい尽くせ!」
首だけになって地面に転がるリッチーに突き立てられた剣。さらにそれを炎が覆っていく。体の方にはそれとは別に、水の刃がいくつも突き刺さっていく。
「ば、馬鹿な! わ、儂が、こんな……」
これがリッチーの発した最後の言葉。燃え盛っていた炎はやがて消え、リッチーの首があったはずの地面には、燃えカス一つ残らなかった。
「……こんな小僧にってところかな? その答えを教えてやる。それはお前の登場が早すぎたからだ」
リッチーがこれを聞いても何を言っているか理解出来ないだろう。リオンが言っているのは、こういうことだ。リッチーが簡単に倒されたのは、それがこのイベントが前半パートのイベントだから。そんなところで主人公たちが倒されるはずはない。敵として現れる魔人は、主人公が経験を積む為の踏み台程度の役割にある。
だがこれはリオンの勘違い。前半のこのイベントはリオンが考えているようなものではない。
このイベントは、敗北を知った主人公たちが強くなる決意をするという、これもストーリーの前半によくある内容だ。
具体的には、魔物との戦いで同行者を一人も助けることが出来なかった主人公たちは、自分たちの無力さを悔み、もう二度とこんな悲劇は起こさない為に強くなる決意をするというイベントだ。
リオンは生き残るはずがないイベントで生き残ったのだ。
◆◆◆
そして、その強くなる決意をする主人公たちは――
廃城を奥に進んだアーノルド王太子たちは、途中で外への出口を見つけて、廃城の外に出た。一応はただ逃げまわっていただけでなく、後方から追ってきた数えきれない程のリビングデッドの群れと戦いながらのことだ。
そのことで、残った騎士たちが全滅したと悟ったアーノルド王太子たち。
悔しさに身を震わせながらも、廃城への入り口の門のところまで回りこむように移動して、そこで待機していた馬車と合流した。
そこで一揉め。リオンが戻ってくるまで待つと言い張るエアリエルと、速やかに王都に戻ってこの事実を知らせ、討伐軍を派遣してもらうべきだというランスロットの意見が衝突した。
結果は一対四でエアリエルの主張は通らず、最後は自分だけが残ると言ったエアリエルにアーノルド王太子が命令として、撤収するように告げることとなった。
馬車は王都に向かって駆けている。ここで急いでも、どこかで馬を休めなくてはならなくなるので意味はないのだが、廃城から急いで離れたいという気持ちと、それを誤魔化す為の、早く事実を国王に告げなくてはという思いが、馬に鞭を入れさせていた。
そんな状況で、間違っても乗り心地が良いとは言えない馬車の中は、冷たい空気が広がっていて、誰一人として口を開くことが出来なくなっていた。
冷気の元は、能面のように無表情な顔で、身動ぎ一つすることなく固まっているエアリエルだった。エアリエルの内心の怒りは、もしかしたらリオンを失ってしまったのではないかという恐れと入り混じって、凄まじいものになっている。
その怒りを感じ取った精霊たちがそれに共鳴して、馬車の中を暴れまわっている。それが冷気として他の者には感じるのだ。そうでなくてもエアリエルが放つ雰囲気だけで、心は冷えきってしまっているが。
「……エアリエル」
この状況でエアリエルに声を掛けられるアーノルド王太子は、胆力のある人物だ。最上位者として、エアリエルの婚約者としての責任感が為させたことだとしても。
だがこの勇気に対してエアリエルからは何も返ってこなかった。それでもアーノルド王太子は言葉を続けた。
「……すまない。俺にもっと力があれば」
アーノルド王太子にこの台詞を言わせたのは、ゲームストーリーからの誘導か、それとも心からの思いなのか。そんなことは誰にも分かることではない。
だが一人だけ、ゲームの設定通りに動いているのだと受け取る者がいる。
「アーノルド様一人が悪いわけじゃない。私にも責任がある」
その唯一人であるマリアが続けて言葉を発した。このマリアの言葉で、馬車の中の雰囲気が一気に変わる。
「そうだ。俺にも責任がある。俺は何もすることが出来なかった」
ランスロットも自分の思いを告げてきた。
「それを言ったら私もだわ」
それにシャルロットが続いた。
全員が自分たちの力の無さを悔やみ、そして。
「強くなろうよ。もう二度と大切な人を失うなんて悲しい思いをしない為に」
強くなる決意を主人公はした。
「ああ。マリアの言うとおりだ。俺たちは強くならなければいけない。俺たちを逃がす為に命を捨ててくれた彼らの思いに報いる為に」
それにマリアの最大の理解者、という設定、であるランスロットが続く。
「そうね。私たちにはその責任があるわね」
シャルロットも。シャルロットはここで異を唱えられる性格ではない。
「アーノルド」
「アーノルド様」
ランスロットとマリアがアーノルド王太子に決意を促す。
「……分かっている。俺は強くなる。もう二度と周りを悲しませるような真似はしない」
周囲の期待に応える言葉をアーノルド王太子は口にする。これがこの四人のいつもの形。
ただ今回は一つ違っている。アーノルド王太子の視線はエアリエルから離れていない。アーノルド王太子の言葉は、ランスロットとマリアの期待に応えたものではなく、エアリエルへの誓いだ。
「皆、頑張ろう! 私たちは――!」
マリアは最後まで言葉を続けられなかった。顔にあたる強い風が言葉を発する邪魔をしている。
エアリアルが放っていた冷気とは違う、勢いのある風は、開いているはずのない馬車の扉から入ってきている。
「エアリエル!」
アーノルド王太子の声が馬車の中に響く。
いつの間にか扉のところに立っていたエアリエルは、アーノルド王太子が呼ぶ声に反応することなく、そのまま外に身を踊らせた。
「エアリアルッ!」「なっ!!」「嘘っ!!」
まさかの行動に驚きの声をあげるアーノルド王太子たち。
「ええっ!!」
それよりも驚いているのは、今まさに駆けさせている馬を馬車の横に並べようとしていたリオンだった。
そのリオンに向かって、エアリエルが飛び込んでくる。
さすがにその勢いを殺すことなど出来ずに、リオンはエアリエルを抱えたまま後ろに倒れていく。とにかくエアリエルに怪我はさせないと、その体を包み込むように抱きかかえたまま。
「うぐっ……!」
背中に受けた凄まじい衝撃に息が詰まる。受け身をとることも出来ず、そのまま地面に背中を打ちつけたのだ。これで済んだだけで幸いといえる。
「……治癒魔法は必要かしら?」
リオンに抱き抱えられたままのエアリエルが、上目遣いでリオンを見ていた。
「……い、息、が」
普段であれば真っ赤になって焦る状況だが、今のリオンにはその余裕はない。
「息を吹きかければ良いの?」
「えっ? あっ、いや、それは……」
上体を起き上がらせて、上からリオンの顔を覗き込むエアリエル。やっぱり、リオンは顔を朱に染めて動揺することになった。
そんなリオンの顔を風が撫でていく。エアリエルの放った魔法だ。
「えっ……?」
リオンの大きな勘違いだった。
「こんなことで良いのかしら?」
「……はい。大丈夫です」
「そう。良かったわ」
心配そうにしていたエアリエルの顔に笑顔が広がっていく。
帰ってきた。エアリエルの笑顔を見て、リオンの胸に何となくそんな思いが湧いてきた。
「……あっ、そうだ」
「どうしたの?」
「走っている馬に飛び移るなんて、無茶しないで下さい」
「リオンが何とかしてくれると思って」
「それは……まあ」
絶対的な信頼。これが二人の間にはある。
リオンは口にした約束は守る。エアリエルはそう信じている。だから廃城でも、リオンを見捨てるなんて思いは少しもなかった。リオンは後から行きますと言った。エアリエルはそれを信じるだけだ。
たださすがに今回は、状況から自分の愚かさを悔やんでいたのだが、やっぱりリオンは約束通りに戻ってきてくれた。それがエアリエルはたまらなく嬉しい。
そしてリオンはそんな信頼を向けてもらえるだけで嬉しい。向けられた信頼には意地でも応える。これがリオンの想い。
二人は笑みを浮かべて、相手を見つめ続けている。
そんな二人の様子を睨むように見ている者がいた。
一人はアーノルド王太子。今、エアリエルがリオンに向けている笑顔は、アーノルド王太子が求めてやまないもの。それが自分以外に向けられているのが、アーノルド王太子には我慢ならない。
そしてもう一人はマリア。死ぬはずだったリオンが生きて戻ってきた。それはリオンが、もうゲームから外せない存在になったことを意味する。マリアの勝手な考えではあるが。
マリアにとって、もうリオンは攻略キャラではない、攻略を邪魔する敵キャラとマリアは認識した。
また一つイベントが終わった。ストーリーは少しずつ形を変えながらも、確実に進んでいる。