城内にある謁見室の中でもこの場所は、あまり形式張る必要のない非公式な場面で使われる場所だ。ここに国王と王妃が居るのはおかしなことではない。相手が近衛騎士団長だけでなければ。
近衛騎士団長との打ち合わせに謁見室など使う必要はない。執務室で普通に話せば良いのだ。それなのに、この場所に三人だけで揃っているのは、この後に謁見する相手が居て、その前の打ち合わせを行っているから。
そしてこれさえも口実。三人がこの場所で打ち合わせをしているのは、他の者に聞かせたくない話だからだ。それがたとえ、口の堅さでは折り紙つきの国王の側近たちであっても。
「結論から申し上げて、ヴィンセント・ウッドウィル、エアリエル・ウッドウィルの両名は全くの無実でありましたな」
「そんなことは分かっている。国家反逆罪など馬鹿げた話だ。私が聞いているのは、何をしたことで、そんな罪を負わされる羽目になったのかということだ」
「ですから申し上げました。全くの無実」
「……何だと?」
国王は、国家反逆罪は大袈裟にしても、何らかの罪を二人は犯していると思っていた。だが近衛騎士団長は「全くの無実」の言葉通り、二人は何もしていないと言っている。
「何を持って、国家反逆罪まで話を広げたかをまずはお話しましょう」
「頼む」
「まずはマリア・セオドールという王国学院の女子生徒に対する嫌がらせ。ご承知のことと思いますが、行方不明になった王女であると噂されている人物ですな」
近衛騎士団長の視線は、国王の視線も、王妃に向いた。それに対して、王妃は軽く首を振るだけで答える。マリア・セオドールは自分が生んだ子ではない。きちんと確かめなくても王妃にはそれが分かる。
「……ただ、注進状では王族のごとく扱われており、それをもって王家への不敬とされております」
「それはでっち上げではないか」
「注進状がでっち上げであることは、初めからご存知ではありませんか?」
「それは……まあ、そうだ」
近衛騎士団長は何気に国王に対して厳しい。幼い頃から知っている分、未だに立派な国王に育てなければという使命感が強いのだ。
「さて、王族であるかどうかに関係なく、マリア・セオドールに対する嫌がらせに両名は一切関わっておりません。一部の者が勝手にエアリエル・ウッドヴィルの威を借りようとした事実はあったようですが、それも最初の頃だけです」
「……分からない。それでどうして罪に問えるのだ?」
「エアリエル・ウッドヴィルに罪を擦り付けようとしていた者が居りました」
「それは誰だ?」
「そこまでは。匿名を条件に彼の者から聞きだした情報です」
「……それでは事実か分からない」
証言者はリオンだ。リオンであればエアリエルを庇ってもおかしくない。というより、まず間違いなく庇う。こう思った国王だったが、すぐに近衛騎士団長に否定される。
「証拠が揃っているようですな。エアリエル・ウッドヴィル、長いので、エアリエル嬢と呼びます。エアリエル嬢に罪を擦り付けている者が居ることに気が付いていて、いざという時の為に証拠集めをしていたと」
「その証拠は確認したのか?」
「いえ、今更見せて何が変わるかと言われました。それに真犯人にはわずかばかりの恩があるので、明かすつもりはないとも」
「なんとも……」
最初の言葉は痛烈な皮肉だ。真実を明らかにするつもりがないことを見透かされている。
「ただ、想像はつきます」
「そうなのか?」
「マリア・セオドールかシャルロット・ランチェスター。本件に大きく関わったのはこの二人」
「本人の自作自演だと?」
「そう思える雰囲気はあったようですな。どんなに嫌がらせを受けてもマリアには堪えた様子がなかったそうです。ただ、恐らくは真犯人はシャルロット嬢ですな」
「理由は?」
「処刑場の様子では、マリアは明らかに彼の者に恨まれておりました。そんな相手を庇うはずがありません」
「なるほど。シャルロット嬢の目的は?」
「目的は婚約解消でしょう。では何故となれば……」
この先を言葉にしないのは、近衛騎士団長なりの気遣いだ。
「……なるほど。三侯には年頃の娘がいなくなったな」
エアリエルが婚約者から外れれば、次の候補はシャルロットが順当。だが、その選択を国王は除外した。シャルロットへの罰という気持ちからだ。
「次がアーノルド王太子殿下への不敬。これは微妙ですな」
「微妙?」
「王太子殿下が不敬と思えば不敬ですからな」
「おい、それは」
近衛騎士団長の強烈な皮肉に国王は苦笑いを浮かべて誤魔化すしかない。つまるところ、今回の騒動はアーノルト王太子が引き起こした。近衛騎士団長はこう言っているのだ。
「一応、王国学院に広がっている反乱の気風とやらについては、しっかりと調べさせました。反乱分子とやらは、調べた限りは、王国への熱い思いを抱いていた勉強熱心な学生のようでしたな」
「それは確かなのか?」
「私はそう判断致します」
「……処刑場での襲撃を試みた件は不問に」
どう聞いても近衛騎士団長はこれを望んでいる。国王はそれに応える事にした。
「御意」
望む答えを聞けて、近衛騎士団長は満足そうだ。
「それ以外の生徒は? アーノルドへの批判が学内で堂々と行われていると聞いたが」
「王太子殿下に対する風当たりは以前からかなり強かったようですな。ただ、それは殿下がエアリエル嬢を傷つけたという事実から巻き起こったことのようです」
「……では今回の件の影響は?」
「最悪ですな。ヴィンセント、エアリエル嬢の二人は、特に身分の低い生徒たちから圧倒的な支持を得ておりました。その二人を罪に落とした、しかも生徒の多くは、それが冤罪だと分かっております」
「そうか……」
国王の想像以上の悪影響。今回の件で王国は、多くの平民の優秀な生徒の信頼を失った。そんな彼らが王国の為に力を尽くしてくれるのかは、国王としてもかなり疑問だ。
「はっきり申し上げて今回の件は大失敗です」
そこに更に近衛騎士団長が追い打ちをかけてきた。
「分かっている」
「いえ、分かっているとは思えませんな。王国が失った物は何か? どこまで想像されましたか?」
近衛騎士団長の国王教育はまだまだこれからだ。それどころか、ここからが本番なのだ。
「これ以上があると?」
「まず一つ。王国史上、もっとも国民に愛されたかもしれない王妃。それがもたらす影響がどれ程かは、陛下がお考えください」
「……そうだな」
国民の支持。これは王家の力だ。貴族がどれほどの力を持っていても、その力の底を支えるのは領民だ。その領民が王家を向いていれば、貴族はその力を王家に向けることなど出来ない。直接的な武力というだけではなく、政治的な影響力においても。
その国民の支持を得る機会を王家は失った。極論を言えば、絶対的な王権を取り戻す機会を失ったということになる。
「次に、命を賭してでも陛下への忠誠を貫こうという侯爵家。こんな人物は、もしかして建国以来ではないですかな?」
「それは……そうかもしれない」
三侯家は王国の要、ではあるが、王家にとって目の上のたんこぶでもある。三侯家に限らず、力ある貴族家ほど自家の利益を優先して行動する。それによって貴族が力を得れば、相対的に王家の力は弱まるのだ。
王家を貴族家が忠心を持って支えるなど王国建国当初の話で、王国が力を持った後は、王家への献身など上辺だけのものになっている。
「この先、何十年経っても得られないかもしれないものを王国は自ら手放しました。これの意味をお考え下さい」
「……分かった」
アーノルド王太子だけの責任、ということではなく、詳細を確認することをせず、二侯家の求めるままに事態を動かすことを黙認した国王の責任でもある。この行動は自ら王権を放棄したようなもの。そこまでの危機感を近衛騎士団長は感じているのだが。
「一通り、説明は致しました。どういたしますか?」
「最後にもう一つ」
「何ですかな?」
「あれの力は? 実際に戦ってみてどう感じた?」
「あれを戦いとは言いません。彼の者が王太子殿下や他の者に気を取られている隙を突いて、一気に押し込んだだけのこと。まあ隙を見せているだけ未熟ですが」
「そうか」
「ですが……」
「ん?」
「その隙を突かなければと思わせる何かは持っておりましたな。それもはっきりしたものではありません。彼の者は攻撃に転じておりません。それを許した時にどうなったかまでは、実際に見ないと分かりません」
「……分かった」
複数属性魔法の使用者など、それこそ伝説の世界の話だ。だが、リオンは実際に目の前でそれを見せた。見せたのだが、それは炎と水が小さな竜と人の姿をとっていたというだけのことで、その実力は誰も分からないのだ。
「では、謁見に臨まれますかな?」
「ああ。リオンをこの場に」
「御意」
◆◆◆
そしてわずかな時間の後、リオンは謁見室に引き出されてきた、引き出されてきたという表現がぴったり。その両手両足はヴィンセントがそうされていたと同じように鎖に繋がれている。その不自由な状態のリオンを、騎士が両側から腕を取って引きずってきた。
その様子を王妃が辛そうな表情で見ている。
「ご苦労だった。下がってくれ」
「しかし?」
「私が居る。それで問題はない」
躊躇う騎士にこう言って、半ば強引に近衛騎士団長は下がらせた。これからの話も出来るだけ人には聞かせたくないのだ。
「面をあげろ」
跪いて俯いたままのリオンに近衛騎士団長は、顔を上げるように命じた。それに対するリオンの反応はない。下を向いたままだ。
「顔を上げろと言っている。それとも無理やり上げて欲しいか?」
この脅しのような言葉でようやくリオンは顔をあげた。眼帯はしていない。赤と青の瞳が正面に座る国王と王妃にはっきりと見えた。
思わず唸り声をあげる国王。オッドアイに対してではない。リオンの顔全体を見てのことだ。
王妃を側で見ている国王は、黒髪とオッドアイに惑わされることなどない。一目見て、リオンは王妃にそっくりだと分かった。リオンの女性のような整った顔は、王国一と称された母親譲りだった。
王妃の方は堪え切れない様子で、すでに両目に涙を湛えている。リオンが二人の子供であることは、これで確かめられた。それでも、国王も王妃もリオンを息子と呼ぶことはない。
オッドアイが不幸を呼ぶという迷信は広く世の中に知られている。それを馬鹿げた話と笑い飛ばすことは、国王でも出来ない。この世界には、こういった類の話は沢山あり、その多くが真実だと人々に信じられている。科学の方が逆に胡散臭いものとして、忌み嫌われている世界なのだ。
しかもリオンが仕えていたヴィンセントは実際に死刑になっている。それを、オッドアイを持つリオンのせいと信じる者は必ず出てくるはずだ。
不幸を呼ぶと感じさせるリオンを王族と認めるわけにはいかないのだ。そもそもそれが出来るのであれば、リオンは生まれたばかりで城から出されることもなかった。
リオンは誘拐されたのではない。生まれた子供が不吉なオッドアイと知った母親、王妃に捨てられたのだ。これがずっと王妃が隠していた真実。それを十四年の時を経て、国王は知ることとなった。
「リオン。これは本名か?」
国王と王妃はすでにリオンを自分たちの子供と確信している。だが、それが分かっていても近衛騎士団長は、はっきりした証明を求めることを止めなかった。それが第三者としてこの場に立ち会っている自分の役目と考えている。
「……質問の意味が分からない」
「リオンという名は誰が名付けた?」
「……エアリエル様」
「つまり、他に名があるということだ。その名は?」
「俺に他に名があったとしても、その名を持つ者は死んだ。今の俺はリオンだ」
フレイは貧民街で死んだ。亮も元の世界で交通事故で死んだ。意思は残っていても死んだことは事実で、リオンは二人の意思の融合体として、意思は継承していても二人のどちらでもない。
リオンは馬鹿真面目に真実を話しているのだが、それが通じるはずがない。
「……ではその死んだ者の名を教えてもらおう」
近衛騎士団長は、気持ち的な意味で捉えたのだが、あえてリオンの言い方に合わせた聞き方をした。理由はない。ただその方が、リオンが話すのではと思っただけだ。
「どうして?」
「それが必要だからだ」
「……フレイ」
そしてリオンはフレイの名を告げる。亮がうまく伝わらないことは分かっているからだ。これが結果として、国王たちの望む答えとなった。
「そうか……」
これで近衛騎士団長も確信を持てた。捨てられた王子の名がフレイであることは王妃と、その王妃に頼まれて、外に連れ去った産婆しか知らない。国王との間で男の子であればフレイ、女の子であればフィアとすることだけは決めていたが、生まれた子は王女だと伝えられていた。捜索対象を誤らせる為だ。
かくして自分は行方不明になった王女だと言うものが現れても、それは全て偽物となる。王妃は偽物の登場に傷ついていたのではなく、子供を捨てた罪悪感にずっと苛まれていたのだ。
「さて、お前に対する処罰だが、国王陛下の格別の思し召しで、この数日の禁錮で済ますこととなった。今日でお前は放免となる」
これを伝えられてもリオンの顔に喜びなど浮かばない。感情の見えない顔で、黙って聞いているだけだ。
「この先のことを話しておきたい」
ここで国王が近衛騎士団長から話を引き取った。ここから先は罪人との会話ではなくなったという意味だ。
「ウィンヒール侯爵家がお前を戻すように言ってきている。これについてはどう思う?」
「……俺はとっくにウィンヒール侯家とは無縁の人間。それに従う義務はない」
リオンがこう答えるのは国王も分かっていた。ウィンヒール侯家の手前、形だけは伝えただけだ。
「では、近衛にならないか? お前にはそれだけの力があると考えている」
「……それは止めておいたほうが良い」
「何故だ?」
「大切な王太子を死なすだけだ」
「控えろ! この無礼者が!」
国王が何か言う前に、近衛騎士団長が怒声をあげた。リオンの発言は、アーノルド王太子に対する明確な殺意を示している。そんな発言は近衛として許せない、のだが。
「不敬を許せないなら、その剣で俺を殺せ! それとも貴様の忠誠は口だけか!?」
自分に負けないくらいの勢いでリオンが怒声をあげた。近衛騎士団長は、その怒声とともに放たれたリオンの覇気に驚いてしまう。果たしてリオンが王子であると知っているから、その覇気に気圧されたのか。近衛騎士団長には判断出来なかった。
そして、その思いは国王も同じ。それが国王の心に不安を呼ぶ。リオンを生かしておいて大丈夫か、そんな不安だ。
その国王の考えを見透かしたように、王妃が行動に移った。
「そのようなことを言ってはなりません」
「……死で償う事が俺の望みです」
「それは誰に対してですか? 私はあの日、処刑場に居ましたが、貴方の大切な人がそれを望んでいたとは思えません」
ヴィンセントが殺された日、処刑場に王妃は居た。公開処刑の立ち会いなど、望んで臨席することなどないのだが、何故かその日は行かなければならないという気になった。そこに運命に導かれたようにリオンが現れた。国王にリオンを助けるように頼んだのは王妃だった。
「……でも俺は大切な人を命に変えても守ると誓っていて」
「誰に?」
「それは……」
「その人は貴方の大切な人ではないのですか?」
「……大切な人です」
王妃の言葉にリオンの表情が苦しげなものに変わる。自分はどうすれば良いのか分からない。そんな苦悩が浮かんできていた。
「その人を守らなくて良いのですか? それが、貴方が失ってしまった人に託されたことでは?」
「……どんな顔をして会えば良いのか分かりません。俺はその人の大切な人を死なせてしまった」
「会いたくない?」
「……いえ」
「でしたら会えば良いわ。会って、笑いたければ笑い、泣きたければ泣けば良いのです。自分の気持ちに正直に、それが相手への誠意というものではないですか?」
「……はい」
王妃の言葉が何故か素直に自分の心に入ってくる。それが母子故のことだと、リオンには分かるはずがない。
「エアリエル・ウッドヴィルの行方は全力で探している。見つけたら必ず引き合わせよう」
ここで国王が割って入ってきた。もう表情に迷いはない。王妃との心が通じた会話の様子を見てしまっては、リオンを殺す判断など国王には出来ない。
「……居場所は知っています」
「何? 一体どうやって?」
国王の勅命を発して探させても見つからないエアリエルをリオンは見つけていると言う。国王は訳が分からなくなってきた。
「奴隷にされるという情報は掴んでいました。そうであれば、いくらでも手は打てます」
「だからって……」
その手を打つにはそれなりの力が必要だ。リオンはその力を、この年令で、しかも一従者の身で手に入れている。それは驚くべきことだ。リオンへの恐れが、又、国王の胸に浮かんでくる。
「陛下、もう一つ提案があったのではないですか?」
又、王妃が絶妙なタイミングで国王の思考を止める為に動く。長年連れ添った仲だからこそ出来ることだ。
「……そうだな。実はもう一つ、お前の今後について考えていることがある」
「何でしょう?」
「東の国境に国王直轄領がある。そこを任されてみないか?」
「……はい?」
「代官としてではない。その直轄領はお前に譲り渡す。与える爵位は男爵。何の功績も無いのに、これ以上は無理だ。それと領地と言っても期待はするな。軍事的な要地ではあるが、その分、産業は栄えていない。税収は少ないのに、軍事費は掛かるという感じだな」
ここまでの事を国王は一気に言い切った。言われたリオンは国王の言葉を整理するのに、少し時間を必要とした。国王の提案は、ついさっきまで罪人であった自分に示すものではない。
「……本気で?」
「当たり前だ」
「それこそ何の功績も無いのにですか?」
「それは……理由は言わせるな」
一国の国王らしい見事な振る舞い。リオンはこれをヴィンセントとエアリエルを無実の罪に落とした償いと受け取った。だが実際は、自分の息子であることを公にしてあげられないリオンにせめて領地をという親心だ。
国王は嘘は言っていない。リオンが勝手に誤解しただけだ。
「私は受けるべきだと思うわ」
王妃も是が非でも受け入れて欲しい。これがリオンとの繋がりを切らさない唯一の方法と考えているからだ。
「どうしてですか?」
「貴方の大切な人は、平民の暮らしに耐えられるの?」
「あっ……」
王妃の言葉は見事にリオンの急所を突いた。侯爵家という最上級貴族の令嬢として育ったエアリエルが平民の暮らしなど出来るはずがない。着替えさえ、そのほとんどを侍女に任せていたのをリオンは知っている。
リオンはこの提案を受ける事になる。といっても内心では「嫌になったら逃げれば良い」くらいの考えだ。とにかく釈放されるのであれば、何でも良い。生きることを選んだことで、少しでも早くエアリエルに会いたくなったリオンだった。
――そしてリオンと、リオンが出て行くのを陰ながら見送ろうとする王妃が去った後の謁見室。
「どうやら、私は陛下のことを言えないようですな」
「どういう意味だ?」
「大きな失敗をした気がしております」
「……失敗か」
近衛騎士団長が何を言いたいか国王は分かっている。国王も同じ気持なのだ。
「はい。どれほど王妃様のお怒りを買うことになっても、殺めておくべきだったかもしれません」
「気持ちは分かるが、俺にはそれを命じることなど出来ない。国王であっても人の子だ。自分の気持ち以上に王妃のあの顔を見てはな」
「……それは私もです」
失ったものはもう一つあった。王国を大いに発展させる名君と呼ばれる存在。アーノルド王太子に対しての評価だったはずが、二人の中では失ったものの一つと数えられた。
それが頭に浮かんだ瞬間、二人はリオンを消すべきだと考えたのだが、それが実現することはない。世界はあと少しだけ、リオンを必要としていた。